山海経の辺境で申谷カイと対面した漆原カグヤはふと一つの提案をする。
「錬丹術研究会、ひいては山海経に復帰する意思はあるか?」
「ああ、そうだね。させてくれると言うなら復帰するのも悪くない」
「……そう」
カイの返答を聞いたカグヤは僅かな笑みを浮かべ携帯端末を取り出す。
「夜分遅くに失礼します門主様。ええ、申谷カイが復帰の意思を示しました。ですので、はい。
通話するカグヤの言葉に、彼女の行動を興味深く眺めていたカイの目が爛と輝き口元が大きく弧を描く。
漆原カグヤは頑迷な女である。
伝統を重んじるあまりそれが衰退を引き起こしかねないなど予想だにしない。"門主"の忠臣であっても竜華キサキを労る事はない。
固陋極まりないが、そんな人物だからこそ出来る事もある。
山海経において生徒を正規の手続きで退学させるには一年かかる。故に、
キサキの独断によるカイの追放に不満を持っていたカグヤは玄龍門に対してカイの罪状を精査して万全の準備を整え、即座に入学と退学の処置を行うと共にカイのこれまでの罪を公表して見せしめにするべきと進言した。
当時のカグヤは部長ではなかったので影響力は小さく、中々聞き入れてもらえなかったが、キサキを敬愛する幹部は彼女の施政の汚点を消し去りたいと考えて協力したし、そうでない者も今年に入ってからの萬年参事件で身内を唆して梅花園の子供を利用したカイの所業に激怒してカグヤの主張に同意した。
キサキは内心で伝統に固執する彼女達の姿に辟易しながらもそれで不満が解消されるならと受け入れた。どちらにせよ玄龍門へ調略を仕掛けてきたカイの存在は捨て置けなかったし、調査の過程で錬丹術研究会に未だカイの支持者がいる事も判明したのでキサキにとっても益はあった。
「私に会いに来たのはこの為か、カグヤ」
「退学には本人の意思が不要でも復帰には必要。でしょ?」
カグヤはひたすら形式に拘った。退学処分にカイが大人しく従うとは思っていないが、それは然したる問題ではない。彼女の目的は門主の独断による追放という悪しき前例の払拭。
横紙破りをせず正規の手続きを踏む事が何より重要であり、それ以外は些事。
どうせカイはこちらがどう動こうが暗躍をやめないのだから付け入る隙を与えないよう法に則るべきなのだ。
むしろ門主の決定を無視して暴れてくれた方が退学の正当性を主張でき、山海経の伝統は守られる。
はっきり言ってカグヤのやり方も伝統から逸脱していたが彼女の中では問題なしとなっていた。
「貴殿はもう退学者だ。山海経の地から疾くと去れ」
料理にたかるコバエに向けるような蔑みの視線。ただちょっと秘薬の密輸を行っただけで随分と嫌われたものだとカイは嘆息。
「……」
カイは外道や非道と呼ばれる類の人間である。道理を弁えた上で無視するクズ女であるが、一方で異なる価値観に対して理解を示していると言えなくもない。
だがカグヤはその逆で自分の価値観こそ唯一絶対の真理と信じて疑わない。七囚人の中では慈愛の怪盗のように会話は出来ても話が通じないタイプだ。言葉に毒を仕込むカイとは相性が悪い。
「やれやれ。一念通天、か」
閉鎖的で偏屈。古き山海経を体現するような保守派のカグヤに変革の恐怖を吹き込めば上手く焚きつけられると思ったカイの当てが外れた。同時に昔からの顔馴染みが変わっていない事に郷愁のようなものが込み上げる。
そんなセンチメンタルな感情を押し殺して周囲を窺うと複数の気配を感じた。一つはこちらに友好的だがそれ以外からは明確な敵意が放たれている。
キサキやシャーレの先生に会っていきたかったが今日の所は仕方ない。元々あまり成算は期待していなかったので痛手でもない。カイは踵を返し、夜の闇に溶け込むように消えていく。
カイが去った事を確認したカグヤは肩の力を抜く。
戦闘も辞さない覚悟でこの場に臨んだが、あの兇賊風情を相手にして京劇に支障をきたすような負傷をしたら困るという懸念もあった。
しかし結果的には五体無事で済み、山海経の伝統は守られた。カグヤは確かな充足感を胸に抱く。
後日、カグヤはレッドウィンターからの来客の前で英明な君主が悪漢を見事成敗する京劇を披露する事になる。
漆原カグヤは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の五塵の獼猴を再入学させねばならぬと決意した。
カグヤには政治がわからぬ。
カグヤは、京劇の役者である。
面を付け、舞台で演じて暮して来た。
けれども山海経の伝統に対しては、人一倍に敏感であった。
ミネ団長「救護!救護!救護!」
ミノリ 「革命!革命!革命!」
カグヤ 「伝統!伝統!伝統!」
申谷カイ山海経退学RTA最速記録更新。
短期的には原作より良い結果かもしれないが続きの内容次第では「こいつ余計な事したな……」ってなるかもしれない。