からっ。ととっ。ととっ。がりがり。みしみし。めきっ。どんどん。どんどん。ぱりっ。ざりっ。ざりっ。べきべき。にゃー。
ほんのりとした温かさを頬に感じる。どうやら朝が来たようだ。部屋の外からボクを呼ぶ声が聞こえる。ボクは声のする方へと歩いた。
「あら、おはよう。早起きえらいねえ」
部屋を出てすぐに、お母さんが声をかけてきた。
「うん、おはよう」
とボクが応えるとお母さんは朝ごはんを用意してくれた。ご飯と、これは納豆かな?独特な匂いがする。
「あーん、してあげよっか?」
「やめてよ、もう1人でできるよ」
お母さんが甘やかそうとしてくる。ボクはこれをやめてほしい。ボクはおとといから3年生なんだ。恥ずかしいよ。
ご飯を1人で食べ終え、ボクは学校へ行く準備を始めた。着替えはまだお母さんに手伝ってもらう必要があるけど、いつか絶対、1人でできるようになるんだ。
準備を終え、ボクとお母さんは学校に向かう。学校までは危ないから、毎朝車で送ってもらう。
さー。がたがた。ぺき。ぐわん。
車の走る音と、お尻に伝わる震動がなんだか心地良くて、意識が暗闇に引きずり込まれてしまいそうになる。
そういえば、お母さんに聞きたいことがあったんだ。
「ねえねえ、お母さん」
「なあに?」
「最近、寝る前とかになんか変な音が聞こえない?」
「どんな音?」
「がりがり、とかどんどん、とか」
「うーん、お母さんは聞こえないなあ。きっとあなたは耳がいいから、遠くの音が聞こえちゃうんじゃない?」
「そうなのかなぁ」
ボクが聞こえてる音はけっこう近くに感じていたんだけれど。気のせいだったのかな。
こんなことを話しているうちに、ボクたちは学校に着いたようだ。
「先生、今日もよろしくお願いします」
学校に入って、お母さんはボクを先生に預けた。そのままいつもお母さんは仕事へ行ってしまう。ボクは先生の手をしっかりと握って、教室へ向かった。廊下はやけに寒かった。
きーんこーんかーんこーん。
1時間目が終わった。ボクは友達に聞いた。
「寝る前くらいに、なんか変な音が聞こえる時ってない?」
「わたしも聞こえるー!」
「俺も聞こえる時はあるなあ」
「なんか、がりがり、とか、壁を削ってるみたいな音だよね」
みんなも、寝る前に変な音が聞こえていた。質問に答えてくれた子の中にはかなり遠いところから通ってくる子もいたし、住んでるところもみんな散らばっていたから、やっぱり、遠くの音が聞こえてきているんじゃない。じゃあなんなんだろう。
きーんこーんかーんこーん。
じっくり考えているうちに、授業の始まりのチャイムが鳴ってしまった。みんなは慌てて次の授業の準備をしている。そんな中でも、ボクははっきりと聞こえた。
「猫の鳴き声みたいなのも、最近多いんだよね」
今日も1日が終わった。お母さんに学校に迎えにきてもらって、ボクは家に帰った。やわらかい日の光を感じる。まだ夕方のようだ。
「ただいまー」
ボクはお母さんと一緒にリビングに入った。すると女の子の笑い声が聞こえてきた。
「あ、お兄ちゃんおかえりー」
妹が家に帰っていたようだ。はつらつとした声が、ボクの耳をくすぐってくる。
ボクは洗面台へ手を洗いに行った。冷たい水が手に染み込んでくるようで心地良い。
あははは。きゃははは。
またリビングの方から笑い声が聞こえてくる。
「やだー、この人変な顔ー!」
どうやらテレビを見て笑っているようだ。残念だ。ボクには、その面白さが分からない。
「ご飯そろそろできるわよー」
部屋の外からお母さんの呼ぶ声が聞こえる。ボクはラジオを切って向かった。
ぐつぐつ。ことこと。
何かを煮込む音がする。この匂いは、カレーだろうか?
「それじゃ、いただきます」
「いただきます!」
お母さんが冷ましてくれたカレーを、ボクは頬張った。我が家のカレーは甘口で、隠し味にコーヒーを使っている。コクがあってすごく美味しい。
「そういえばねーママ」
黙々とカレーを食べていた妹が唐突に話し始めた。
「えみりちゃんちのワンちゃんがね、いなくなっちゃったみたいなの」
「ゲンゴロウくん?あの、目が見えないワンちゃん?」
お母さんは少し言いづらそうにしていた。
「うん。なんか、今日の朝からいないんだって」
「あら、それは大変ねー」
「うちも気をつけなくちゃね」
ボクは口を挟んだ。ペットはうちにはいないけれど。
「そ、そうね」
これっきり、お母さんはあまり喋らなくなってしまった。やっぱりちょっと、嫌味だっただろうか。
ボクたちが食事を終えて少し経った頃、ボクはお風呂に入った。お風呂もまだお母さんに入れてもらうのを手伝ってもらっていて恥ずかし
い。
わしゃわしゃ。さー。
お母さんがボクの髪を洗う音がする。お母さんの洗い方はちょっと強くて、頭がヒリヒリする。ボクはいつまでお母さんの手を借りなければいけないんだろう。
お風呂を出て体を拭き終え、ボクは寝る準備をしていく。歯磨きは自分1人でできるようになった。まだ時間がかかるけれど。
歯ブラシを洗面台に置いて、ボクは一階にある自分の部屋に入る。何を隠そう、ボクは1人で寝れるのだ。この調子で、他のこともどんどん1人でできるようになってやるんだ。
ボクは布団に入った。頭の中で羊を数えていく。49匹目を数えた頃、また始まった。
からっ。ととっ。ととっ。がりがり。みしみし。めきっ。どんどん。どんどん。ぱりっ。ざりっ。ざりっ。べきべき。にゃー。
今夜もあの音が聞こえてくる。しかも、いつもよりもなんだか近くに感じる。まあいいや。多分、どこかで工事でもやってるんだ。ボクは眠りについた。
また、いつも通りの日々が始まった。昨日とおんなじように学校に行って、お話しして、ご飯を食べた。
いや、1つだけいつもと違うことがあった。
「きゃー!」
ボクを学校へ送る途中で、お母さんが悲鳴をあげた。どうしたの、とボクが問いかけると、
「み、道の真ん中に犬の死骸が落ちてたの…」
と言って、ボクがさらに
「たまにはそんなことあるでしょ」
と言うと、
「違うの。やっと犬だ、て分かるくらいにぐしゃぐしゃで、まるで、そう、おっきな怪物に食べられちゃったみたいな」
と、お母さんは答えた。ボクは想像をして、ゲーってなった記憶がある。
でも、あんまり覚えておくべきってことじゃないな。気味も悪いし、さっさと忘れちゃおう。そのためにも、今日は早く寝よう。早く寝れば、すぐに忘れられるよね。
ボクは昨日よりも早くに布団に入った。
かしゃかしゃ。きゅっ。
お母さんがお皿を洗っている。忙しそうで大変だ。早く、色んなことを1人でできるようにならないと。
さあ、明日も頑張ろう。
からっ。ととっ。ととっ。がりがり。みしみし。めきっ。どんどん。どんどん。ぱりっ。ざりっ。ざりっ。べきべき。
ボクは深い深い、眠りの中へ落ちていった。
べきべき。ばきっ。ぎりっ。ぎりっ。ぱぎゃん。とっ。とっ。すんすん。がすっ。ぐちゃ。ぐちゃ。じゅる。じゅる。ぐびっ。がり。ごきん。めりめり。ぺっ。ぐちゅ。ぐちゅ。ぼど。ぎし。ぐじゅ。ぺっ。ぐじゅ。ぐい。ねちゃ。ぐちゃっ。びちゃびちゃ。ぶるぶる。ぱごっ。ごぽごぽ。ばた。ばた。ちろっ。ぺちゃぺちゃ。ちろり。ごろごろ。がぶっ。がりっ。ぎりっ。ぐちゃ。ぐちゃ。ごくん。
「にゃー」