Starring:瑞鶴
ちらりと伺った深海大使。自称”アオ”は、装甲破砕状態にも何か問題を感じている様子はない。人間や艦娘であるなら、確実にうさん臭い案件である。しかし深海棲艦のことは良く分からない。実地で確かめるしかないと言うことだろう。
「……ここから、南東に約180海里」
「分かった」
瑞鶴は陣形の組み換えを指示する。そろそろ潜水艦だけでなく、水上艦隊との遭遇戦も警戒しなければならない。幸いにして、レキシントンもサラトガも、さすが歴戦だけあってこちらに合わせてくれている。なんか指示を下すたびレキシントンが「いいじゃない!」「それでこそ瑞鶴よ!」とうるさかったが。
艦隊は南下し、サイパン基地を経由せず南太平洋方面に。
メンバーは自分達五航戦を始めとし、レキシントン姉妹に補給物資を満載した神威。護衛役としてジョンストンがエスコートについてくれた。アイオワはお留守番である。正規空母四隻も動かすだけでも苦しいのに、アイオワ級なんか出撃させられるか。と言うのが提督さんの弁である。それでも緊急用に後詰として待機してくれるとのこと。
そして最後に続くのは、防御力を失った深海大使である。
「ズイカク、そろそろ直掩機を出してはどうでしょうか?」
頃合いであると、サラトガが具申する。瑞鶴は即座にそれを受け入れた。正直少し早いと思ったが、小さな差異より協調を優先する。これも提督さんの教えである。それにサラトガは相当な手練れ、そのカンを信じるべきだ。
トラック島周辺の海域は我が方のものとは言い難い。インドネシアの敵艦隊を抑え込んでいるパラオほどではないし、米艦隊の圧力である程度封じ込められてはいるが、完全ではない。
ついでに言えば、存在を知ったばかりのアメリア・イアハートなる冒険家は、ニューギニアのラエを目指していたそうだが、そこは今、南洋艦隊の手に落ちている。
過度な南進は自殺行為だ。神威とレキシントンがどんなに望んでも、その時は反転して帰還すべき。その時冷静さを保って二人を抑えるのが、自分の役割だと思っている。加賀さんとやり合う中で芽生えた自負であるが。
「瑞鶴、さっきから緊張しっぱなしよ? 大丈夫、私がいるわ」
翔鶴姉に声をかけられ、落ち着くために支給品の氷砂糖を口に放り込んだ。久しぶりに心配させてしまったのが、不甲斐なくもあり嬉しくもある。
「ありがと、翔鶴姉」
姉はふふっと微笑んで見せた。自分の心の機微などお見通しなのかも知れない。口元が緩んでしまう自分は、どこまで言っても甘えん坊なのかも知れないと、最近思うようになった。
「翔鶴姉、大使の話、どう思うかな?」
困ったような笑いが返ってきた。迷っているのは姉妹で同じと言うことだ。
「でも提督が決めたことよ。まず信じて、それから最大限警戒しましょう」
思っていたことを言葉にしてもらって、幾分か勇気づけられた。言葉を返さず頷いて、注意を艦隊に戻す。普通はこんなに警戒しないが、状況が状況である。
瑞鶴は、口で言うほど深海大使を信用していない。”和解”の話もどうにも怪しい。あの深海棲艦が何をしたいのか、自分達に何を求めているのか、皆目見当はつかない。そもそも深海棲艦は敵なのだ。ほんの90日前には爆弾を落とし合っていた相手であり、今この瞬間も、何処かの艦娘が危機にあるかもしれない。
自分はただ必死に戦ってきただけだから、連中を恨む暇などなかった。でも赤城さんや提督さんの境遇を聞いたときは、はらわたが煮えくりかえった。なぜか二人とも吹っ切った様子で、深海大使に憎悪の片鱗も見せないから、自分が何か言うことでもないのかも知れない。加賀さんに聞いたら、「赤城さんに任せているから」とだけしか言わない。
小型艦たちも、怖がる子はいても、憎む子はほぼいない。
薄氷の友好だったが、泊地内ではぎりぎりのバランスで争いの種は取り除かれていた。
しかしだからこそ、丹賑島の艦娘たちには、他の艦隊にはありえない感情が醸成されていった。
自分達は何者で、なぜ今まで深海棲艦と戦ってきたのか。なぜ赤城さんはあんなに苦しんで、なぜ多くの艦娘や人間たちが海に散ったのか。
この冒険行に猛反対する者が、あの場で出なかったのは必然なのかも知れない。だって皆知りたくて、多少の危険で答えが得られるなら、望むところであろうから。
そして探検隊、もとい探検艦隊は、目標海域に突入する。海図には何も描かれていない、太平洋の海の上。アメリカの英雄はそこに眠っているのだろうか。自分と翔鶴姉にやたらと絡んでくるレキシントンも、休憩のたび甲斐甲斐しく水筒を配っている神威も、その表情から心中はうかがえなかった。