話がどんどん大きくなっていますが大丈夫です。ちゃんと畳みます
お約束通り今週は二話更新なので、明日もう一本上げます。ちょっといつもより遅れるかも。
●一ヶ月後 零時32分 丹賑島鎮守府談話室
Starring:赤城
『吹雪です。マルマルサンフタ。本日も深海棲艦の出現はありません。哨戒で出撃した方はお疲れ様でした。現在赤城さんや司令官、秘書艦の皆さんはとても大変みたいです。私たちで気遣ってあげましょう』
至福の時間、と言うには余裕のない状況だった。毎日事務仕事や他鎮守府への支援部隊の準備や指揮。秘書艦勢はパンク状態にある。それでも赤城は、毎日30分はこの時間を取ることにしている。
弓を使えば誰にも負けない彼女も、毛糸をからめとることには不器用な自覚はある。しかし下手の横好きが許されるのが趣味と言うものの素晴らしさ。そこは相棒の加賀さんも同じ考えだ。凝り性の彼女は、結局趣味でもストイックに向き合ってしまうのが玉に瑕だけど。
赤城にとって裁縫や手芸は、木葉提督との絆であり、提督との出会いを象徴する大切な時間だ。しかし眠いものは眠いわけで。
「怪我をするわよ? 今日はやめておきましょうか?」
ウォースパイトが、問う。若干の呆れがにじんでいるが、彼女の視線は暖かい。最近、彼女には編み物の指南をお願いしている。自分の不器用ぶりを見かねたウォースパイトがアドバイスをくれたのがきっかけ。赤城が好感を持ったのは、決して口を出さず、近くに座って編み物を始めたことだった。実は気性の激しい赤城は当てつけかと誤解しかけたが、その考えは霧散した。彼女は彼女で、趣味を楽しんでいる様子だったから。
アドバイスを与えようと思ったら、まず相手を知ること。英国淑女らしい気遣いだった。結局赤城は、彼女のアドバイスを受け取ることにした。と言うより、共通の時間を楽しむようになった。
「お仕事、忙しいのね」
振られた世間話は、まったくもって頭痛の元だった。我ら
どうして偉い人と言うのは、現場がやる気をなくすような方法ばかり熟知しているものなのだろう。
「それで、お返事はもらったの?」
今日のお昼は何だった? そんな感じのテンションで、ウォースパイトが尋ねる。一番聞かれたくない話を。
「何のことでしょう?」
一応とぼけてみるが、今更取り繕っても遅いのは、赤城にだってわかる。現にウォースパイトは、流れを無視して話を進めた。
「Admiralも罪な人ね。頑張り屋ではあるけれど」
彼女も英国艦のまとめ役である。提督とはやりとりも多いから、その人柄も心得ている。そのせいで自分と彼と漣と、微妙な関係も喝破されたわけで。趣味に対しては自主性を重んじる彼女も、色事には躊躇なくくちばしを入れる主義らしい。もっとも、赤城がそれを煩わしく感じていないからこそ、今この時間があるのだが。
「今、泊地は大変な時です。彼は皆のために走り回っていますし、あれはへたれですから」
それを言ったら、ウォースパイトはくすくすと笑いだした。むっとして視線を逸らす。
「それは、あなたも同じじゃない?」
棒針を持つ手が止まりかけるが、動揺を悟られないように作業を再開する。このくらいのポーカーフェイス、出来なくて何とする。
「そこ、一段飛ばしてるわよ。ほどいてやり直した方がいいわ」
「……」
ここまで言われて不快に感じないのは、と言うよりこんなことを言ってくるのは加賀さんくらいのものである。ちょっと前ならあなたに何が分かるんですなどと返したかもしれないが、今は特に不快でもない。自分が変わったことを実感させられる。
「……彼はこの島の、いえ艦娘全部のために頑張っているんです。今私がわがままを言う時ではありませんよ」
ウォースパイトは再び笑う。笑いながらも、毛糸を紡ぎ続けているきれいな所作が恨めしい、いやうらやましい。
「きっとAdmiralは今頃、忙しい中でも、答えを伝えられない罪悪感でいっぱいでしょうね」
そんなことは分かっているのだ。ついでに言えば、彼が時間を作って昼食やら散歩やらに誘ってきているのも。なのに自分は反射的に吹雪や加賀さんを半ば無理やり誘って、答えを聞くことから逃げ回っているのも。
でも漣の件で壊れかけた彼を見せられたから、無理をして負担をかけることは怖い。いや本当に恐れているのは別の問題だと分かっている。
「いざ答えを出そうになったら、何かが動き出すのが怖くなった、かしら?」
図星である。自分だって、この一航戦赤城がまさか、こんなくだらない悩みを抱こうとは思わなかったのだ。妊娠した呉の自分を、理解できないと呆れていたのはいつの頃だったか。
「女の子ね。うらやましいわ」
ウォースパイトがそんなことを言う。確かに彼女は年上だが、艦娘としての経験値は自分の方が上のはずなのだ。戦闘の経験値は、だが。
「でも大丈夫。きっと上手くいくわ。Admiralだもの」
言うだけ言って、彼女の意識は編み物に戻ってしまう。どうやら背中を押したかったわけではなく、吐き出させてガス抜きをさせてくれただけらしい。加賀さんはこういう機微に疎いから、正直とてもありがたい。女の子扱いされて、手玉に取られたことを除けば。
悔しいから、一言だけ言ってやる。
「知ってます。うちの提督ですから」
ウォースパイトは、今度は笑わなかった。視線を手元に向けたまま、ふっと笑う。
「そうね」
言うだけ言ったが、ちっとも勝った気がしない。赤城はもう諦めて、残り少ない趣味の時間を満喫するとした。