仮免提督といじわる空母・改二   作:萩原 優

2 / 119
25.7.5 改稿


第2話「提督はいじわる空母と出会う(その1)」

Starring:提督

 

 最初に空母赤城を、彼女の髪を見た時、あの人を思い出した。

 

 流れるような黒髪があの日々を想起させるのだ。結婚して髪を染めた時、なんてことをするんだと勝手な義憤に駆られた。止めなかった旦那(あいつ)を恨めしくさえ思ったが、今思うと大変に気持ちの悪い話だ。まったく嫌な感じで懸想なんぞしたもんだ。それ以上に皆でいる事が楽しかったから、口を滑らせて変な発言はしないで済んだ。まあその心地よさも、あの日俺がぶち壊したわけだが。

 そして友情は憎悪に変わった。いや、もういい。

 

 彼女が俺に気付いた。感傷は中止される。彼女にあの人を投影するのは大変失礼な話だろう。もう全部終わったんだ。

 

「事務方の下士官さん、ですよね? 着任は明日なのに、仕事熱心なんですね」

 

 穏やかな笑みだった。ほらね、快活で多弁なあの人とは違う。でもちょっとだけ。ほんのちょっとだけ見惚れている俺がいて、気まずさと共にいらない感情を頭から追い出した。

 

 ……という、詩情あふれる出会いだったわけだ。最初は。最初だけは。

 

 

 

 ところで下士官って? 何故そう思ったんだろうと聞き返そうとして、そう言えば今俺が座っているのが事務員用の机だと気づいた。でもって今日は軍装ではなく普段着だった。着任前日自分の仕事場を確認したくて、訪と言うよりなんか気が焦ってここに来てしまったわけだが。一番奥にある、部屋の主が座る椅子を見る。事務担当の下士官が座る机に、俺は座っちまったのは、あれを重たく感じのかもなぁ。

 ともかく、彼女はそれを誤解したようだ。

 

「こんな格好で悪いな。俺は……」

 

 訂正しようとした時、彼女は俺を気遣う言葉をかけてくれた。

 

「何か押し付けられたりしたら、言ってくださいね」

 

 良い子じゃないか! 常にしゃべっている何処かの初期艦とは大違いだ。でも押し付けるってどういう事だ? 話が読めない俺に、彼女はむーっと眉にしわを寄せている。

 

「新任の提督なのに専業の事務員を連れてくるなんて、凄くぜいたくです。きっとすごくなまけものなんですね」

 

 あーはいその件ね。それは俺が着任するにあたって要望したわがままだ。最大限の時間を艦娘たちとの関係構築に使いたいからな。でもまあ、公務はぱっぱとこなす先輩に比べたらぜいたくだ。

 

 この時俺は、訂正の言葉をためらった。ためらってしまった。ころころ変わる彼女の表情が楽しくてついである。くすくすと笑う笑顔は、とても可愛らしいと思った。

 

「ありがとう。その時は頼むよ」

 

 言っちまったぞ俺。益々誤解は深まるばかり。どのみち明日の着任挨拶でばれるってのに。思ってしまったんだよな。この子とは提督の肩書を付けずに話してみたいと。要は完全なる現実逃避だ。

 

「下士官さん。ええと……」

 

 彼女の意図に気付いて、俺は名を名乗る。つい階級は伏せて。

 

「俺、津田(つだ)宏武(ひろむ)だ。明日からここで働くことになる」

 

 罪の意識だろうけど、自己紹介はぶっきらぼうなものになってしまった。それでも彼女は初対面の挨拶をする。そしてそれはビックネームだった。

 

「よろしくお願いします、津田さん。私は航空母艦赤城です」

 

 赤城と言うと、あの赤城か? よりにもよって俺は、機動部隊のボスに嘘をついたのか。これ、まずくない?

 

 一航戦赤城、艦隊旗艦にして、泊地の中心人物。この丹賑(ニニギ)泊地は空母偏重。だからこの鎮守府でやっていくために、真っ先に協力を仰がなければならない艦娘。その彼女に失礼を働いたわけだ。いや進行形で失礼を働いている。

 

 そんな苦悩を全く知らず、赤城は裁縫(さいほう)箱を取り出し、繕い物を始めた。意外だと思う。他所の鎮守府で”赤城”が、裁縫を嗜むとは聞いていない。戦場では鬼神のごとく活躍し、母港に戻れば健啖家の親しみやすい女性。それが一般的な”赤城”のイメージだ。とは言え同じ船の魂を受け継ぐ艦娘でも、鎮守府ごとに個性があると教わったな。彼女は裁縫を好む赤城ということだ。

 

「すみません。お仕事続けてください。静かにしてますから」

 

 軍隊では繕い物は必須スキル。俺も防大(防衛大学)で散々叩き込まれた。一方彼女の手際はあまり宜しくない。あれだと引っ張ったら外れるんじゃないだろうか。

 

「下手でしょう? 提督――前任に教えて頂いたんですが、なかなか上手くいかなくって」

 

 そうはいっても、なんか楽しそうだ。なるほど。前任に教わっていたから、彼女がいたこの場所でやるのか。これだけでその絆が理解できた。そこに俺が割って入ることになるのだが。

 

「趣味と実益を兼ねて、の子たちの名札を縫わせてもらってるんです。苦手な子もいますから」

 

 語る彼女の表情は明るい。最初は苦手でも、諦めずこつこつ練習した奴の方が上手くなる。これは裁縫だけでなく、兵器の操作も同じだ。要領の良さは軍人の必須スキルだが、それだけではやっていけないのは、たぶん一般社会と同じだろう。それに失敗を楽しんでいるなら、俺がどうこう言う話ではないな。

 不器用に針を操る彼女を見て、俺はつい尋ねてしまう。

 

「前任は、どんな人だった?」

 

 前任(あの人)へのコンプレックスだったんだろうか。俺の内心に気づくはずもなく、赤城は懐かしむように答えた。

 

「そうですね。ちょっと酒癖が悪くてサボり魔でせくはら(セクハラ)もしてきましたが、提督としては完璧でした。今まで一人も失わず、この泊地を守り抜きましたから」

 

 俺は、その完璧な提督に勝たねばならない。それがいかに困難か、俺自身が誰よりも知っている。あの人のダメダメな私生活は別として。

 

「提督は犠牲をとても恐れる方でした。一人も沈めたくない。だから危険な作戦でも信じて戦えました」

 

 そこには前任に対する完全ともいえる信頼があった。その彼女を失った不安も、慟哭も。俺は乗り越えねばならない。そしてここの艦娘たちは、新任の提督が彼女を殺 (・・・・・・・・・・)した一味(・・・・)と思っている。この子は俺が提督だと知ったらどう思うかね。気が重い。

 

 数か月後、この泊地を総動員した大作戦が待っている。俺なりに先輩の弱点を分析し、よりリスクの低い形で組み上げた作戦計画書が、既にこの基地の金庫に収められていた。だが沈み切った士気だけは、会心の策でもどうにもならん。

 

「後任の提督を、憎んでいるのか?」

 

 聞いてしまってから後悔した。そして赤城は即答しなかった。少し間を空けて、彼女は言った。

 

「分かりません。私にとって木葉(こば)提督しか提督はいないんだと思います。でもあの人の仇を取るまでは。新しい方とも仲良くやらないと」

「……そうか」

 

 精一杯の現実との妥協なんだろうか。木葉先輩(・・・・)は、よく赤城の話をしていたのを思い出す。そして何かあれば真っ先に彼女を頼れと告げられた。だから不誠実は良くない。もういい加減にしようじゃないか。彼女に謝罪を切り出そうとした時。

 

「いたっ!」

 

 針で突いたらしい。赤城は反射的に指を咥える。ああ。慌てるとやっちまうんだよな。彼女はちょっと拗ねた様子で、縫い付けた名札を引っ張り、それは見事に外れた。つい愉快そうな目で見てしまった。恨むような視線が返って来るが、怒るとかじゃなく、ちょっと涙目だった。

 

「針を入れる間隔が広いんだ。あと、返しは丁寧に」

「うーん、こうでしょうか?」

 

 彼女はあれこれと思案しながら、名札を縫い付ける。

 

「津田さんは、どのくらいで出来るようになりました?」

 

 どのくらい、か。こっちは時間に追われて必死にやったというかやらされたからな。もう覚えとらん。

 

「うーん。数ヶ月はかかったと思うけど?」

「数ヶ月! 凄いです!」

 

 いやいやそんな事で尊敬の目で見られましても。俺はかなり遅くてどやされた方だぜ?

 

「せんぱ……前任も、いや前任は自衛隊からの移籍組で防大卒だから、そのぐらいで覚えたんじゃないかな?」

「……? あの人の事、随分詳しいんですね」

 

 やべっ。俺は反射的に取り繕う。そもそも俺が下士官なら防大(士官学校)なんて出てるはずがないって。恐る恐る赤城を見る。彼女の意識は裁縫に向けられていた。とりあえず安堵する。ってそうじゃないんだが。

 

「ここに来る前に聞いたんだ。前任って、もの凄い智将だったと言うじゃないか」

 

 言ってからまた嘘を重ねてしまった。必死に話題を逸らす。

 

「そう言えば、新任提督が本土(内地)土産に果物を用意してくれてるらしいぞ」

「果物ですか!?」

 

 すごい食いつきだった。深海棲艦との戦争で、甘味のようなものはぜいたく品になった。着任に当たってのちょっとした我儘(わがまま)だったけど、皆喜んでくれると思って手配したんだが。

 

「た、確か林檎(りんご)だって言ってたな」

「林檎! 銘柄は!?」

 

 しらねーよ。軍の補給で林檎の銘柄を尋ねるか?

 俺は頭を掻いてパソコンにIDを打ち込み、搬入された物資の記録を呼び出した。

 

「『紅玉』と言う種類らしい」

「紅玉! 素敵です!」

 

 林檎の品種が紅玉とやらで何が素敵なんだ。最近は物不足で、主流じゃない品種も食べられてるそうだから、当たり外れもあると聞くが。どうやら紅玉と言うのは当たりらしい。

 

「紅玉はお菓子に使う品種なんですよ! そのままだとすっぱいんですけど。間宮さんにお願いすればアップルパイとか作ってくれる筈です! 何たる至福!」

「そ、そうか」

 

 さっきまでの品のいい女性は何処へ行ったんだろう。俺は振り回されてたじたじになる。赤城と言う艦娘は、何処の鎮守府でも健啖家らしいけど、もっと大人しい自己主張をすると思ってたわ。

 

「でもまあ俺はすっぱい果物好きだから、そのままでもいいかな?」

「ほう。なかなかの趣味人ですね」

 

 趣味人? なんか、話し方も食い気味になってきたな。

 

「人の身体を得て食べる事ができるようになったのは嬉しいですが、甘い果物しかないのはがっかりでした。林檎や柑橘類は甘いだけじゃ駄目なんです」

 

 そんなもんかと首をひねる。ただまあ言われてみればほぼ同意なんだよなぁ。

 

「俺もはっさくとか大好きだな。ネットに『酸味を取り除く方法』なんて記事があるけど、余計な手を出すなと言いたい」

「そうでしょうそうでしょう!」

 

 あれ、なんか意気投合してる? 一航戦赤城ってもっと気位が高いと思ってた。親しみやすい子じゃないか。そこから会話は妙に弾む。

 

「『金沢カレー』と言う素晴らしいものがあると聞くのですが……」

「あれ相当ジャンクだぞ? 味は確かに最高だが」

「あらゆるカツをカレーに乗せて良いなんて、何たる背徳!」

「背徳って……確かに毎日食ったらヤバいけど」

 

 そうは言っても、大半が食い物の話だ。彼女は顔を輝かせる。目の前に大盛金沢カレーがあるかのように。

 

「じゃあ休暇に案内してやるよ。東京のチェーン店はまだやってるだろうし。このご時世だから値段はあれだが」

「あなたは神か!?」

 

 神? そこまで!? 

 

 会話ははずむ。話題がきのこたけのこ問題に突入した時、執務室の扉がノックされた。俺はどうぞと言った後、思う。ひょっとしてやばくね? 案の定入ってきたのは駆逐艦漣。俺の初期艦と言う事になる。

 

「ご主人さま、こんなところで油売ってやがったんですか。早く荷解きしてください」

 

 いつもの溌溂とした話し方は気持ちがいいものだが、今はそれどころではない。赤城を見やると、あの楽しそうに輝かせた瞳が、戸惑いになり、そしてだんだんと不信感に変わっていった。脂汗がじわじわと背中に浮き上がってくる。

 

「ご主人さま、と言うのは?」

 

 今までの朗らかさは消し飛んでいた。醒めた表情で俺を見て、漣に尋ねる。

 初期艦は赤城の意図している事が分からず、そのまま答えてしまう。「どんなもんです!」とばかり、何故か得意げに。

 

「この人こそ津田宏武少佐(・・)です。明日から着任するこの泊地の提督です」

 

 漣はドヤァと赤城を見る。俺はあちゃーと内心で叫び、顔に手を当てた。指の間から見た赤城は、奇麗な眉を吊り上げて仁王様のような表情を浮かべている。腹の底から沸き上がるような低い声で、一言だけ洩らした。

 

「……私を、からかっていたんですか?」

 

 血の気が引いた。彼女の態度もそうだが、先ほどまでの優しい空気がもう戻ってこないと確信して。

 

「いや、違う。俺はだな……」

 

 立ち上がって、弁解しようとする。だがそれは許されなかった。がたっと音がして、赤城は席を立つ。

 

「明日の着任の挨拶。楽しみにしています。あなたがここの提督に相応しいのかも」

 

 赤城はそれ以上言わず、するすると奇麗な脚運びで扉に近づき、そのまま出て行ってしまった。後悔と脱力感が残された。

 

「……あの、漣なんかやっちゃいましたでしょうか?」

 

 気まずそうに問いかける初期艦に、俺は答えた。がっくりと肩を落とし。

 

「いや、気にしないでくれ」

 

 半人前の提督は、こうして着任した。深海棲艦の大軍に取り囲まれている程度には、問題は山積していたのである。

 しょっぱなからこれっすか。まあ自業自得だけど。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

Starring:加賀

 

 いつもの”自分の時間”から帰って来た相棒は、何故かぷりぷりと怒っていた。ぷーっと頬を膨らます顔は、我が片割れながら愛らしい。持って帰りたい。

 

「加賀さん! あれ(・・)は駄目です」

「あれ、ですか?」

木葉(こば)提督の後任です!」

 

 いつの間に会ったのだろうか? それにしても彼女が怒りをあらわにするのは余程の事だ。ついでに言えば、人に対し「あれ」などと公言したりしない。思ってはいても。そして彼女は今日あった事を愚痴り出す。

 

「そりゃ最初はいい人かと思いましたけど……失礼な人です!」

 

 どうやら赤城の怒りは、「能力」ではなく「人柄」に向けられているらしい。彼女の場合、怒るほど人間(・・)に深入りする事は少ない。よほど気が合った上で、何か失礼な事をされたのだろう。赤城は自分のいないところで新任と出会い、そして決別したのだろうか。なんと許しがたい。自分のいないところでと言うところが。

 新任が赤城にそのような狼藉を働くなら、自分が彼女に代わってぶっちらば……。失礼。お灸をすえてやらねばならない。

 

 とは言えまずは明日の着任挨拶である。そこでその失礼な人を「提督」と呼ぶに値するかが分かる。とりあえず加賀は、彼女を食堂へ誘う事にした。今日は食料の補給が来たから、久しぶりに二人で山ほど食べよう。

 

 だが興味を覚えた自分もいる。あの赤城が、誰かに深入りするとは。

 

 

 

 一週間前、前任提督木葉(こば)樹希(いつき)少将は太平洋で消息を絶った。艦娘たちはその喪失に抗おうと、苦悩の日々を送っていたのである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。