走者がガバったら(世界が)即終了チャート はーじまーるよー! 作:私は地を統べる
あの後、どう戻ったのかは覚えていないが僕は自室にいた。
父に言われた言葉が、頭の中で反芻する。
そうして僕は、僕の証明である斬魄刀を抱き締め、そのまま眠りについたのだ。
「久しぶり」
─鏡花水月…、
数年ぶりに、鏡花水月はそこにいた。
あの日初めて出会った時と、同じ場所、同じ姿で僕の前に立っている。しかし、鏡花水月が持つ大きな鏡。その鏡だけが、以前よりもくすんでいるように見えた。
「酷い顔をしているね」
─……、
少し困ったように眉を潜めながら、鏡花水月はそう言った。
…そうなのだろうか。
あまり自覚はないが、父や、京楽隊長、矢胴丸副隊長にも同じことを言われた記憶がある。
駄目だな、藍染惣右介なら自分の内心を外におくびも出さないだろう。藍染惣右介に成りきるなら自分の感情くらい制御しなければならない。
「…ねえ、どうしてあなたは藍染惣右介に成ろうとするの?」
突然の問いかけ。
以前は僕を突き放した鏡花水月が、なぜ今、そんなこと問うのか。意図が分からなかった。困惑しながらも答える。
─世界を護るためだよ。
原作通りでなければ、世界が滅んでしまう。黒崎一護は現れず、ユーハバッハを倒すことも出来ない。だから僕は、藍染惣右介に成ると、そう決めたのだ。
「…そっか」
「ねえ」
「この世界について少し話そうか」
「死神は生前の記憶がないのよね。映画第一作で浦原喜助がそう言っていたわ」
「大半の死神が尸魂界で産まれ、現世と関わりのない存在だからという理由が大きいのだろうけれど、流魂街で育った死神にも前世の記憶は無かったわよね」
「どうしてなのかしら?霊力を持つ条件が前世の記憶の消失?…原作とは別の、映画オリジナル設定と言ってしまったら身も蓋もない話なのだけれど」
「まあ、とにかく。あなたの周りには前世の記憶をもった死神は居なかった、それだけは確か」
「それなのに、どうしてあなたは前世の記憶を持っているの?」
その言葉に目を見開く。予想だにしない問い掛けだった。確かに、改めて言われると不可思議だと思う。ただ、僕の場合は周りの死神と事情が異なるだろうから、そういうものなんじゃないかと僕は答えた。
「うん。そっか、うん…。本当は、自分で気付いて欲しかったのだけれど」
「しょうがないわ。人は見たくないものは見ないふりをするものだから」
そう呟きながら、曖昧に笑う鏡花水月を見て、胸がざわついた。何だろう、何かを忘れている?見過ごしている?いや、それとも……。グルグルと回る僕の思考。その様子を見ていた鏡花水月は、ゆっくりと右手をあげると、人差し指を立て、僕の眼前へと突き出した。そうして、淡々と、罪を詰るかのように、こう告げたのだ。
「あなたが前世の、『BLEACH』の記憶を保持し続けているのは、
─あなたがこの世の理から外れた存在だからよ。」
─は?
「あなたの死後、あなたの魂魄は、あなたの存在していた世界、分かりやすく言うなら三次元世界を逸れて、この『BLEACH』という二次元世界へ迷い混んだ」
「それが世界のバグなのか、システムエラーなのかは分からないけれど、あなたがこの世界と格の違う存在であることは確かだわ」
「けれど、そうして迷い込んだあなたの魂魄はこの世界から拒絶された。当然よね、次元の異なる魂魄なんて厄介でしかないもの」
「そうして、消滅を待つだけだったあなたの魂魄は、その世界に存在する生命に入り込むことで自己を確立しようとした」
─まさか、
「ええそうよ、その生命こそが、
「生前のあなた自身の記憶が薄れていったのは、あなたがこの世界に馴染んだ証明。原作の知識が何時までたっても薄れないのはあなたがこの世界にとって異物である証拠。それが答え」
絶句。
己が、その世界に産まれるべき存在を踏みつけ、その立場を奪い今まで生きてきたという事実。
吐き気がする。頭がいたい。何も聞きたくない。崩れ落ち、踞る僕へ、鏡花水月は呆れたように言い放った。
「そんなに絶望することはないわ。あなたはコイントスゲームで勝った方。勝者が物事を決めるのは当然でしょう?」
─そうじゃ、そうじゃないだろう。
勝者敗者の問題ではない。
僕は藍染惣右介を殺して藍染惣右介として産まれたということだろう?それなら、僕は生まれながらの人殺しってことになるじゃないか。
そんな自責に苛まれながらふと僕の頭を過ったのは、父の言葉だった。
「お前を起点に、未来の全てが真っ白になっている」
─あ、
僕が藍染惣右介を殺したせいで、黒崎一護が産まれなくなる。そうして結果的に、世界が滅ぶことになる。それじゃあ、全部、全部全部ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ、
─僕のせいじゃないか。
絶望。深い絶望。己の罪、原罪。知らなかったでは済まされないあまりにも重いそれを僕はずっと、ずっと放置していたのか?
グルグルと目が回る。グラグラと体が揺れる。気持ち悪い。耳鳴りがする。辛い、苦しい。
─でも、でもそれなら、尚更僕は、
僕は、藍染惣右介にならなければならない。
僕が殺した。僕が奪った。それなら、その僕が藍染惣右介として振る舞わなければならない。僕が、藍染惣右介として完璧に振る舞えば、黒崎一護が産まれて、きっと世界も救われる筈で、
「それがおかしいのよ」
ピタリと、拒絶される。
毅然とした態度で、鏡花水月は言い放つ。
「あなたは何時まで、藍染惣右介として振る舞えばこの世界が救われると思い込むの?」
その言葉に、冷水を浴びせられたような感覚に陥る。疼く喉を震わせ、なにか反論しようとするが全く声が出ない。そんな僕を断罪するかのように鏡花水月は言い続ける。
「原作、原作と言うけれど、この世界は原作の世界じゃない」
「貴方が心を削って藍染惣右介として振る舞おうとしても、その結果黒崎一護が産まれたとしても」
「貴方という異物が存在する、もう原作から逸脱してしまったこの世界が原作の通りに救われるとは限らないでしょう?」
目を背け続けてきた、見ないフリをし続けてきたそれが今、僕の眼前へと突き出されたのだ。
「あなたが、人を裏切って、傷つけて、踏みつけて、嬲って、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して」
「そうして、原作の通りに藍染惣右介を全うしたとしても世界が救われなかったのなら」
「あなたに残るのは、信頼していた愛していた人達を裏切り、罪なき人々を無為に殺したという事実だけなのよ?」
「それでもあなたは、原作に固執して、藍染惣右介に成ろうとするの?」