Fate~Your heroic story~ 作:あおいわさび
この度はFate~Your heroic story~に興味を持っていただきありがとうございます。
この作品は、基本的にオリジナルキャラクターが登場します。
サーヴァントに関しましては既存の子たちも出ていますので、できる限り理解を深めたうえでセリフや思考、行動を考えております。
もし解釈違いでしたら教えていただけると、僕の今後の執筆の参考になるので助かります。
それでは、長々と語っても飽きてしまうと思うので僕はこの辺で。
出会いのプロローグを、お楽しみください。
「プロローグ」
八月の終わり。
未だ収まらない暑さの中、スーツをパリッと着た背の高い男が一人立っていた。
生い茂った木々が風に揺れ、道のすぐそばを流れる川はせせらぎ、蝉は元気に鳴いている。
なんとも騒がしい、と男はハンカチで汗を拭きながら道を進む。
京都は鞍馬山、貴船の奥深くへと。
貴船神社を中心に多くの旅館が並ぶ観光地となっているが、古い神が祀られている魔術の要所でもあった。
一般人はそんなことを知る由もない。
男が向かっているのはそんな神秘の山の中にある、水神を祀る古い家だった。
そうして人知れず、男はそっと姿を消す。
風吹かれ、落ちる木の葉に紛れ、人の認識の外にいく。
そういう結界がこの辺りには張ってある。
綺麗に整頓された巨大な杉並木。
その一本一本それぞれに、認識阻害や退魔、察知などの多くの結界の核が埋め込まれている。
男の名を、御門士門(みかどしもん)。
当代一の結界魔術師。
自身が編み上げた結界の内を進みながら、男は考えていた。
我ながらに上手くできている、と。
玉砂利が敷かれた道の先には、五〇段ほどの石階段。
木漏れ日が揺らめき、まるで水中にいるかのように錯覚する道。
一段ずつ階段を上るたび、踏み込む足が重くなっていく。
水の中を深く、潜っていくように。
何度通ろうとも慣れない感覚だ。
登り切った先、平屋の日本家屋が建っていた。
ここは水神を祀る場であり、京都三大魔術大家がひとつ。
「水神(みずかみ)」の総本家。
貴船の奥地に秘された、神降しの家系。
スーツの襟を正しながら、男は歩く。
玄関が開き、青い絵の具を混ぜ込んだ鉄のような色の髪の少年が出てきた。
水神の地にあふれる魔力に当てられ続けた結果が、この水の髪。
襟足を刈り上げさっぱりとした印象。
耳の上から後頭部にかけて痛々しい大きなきず跡が目立つ。
「や、久しぶり。青(しょう)くん」
水神家のたった一人の生き残り。
「おかえりなさい、士門さん」
青と士門の運命は、もう目の前なのだ。
青と向かい合い席に着く。
畳の綺麗な和室。
ひんやりとした空間は、クーラーなどのせいではない。
この地を満たす、水神の魔力。
それがこの場を冷やしている最大の要因。
これほど影響力があると、術式を編み込んだ特注のスーツでなくては一〇分ともたずに発狂していただろう。
ゆっくりと流れる時間。
壁掛けの時計が刻む秒針の音。
汗をかいたグラスから水滴がこぼれ、氷が鳴る。
そうしてようやく、僕らは口を開いた。
「いやー、昼ごはんにまにおうてほんまによかったわ‼」
駆けつけいっぱい、と士門は冷えた麦茶を呷る。
この場の過酷さはさておき、家族のように接してきた間柄なのだ。
士門はいつもどおり、明るく声を上げた。
「あともう少し遅かったら、作るのやめようか思いました」
青がやれやれと首をすくめながら立ち上がる。
ぐちぐちと言いながらもほんのり笑う青。
台所へ向かう背を見つめた。
青が鯨の描かれたエプロンをしめ、コンロに火をつける。
「あ、それまだ使ってるんや。
小学校からずっとやね」
茶化す士門を
「テレビでも見ててください」
そうあしらって、青は煮立った鍋にそうめんを入れた。
ボウルに氷水を張り、ざるを用意する。
さっと茹で、火が通ったそうめんをざるにあけ氷水で締める。
水気をしっかりと切り、皿に盛った。
くるりと巻いてしっかりと整える。
冷蔵庫を開ければ、昨日仕込んでおいたかけ汁が顔を覗かせた。
塩茹でしたオクラ、刻んだめかぶ、梅肉、鰹節を合わせた、特製のつけあわせを麵にかける。
ストックしてあるサラダチキンを割いて添え、汁をかける。
砕いた氷を散りばめ、完成。
飄々とした態度の士門のために作るのは癪だが、料理となれば手を抜きたくない。
士門の席に持っていけば、青が思っているよりずっと大きな喜びの声が上がった。
労力のわりに簡単においしく作れるのがそうめんのいいところだ。
「「いただきます」」
二人は手を合わせ、麺をすすった。
キンと冷えたつゆと麺に、梅肉の合わさったねばねばがよく合う。
サラダチキンとめかぶの触感がアクセントになり、触感も飽きない。
我ながらいい出来だと思う。
士門の顔を見れば、一心不乱に麺をすすっていた。
スーツへの跳ねっかえりなんて何も気にしていない、気持ちのいい食いっぷりには悪い気はしない。
青は満足げに微笑んだ。
士門がつけたテレビからは、最近京都市内で増えているという子供の失踪事件の特番が流れていた。
ぼーっと流し見ていると、台所から聞こえてきた水音が止まる。
士門が洗い物を終えたようだ。
互いに本題は伏せたまま、いつも通りの日常をなぞっていく。
ありふれた幸福。
幸せは失って初めてその価値に気付くというが、失うその時が分かっているものも寂しいのだと気づいた。
少なくとも、青にとってのささやかな幸福は今日、再び終わるのだ。
「夕方まで散歩してくるわ」
そういって士門は家を出た。
士門にとってこの環境は、耐えがたいものであるから。
であれば、と青は道場へと向かう。
道場という名の、工房。
魔術師にとっての研究所。
とはいえここは研究の場ではなく、神を祀るための場になっている。
青は水神の跡継ぎではないため、魔術刻印というものを受け継がなかった。
より魔術の才があった弟が、家督を継いだ。
魔術に興味なんてなかったし、家を継ぎたいなんて思ったこともない。
だからそのことに関して、弟には何の感情もなかった。
ただ、ただ空虚な子供だったと思う。
しん、と張りつめた空気の中、よく磨かれた床板と、格子窓から差し込む木漏れ日。
肌にまとわりつくように錯覚する、濃い魔力。
その主は水神(みずかみ)翠(すい)。
水神家現当主は、ぼろぼろの絵本を一冊抱えてただそこに居る。
一〇年前までは青と同じ鉄色の髪だったが、今は仄かに光を放つ白髪。
「やっと始まるよ、翠」
そういって青は、この地の魔力の中心地であるこの工房に水銀を用いて陣を描き始めた。
翠の淡く光る青い瞳が何を捉えているのかを、青は知らない。
士門がわずかに目を伏せ、そうして告げる。
「青くん、僕らは今日聖杯戦争を始める。
一八時から、聖杯の魔力を解き放つ。
僕たちの計画まで時間はある。
分かっているとは思うけど、……決死の覚悟で来い」
青は少しも驚くことなく、静かに頷いた。
そのために、己を鍛え続けてきたのだ。
全てなんて言わない。たった一つを取り戻すために、青は聖杯戦争に参加するのだ。
たとえそれが、どれだけ歪で、どれだけ仕組まれたものであったとしても。
「君との関係は、今日で終わりや。
…………ほな、さようなら」
そうして、この日限りの不可侵を互いに約束し、士門は席を立った。
青はこの日、家族と呼べる人を失った。
人生で二度目の経験。
その痛みは慣れるはずもなく、けれど心は揺るがない。
言葉も返さない。
この弱音は、士門の覚悟に対する侮辱だ。
士門の背を見送る。
石階段に腰を下ろし、士門の言葉を思い出す。
聖杯戦争とは、冬木という土地で行われた、願いを叶える願望機「聖杯」をめぐる七人の魔術師同士の殺し合い。
通常冬木での聖杯以外はまがい物であるが、要は願いを叶えるだけの膨大な魔力が集まる機構、そのシステムを構築さえしてしまえば、偽物は本物になるというわけだ。
聖杯戦争の始まりは一八〇〇年にまで遡るが、今回の聖杯戦争は平安時代に起源をもつ。
一二〇〇年の時を越えて、太古の人々の目論見は実を結んだ。
御門家の源流「御神門(みかど)」と、上地(かみち)家の源流「神地(かみち)」。
この二つの魔術の家系が今回の聖杯を保有している。
ゆえに、これは強奪戦。
不意に、何かが近づいていることに気が付いた。
とても大きな魔力と、存在感。
おそらくは英霊だろう。
聖杯戦争は始まった。
京都にはすでに、英霊を七基召喚するに足る魔力が満ちているのだ。
それにこの聖杯戦争はイレギュラーなもの。
マスターが足りていなくとも、英霊が召喚されてしまうらしい。
ゆえに今京都にははぐれの英霊がすでに召喚されている可能性がある。。
士門の可能性と、はぐれの可能性。
士門とは本日限りの不可侵を結んでいる。
ギアスを使っていないただの口約束であるため破ることも可能だ。
ここは神の魔力ですら隠し通す結界が施されている。
時計塔のロードですら、この結界を全て突破するのは大変な時間がかかるだろう。
はぐれ英霊の場合、「それ」に悟られることなくやり過ごせるかもしれない。
けれどもし、士門の英霊なのであれば話は変わる。
士門であれば、この結界を易々と越えてくる。
こちらも召喚を済ませなくてはいけないが、結界のもっとも外側。
探索用結界が破られた。
ただ通るだけなら問題はなかった。
けれど破壊されるのは困る。
この魔力をこの場に押し留めなくては、ここら一帯の被害は想像もつかない規模になるだろう。
召喚する時間の猶予はない。
青は階段を降りていく。
ようやく、ようやく始まるのだ。
自身で選び、歩んだ一〇年の地獄はすべて聖杯戦争のため。
左側頭部に残る大きなきずに触れる。
逃げるという選択肢は、過去に置いてきた。
日が落ち、藤色に空が染まりだす。
時刻は一八時を少し過ぎた頃。
日が落ちるのも随分早くなった、と明るい空に浮かぶ月を見る。
冷たい風が木々を揺らし、玉砂利を踏む音がリズムよく響く。
一歩ずつ進むごとに、水面へと浮かんでいくように体が軽くなっていく。
それに合わせて、外にいるであろう何者かの魔力を強く感じる。
水面から顔をだす。
魔力を留めておくための最後の結界を越えて、程なくだった。
アスファルトで舗装された道と、観光用の砂利の遊歩道を杉並木が分断している。
提灯のような街灯が、ぽつぽつと火を灯す。
そんな歩道を歩く、それを見た。
額には二本の角。
アメジストの瞳を細め、にやりと口角を上げた小さな口。
背の小さな少女が、「あはっ」と笑う。
少女の輪郭をおぼろに霞ませてしまうほどの濃密な魔力。
ただ立っているだけなのに、なんて隙のない姿。
ひどく崩して纏う着物から覗くからだは華奢に過ぎるというのに、打ち合ってはいけないと本能が警告している。
正体はこいつだ。
英霊(サーヴァント)。
聖杯の魔力によってこの世界の外側、座から召喚された万夫不当の英雄たち。
令呪という三回限りの絶対命令権と共に魔術師と契約し力を振るう、最上位の使い魔。
「そんな構えんでもええよ?
ちょっと人探ししに来ただけやし」
可愛らしい声でそう言いながら少女が歩き始めて続ける。
「金髪のいい男、見てへん?」
マスターの指示だろうか、ここで妨害することは将来的に有益だろうか。
青は頭を回す。
思案を続けながら答えた。
「見ていない。君は……」
英霊だろう。
言葉を飲み込んだ青の目の前には、気づけば少女がいた。
速い。
上目の瞳。
「あんた、面白い匂いしてはるね」
少女がつま先を上げ、首筋に腕を回す。
くんくん、と匂いをかがれるのはこそばゆいが、大蛇に締めあげられているような圧迫感と閉塞感。
「龍の匂い。それにあんた、その目」
するり、その小さな手が顔に伸びた。
瞬間、青は後ろへと飛び退く。
まだ両の目が残っていることに安堵しながら息を吐いた。
「まだもらおうとしてへんのに、いけず」
と、頬を膨らませた少女に、全身に緊張が走った。
「意外と動けるんやねぇ。あんた、面白い魔術師やね」
距離は一呼吸の間に詰められ、戯れに放たれた拳。
寸でのところで躱し、反撃を試みる。
「まだ、といったな。
俺が死ぬとき、あんたが生きてたら好きにしろ」
あは、と口を開いた少女から殺気があふれ出した。
少女はゆらりと、戯れを始めた。
進むたびにアスファルトが踏み砕かれ、拳が大木を穿ち、蹴りが空気を爆ぜさせる。
受けるたびに、青の約七〇キロになる肉体が跳ね飛ばされる。
初見の警告は正しく、華奢な肉体からは想像もつかない怪力が青を襲う。
しなやかで速く、重い。
そして極めつけは、視線に込められた魅了。
おそらくは声音や吐息にも混じっているであろうそれらによって、身体能力を奪われる。
一般人であれば、一目で溶かされていただろう。
「ええねぇ、よくみえてはる。
それに、こんなに動ける人間は久しぶりやねぇ‼」
少女のギアが上がる。
出し惜しみをしていい相手じゃない。
全身の魔力回路が回り始め、青の瞳が仄かに黄金の光を宿す。
「熾きろ(recall)、我が杯を満たせ(hull my caliber)」
青が自身の唯一扱える魔術を行使する。
瞬間、少女が飛び退いた。
「あはっ。あははっ‼
ええ。ええねぇ、ほんまに。
それにあんた、……。傲慢やね」
何でもお見通し、というわけか。
青が大きく息を吸って、吐き出す。
少女が背筋を伸ばし、佇まいを整える。
二人の間の大気が震える。
合図は互いの呼吸が重なった時。
互いに理解し、希釈された時間の中で互いにその距離を縮めた。
少女の拳を平手でいなし、その胴に右肩をひねり体重と勢い全てを乗せた一撃。
次いで音の速度で拳を叩きこむ。
反撃に振られた少女の爪は、当たれば即死。
けれど青はすでに視ていた。
「妙なことを……」
少女は、自身の攻撃を突然見切り悉くを対応し反撃してくる青を訝しんだ。
必殺の拳撃を咲かせる少女。
それを捌き反撃する青。
けれど青のそれには時間の限界があった。
少女に渡り合うだけの力の限界は、今か今かと限界に向けてその堰を切っている。
限界を迎えてしまえば最後。
成すすべなく殺されるだけだろう。
どうにかしなければいけない。
打開する手段は、英霊の召喚だけ。
結界を破壊させないよう攻撃の手を緩めず、かつ誘導する。
できるかどうかの問題ではない、やるしかないのだ。
少女は楽しんでいた。
目の前の少年からは自分と同種の神性を感じる。
攻撃もよく捌くし、反撃の攻撃もいい。
人の身でありながら、英霊である少女の身に確実にダメージを与えている。
記憶にある格闘術のどれにも当てはまらない独自の戦法。
ゆえに読みにくい。
初見であればいくら英霊といえど、一歩遅れる。
そして何より、いい目をしている。
先ほどから少女の攻撃は、すべてその先を見られているかのように対応される。
魔眼の類だろう。
おや、と思えば少年が撤退しながら戦っているではないか。
少女は結界を越えるたびに濃くなる龍の、神の存在に内心震えた。
恐怖か、好奇心か。
「それで、その匂いねぇ」
この魔力の濃さ。
並の人間であればその場で発狂してもおかしくない。
その中で平然と、それどころかより精度を増して動く少年の気味が悪いこと。
けれど少女は同時に、気付いていた。
彼のそれには限界があるのだろう。
少女と真正面から戦い続ければ、確実に少女が勝つ。
だから少年は、英霊を召喚するつもりなのだ。
そこまで読んだうえで、少女はその生来の好奇心の強さで、少年の計画に乗ることにした。
「ええよ、ノッてあげるわ」
あははっ、と楽しそうな笑い声を上げながら、その攻撃は苛烈さを増していく。
日は落ち切り、月明かりがその様を仄かに照らしていた。
青の思惑通りに少女が付いてくる。
整えられた静かな玉砂利道は、今や穴だらけ。
爆撃機が通った後のように、土が露出し爆音が響く。
階段までたどり着いたところで、少女に打ち上げられる。
青は空中で、少女がすべて理解したうえで付き合っているのだと理解した。
「……っ‼
そうかよ、ありがとうなっ‼」
であればとことんまで付き合ってもらおう。
青は、少女が階段を昇る間に道場へと駆けた。
少女は冷や汗をかいていた。
階段を一段登るごとに、体に重圧がかかる。
深海に居るような息が苦しくなっていくほどの魔力密度。
まさに神域。
そこを平然と動く少年は、本当に何者なのだと心が躍っている。
ようやく階段を登り切る。
木造の大きな屋敷。
家全体を囲う塀の中心。
魔力の高鳴りを感じる。
二メートル強の塀を飛び越えれば、立派な庭の奥。
入口の開けた道場の中に少年がいた。
少年はまだ詠唱を唱えている。
そしてその奥、少年の奥に居るものを見て少女は絶句した。
そこに神がいるではないか。
あの距離に居てどうして正気でいられるのだろう。
少女は、わずかに踏み込むのを躊躇った。
躊躇わない存在はいないはずだ。
あの少年は確実に心の一部が欠落している。
常にあの魔力に晒され続け、適応していった。
なんて変わり者。
あぁ、けれど。
好奇心には勝てない。
少女もまた変わり者だった。
少年を中心に魔力の高鳴りを感じる。
それでも、わずかに少女の爪のほうが速い。
「運の尽き、やね」
少女は踏み込んだ。
青は道場に立ち入り、弟と相対する。
瞳は青を捉えているが、そこに感情は見えない。
けれど、そこに居るのだろう。
まだ弟はそこに居るのだ。
青は一〇年前のあの日に、自分の道を定めた。
これは、自分の戦争だと。
「素に銀と鉄。
礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ満たされる刻を破却する。
告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば、応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者。
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天。
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ‼」
青と弟の間に浮かび上がった魔法陣の輝きが最高潮に達する。
少女の爪が迫っているのは気づいていた。
視えていたから。
ぎりぎりのタイミングで上体を逸らす。
爪が右肩を貫き、青の足元に血が滴る。
けれど、青の表情は揺るがない。
少女が目を見開いて笑う。
「最初のお返し。
けど、今日はあんたの勝ちやねぇ」
少女が爪を引き抜き後ろに跳ぶ。
と同時に、少女がいた場所に澄んだ風切り音が鳴った。
一太刀振るった少女が振り返る。
金糸のような髪。
閉じたまぶたがゆっくりと開いていく。
青い瞳が、青の姿を捉える。
息を呑んだ。
なんて美しいのだろう。
鼓動がわずかに高鳴るのを感じた。
青碧の着物に、右腕を守るように纏った重厚な甲冑。
握られた刀は、月明かりを反射してキラキラと光を放つ。
小さな口を開いて少女が告げる。
「問います。
あなたが私の、マスターですか」
その日、少年は運命に出会った。
セイバーが少女に立ち直り、真っすぐに少女を見つめる。
「私はセイバー。
そちらもサーヴァントとお見受けするが
続けるか?」
少女は狐に化かされたような表情をしていた。
あははっ、と大きな笑い声を上げながら少女が答えた。
「驚いた、覚えていないんやね。
いや、そもそもあんた……。
ええわ。
今回はうちの負け。
そっちのマスターはん、名前は?」
セイバーの陰から青が答える。
「三上青。
あんたは?」
少女はきゅっと目を細めて
「酒呑童子。
またね」
そういって少女が空に溶けていく。
緊張の糸と共に、青の魔術の限界が訪れる。
セイバーは振り向くと、自身の腰巾着から一つの球を取り出し、指でなぞる。
それは黄金の鳥の姿となり、光の粉を降らせた。
青の肩口の傷に光の粉が当たり、弾ける。
すると、傷口がゆっくりと塞がっていく。
「君の宝具のひとつ、か」
セイバーは頷くと、青の傷が塞がるまでそばに寄り添った。
賭けには勝った。
青は弟を見つめ、思い出す。
あの日の地獄を。
セイバーは己がマスターを見て思った。
鬼がつけた傷によって破れた服。
見えてしまった肉体の鍛え込みは尋常ではなく、尋常じゃない数の傷跡が顔を覗かせる。
申し訳ない、とセイバーはそっと目を逸らす。
それにこの地、あまりに濃い魔力が溢れている。
人が生きていける空間ではない。
もはや神代レベルの魔力濃度。
そこで平然としているマスターは、一体。
「俺は、三上青。
よろしくね、セイバー」
少年が、マスターが、青が笑いかける。
その瞳の奥に、悲壮が見えた。
セイバーはこてん、と首をわずかに傾けて答える。
「私は、吉備津彦命(きびつひこのみこと)。
皆が知る名前では、桃太郎です。
改めてよろしくお願いします、マスター」
男が階段を下りていく。
暗く湿ったそこを降りていけば、青く輝く超巨大な地底湖。
底まで見通すことの出来る透明度は、何も死ぬことのなかった穢れのなさを示していた。
中央に浮かぶ島には小さな木が生えており、その根元に鉄の断片が刺さっている。
スーツの襟を整え、ネクタイを締めなおす。
顔を上げ、閉じた目を開く。
その男、御神門士門は詠唱を始めた。
「古を継ぐ者。
護りを継ぐ者。
すなわち我が血脈。
祖よ、杭を打ちて護りの誓いを果たそう。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。
閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。
繰り返すつどに五度。
ただ満たされる刻を破却する。
告げる。
御身は我が下に、我が命運は御身の剣に。
聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば、応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者。
我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天。
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
京都市は水をふんだんに蓄えた地であった。
その地下には超巨大な空間と共に、神代から暴かれることのなかった超太古の神秘を保持する湖が存在する。
それを守護し続けてきたのが、大山咋神(おおやまくい)から引き継いだ杭による超高度結界魔術を扱う御神門の一族であった。
湖全体が、その光を強める。
島に刺さった鉄の断片。
あれこそは、オリジナルの天逆鉾(あまのさかほこ)の穂先。
この地の神秘を保つための杭として、御神門の祖が行った原初にして最高の偉業。
それを触媒とし、この地の濃密な魔力を用いて初めて召喚が可能になった。
森羅万象の母にして、国造り。
断片を抱くように、運命が眠っていた。
小さく華奢な少女だった。
漆黒の髪は湖の反射光を湛え、夜空のように煌く。
あれこそは、日本神話最高神格。
「……伊邪那美(いざなみ)」
青の家はまさに神域であった。
けれど、この場所に比べれば可愛いもの。
立ち入れば神代の魔力に当てられ廃人となる。
都合がよかった。
あの場所で神代の魔力を知ることができたから、学ぶことができたから、ここまでたどり着いた。
けれど、本当の家族のように接してきたこと。
心から愛していたことに変わりはないし、偽りもない。
士門と青は似ている。
魔術大家の下に生まれ落ち、家族を失った。
互いに支え合って今日まで生きてきたのだ。
けれど、この願いは譲らない。
士門は強く、令呪の刻まれた左手を握り込んだ。
「君の願いはわかっている。
そのうえで、叩き潰す。
僕は、この世界から総ての争いを無くすんやから」
独白は水面の波紋が聞き遂げる。
士門は眠る伊邪那美に背を向け、その場を後にした。
Fate~Your heroic story~プロローグを読んでいただきありがとうございました。
今回は初めてFateの二次創作小説を書くにあたってハーメルンさんを使わせていただきました。
拙い部分多々あると思いますので、感想などから教えていただけると嬉しいです。
物語の方はどうだったでしょうか。
丁寧かつ簡潔に、を意識して自分の内に広がる世界を描いたつもりです。
自分自身久しぶりの執筆だったので結構書き直しました()
もし、楽しかったよ、面白かった、つまらない、へんぴだ、ここがよくない、なんでもいいので、ここまで読んでくれたついでに感想書いてくれたら励みになります。
書かずに眠らせておく設定が可愛そうだ!と思って書き始めたものなので、長く続くと思います。
是非、誰かの心に残る作品でありますよう。
改めて、ここまで読んでくださりありがとうございました。