Starring:赤城
「え、ええと。こいつは俺の後輩の義妹」
赤城の圧に気後れしつつ、少佐は彼女を紹介した。「後輩」までは分かる。その義妹さんって、それは完全に他人である。
「それにしては仲良しのようですね」
皮肉ってやったら、少佐はハンカチを取り出し、だらだらと流れる汗に充てている。
「いやな。このくらいの女の子は、大人をからかって遊ぶのが好きなんだよ。きっと」
如月さんの顔が思い浮かんだ。確かにまあそう言う側面もあるんだろうが。
「そもそもだ、俺がこんな若い子にモテると思うか? どう考えてもいらん心配だろうが」
「そうですね。失礼しました」
「ちょっと待って! 少しは否定してくれよ!」
「面倒くさい人ですね」
女の子はそんな自分達を見て笑い、赤城に視線を移し。更に笑った。
「艦娘さん、だよね? 私は
溌溂そうな少女だ。ふたつのお団子が、那珂さんを思わせる。良くわからないが、この子とは仲良くしない方が良いんじゃないか? そんな事を考えてしまい自己嫌悪する。普通にいい子じゃないか。『兄ちゃん! 会いたかった!』のくだりを別にすれば。
「航空母艦赤城です」
自己紹介が固くなったが、智美は全く気にしない。
「この街出身の艦娘さんだね! 呉へお帰りなさい!」
智美さんは下手くそな敬礼で出迎えてくれた。正直言ってとても嬉しい言葉だった。この子は、何なんだろう?
「じゃあそろそろ行こうか」
ほとぼりが冷めたとこれ幸いに、津田少佐が腕時計をとんとんたたく。確かにこれから墓参りに行くのだ。変な詮索は不謹慎だろう。
「あー待って兄ちゃん。今日姉ちゃんが遅番なんだ。まだ家にいると思うから、もうちょっと待った方が良いかも」
良くわからない。何故彼女の姉が家にいると、墓参りが出来ないのだろうか? だが少佐も当然のようにそれを受け止める。
「うーん。しゃあない。あんまり良い事じゃないかもだが、先に飯にしようか」
どうやら食事になったらしい。本来喜ばしい筈だが、釈然としなさ過ぎて怪訝そうな目で見てしまう。
「りょーかい。『
「おう。欠食児童がいるんでな。ボリュームがある店の方がありがたいんだ」
「欠食児童」と呼ばれた事は大いに腹立たしいが、それだけたくさん食べられると知って、期待に胸が躍ってしまう赤城である。
「こ、これは! このサイズは! 何たる暴虐!」
ででんと鎮座する呉焼きを前に、うるうると目が濡れてしまう。それはもうデカかった。
「ついでだ。
どんどん注文してくれる少佐に、思わず今までの遺恨を忘れかけてしまった。
「粉もの万歳です。私が沈んだ後も、日本の食文化は立派に育っていってくれたのですね」
「そこまでかよ!」
なんか智美さんも笑っているけど、別に恥ずかしい事はしていないのでヨシ。
「いいね! 赤城ちゃん面白いね!」
いきなりちゃん付けされた。そう言えば泊地では、ちゃん付けで呼ばれる身分ではないなと思う。
「それで、今日はどなたのお墓に参るんですか? そもそも何故若い女の子と遊んでいるんです?」
「うーん。話せば長いけど。私と兄ちゃんは変な関係じゃないよ? 客観的には」
「いや、主観的にも変な関係じゃないから! 今日参るのは、俺の後輩で智美の義兄だよ」
順当に考えればそうなるだろう。わざわざ妹が案内に来て、未亡人から逃げ回っている事を別にすれば。何だかとても嫌な予感がした。
”親友”の墓は何の変哲もない住宅地の中にあった。智美さんは、ここでもきょろきょろとあちらこちらを見回し、言った。
「大丈夫だよ。兄ちゃん」
少佐は頷いて、墓掃除にかかる。手伝おうと踏み出した時、智美が止めた。
「ちょっとだけ一人にしてあげて」
何も言えず頷く。その気持ちは、赤城も痛いほど分かっているから。智美が言う。
「ここね。家の近くなんだ。姉ちゃんは一日二回掃除に来るから、鉢合わせすると厄介なの」
嫌な予感は的中しそうな気がした。何故そう思うのか分からないけれど、ここにはどす黒い感情が停滞しているのかも知れない。艦娘の聴力が、少佐のつぶやきを受け止めてしまった。
「長谷部……すまん。すまん」
それは自らに呪詛を吐きかけるように。彼はひたすらに謝罪を続けた。その姿に衝撃を受けぬはずがない。あの馬鹿みたいに振舞う彼が、どろどろとしたものを胸に秘めているとは。そして、それは自分も――。
「『サバイバーズ・ギルト』って言うんだって。兄ちゃんと
良くある話。そう、良くある話だ。自分が沈んだ時、きっと乗組員たちは。
「兄ちゃん、動けなくなった義兄さんをにね。言われたらしいの。『楽にしてくれ』って」
もし。もしだ。加賀さんが同じ状況になって、同じお願いをされたら。それ以前にあの日、炎上する自分を楽にしてくれた駆逐艦たちの気持ちは。怖い。続きを聞くのが怖い。
「姉ちゃんは、それを受け入れる事が出来なかったみたい。帰ってきた兄ちゃんを『人殺し』って。お墓参りもして欲しくないみたい」
「……そうですか」
何も答えられなかった。ただ自分が乗り越えられずにいるものを、よりグロテスクな形で突きつけられた。そんな現実を知る。――よーちゃん。エリっち。みきくん。みんな、みんな。
「兄ちゃんと姉ちゃんと兄さんって仲良しで、何処に行くにも一緒だったんだ。姉ちゃんが義兄さんを選んだ時、『見る目無いなぁ』とか思ったりしちゃったけどね。今思うとかなり失礼だよね。でもちょっとだけ安心したり」
「何故、私にそれを?」
絞り出したのは、結局陳腐な返しだった。智美は寂しそうに笑う。
「私じゃ駄目だから。楽しそうに赤城ちゃんと話すのを見て、安心したから」
それは、きっと買い被りで。
「人の心を救う資格など、私にはありません」
それだけ聞いて、智美は優しく笑い。赤城を抱きしめてきた。
「赤城ちゃんも辛い事、あったんだね」
何故か抵抗する気が起きなかった。
「でもそれならなおさらだよ。赤城ちゃんは兄ちゃんを分かってあげられるし、兄ちゃんも赤城ちゃんを救ってあげられる」
そんなこと、上手くいくはずがないのに。見せられた希望はあまりにも甘美で。
「おーい。お前も手を合わせてやってくれ」
少佐が声をかけてきて、赤城は頷く。親友さん。あなたは神様のところで何を考え、少佐にどんなまなざしを送っているのですか?
「良いやつだったよ」
少佐は、それだけ言って黙った。それ以上はもう語らないで。辛いから。そう思った。
「ねえ兄ちゃん」
智美が言った。
「私、もう兄ちゃんと会うの止めるね」
驚いた。ひとつは唐突さに。もうひとつは、これだけの時間で色々なものを断ち切った勇気に。少佐も驚いていたが、納得したように頷いた。
「そうか。そうだな。それがいい」
今の関係は不健全。このままではお互いの心は癒せない。それは彼も分かっている事だ。
「だから、これからは赤城
「ん? 何故赤城と?」
「いいから!」
智美さんは、たたたっと駆け出す。そして思い出したように振り返った。
「それと私、海軍入るから! そうしたら『妹』じゃなくて『後輩』だから!」
再会を楽しみにしろ。今度は健全な出会いで、か。彼女は走り去り、たちまちのうちに居なくなった。背中が見えなくなるまで見送って、二人は歩き出す。
「智美のやつ、余計な事を話したろ?」
「ええ、一通りは」
少佐は苦笑する。自分はもう丸裸だ。とでも言うように。
「じゃあいつか、お前の事情を教えろよ?」
「えっ?」
彼に自分の過去を匂わせた事など無かった。金剛さんと鳳翔さんの顔が浮かぶ。余計な事をと思う。彼女たちに申しわけなく思いつつ。
「まぁお前の想像通りなんだけどな。何とかしてやれるかどうかは分からんけど、お前とは対等でいたい」
救ってもらうためではなく、対等でいるため。それなら。もしかしたら。
「少佐、前に私が言った宿題。分かりましたか?」
そこには確かな期待があった。”
「そうだな。正直まだ分からんが」
少佐は難問に挑む数学者のように、眉間をつまんで唸っている。そんな難しい話でもないんですよ? ネタばらしをしたくなったのは、ちょっとだけだ。
「前に言った『人間がお前達にやった事を済まなく思う』ってのは、主語がでかいっていうか、違う気がしてきたんだ。何と言うか謝るんじゃなくて、怒るべきなんじゃないかって。『見てろよ、俺はそんなへたくそな指揮はしないぞ!』ってな」
「……60点ってとこですね」
「厳しいなぁ」
辛口で言ったが、それなりに嬉しかった。彼が答えに向けて進んでいる事が。もちろんそれなりである。それなり。
「でもまあ、今のであなたの話に乗る事にしました。帰ったら作戦計画を見せてください」
少佐は立ち止まる。そして何を言われたのか咀嚼したようで、たちまち破顔した。実は彼の正体はわんこだった。そう思えるほど人懐っこい顔。
「よし! そうと決まったら早速戻ろう!」
元気よく歩き始める少佐。彼には悪いが、重要な事を忘れている。
「待ってください」
「何だ? 何かあるのか?」
やっぱり忘れている。ここはちゃんと指摘してあげるべきだ。
「夕ごはんは肉じゃがと鯨のカツレツがいいです」
「お前ほんっとにぶれないなぁ!」
当然ですと胸を張る赤城と、苦笑する津田宏武少佐。こうして、仮免提督といじわる空母は、最初の一歩を踏み出したのだった。
第三章に続く
これにて第二章終了です。
ストックが減ってきたため、以後は不定期更新(目安は週一程度)になりますが、山場のエピソードは集中投下するかもしれません。
よろしくお願いいたします。