※25.7.5 別エピソードに差し替えました。
旧エピソードは、『【旧版】仮免提督といじわる空母【リメイク前】』の方にログとして貼っておきます。
第1話「今日も提督はクソボケている」
●日本海軍横須賀鎮守府 ヘリポート
「ねえ津田君、あなた私の艦娘とケッコンしなさい」
死地へ向かう恩師が俺に残した言葉は、まあ何というか。いつも通り緊張感のないものだった。彼女は〔オスプレイ〕の搭乗口に足をかけて、言ってやったと笑った。
「またその話かよ先輩。頭沸いてませんか?」
あんまり何度も同じ事を言われるので、ついバッサリ切り捨ててしまった。一応この人、上官なんだよな。そして実際、目の前の女提督には、威厳もへったくれも無かった。
そりゃあね。確かに資料で観た艦娘たちは皆見目麗しいさ。でもそう言う問題じゃあない。
「婚活に行くんじゃありませんよ。あんたの代打で行くんだよ」
そう、俺はこれから泊地に向かい新米提督として辺境の鎮守府へ着任する。前任となる先輩は、使命を帯びて単身敵地に潜入する。そして、公式には死んだことになる。決意を秘めた表情で「あの子達をお願い。皆手塩にかけて育てた大事な子たちなの」とか懇願される展開をほんのちょっとだけ期待したんだが、この人に緊張感を求めるのが間違いだった。
「津田君もおカタいわねぇ。あなたは守るものがないと、そのままどっかに飛んで行って消えちゃいそうなのよね。あの子達ならつなぎ留めてくれるかも。この師弟愛、分からない?」
「分かんねーよ」
いやこの人世話好きで情が深いから、きっと艦娘たちの事も俺の事も考えてくれた上での発言なんだろう。だけど俺はもう恋愛とかこりごりだ。そう言うのは顔と心がイケメンな奴に任せときゃいいのだ。
そんな俺の思いもどこ吹く風、先輩は延々と自分の艦娘がどんなに可愛らしいか語りだす。やめろよそんな情報吹き込まれたら、いざ会った時気まずいだろ。
「いい加減にしてくださいよ。先輩が残したものは、ちゃんと俺が守りますよ。どうせ拾った命です」
すり減らして無くなったとしても、特に惜しくはない。漣の奴が聞いたら、本気で怒るから言わないけど。だが先輩にはしっかりと伝わってしまったらしい。妙におどけた調子は吹き飛んで、駄目な弟を諭す姉のように、ゆっくりと言ってくる。
「津田君。皆を残してゆく不安を、本当に分かってくれているなら」
そんな事は言わないで、か。先輩としては、俺が所帯を持って落ち着いたら喜んでくれるんだろうな。愛する誰かを護る気持ちで戦ってほしいんだろうと思う。最近、本当に自分が何処かに飛んで行ってしまわないか。その自信が無い。
「で、誰が良い? 赤城なんかどうかしら? 他の鎮守府よりちょっと鼻っ柱が強いけど、あなたは尻に敷いてもらった方が――」
俺が口をつぐんだのを見て、再び早口で話し出す。今日の先輩はやたらしつこい。そもそもこんな色恋沙汰の話ばかりしてなかったよな。
あれ? なんでそんな事知ってるんだ? まるで
そう思ったら得意顔で赤城をほめちぎっていた先輩の顔がぐにゃりとゆがみ、いつの間にか悲しそうに俺を見下ろしている。分かってる。分かってるんですよ。でも俺では駄目なんですよ。あなただって知ってるでしょう?
「津田君、赤城をお願い。彼女は」
先輩の言葉が、ざぁざぁと言うノイズで消えて行く。何故俺の脳みそは、こんなに赤城赤城と煩いのだろうか。先輩の幻影に言わせているのが厄介じゃないか。あの人の期待を裏切るのは嫌なのに。
先輩の姿が、〔オスプレイ〕に吸い込まれてゆく。手を伸ばしたその先に、あの顔があった。最近夢に見なくなったのに。ははっ、やっぱり逃げられないんですね。
『赦さない』
黒髪を振り乱して、
『幸せになんかさせない』
ずぶずぶと、世界が沈んでゆく。誰かが足を掴んだ。俺を深海に引きずり込もうと。赦してくれ。赦してくれ。一緒に行ってやるべきだったんだ。友よ――。
「だから、あいつは
良く分からなかったが、俺は叫んでいた。叫んだけれど、覚醒しつつある俺の口は、言葉を発する事を拒む。それでも何かを誰かに伝えようとしたとき。
しゅー、ガスが噴き出す音がして、ほっぺたに何かが当たった。夏の湿りきった空気の中で、それはひんやりとして気持ちいい。いやひんやりしすぎだ。冷たいぞ、なんだこれは? 俺の意識は覚醒し――。
「あひゃあ!」
変な声を上げて飛び上がる俺を、うちの秘書艦が見下ろしていた。両手に二丁拳銃宜しく、冷感スプレーを構えて。
「……ひどくない?」
俺はぼやけた頭で部屋を見回す。ここはいつもの執務室らしい。いつも通りビスマルクとアークが勝手にやってきて、ボードゲームを広げていて、駆逐艦や海防艦がそれを見学に来ている。俺が座っている椅子は、先輩から受け継いだもの。彼女が帰還する様子はまだない。
「ひどくありません。映画で夜更かしは止めてくださいと言いましたよね?」
彼女が
俺以外には。
「大丈夫だ。昨日見たのは1925年版『ロスト・ワールド』の再編集版だから」
「それの何処が大丈夫なんですか?」
「そりゃお前。あれは64分に短縮されてるから、他の映画見るより30分長く寝てる事になる」
「……」
しゅー。
「冷たっ!」
こいつ本当に容赦ない。
「それで?」
「……それでとは?」
「映画なんて嘘ですよね?」
目を逸らすが、諦める様子はない。さすが分かってらっしゃる。
「作戦に向けた資源の備蓄が予定量を下回ってるって言ったろ。パラオに海自時代の上官がいてな。何とか融通してもらおうと深夜の密談を」
赤城は怒るに怒れないとばかり腕を組み、何やら考えたのち、疲れたように肩を落とした。何しろ泊地初の大作戦が一ヶ月後に控えている。
「事情は分かりましたが、約束しましたよね? 次不摂生をしたら、ただちに仕事を放棄して睡眠をとるか、冬用の制服で熱いおでんを食べながら仕事してもらうと」
「それ、仕事の効率落ちるだろう?」
「おや? 約束しておいてお逃げになるんですね」
ほう? 言ったな? その勝負受けようじゃねーか。
「漣、
我が初期艦は大げさにくそでかため息をついて、腕で大きくバッテンを作った。どうやらおでんはダメらしい。
「……大人しく寝てきます」
「よろしい」
そして赤城と言えば、優越感で最高のどや顔を浮かべてらっしゃる。俺はつい、彼女の顔をまじまじと見てしまう。うーむ。
「ないわー」
冷静に考えたらスゴイ・シツレイな言葉である。しかし、だんだんと眠気が脳みそを
「ふふーん。また〔フッド〕が沈んだわよ? このまま〔プリンス・オブ・ウェールズ〕までいただきね」
「ええい! このゲームは〔ソードフィッシュ〕の航続距離が短すぎる」
「でもアークさんはダイス運が悪いのです」
「幸運艦なのにねぇ」
「言うな!」
なんかボードゲーム組、盛り上がってるな。ひょこっと視界に入り込んできた顔は、雪風だった。観戦を抜け出してきたらしい。
「しれぇ? 赤城さんはナシなのですか?」
言いにくい事をズバリと聞かれた。他の奴相手ならはぐらかすんだがな。彼女の心配顔を見ていたら、ごまかす気が失せてしまった。しょうがない。真面目に答えよう。
「そりゃ俺なんかに赤城はもったいないだろ? あいつ美人で黒髪が奇麗だし、努力家で頭が良いし、辛いときは寄り添ってくれるし。いつも一生懸命だし。案外隙が多いから守ってやりたくなる。何より優しい奴だ。俺以外にはだが」
ん? 俺は何を言ってるんだ? 眠気は去らない。再び欠伸をして、目をあけた時見えたのは、何故か嬉しそうな雪風と……。
顔を真っ赤にしてわなわなと震える赤城だった。
「待て話合……ぶべっ」
俺の顔面に、彼女が投げたバナナの皮が直撃した。仮にも艦娘による投擲なのである。ばっちーんと気持ちよい音がして、皮がずり音た時、何事かとこちらをうかがうボードゲーム組と視線が合う。彼女たちは「またか」と言う顔をして、直ぐに盤上に視線をもどしてしまう。ひどくない?
「わたっ、陸戦隊に今月の消費弾薬を報告してもらってませんでした行ってきます!」
勢いよく立ち上がった赤城は、執務室へ飛び出して行く。その書類ならとっくにサーバーに上がってるぞ。
「やっちまったなぁ」
頭をがりがり掻いて机に突っ伏す。後でなんとフォローしたものか。あいつにしてみれば、俺なんかにありだのないだの言われたくないわな。そもそも女性にシツレイで、憲兵さん案件だわ。向こうにも選ぶ権利あるし。
……分かってるよ先輩。
「でも良かったです。やっぱり赤城さんは
そうですよね? とばかり視線で確認してくる雪風。良く分からんが、こいつはこいつで何か意図があって、あえて地雷原に突っ込んで来たんだろうな。それが何か分からんけど、自分を気遣ってくれているんだなと思う。
「じゃあしれぇ、漣ちゃんはアリですか? あと霞ちゃんと足柄さんと……」
雪風が指を折りながら謎の質問をしてくる。俺は泊地の艦娘全員を、アリかナシかで寸評せんといかんの?
(それにしても、初めて会った赤城は、もっとおっとりした奴だったんだがなぁ)
俺は転がっているバナナの皮を足元のゴミ箱へ放り込むと、着任直後のトラブルに思いを馳せた。あの頃の俺は、針のむしろだったな。それを思うと少しくらい自分を褒めてもいいかもしれん。
でもまああいつは俺の相棒で、とってもいじわるな空母だ。