ゾッド(転生者)が往く、キングダム世界での戦場暮らし 作:名無しのモブ騎士
「そ、そなたがゾッドか。う、噂通りの傑物だな」
「……」
この日、俺は中華の東に位置する斉という国に招かれていた。この斉という国、たった一代で東の大国にまで領土を拡大していたようで東帝を自称する程だったらしい。だが、それも今となってはそれもかつての呼称に過ぎない。何しろ今この国は滅亡の時を迎えようとしていた。
簡単な話だ。それだけ領土を拡大して周辺国が黙っているはずがない。結果、周辺諸国から合従軍と呼ばれる連合軍を組まれ、次々と領土を失っている状況にあるそうだ。俺はたまたま山の民の居場所を見つけて中華を離れていたから知らなかったがそんな戦に参戦しないなどあり得ないと向かっていたところ、斉にスカウトされたというわけだ。
俺個人としても合従軍よりも斉側に参戦しようとは思っていたため願ったりかなったりだ。そもそも合従軍で十分な斉に強者がいるとは思えない。それよりもこの合従軍に参加しているだろう猛者との戦いの方が重要だ。
「田達、戦況を伝えてくれ」
「はっ! ゾッド殿。現在我ら斉軍は先の戦いにおいて壊滅状態となり、燕軍がこの王都目前にまで迫ってきています」
「……ほう?」
え? つまりこの国滅亡寸前という事? いや確かに劣勢だとは聞いていたけどこれは予想外だわぁ。やっぱ戦場があるという情報だけ仕入れるのは不味いかもしれないな。まぁ、この体なら余程の強者ではない限り問題ないだろうし強者が出ればそれはそれで満足できるだろう。
「迫ってきている燕軍は凡そ3万。これは先遣隊であり、後方には合従軍総大将楽毅率いる7万の軍勢がいます」
つまり、燕軍だけなら10万というわけか。ふむ、国家の規模的には妥当、いやかなり無理をして出した兵数に感じるな。燕ってそもそも中小国だし。
「了解した。直ぐに出よう」
「ならば馬車を出しましょう」
「いらん。馬を一頭、それも頑丈で巨躯な奴を寄こせ」
「馬を一頭だけ? ……かしこまりました」
田達って言っていた軍人が困惑しているな。まぁ、いまだに騎兵はいないからしゃあないけどな。いや、北方の遊牧民族は騎兵を持っていたし時期的にはそろそろか? どちらにしろ俺が使わない手はない。ぶっちゃけ馬車よりも騎乗する方が俺には向いているからな。
王との謁見を手早く済ませた俺は要望通り連れてこられた馬に跨る。ふむ、ゾッドの体を難なく支えるか。いい馬だな。褒美は普段はねだらんがこれをもらえるか交渉してもいいかもしれないな。
「いい馬だ。……門を開けろ。出る」
「……は。え? あ。か、かしこまりました!」
何やら馬を連れてきた人が驚いているが一体何だというのだ? いや、よくよく考えれば馬に跨るなんてありえない発想なのか。なら仕方ないな。是非ともこれを見て騎兵の強さを学び、強い兵士を生み出してほしいものだ。俺としてもその方が良いからな。
とはいえ3万相手に一騎掛けか……。ベルセルク無双の世界ではあるまいし普通なら無謀だな。……やってみるか?
「行ってしまわれた……」
この斉の王都たる臨淄の馬番になり早10年。様々な人や馬を見てきたが彼の御仁、ゾッド殿は異質としか言いようがなかった。まるで丸太のように太い四肢、見上げるほどの巨躯、人とは思えない容貌。そして、腰布一枚というまさに蛮族という言葉は彼の為にあるような人物だった。だが、誰もそんなことを口にする者はいない。いや、ついこの間までそのような陰口を叩く者はいたが本人を見れば一生口にする事は出来ないだろう。
あれは人ではない。人であってほしくはない。鍛え抜かれた武は本物なのだろう。この国の大将軍にて先の戦で戦死なされた田觸様や田達様すら相手にならないだろう。だが、そういう事ではないのだ。あれが纏う気は異形の者。まるで異形の化け物を無理やり人間にしたような雰囲気だった。
そんな人物が何故各地の戦場を渡り歩くのかと疑問だったが見て分かった。あれは一人の王に忠誠を誓い、国の為に戦える御仁ではない。むしろ、あれを御せる者は同じように異形の化け物以外におらんだろう。
「そして何より、あの馬を……」
王の命令でゾッド殿に渡した一番の巨躯の馬は今まで誰一人として御すことが出来た者はいない。一体何度同僚たちが蹴られ、噛み殺されてきたか……。だが、ゾッド殿に渡そうとしたとき、不思議と馬は素直に従い、あまつさえ自らの背に乗せたのだ! 最近、趙では匈奴を習い騎乗する兵が出て来たらしいがこちらには伝わっていなかった。あまり見慣れなかったがあの馬がゾッド殿に背を許すなど、主をついに定めたという事なのだろうか……。
「そういえばゾッド殿は燕軍を一人で迎え撃つつもりなのか……?」
普通なら嘲笑されるような行動だがゾッド殿なら問題はないだろう。むしろ、後方の燕軍すら倒し、楽毅を討ち取ってもおかしくはない。私は自然とそう考えてしまう程、ゾッド殿を人として見れなくなってしまっていたのだろう。願わくば彼の御仁の矛先が斉にだけは向けられない事を祈るとしよう。確実に、不可能ではあろうがな。