Starring:愛宕
本日の高雄はすこぶる機嫌が悪い。ワンカップの日本酒……の代わりに持ち込んだ甘酒をテーブルにとんと置く。彼女はストレスの逃し方が下手だから、すぐこんな風になる。甘酒で我慢するなら居酒屋鳳翔で飲んだくれてしまえば良いと思うのだが、その矜持が許さないらしい。愛宕は思ってしまった。面倒くさい。
「みんなあの男に騙されているのよ!」
あの男とは
「ああー。鳥海だけでなく摩耶ちゃんまで! あの男の毒牙に!」
摩耶をちゃん付けする時は、過保護モードに入った時だ。妹の方は煙たがっているのだから、いい加減にしてやればいいのにと思う。摩耶の性格上、本気で嫌がっていたらまた別の反応をするだろうが。
「でもねぇ。あの二人は警戒心低くないでしょ? 何の根拠も無しに少佐に近づくとは思わないけど」
「まさか! 二人を無理矢理!」
駄目だ。このモードに入った高雄は放っておいた方が良い。とは言えただ放置も可愛そうなので、ふと思った事を伝える。
「少し頭を冷やしてくるといいわ。何なら少佐の書類仕事でも手伝ってきたらどう?」
「何で私が?」
案の定反発がやって来る。だが無意味な提案をしたつもりはない。
「敵情視察よ。まずは相手を知らないといけないんじゃない?」
「確かにそうね!」
それだけ言って高雄は身支度を始める。
「じゃあ、行ってきます」
「はーい。あんまり入れ込まないようにね」
ひらひらと手を振って彼女を見送った。愛宕は飲み残しの甘酒を手に取り、口をつける。
「ミイラ取りがミイラにならなきゃいいんだけど」
考えようによってはそれも良いかも知れない。姉妹全員が彼を提督と認めるなら、その時点で彼はもう提督だろう。もちろん愛宕にとっても。そう言えばこの甘酒も、少佐が密造を黙認したものだと聞いた。細々とやっていた鳳翔さんも、大っぴらに樽を増やしたそうだ。そう言う意味では彼はいい仕事をしている。皆の楽しみの味は、上品な甘さだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:高雄
覗き見た執務室は、高雄の予想と違う様相であった。
「なあ提督。あんたはもう十分働いた。そろそろ休憩するべきじゃないか? 一杯やろーぜ」
「あのな、まだアフターファイブまで二時間もあるじゃねぇか。そもそも定時退社なんて幻想だ!」
「そんな夢のない事言うなよぉ。なあ良いだろ?」
良くわからないが、隼鷹さんが少佐に仕事を放り出せと迫っている。秘書艦の漣さんも、事務の下士官の方も、苦笑しても窘める様子はない。
「だいたい俺が呼んだのは飛鷹だろ。何でお前まで来るんだよ?」
隼鷹はいやーはっはっはと笑う。水兵同士が冗談を言い合っているかのようだ。
「ほら、日本クルージング社の中途採用枠が発表されたぞ? これ募集要項」
「見せて見せて!」
何やら紙束を渡された飛鷹さんの声が、にわかに高くなる。
「うーん、航海士の募集は無いわね」
「勧めといてあれだが、狭き門だからな。まずは貨物船の船長とかで経験を積んで、とかになるかな。あとは『豪華』がつかないだけの客船はごまんとあるから、そう言うところからのステップアップが適当かもしれんな」
「でも北太平洋航路じゃないのよね?」
「まあ勝算はある。任せとけ」
「うん!」
なんだ、この雰囲気は。
「ねえ司令官。私家事代行サービスに就職しようかしら。それで司令官の部屋もお掃除するの」
「電は、海の消防士さんとか、ライフセイバーさんとか、救命士さんとかなりたいのです」
「私はこの国で、皆と静かに暮らせたら良いかな」
「皆子供ねぇ。私はレディだから、平和になったらパーティに出てダンス踊って、色んな人の視線を釘付けにするの。そのあとシャワーを浴びたら
「いやそのセレブ像ふわっとしすぎだろう」
なんなんですかこの和やかさは。皆
そして何より許せない事がある。何故艦娘たちの顔は、木葉提督を囲む時と同じ顔をしているのだ。
『だからセクハラは止めてくださいと言ってますよね!?』
『だって、そこにお尻があるんだもん』
『『だもん』じゃないです。大体なんで私ばっかり?』
『だって反撃できない子相手にセクハラするのって無くない?』
『セクハラ自体無いです!』
だってみんながあそこにいて。
『姉貴たち、まだやってんのか?』
『はいはーい。お茶入れましたから痴話げんかは休憩してくださーい』
『痴話げんかなんかしてません!』
『もう、姉さんもほどほどにね』
提督は、とても優しくて。
『高雄、私はね。あんたを赤城と同じくらい信頼してる。でも真面目過ぎる』
『真面目の何が悪いんですか?』
『悪くは無いけど、あんたはこのままだと悪い男に引っかからないかと心配でねぇ』
『何です? それ』
『ま、もうちょっとずるくなりなさい。それだけで、今まで以上に皆は貴方を信頼してくれる筈よ。私の高雄』
私の。私の提督。
そのまま部屋に入る事も、扉を閉じて逃げ出す事も出来なかった。気が付いたら座り込んで、赤子のように泣きわめいていた。
少佐と彼を囲む艦娘たちは、驚きに目を見開き。やがて視線を逸らした。
「まあなんだ。とりあえず中に入って座れ。漣、お茶を」
やりにくそうに胸ポケットを触るこの男性。津田少佐との本当の意味での出会いは、夕暮れの騒がしい執務室だった。