Starring:提督
目前では、金剛型四隻の一斉射撃で黒煙を上げる敵高速戦艦の姿があった。たまたま動ける戦力が彼女たちで良かった。フットワークに劣る重戦艦なら追いつくのに苦労したはずだ。
「何ちょろちょろやってんの!? 輪形陣からはみ出さないで!」
霞の怒声が飛ぶ。ジャミングを受けた泊地を、俺が高速艇で飛び出したのは艦隊を誘導するためで、砲火が開かれてしまえばただの足手まといだ。霞にしてみれば、眼前に敵がいるのに俺のお守りはさぞもどかしい事だろう。だがもう誰かに、もう失わせるわけにはいかないのだ。だから無理もする。「彼女」と「後輩」の顔が浮かぶ。
轟音。砲弾が火薬庫に到達したのか、重装甲の戦艦が宙に跳ね上がり、そのまま海中に没してゆく。
『提督、通信回復しました。警戒線の構築も完了してます』
大淀からの無線に、胸を撫で下ろす。つまり目の前の奇襲艦隊を食い止めた時点で、敵の作戦は失敗したと言う事だ。複数の艦隊が連動して泊地に襲撃をかける計画だったのだろうが、少々連携が甘すぎた。案の定後発の赤城率いる機動部隊が、敵空母を捕捉・撃退したとの報を受ける。
『よし、逃げる敵は追うな。ここらで引き上げ――』
撤退の指示を出した時、視界が白い水しぶきに埋まり。俺は意識を手放した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして俺は、徹夜明けでなお仕事をしている。
第一に、島民の皆さんを不安にさせた事への謝罪と、今後の対策を説明。この泊地を運営する上で、彼らの協力は必要不可欠なのだが、今回はかなり
第二に、艦娘たちに現状と対策を伝え、敵新兵器への不安を払しょくする事。
第三に、今回のジャミングの対策と艦隊司令部との共有、詳細な報告書の作成。
砲弾の破片で切られた頬と、漣にぶっとばされた反対側の頬を撫でながら、俺は奔走するのだ。
今回のジャミング攻撃は、複数の鎮守府で同時多発的に行われた。幸い、大きな被害は免れたらしいが、轟沈が出たり、一時的な拠点放棄を強いられた艦隊が複数あるらしい。うちは運が良かったが、完全にしてやられた。既にジャミング対策はされているが、海軍は対応に追われている。
「それにしても、酷くない?」
地下にある中央指令室に向かいつつ、漣にぶーたれた。ひどくない? と言うのは、ぶっ飛ばされた頬の事だが、下手人は涼しい顔で言い切りやがった。
「別に酷くないです」
まあいい。これも偉い人のお仕事の内なのだろう。
「あとは、金剛型の演習だな。昨日出撃したばかりだが、大丈夫そうか?」
「そんな事を言ったら怒られますヨ? 艦娘のスタミナを舐めちゃいけません」
そうなのだろうが、人間を部下に持つ事と、艦娘を持つ事の違い。それも日々試行錯誤なのだ。
「でも、ご主人さまは寝てていいと思いますよ?」
「言われんでもこの演習を見届けたら寝るよ」
「そうじゃなくてですね」
これ言っても良いかな? とでも言うように、漣はボールペンで頬をかいた。
「金剛型のみなさん、演習はボイコットするそうです」
「はぁ?」
忘れていた。俺にとってここはアウェーで、艦娘たちが俺の味方ばかりだとは限らない事に。
戦艦寮 談話室
金剛型戦艦。我が
「そんなに艦隊を動かしたいんならあなた自身がやればいいデース」とか言われたらどうしよう。「それが出来ればやっとるわ! 殴られもせずに一人前になった奴がうんたらかんたら」とか言って、平手打ちでもしろと言うんかね?
要らん思考をしつつ、談話室のドアを開けると。俺はがっくり脱力した。優雅にお茶する金剛型四姉妹の姿があったからだ。
「榛名、私の味に近づきましたネ」
「本当ですか! 榛名嬉しいです!」
「霧島は計量が正確で良いネ。でもちょっとだけ自分の味覚を信じても良いデース」
「はい、お姉さま!」
金剛が妹たちの作る紅茶をテイスティングしてるようだ。そりゃね。金剛たちの事だから、「未熟な提督を許すな!」「
「お姉さま! 私はどうでしょう?」
「比叡はそうですね。技術だけなら私より美味しいと思うのデスが」
「やったあ!?」
「余計な手を加えない時限定デース」
比叡はなんか首をかしげている。そう言えばこいつの料理を食べる時は必ず金剛に相談してからにしろと、漣が言ってたな。よく分からんが。
「少佐、ちょうど良かったデース」
金剛が優雅にカップを置き、振り返る。空気に呑まれた俺は、愛想笑いでも浮かべるべきかとも一瞬思ったが、そんな義理も必要もない事に気付き、結局仏頂面を選択した。
「ショートブレッドでも如何デスカ? 比叡が焼いたものデスけど、ちゃんと余計な味付けをしないよう見張ってましたから大丈夫デスヨ?」
ちょっと待て、比叡のアレンジレシピってどんだけ怖いんだ? まあ金剛が大丈夫と言うから大丈夫なんだろう。大丈夫だよな? 恐る恐る手を伸ばす。
「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」
意識が飛びかけた。ごほごほとせき込みつつ渡された紅茶を流し込み、無理矢理呑み込んだ。何故だ? 何故ショートブレッドなのに食感がゲル状なんだ?
「比叡、作ったものをすり替えたデスネ?」
金剛が妹を睨む。悪戯を叱責する母親のように。比叡はおかしいなぁと首をひねっている様子だ。こいつコワイ。
「何を入れたデスカ?」
半眼で問う金剛に、比叡は指を折りながらやらかした罪を数えている。
「ええと、まず【自主規制】ですよね。あとは【自主規制】、香り付けに【自主規制】を」
「うげぇ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。普通【自主規制】なんて入れるか!?
「こっちの方が美味しいと思ったんですけど。作っておいた方お出ししますね」
比叡、反省の色無し。なお出し直された方はむちゃくちゃ美味かった。まあ、それはいい。
「一応言っておくが、俺はお前らを軍紀で罰する立場にいるわけだが」
無論ショートブレッドでなくボイコットの件である。牽制のつもりではなく事実を説明しただけだが、姉妹たちと言えばにこやかにお茶を飲んでいる。切れても良い場面だが、もちろん切れるつもりはない。何の理由もなく彼女たちがサボタージュを決め込むと言うのは、とても考えられないからだ。
「不満があれば聞きたい」
彼女たちは、赤城と並ぶ艦隊の中枢である。金剛にまでそっぽを向かれたら、俺の艦隊経営は確実に破綻する。
「不満と言うかですネ、
moratorium。モラトリアムか。俺は彼女から猶予を与えられていたと言うわけだ。
「つまりお前たちにとって、俺を提督として認める事に懸念がある。そう言うわけか?」
金剛はティーカップに口をつける。彼女の言葉を待つ数秒がじれったかった。
「能力に関しては心配してないネ。でも、一番大切な事がまだまだダヨ」
「一番大切な事とは?」
分からない。必死でやってきたつもりだが、俺に足りてないものなんて、あまりにも多すぎるのだ。
「少佐は、自暴自棄になっていないデスカ?」
自暴自棄? 俺にそのつもりはない。無いつもりだが、金剛の言葉は胸に刺さる。こいつは俺が知らない”俺”を、知っているのか?
「私も
「何を、叱られたんだ?」
「今の幸せを守るためではなく、贖罪の為に戦ったからデスネ」
「彼女」と「後輩」の顔が浮かんだ。贖罪。俺は贖罪がしたいのだろうか?
「私が比叡と霧島の悲報を知った時、何も出来なかったデス。そして榛名まで独りぼっちにさせてしまったネ。私はそれを悔いて、
確かに似た話だ。俺は昨日、皆の制止を振り切って高速艇で飛び出した。そこはかつての彼女と同じかもしれん。ただ俺が悔やむのは、無力だった事だけではない。明確に犯した
「少佐は昨日危険を冒すと決めた時、思い浮かべていたのは誰の顔デスカ?」
無意識に胸ポケットを触っていた。ストレスから逃れるため、タバコが欲しかったからだ。もちろんこんなところで吸うつもりは無いが、この仕草で動揺は見抜かれただろう。確かに俺はあの時、失った二人の顔を思い浮かべていた。
「何故、そんな事が分かる?」
図星だとゲロっているに等しい回答だったが、彼女は微笑を崩さない。姉妹たちも口を挟まない。
「舐めないで欲しいネ。
確かにそうだ。自分ばかりが不幸だと、そんな考えで彼女たちを率いるべきではない。先輩も何度も遠まわしに言ってくれたのに、目先の事ばかりだった。だがそうは言っても、まだ見る悪夢を振り切れる自信が無いのも事実だ。だけどいつか。
「謝罪する。確かにあの時、俺は――」
懺悔の言葉を遮って、金剛は手をパンと叩いた。
「と言うわけで、以後気を付けて下さいね。
「へっ?」
文脈が全く分からず、間抜けな声を上げてしまった。そんな俺に構わず、比叡達は涼しげな顔でティーセットを片付け始める。
「それではお姉さま、
「
「お姉さまも
三人は席を立ち、ぞろぞろと出て行ってしまう。俺はあんぐりと口を空けてそれを見守るだけ。
「皆あなたの事は認めてたデス。ただ、昨日の事は皆を泣かせかねないので釘を刺したデース」
俺を? こいつらが?
「認められるような事をした覚えは無いが?」
正直に言ってしまうと、金剛は初めてくすくすと笑った。
「最初は漣だったネ。それから日向に空母たち、子日や六駆の皆。ここまで短期間に心をつかむとは思わなかったネ。だから、私たちも信じる事にしたのデース」
そうか、そう言う風に思っていてくれたわけか。やばい、気を張らんと涙が。
「分かった。お前たちを失望させないよう、全力で頑張る」
それこそ全力の決意表明だったが、金剛はちちちと人差し指を振った。
「まだ分かってませんネ? 私たちが恐れるのは、失望する事ではありませン。悲しみを受ける事デース」
悲しむ? それはかつての金剛のように、姉妹や大切な仲間を失う事であろうか? ならばこそ俺の頑張りで防がねばと思うのだが。謎かけをやるだけやって、金剛は席を立つ。彼女も演習に向かうのだろう。
「そうそう。
「えっ?」
俺は混乱のままそれを聞いていたが、やっと自分の役割を思い出し、席を立って彼女を追いかけたのだった。