Starring:赤城
身支度を整えた赤城は、小物入れから一枚の写真を取り出す。それを畳んだ風呂敷の上に置いて、ずっと眺める。手を合わせてあの日々を思い浮かべ、ごめんなさいと詫びる。許してはくれないのかも知れないが。
「赤城さん、そろそろ」
相棒の加賀さんが声をかけてくる。写真については見せていないし、話してもいない。無理に聞き出そうとしない彼女には感謝するばかりだ。
「では日課を始めますか」
この蒸し蒸しする季節。気持ちよく身体を動かすのは早朝にかぎる。走り込みに弓の修練。そして朝の湯あみに朝食。彼女たちにとって厳しくも楽しい一日が始まる。
(私、がんばっていますから)
彼女たちは、自分を許してくれているか分からない。だけど――。
「駄目ったら駄目です。
「そりゃそうなんだが、ちょっと街を歩いてくるだけなんだぜ?」
「チャラ男のチンピラにフルボッコにされたり、鎮守府解体派の
「ねーわ! どんだけ心配性なんだよ!?」
執務室に入ったら、少佐と漣さんがなにやら言い合いをしていた。仕事について話していると言うより、母親に遠出したいとねだる小学生のようである。
「わかったよ。じゃあお前が来てくれ」
「だが断る!」
「断るのかよ!」
少佐ががっくりと姿勢を崩す。まるで龍驤さんが良く見る漫才とかいう物のようだ。
「漣にばっかり甘えるのはいい加減止めましょう。たまには誰か他の子を頼ってみるのも良いと思われ。です」
このまま聞いていても延々続きそうなので、赤城は前に出てクリップボードを突き出した。
「少佐。今週の訓練計画です」
よほど
「お、おう赤城。ご苦労さん」
少佐は書類をペラペラとめくる。
「流石だな。俺が言う事は無いわ」
そう言って「提督用」と書かれた箱に入れた。これ以外の書類は、漣さんか鈴木一曹に投げるようだ。
「今度は何の騒ぎですか?」
赤城の冷たい目に気付かず、少佐はぽりぽりと頭をかく。
「法事と言うか、呉まで墓参りに行きたいんだよ。着任のドタバタで春は行けなかったから。作戦が始まる前にささっと行っときたい」
「なるほど、そう言うのは大事ですね」
ご家族か何かだろうか。東京の空襲で誰か失ったのかも知れない。心が締め付けられる。
「それで行こうと思ったら、護衛付けないと駄目だってこいつが」
漣さんは、ふふんと腰に手を当てた。この二人は、本当にノリが合う。
「そうだ! 赤城さんに行ってもらいましょうよ」
「はぁ? よりにもよってか?」
それはこっちの台詞である。彼と一緒だと、下らないやりとりでどっと体力を削られそうだ。
「鳳翔さんに言われたんでしょ? 相互理解に努めないと」
ここで津田少佐は、茶化すような事を言わなかった。鳳翔さんの言葉をそれなりに重く受け止めている証左だろう。
「分かったよ。じゃあ赤城。今週末空けておいてもらえるか?」
完全なるプライベートならここで断る事もできる。だが個人的な行事とは言え、提督のプライベートを守るのもれっきとした公務だ。それでもまあ。気は進まないが。
「赤城さん。呉と言えば呉焼きですよね? カレーや肉じゃがの名店もいっぱいありますし、前にご主人さまにご馳走してもらった時は美味しかったなぁ」
「……」
いけない。生唾を飲みそうになった。だがまあ気は進まないが。公務なら仕方がないではないか。うん気は進まないが。
「分かりました。喪服は必要ですか?」
「いや、そう言うのは良いんだ」
少佐は懐かしむように笑う。当然のことだが、その表情から内面は読み取れない。
「フランクに行こうって約束だったからな」
そして週末。赤城たちは横須賀鎮守府のヘリポートに居た。「鎮守府の」とは言っても、米海軍から間借りしたものである。貸したものをまた借りるとは変な話であるが。
「じゃあ、お前らハメを外すなよ。足柄、引率頼むな」
「任せてちょうだい」
駆逐艦や海防艦たちを、足柄さんは慣れた様子で整列させてゆく。大型艦たちは既に手続きを終え、横須賀中央駅へ。行く先は大抵横浜か都内。食べ歩きや写真撮影であちこち回る者もいる。
「くれぐれもナンパしてきた相手と酒飲み競争やって、8人全員潰した前科を忘れるなよ?」
「あ、あれは戦いを挑まれて魔が差しただけですから!」
提督から目を逸らす足柄さん。この人はこの人でノリが小学生だ。
「大丈夫っぽい! 夕立がしっかりみてるっぽい!」
「足柄さんはとーっても優しいから、もうそんな事しないよね?」
夕立さんと子日さんから温かい言葉を向けられ、足柄さんは悶えだした。
「やめて、罪悪感が!」
一瞬「こちらの方が楽しそうだな」とか思ってしまう。すぐに思い直した。自分が行っても彼女たちは落ち着けないだろうし、話題にもついてゆけまい。足柄さんが適任だ。
「じゃあ、俺達は次の〔オスプレイ〕で岩国だ」
これも公私混同ではあるが、彼曰く元からある便に同乗させてもらうだけだから、まあ許してもらおうと言う事である。とりあえず赤城は酒保に行って、機内でつまむ物を探す事にした。
「呉は、この姿になって初めてです」
在りし日の呉軍港を思い出す。柱島から空母〔赤城〕に乗り込む士官の卵たち。精悍で人懐っこい顔・顔・顔。本当に懐かしい。
「今の呉も良いところだぜ? 飯は旨いし人の気質も良い。俺も子供の頃から、良く遊びに来た」
「少佐は、この辺り出身なんですか?」
「広島市内。あっちはあっちで良いところだぞ?」
「ふむ。呉焼きじゃない広島のお好み焼きも、いつか味わいたいですね」
「お前、ぶれねぇな」
呆れ顔を浮かべつつ、少佐はきょろきょろ周囲を見回している。案内人が来るらしい。彼は土地勘があるのに、何を案内してもらうのだろうか。もしかしたら海軍の人だろうか? 思案はすぐに中止される。
「兄ちゃん! 会いたかった!」
いきなり少佐に抱き着いてきたのは、十代半ばくらいの女の子だった。自分の頭から、血の気が引いて行くのを感じる。
「おいこら。公衆の面前だぞ? 海軍だってコンプラうるさいんだから」
「ぶー。たまの再会なんだからいいじゃん」
あんぐりと口をあける赤城の「混乱」は、やがて「