Fate~Your heroic story~ 作:あおいわさび
ようやく始まった本編ですが、前書きでは前回のプロローグに関して話したいと思います。
今回の主人公は異質。
サーヴァント並みの戦闘力を、地獄の鍛錬によって身に着けた少年です。
物語のコンセプトは「英雄とはその時代を生きた人が,成るもの」
これを踏まえて、今後の物語をより楽しんでいただけたらと思います。
では、作者はこの辺で失礼します。
「彼女は花火のようでⅠ」
つい先ほどまで酒呑童子と激戦を繰り広げた少年は、再び戦っていた。
多くのノートやワークを机に広げ、夏休みの宿題という最大の敵と。
聞きたいことがたくさんあるのだが、どうやら今はそうもいかないらしい。
どうやらマスターは宿題を最後まで溜めておいてしまうタイプのようだ、と桃太郎はそんなマスターの様子を苦笑いしながら眺めつつ、テレビを見ていた。
テレビでは、緊急特番「消えた子供たち」という番組が流れている。
なんでも、京都市内で最近子供が行方不明になる事件が多発していたようだ。
そして今日、行方不明者の数が一五人増えた。
神隠し、拉致、テロ、物騒な言葉と共に専門家や警察、ニュースキャスタ―が討論を繰り広げている。
けれど恐らく、犯人は魔術師と英霊。
儀式の生贄などの何らかの目的のために攫われた、と見るのが時期的にも妥当だろう。
桃太郎はその時、酒呑童子のことを思い返していた。
まさかその真名を明かすとは思っていなかったが、そういう性格か、あるいは。
過去を生きた英霊にとって真名は、その逸話を晒す行為。
すなわち、自身の死因の開示に他ならない。
どんな宝具を有しているのか、一体何が弱点なのか。
それらすべてが、真名によって明かされる。
それに、京都というまさに酒呑童子が生前生きていた地。
召喚された地においての知名度によって、英霊はその能力に変化がある。
あの酒呑童子はまさに、フィジカルだけならハイサーヴァントの領域に足を踏み入れていた。
それとまともに殴り合い、生還してみせた。
自分は思っているよりずっと、とんでもないマスターと契約してしまったのかもしれないな、と情報量の多さに思わず笑みをこぼした。
そんなとんでもないマスターはというと、頭をかきながら必死にペンを走らせている。
今日はあまり話が出来そうにないな、とそっと諦める。
青は今を生きる人間。
その営みは英霊が繋いだ未来の姿。
どんなに些細なものであろうと、その邪魔はしたくない。
「マスター、麦茶のおかわりはいりますか?」
桃太郎はそう言って自身のマスターの下へと向かった。
燃えていた。
父のものであろう腕、母であった肉片、親戚の誰かの。
燃え盛り、軋みを上げる建物の中心で翠は泣いていた。
一冊の絵本を必死に抱え、泣いていた。
「お兄ちゃんっ‼」
はっ、と目を覚ます。
忘れない。
心に刻まれた、自分の道の始まり。
嫌な汗をかいて肌がべたつく不快感に、青は洗面所へ向かう。
昨晩は桃太郎に何の説明もしてあげられなかった。
それどころかろくな挨拶だってまだだ。
今日の日課が終わったら、少し話をしよう。
服を脱ぎ、鏡に映った自分を見る。
醜い身体。
鍛え抜かれ、強靭な骨子の上に積み上げられた鋼の筋組織。
至る所に無残な傷跡が残っている。
切創、擦過傷、挫創、刺創、あらゆる痛みの歴史が刻まれていた。
右肩にほんの少し残る傷を撫で、青は昨日のことを思い出す。
酒呑童子。
強かった。
運がよかった。
それじゃあダメだ。
左手の甲に刻まれた三角の令呪。
聖杯戦争は確かに始まったのだ。
次は負けない。
もう誰にも負けない。
沐浴と着替えを済ませ、青は道場へと向かった。
一〇年間続けてきたことがある。
何度も傷を負った。
何度も骨は折れ、砕けてきた。
内臓が破裂したことだって何度もある。
それでも辞めなかったことがある。
「熾きろ(recall)、我が杯を満たせ(hull my caliber)」
青は出来損ないだった。
だからこそたどり着いた、己の魔術。
今もなお研鑽をやめるつもりはない。
青は大きく息を吸い込み、黄金に光る瞳を真っすぐ翠へと向けて踏み出す。
神を相手にした、スパーリング。
青には戦いを教えてくれる家族はいなかった。
だから、目の前にいる絶対の存在から学ぼうと思ったのだ。
そうして一〇年間、彼は神を相手に死合(しあい)を続けてきた。
強くなり、聖杯戦争に勝つために。
青は宿題を終えるなり、明日は始業式だから早く寝る、と布団に入った。
月明かりの下。
屋敷の屋根の上で桃太郎は夜を明かした。
優秀に過ぎる結界が幾重にも張られたこの地であろうとも、昨晩のようなことがある。
桃太郎は警戒を強めた。
気が付けば夜も更け、朝日が昇り始めていた。
かすかな足音で青の起床を察する。
目覚めた彼を追った先で、桃太郎は言葉を失った。
青い魔力が水のようにうねる。
それを避け、いなし、打ち砕く人の拳。
人が神と打ち合っている。
常人では耐えられない魔力濃度の空間で、青の瞳が煌々と光を放つ。
魔眼?
彼はどれほどの引き出しを持っているのだろう。
なんて異常。
ああして彼は、自身を鍛えてきたのだろう。
自殺行為と呼ぶのも生ぬるい。
地獄の試練といわれた方がまだ納得できる。
桃太郎は改めて、自身のマスター三上青という存在を畏れた。
艶のある白米、豆腐の味噌汁に完璧な焼き加減の塩鮭。
自家製の漬物数種が食卓に彩を添える。
自分もいただいてしまっていいのだろうか、と思いながらも桃太郎が手を合わせる。
「「いただきます」」
食事を進めながら、青が口を開く。
「今日、見ていたでしょ」
どきん、と桃太郎の心臓が跳ねた。
「盗み見たつもりはないのですが、すみません。
あの、そのことについて聞いても?」
青が真っすぐに桃太郎を見返す。
「俺は、今は三上の名前なんだけど、本当は水神っていうんだけどさ。
神を降ろすことで、根源に至ることを目的にした魔術師の家系。
そして、あれは俺の弟。
その身に正真正銘本物の神を降ろした、一族の終着点ってわけだ」
桃太郎は言っていることを理解しても、納得できなかった。
行き場のない怒り。
なんて趣味の悪い話だろう。
生きた人間を器に変えて、中身だけをすっかり入れ替えてしまおうと画策した一族。
それも、さなぎの中身を宝石に変えてしまおうなんて。
人権はもちろん人格も無視。
そんなもののために戦ってきたのだろうか。
「……魔術師とは、そういうものですか」
あなたは、何を想うのですか。
青の瞳を見て、言葉を飲み込んだ。
わかっている。
極々一部の側面を見ただけ。
未来のすべてが救われるなんて思って鬼を斬ったわけじゃない。
それでも。
「……、そういうものみたいだよ。
俺は弟を取り戻す。
そのために戦う。
翠はさ、まだあそこに囚われてる。
だから今でもずっと、絵本を抱えてるんだ」
ただそれだけを理由に、目の前の少年は神に挑み続けてきたというのだ。
今を生きるたった一人の少年の過去が、背負った運命が、桃太郎の胸を締め付ける。
「日課みたいなもんだからさ。
あれが俺の鍛錬で、研鑽なんだ。
今朝のあれは、そういうこと。
納得してもらえた?」
桃太郎は静かに頷いた。
互いに無言で箸をすすめる。
食事を終えると、食器は自分が、と洗い物を買って出た桃太郎。
青はその間に学校に行く準備をしに行った。
ただの自己満足かもしれない。
けれど、見て見たい。
この手で触れて、確かめたい。
桃太郎は制服を着た青に、
「実体化して、街を見て回ってもいいでしょうか」
そう提案するのだった。
桃太郎は青が学校に行っている間に、学校の近くの街並みを歩いて回ることにした。
英霊として、マスターのそばを離れるというのはリスクが大きい。
けれど、青の戦闘力は規格外。
すぐに駆け付けられる範囲で待機する、という条件で青は登校した。
自分の強さを過信しないところも、青の強さなのだろうと一人頷く。
であれば、通学バスの中で青に教えてもらった情報を整理する時間にでもしよう。
爽やかに駆け抜ける風を感じながら、加茂学園圏の地図を見ていた。
京都は、五つの学園圏というエリアと中央圏の六つで構成されている。
北部に位置する加茂学園圏。
地図を見てもあんまりよく分らなかったので、桃は青の通う加茂学園付属第二高等学校、通称「加茂二高」の敷地内にある一般開放されたカフェを巡ることにした。
青空の下で、好物である団子を頬張る。
「加茂」の文字が焼き目として付いたそれはもちもちしていて、甘くて。
それにこの一緒に注文したコーヒーとやら。
苦みと酸味が独特だけれど、この香ばしさはいい。
団子の甘さによく合う。
でもやっぱり、熱い緑茶にすればよかったかな、と思案する桃の横を多くの人がぱたぱたと急ぎ足で往来していく。
皆忙しなく、でも楽しそうに、生活を営んでいる。
なんでも五年に一度、五天祭(ごてんさい)という五つの学園圏が合同で行う、京都市全体を巻き込んだ学園祭があるというのだ。
その五年に一度の大行事の準備に皆忙しいというわけらしい。
詳しくは放課後に、と最後まで教えてもらえなかった今回の聖杯戦争についても気になる。
この聖杯戦争は仕組まれたもの。
青はそう言っていた。
きっとそれが、抑止の守護者である自分が召喚された理由なのだろうと桃は息を吐く。
残るコーヒーを呷り、飲み込む。
さて、考えていても限られた情報ではどうしようもないだろう。
今は情報収集をしながら楽しまなくては。
「ご馳走様でした」
手を合わせ、桃は次のカフェへと向かった。
体育館での始業式が終わり、各教室に戻る途中。
学年順、クラス順に戻されたはずなのだが聞こえてはいけない声が聞こえた。
「せんぱいっ‼
水上せんぱーいっ
あ、ちょっと無視しないでくださいよ‼」
周囲の同級生は、またか、とスルーしている。
変にいじられても面倒なのでありがたい、とため息を一つ。
立ち止まり振り向けば、ちょこんと小さな少女が頬を膨らませて立っていた。
長い黒髪、人形のように整った顔立ち。
この騒がしさに似合わぬ、静謐な空気を纏った少女。
その実、よく懐いた犬のように好意を全面に押し出してくる少女であった。
「火花(ほのか)、順番は守るためにあるんだぞ」
失礼な、と言いたげな少女。
一つ下の学年の大空(おおぞら)火花(ほのか)は、自慢げにその慎ましい胸を張って答えた。
「ちゃーんと守りましたとも‼
ただちょっと、廊下を駆けてきただけです」
廊下を走るのもダメだろうが、というツッコミを飲み込んで本題へ促す。
そうまでして呼び止めたのだ、無下には出来ない。
火花はそうまでする用事があって青を呼び止めたのだろうから。
「それも危ないからやめようね。
で、何の用だ?」
火花がきゅっとこぶしを握って
「今朝一緒に居たボーイッシュな金髪美女はせんぱいの彼女ですか⁉
夏休みデビューってやつですか⁉
くぅーーー、抜け駆けとか許せない。
とにかく、今朝一緒に居た人は誰なんですか‼」
出た、火花のマシンガントーク。
すごい剣幕だったが、内容は桃太郎についてだった。
よく人のことを見ている。
「遠い親戚だよ。
うちでしばらく預かることになってるんだ」
ふーん、とぷくっと頬を膨らませたままつま先で床を叩く。
何か気に入らないことでもあるのだろうか。
「ま、そういうことにしといてあげます。
また放課後、詳しく聞きにきますからねっ‼」
そういってくるっと回れ右をすると、火花が走っていく。
「危ないから走るなよーっ」
ききっと止まると、振り向きぺこりとお辞儀を一度。
早歩きで去っていった。
素直で可愛らしいところもあるんだよな、と青は苦笑いをこぼす。
大空火花は驚いていた。
基本的に不愛想で無口。
自分から何かをすることのないせんぱいが、金髪の美人と話していた。
夏休み明け一発目、せんぱいをからかってやろうと火花が学校の正門で時間を潰していると、そんな光景が目に入ったのだ。
親しそう、かどうかは分からないけれど、こんな朝から……。
学園長の話なんてもとから聞くつもりはないが、余計に耳に入らない。
火花は始業式が終わったとたんに、走り出した。
けれどせんぱいの対応はいつも通りで、親戚とのこと。
ほんとうかぁ―?
火花は疑う。
もっと話していたいけど、次の授業が始まってしまう。
放課後に約束を取り付け、絶対どういう関係なのか聞き出してやる、と火花は駆けだした。
「危ないから走るなよーっ」
聞こえた声に、振り返る。
お辞儀をして早足に切り替えた。
きっとあの美女も道に迷ったとか、そういうオチだろうと思っていたのに。
親戚だろうと許せない。
せんぱいの家にお泊りなんて。
自分もどうにか泊まれないかと必死に考える。
火花の賑やかな一日の始まり。
放課後になり、青は急いで荷物をまとめる。
火花が来る前に学校を出るつもりだ。
桃太郎と話さなくてはいけないことがたくさんある。
今は火花につかまっている暇はない。
校門から出たとき、校舎の方で聞き覚えのある金切り声が聞こえた気がするが、大丈夫だろう。
脱出成功を一人祝いつつ、青は念話を桃太郎に向けて繋げた。
青は少し呆れた笑みを浮かべて、桃太郎と合流した。
「お疲れ様です。
どうしたのですか?」
桃太郎は両手にみたらし団子を持ち、持ち帰り用の団子が入った紙袋を腕にかけていた。
「いや、楽しんでいるようで何よりだよ」
さっそく、と青は上賀茂神社近くのカフェへと向かった。
屋外に設けられたテラス席に向かい合って座る。
桃太郎の注文の多さは諦めて聞き流し、青は何から話そうかと思案していた。
程なくして提供された抹茶を飲んで、互いに舌鼓を打つ。
青は自身の財布が少し心配になったが、どうせ自分は使わないから、と考えることをやめる。
「そうだ。
外じゃ名前で呼んでほしい。
マスターは目立ちすぎる。
俺も、適当に桃って呼ぶけどいい?」
聞けば、焼き餅を頬張りながらの桃から元気なグッドサインが返ってきた。
「見つけた、せんぱぁーーーーいっ‼」
なんて元気な声だろう、と青は思わず天を仰いだ。
火花が駆け寄り、迷わず青の隣の席に滑り込む。
流れるように店員さんを呼び、注文を済ませて一息。
「せんぱい何でどっか行っちゃうんですか⁉」
行動までマシンガン。
滞ることなく一連の動作を行えるのはある種才能なのではないかとも思う。
桃は変わらず焼き餅を食べていて、気が付けば追加注文までしていた。
恐るべしおとぎ話の英雄。
さて、どうしようか。
火花がいては詳しい話は出来ない。
話は家に帰ってからにしよう、と青は念話で伝える。
「よくここにいるって分ったね、火花」
火花は頬をリスのように膨らませ
「当たり前です。
先輩がどこに居ようと火花は見つけ出しますとも。
それより、何で何も言わずにどっか行っちゃうんですか⁉」
まくし立てた。
桃と大事な話があった、と事実を伝えるとややこしくなる未来が見える。
すると、どう答えようかと考える青の思考をすべて壊す声が聞こえてきた。
「あはっ、青くんやん‼
昨日ぶりー‼
もう動いて大丈夫なんやねぇ。
さっすが、ええ体してたもんなぁ?」
見れば、日本酒の入った瓶をぐいっと飲みながらこちらに向かって歩いてくる酒呑童子がいた。
昨日と違う点は角がないこと、カジュアルな現代の服を着ていること。
一瞬で肉体が警戒態勢になる。
席を立とうとした瞬間
「もう、今は争う気はないんやから。
今は楽しく、ね?」
と自然に距離を詰めた酒呑童子に耳打ちされた。
ここで下手に刺激する方が、悪手か。
青は桃と共に様子見を選んだ。
「あははっ、そう。
ツバキお姉さんもまぜてや」
ツバキ、それが正体を隠すための偽名なのだろう。
青としても火花を巻き込むわけにはいかない。
今回は青が酒呑童子にノる番というわけだ。
「金髪のいい男は、まだ見つからないか?
……ツバキ」
虚勢を張って、青が返す。
火花は困惑していた。
夏休みの間に火花のせんぱいは変わってしまったのだろうか。
モテキなのだろうか。
金髪の美少女親戚が現れたと思ったら、今度ははんなり黒髪美少女。
口ぶりから、やんごとなき関係だと思われるツバキなる少女を見る。
見れば見るほどに可愛らしい。
それに色っぽい。
悔しい。
火花が青に向き直る。
ワイシャツの襟に手を伸ばし
「どういうことですか、せんぱぁぁぁぁあいっ‼」
火花は、今日一番の嘆きの声を上げた。
日が落ちるころ、いい感じに出来上がったツバキは
「ほな、またねぇ」
と次の酒を求めて去っていった。
なんて自由な英霊だろう、酒呑童子。
この性格だからこそ、昨日の作戦は上手くいったのだから、この幸運に感謝しなくてはいけないか?
火花は桃に対して未だに敵対心を燃やしているが、段々と大人しくなった。
疲れた、青はどっと襲ってくる疲労に悩まされながら歩く。
「大丈夫ですか?
支えましょうか、青」
「大丈夫ですぅー。
せんぱいは私が支えます」
身を案じる桃の言葉に、食い気味に声を上げる火花。
自然に腕を組もうとする火花を躱し、
「大丈夫。
それより、火花はそろそろ帰らなくてもいいの?」
神山の坂を上りながら、火花はうーんと唸った。
青たちの少し前を歩く火花の黒髪がゆらゆら揺れる。
時刻は一八時過ぎ。
一人で帰らせるのは危ない時間だ。
失踪事件が多発しているのは、恐らく英霊絡み。
それは青も理解するところであったので、様子見も兼ねての提案。
「もう遅いから、送っていくよ」
というと、火花は目を輝かせながら振り向き
「いいんですかっ⁉
お願いします、せんぱいっ」
満面の笑みを浮かべ、青の手を掴んだ。
八坂学園圏。
京都市の東側にある、八坂神社や清水寺、祇園などを含む観光地の側面が強い地域に火花の家はあった。
本来ならこの学園圏の学校に通うはずなのだが、火花は加茂学園圏まで通っている。
賀茂川を挟んで東山区側。
街中ではなく山の方へ続く道を行く。
喧騒は薄れ、静かな住宅街。
横断歩道で立ち止まると、火花が振り返った。
「じゃあ、せんぱい。
また明日。
送ってくれてありがとうございましたっ‼」
火花がぺこりとお辞儀をする。
街灯が明滅し、不意に悪寒が背筋を撫で上げた。
青の背後。
まだ距離はあるが、何かに見られている。
何ておぞましい、血の気配。
「どういたしまして。
また明日。
気をつけて帰ってね」
火花を見送り、今もなお見つめる視線の主の方へ向き直る。
「桃のそれは許したが、お前は誰だ。
獣でなくてもわかるぞ。
酷い匂いだ」
桃が青に並び立つ。
がさがさと音を立て、それは木から降り立った。
「ケヒッ。ケヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ‼」
黒いぼろぼろのローブを纏った何かが飛び掛かる。
とっさに攻撃を受け止めた桃は理解した。
これは「恐怖」の概念。
それに類する何かの具現。
酷い悪寒が全身を蝕む感覚に吐き気を催す。
必死に押し殺して、それを蹴り飛ばした。
それは軽い身のこなしで跳ねるように着地し、桃の方を伺う。
「ひどい気分です。
貴様、サーヴァントと見受けるがその匂い……。
いったい何人殺した?」
返答の意思はなく、沈黙と不躾な視線だけが返ってくる。
失踪事件の犯人は恐らくこいつ。
この英霊はここで倒さなければ、まずい。
桃の心が、そう鐘を鳴らしている。
「青、あれを直接触るのはまずい。
呪いの類で全身が溢れている」
青がいくら特殊な環境で鍛錬を積んできたとはいえ、あれは精神干渉の類。
恐らく、青の持ちうる防御策を貫通しうる。
桃は一度のやり取りでそれを直感で察知し、青をかばうように位置取る。
「……心得た」
青が構える。
だが、それは存外臆病だった。
一歩後ろへ飛び退くと、宵闇に混じるように姿と共に気配を消した。。
確かにそこに居たはずの不快感が嘘のように霧散している。
この神出鬼没なやり口。
アサシンか?
「桃、もう大丈夫だ。
今のサーヴァント……」
恐らく、と返す桃の背にはいまだに緊張感が残っている。
それほどに脅威だったのだろう。
「今日はもう帰ろう。
これからのことを詳しく話さないと」
振り向いた桃が
「はい、そうしましょう。
話すことが山積みです」
そう言って不快そうに眉を寄せていた。
夏休みが明け、久しぶりに青に会ったことで暴走気味だったかもしれないし、通常運転だったかもしれない。
変に思われていなかったかな。
火花は思い出して、頬がにやにやとだらしなく緩んでしまう。
せんぱいに帰り道を送ってもらうなんて、初めて。
あの人さえいなければ、と桃の顔を思い浮かべてしまう火花。
もう少しだけでいいから、せんぱいと時間を過ごしたかった。
言葉を交わしたかった。
でもこれは大きな一歩。
これからももっと仲良くなろうと想いを馳せる。
家までのわずかな帰路をるんるんと跳ねるように歩く。
すると、純白の大きな塊が歩道をふさいでいるではないか。
恐る恐る、火花はその白い塊に近づいていく。
見れば、異様に大きな犬であった。
あるいはこの時代にはほとんど残っていない、狼。
毛並みは美しく、月明かりを受けて青く光る。
凛々しい顔は苦痛に歪み、今にも消え入りそうな浅い呼吸を繰り返す。
うずくまるお腹側が赤く染まっていることに気付き、一歩後ずさる。
明らかに普通の存在ではない。
けれどそんな程度の理由で、火花は救いの手を伸ばさない少女ではなかった。
かつて、どこかの少年が手を伸ばしてくれたように。
「あなた、今助けてあげるわ」
きゅっと、その小さな手を握った。
火花は周囲を見渡す。
人の気配はない。
「今ここでやるしかないわよね。
だってこんなに大きいんだもの、私じゃ家まで連れていけないわ」
鞄を置き、中から小瓶を取り出した。
瓶の中には多くのガラス玉。
いくつかのそれらを見繕い、両手で握り込む。
「装填(set)……、点火(ignition)。癒しなさい(heal your wounds)、星よ弾けて(sparklers)‼」
直後、火花は自身の魔力の高鳴りに合わせて手を開く。
火花と犬を包む球体状にガラス玉が舞い、光を伴って弾ける。
欠片はさらに連鎖し、弾ける。
まるで線香花火。
高まり反射した治癒の魔術は、ゆっくりと純白の体を癒していく。
光が消えた頃に、火花は傷があったであろう付近を撫でて確認していた。
傷が消えていたことにほっと胸をなでおろす。
「……ぐるる」
びくん、と火花の小さな体が跳ねる。
呼吸を戻し立ち上がった狼は、とてつもなく大きかった。
「や、やっちゃった?」
その場にへたりこんでしまった火花は、恐怖した。
あれぇ、死んじゃうのかな。
火花の不安を拭うように、狼がそっと頭を下げて肩に擦り付ける。
よかったぁ、安堵しそっと狼の頭に手を乗せ撫でると、力強い反応が返ってきた。
その時、ばちっと左手の甲に火花が散るような痛み。
そっと確認すれば、赤い痣が浮かんでいた。
「なにこれ……」
「マスター。
この恩は必ず。
あなたに勝利を」
美しい、耳馴染みのいい声が火花の耳に届いた。
狼の星のような目が見つめる。
「今のは、あなたの声?」
ぐるる、と喉を鳴らし肯定は高らかな遠吠えに乗せて。
月夜に純白の大狼が告げる。
「私はシリウス。
冬の空にて最も輝く天狼星。
クラスアーチャーとして、あなたの願いを届けましょう」
少女にとって忘れられない、とても賑やかな日の終わり。
大空火花は魔術師だった。
ここ京都全域を守護する特大結界の影響で集められた、天の星の魔力に縁のある家系。
歴史こそ浅いが、遠坂家の得意とする宝石魔術と似て非なる独自の魔術を完成させている。
その神髄はどれほどのものか、今はまだ知るものは少ない。
彼女は花火のようで、を読んでいただきありがとうございます。
こちらはですね、かなり最後まで悩んだキャラでした。
火花ちゃんの存在と魔術自体は決めていたのですが、相棒となるサーヴァント選びが難航。
でも、考え抜いた末の子なのできっといいものになると思っています。
今回もところどころ挿絵を入れているのですが、全部自作となっていて、結構手間なんですよねw
でも‼妥協せずに皆さんに僕の描く世界を届けたいので頑張ります!
ここまで読んでくださりありがとうございました。