Starring:漣
演習室、と言うと
「チュートリアル用の簡易設定で行こう。お互い六隻編成。資源の消費は考えなくていい」
資源の消費を計算に入れないと言う事は、大型艦使い放題と言う事だ。まだこの施設は初めてなのか、三人組はわいわいと楽しそうに編成を話し合っている。こういうところは素直な青年たちだと思う。おそらく彼らが選んだのは戦艦と空母の混成軍でくるだろう。津田さんはにやりと笑うと、自分の設定を見せてくる。全部駆逐艦だった。
「津田さん、それは流石に……」
小声で苦言を呈するが、彼は聞きやしない。練度設定は同じ、数も同じ。夜戦に持ち込めばひっくり返せるが、初期装備の駆逐艦が夜まで持ちこたえられるとは思えなかった。
「じゃあ、旗艦の名前は”漣”にしよう?」
「えっ?」
歯を見せて笑うのは、映画を観る時の子供っぽい
「”ちっこいの”の凄い所をみせてやらんとな」
その一言で理解した。彼は”ちっこいの”、つまり駆逐艦が役立たずと言われた事に憤慨したと言う事だ。ただそれだけのために。いくら何でも物好き過ぎる。
「じゃあおっさん。俺らが勝ったら、ケンカ吹っかけた事を謝罪しろ」
正直むっとした。ケンカを吹っかけてきたのは彼らの方だ。
「俺の方は何もいらん。どうせ俺が勝てば、
津田の言葉と共に、状況は開始された。漣は教官席に腰掛けて、両方の情報を閲覧する。どうやら学生組は、戦艦五隻と防空用の正規空母らしい。戦艦が戦って空母が防空を行う。第二次大戦と言うよりは戦間期のような構成だ。使い勝手のいい重巡を入れなかったのは、夜戦になる前に津田さんを確実に叩きのめす為だろう。
双方ともに、相手の位置及び編成は見る事が出来ず、索敵し発見なければならない。それも空母を持つ学生組の方が有利だ。
まず学生組の艦載機が、津田さんの駆逐艦を捕捉した。それは先行した”漣”である。学生たちは、即座に攻撃準備を検討し始める。だが、空母一隻と言う構成が足を引っ張った。
「なあ、ここで艦載機出しても良いのかな?」
学生組の一人がぼそりと言った。このレギュレーションはチュートリアル。かなりの仕様が簡略化されている。その中に、艦載機の分派が出来ないと言うのがあった。一度攻撃機を出してしまったら、艦隊を守るのはデフォルトで設定された少数の戦闘機だけだ。もともと防空用に編成した空母。欲を出さず割り切って使うべき。分かってはいるのだろうが、索敵中の盲目状態だとビギナーでなくとも不安になるものだ。
迷っているうちにも、”漣”は彼らを挑発するようにうろうろしている。
「再度偵察を」
「なあ、でもあれ囮じゃね?」
「囮でも、確実に沈めるべきじゃ」
「いっそ距離を詰めて砲撃で」
「追いつけるか? 駆逐艦に」
ひそひそ相談しているが、艦娘の耳には容易に聞こえる。人間は、取れる選択肢が少なければ少ないほど、果断になるものであると言う。与えられた無数の選択肢は、学生たちには重すぎた。さらに言えば端末を操作する津田さんが、余裕のにやにや笑いを浮かべている事も混乱を助長した。漣とて幾多の戦場をくぐった
だからこそ学生たちは悪手を打ってしまった。
「攻撃隊を出しつつ、艦隊を前進させて距離を詰めよう。そうすればより短時間で帰還機を回収できる」
悪くない作戦だろう。問題は既にそれを思いついた名将がいて、ばっちり教本に載っていると言う事だ。自力でそこにたどり着いたのなら優秀だと思うが。
そして破綻は訪れる。学生たちの前衛を進む戦艦が魚雷の直撃を受け轟沈。見事な待ち伏せだった。駆逐隊はそのまま輪形陣に突っ込んで空母に魚雷を撃ち込み、混乱する戦艦部隊を横目に悠々と離脱してゆく。空母は無事だったが、左舷に一発食らい速度を大きく落とした。艦載機の発艦には補修を必要とする。そして、それが完了するまでにやって来るであろうものは、恐怖の夜だった。
後の事は、語るまでも無い。
「……どうして」
「そうだ、どうしてだ!?」
決着がついた後、学生の誰かが言った。どうしてこちらの動きが手に取るように分かったのか? 何かずるでもしているんじゃないのか? そう言いたいのだろうか。だが、津田さんはにっこり笑う。
「実戦でこんな事怖くてできないけどな。お前たちが”漣”に釣り出されてる間、レーダーのレンジの外に回り込んだのさ」
「は? だってこっちの配置は明かしてないのに」
津田さんはドヤ顔で笑い、宣言した。
「トーシロの考える配置や装備なんて、全部俺が通ってきた道だぞ? 想像出来ないわけ無いだろ」
三人は打ちひしがれ、乗り出した上半身を椅子の背面に預けた。
「駆逐艦ってのはな」
津田さんは、講評用のタッチペンを取り、ディスプレイの”漣”に、いたずら半分で「MVP」と書き込んだ。
「戦艦ほどの攻撃力も無いし、空母ほどのレンジも無い。だけど誰とでも戦えるんだ。戦艦も魚雷を食らえば無事ではいられないし、空母を一撃で沈める潜水艦や航空機とも、駆逐艦なら戦える。今回も、その速力でお前らを翻弄したわけだ」
三人組はうなだれるが、津田さんは容赦しない。
「お前らもそれと同じだぜ? 提督になれないからって腐るな。海軍に入った以上、戦争に貢献する仕事は山ほどある。大体提督だって、船に関わる仕事をしてりゃ突然素質が現れる事もある」
「本当ですか!?」
今度は前のめりになる学生たちを前に、津田さんは笑い、言葉を締めた。
「ま、つまり何が言いたいかと言うと――」
つまり? 次の言葉を待つ一同に、津田は言った。一切の迷いなく。
「うちの初期艦は、凄いだろう?」
「えっ?」
思わず声を上げてしまった。この人が怒ったのは駆逐艦を馬鹿にされたからではない。自分の秘書艦、つまり漣を馬鹿にされたから怒ったのだ。
「あの、すみませんでした」
学生たちが、次々と頭を下げる。漣にも謝ったことが、少し意外だった。そして、津田さんが勢いよく立ち上がる。
「よし、飯食いに行くか!」
呆気にとられた学生三人、と漣を他所に、彼は財布を確認し始める。
「いい歳したおっさんに聞きたくもない説教を聞かされたんだ。少しくらい良い事があっても良いだろ?」
近くに美味しいラーメン屋があるんだと津田さん。そう言えば久しくラーメンを食べていない。物不足でお高いのだ。
「俺、元海自だからさ、現場の話とかできるぜ。どうだ?」
彼らもいっぱしの海軍軍人(の卵)、その目が一様に輝き出した。
彼ら三人とはまだ交流がある。
あれからいつの間にか、津田さんを「ご主人さま」と呼ぶようになっていた。本人は「紛らわしいからやめてくれ」と言っていたが、構わず呼び続けていたら何も言わなくなった。
戦いの技術、胆力、洞察力。木葉提督を神技を持つ勝負師とするなら、この人はブラフと読みで相手を翻弄するはイカサマ師だ。凄い提督になる! そう確信していた。そして、きっと皆に好きになってもらえる、優しい人である事も。だから、信じる。信じてあげて欲しい。