Starring:提督
同日、
呼び出しを受けた俺は、射撃場にやってきた。一度ゆっくり話がしたいと言うから、また居酒屋鳳翔だと思ったんだがな。弓道所でもなく会議室でもなくこことは。
「見ていても何も出ませんよ?」
銃声を遮るイヤーマフを付けているのに、彼女は即座に俺に気付いた。出迎えた加賀は、アサルトライフルで一心不乱に標的を狙っている。俺が受けた射撃訓練なんておざなりだったが、それでも彼女のフォルムが美しい事は分かる。
「意外だな、お前は弓しか持たないと思ってた」
加賀は射撃を終え、銃声除けのイヤーマフを外した。タイミングを見計らって尋ねると。彼女も良くわからないと言った様子。
「多分、他の”私”ならそうね」
他の私。つまり違う鎮守府の加賀だ。と言う事は目の前の彼女だけが、射撃を趣味としていると言う事だ。先輩のやつ「情報があり過ぎるとノイズになる」とか言って引き継ぎ資料もくれなかったからな。赤城の下戸の件は酷い目に遭ったし。
「そろそろ、機関銃が欲しいのだけれど。
「いや、あのなぁ」
冗談で言ってるのか本気なのか。湯水のごとく弾を使うバカ高い機関銃を、趣味に使うから寄こせ。そんな事が言えるのは彼女くらいのものではないだろうか。
まあせっかく来たのだ。俺はホルスターから拳銃を取り出し、標的に向けた。
「〔シグザウエルP210〕、露出式ハンマーとシングルカラムマガジンの旧式だけれど、ローテクだけに頑丈で精度も高い。良い銃ね」
そんなものか。俺はこれしか撃った事が無いから、精度とか分からん。俺が答えないのを見て、加賀は一方的に話を切り出す。
「木葉提督には感謝しています。五航戦の事。立ち上げたばかりの泊地の事。当時の私は色々と溜め込んでいたわ」
それで銃をぶっ放してスッキリしろと教えたわけか。なんとも先輩らしい。ってか俺の時と同じだ。
「その提督の後任としてあなたが相応しいか、正直決めかねています。あれだけ行き詰まっていた五航戦を、アドバイスひとつで立ち直らせた。一方で強権的な作戦中止と徹底した秘密主義」
言葉もないが、ネガティブな方は俺の意志でやっているわけじゃないんだが。
「お前はこう言いたいわけだ。『俺が使い物になるか、
「そうね」
たぶんそう思ってるのは、彼女だけじゃない。だから関係改善の為、書類仕事は鈴木一曹に頼んで艦娘たちとコミュニケーションに努めているのだが。それも人によっては印象良くないだろうな。成果が出ているのかも良くわかってないし。
「信じてくれとしか言えない。俺の秘密主義は全部上からの指示だ。俺としては不本意だし、情報公開は時が来ればちゃんとやる」
だが俺の宣言は、彼女に届かなかったらしい。
「海軍には、艦娘から提督を取り上げようと言う動きもあるそうね」
「……前任から聞いたのか」
「鎮守府解体派」。まだ大きくは無いが、無視はできない程度の派閥だ。彼らは艦隊の権限が提督に集中している事を危険視している。人間の指揮官を戦隊レベルで配置して、提督や艦娘が独断で動けないようにしてしまおう。そんな腹積もりのようである。といっても、士官不足の折にそのような事を強行するのは悪夢だし、艦隊の強さは確実に削がれる。艦娘の精強さは提督との信頼関係で成り立っているからだ。そんな事は分かっている筈だが、要は艦娘と言う存在が、自分達のコントロール下に無いのが怖いのだ。現場に足を運び艦娘と会えば、また違う評価も出るはずなんだがな。
「つまりそいつらが前任を行方不明にし、駄目出しに俺を間諜として送り込んだ。そう疑っていると」
着任早々一部のやつらから受けた塩対応はそれか。警戒心いっぱいの高雄を思い出す。先輩め、俺とあんたの関係を明かすだけで、大分軽減できる問題なんだが。
「そいつらが、とは言わないわ。でも、今の海軍ならそのくらいの内紛も起こるんじゃなくて?」
否定できんのだこれが。この手の派閥争いはあちこちで起きている。この大変な時にと言えばそうだが、こう言うのは人の
「憶えておいて。あなたに懐いている子たちはそう言う事情より人柄を見ようとするから、あまり気にしなかったのね。でもそうでない子もいる」
「まいったね」
頭を抱える俺がいる。先輩や綾郷さんがやたら秘密主義だった理由が分かった。今回の俺の人事は、思った以上にドロドロで、恐らく綱渡りで決まったものなのだろう。その詳細を教えてくれないのは大いに不満だが。
「返答だが、俺は彼らを知っている。だがそこまでの力を持っていると今知った。綾郷大将はその派閥と付き合いがあるが、そんなもの高級将校なら誰でも同じだ」
「そう」
彼女は俺の話を信じてくれたのか。恐らく無理だろうが、無実の証明なんぞ不可能だ。とりあえずそう主張しておくしかない。そして、次の質問は恐らく。
「
悪いがそれも正直には答えられない。
「養成機関の教官時代、何度か指導を受けた。だから会った事はある」
無論嘘は言っていないし、調べればすぐに分かる事だ。敢えて言っていないのは、先輩と俺が個人的に交流があった事、彼女の生存を知っている事である。許されるならどちらもぶちまけたい。提督を失って悲しむ艦娘たちを見る度、その衝動に駆られる
加賀はこれ以上の追及はしなかった。しても無駄だと思ったのだろう。俺と先輩に繋がりがある事を知ったのが、唯一の収穫と言ったと言うころか。そして彼女は言った。いつものように無表情で。
「とりあえずは信じます」
「そうか」
今のところは手打ちにしてくれるらしい。俺と彼女の関係では、まだその表情を読み取る事はできない。
「五航戦、翔鶴と瑞鶴があなたを信じると決めたから」
「……そうか」
あの二人は本当に、俺の事を認めてくれたんだろうか? だとしたら仮免提督として嬉しい限りだが。
「それから赤城さんよ」
「赤城? あいつ俺への当たりが相当きついが?」
溜息を吐かれた。俺変な事は言っとらんぞ?
「私には、それが何か分からないけれど」
彼女の表情はやはり読めない。だが少しだけ、声色が変わった事に気付いた。
「赤城さんは、何かを抱えているわ」
「何って何だ? お前も知らないのか?」
加賀はただ頭を左右に振った。
「赤城さんは私の半身。パートナーだからこそ話せない。そういうものもあるわ。それが私たちの信頼。少なくとも、今まではそう思っていた」
そう思っていた、か。つまり今はそう思っていない。一歩踏み出したいと思っているわけだ。
「なぜその話を俺に?」
「あなたが私の知らない赤城さんを、引っ張り出したからよ」
「引っ張り出した? 俺はただ怒らせただけだぜ?」
あいつを怒らせればいいなら、俺はいくらでも出来る自信があるぞ。そんな事をして良い結果に繋げる自信の方は皆無だが。
「そう、あなたは初対面で赤城さんを怒らせたわ。あの人は滅多に怒らない。失望はするけれど」
だから俺は彼女の理解者になれると言いたいらしい。話が飛躍してるとしか思えないが。釈然としない俺をよそに、加賀はライフルを片付け始める。
「憶えておいてちょうだい。これ以上赤城さんに関わるなら、中途半端な覚悟でやらないで」
俺は何と返事をすべきか分からない。彼女はライフルをケースに仕舞い、軽々と持ち上げる。これから手入れをするのだろう。俺はもう少し撃っていこうと、弾倉に弾を押し込み始める。ふと加賀が足を止めた。
「あなたの銃、手入れはよく行き届いているけれど。愛着がある割には撃っていて辛そうね」
心臓をハンマーでたたかれたような感触。つまり、図星を突かれた。そうなのだろう。分かっている。俺がこの銃を大事にして、時折撃つのは、自傷行為のようなもの。
そんなことは、分かっているのだ。