道具扱いされたら嫌だろうけど、じゃあ何と言ってあげれば喜ぶの?
※秋刀魚は48匹で限界でした(´・ω・`)
Starring:鈴谷
丹賑小学校校庭 バスケットコート
ちょっと高く飛び過ぎた。艦娘の比類なき脚力は鈴谷を容赦なく宙へ引き上げ、シュートの体制に入ったまま、ゴールは視界から消えた。正確には、視界から下にはみ出した。慌てて放ったボールは、明後日の方向にバウンドする。
「いただき!」
着地した鈴谷は反転、彼を追いかけるが、まさか全力で走って跳ね飛ばすわけにもいかず。メンバーたちもそれを承知してか、コートに散らばって妨害してくる。ここで突っ込んだらけが人がでかねない。小学生らしからぬずるいやり方。鈴谷は棒立ちになった。やがて先制点が投じられる。
「いやったあ!」
長身の男子が両手を振り上げ、ぴょんぴょん跳ねる。唯一の女子は、チームメイト三人とハイタッチをしている。
「鈴谷に勝ったぞ!」
ポーズを決めて、喜びのロングシュート。見事にボールはネットをくぐる。その喜びぶりが何だか悔しくて、鈴谷は唇をとがらせた。
「鈴谷だって、もう少し練習時間があればすっごい事になるし」
すっごい事というのがどう言ったものなのか。それは自分にも分からない。とりあえずは負け惜しみである。
「それ負けた奴の言いわけテンプレじゃん」
長身の男子がばっさりと切り捨てる。当人もそんなことは分かっているだろうが、言い返したくなったのだろう。語彙力。
「鈴谷はさ」
一人だけ茶化すことなく、渚汰少年は言った。
「姿勢が凄く良いんだよ。何をやってもキレイなんだ」
真っすぐな賛辞を向けられて、案の定鈴谷は視線を逸らし、えへへと笑った。
「そ、そおぉ? まあ鈴谷やれば出来る女だしぃ」
どうもいけない。普段から褒めて欲しいとアピールしているが、いざ褒められるとどうにも照れくさい。
「それにとても楽しそうにプレイするよね。オレの尊敬するプレイヤーは、みんなそうなんだ。だから鈴谷も、凄いプレイヤーになるかもしれない」
鈴谷はこの二ヶ月ほど、少年のひたむきさをよく見ている。本当にそう思っての事だろう。何故自分がここまで褒められているのか、未だ分かっていないが。
「渚汰だって凄いじゃん。鈴谷たちが遊びに来るといつもここで練習してるし」
「当然だろ? 楽しいし」
真っすぐな言葉を、鈴谷はまぶしそうに受け止めた。それの言葉は本当にひたむきで。
「でもなぁ。今年の大会も戦争で開催見合わせらしいですよ? 開催したところで
眼鏡の男子が言う。呑み込めない事実を、斜に構えて呑み込んだふりをするのは大人でも良くあることだ。
「渚汰はさぁ、プロの選手になるの?」
無邪気な一言に、彼は首を縦には振らなかった。鈴谷は意外そうに首をかしげる。
「分かんないんだよなぁ。バスケはずっと続けたいけど、『まだなんか他にあるんじゃないか』って気もするし」
羨ましくも思う。自分が同じようにぶれる時が来るとしたら、深海棲艦を片付けた後だ。そしてその日は来るのか。
「鈴谷はどうすんの? 良かったら東京に来いよ。オレの生まれた町を紹介してやるよ」
鈴谷は曖昧に笑うしかない。そんな先の事は考えられない。津田少佐に連れられて遊びに行く東京の街。あそこに毎日通えるようになったら、楽しいだろうか? だがそれは蜃気楼のようなもの。現実にするには、長い長い砂漠を越える必要がある。
「渚汰はさ。渚汰であった方がいいよ。鈴谷はほら。鈴谷だし」
穏やかな拒絶だった。住む世界が違う。そう言う言葉は陳腐かも知れない。しかし二人の間にある、高い高い壁を飛び越えるには、意志の力があまりに育っていない。こう言う良い方はしたくないが、”子供の限界”と言えるのかもしれない。
「オレ諦めねーから。鈴谷をきっとこの島から連れ出すから」
絞り出した回答は、全くかみ合っていない。それでも今ある彼の全てぶつけてくれたと感じた。
「その気持ちは、大切にすべきなんだと思う。でも鈴谷はね」
一呼吸おいて、止めを刺す。
「皆を置いて
渚汰は、唇をかみしめた。平和な生活なんてピンとこない。それより今は、姉妹や仲間たちと共にありたい。少年たちとの日常が少しずつ大きくなり始めていると知りながら。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:熊野
「はいはい。少し休憩にしませんか? 練習も良いですけど、水分補給も大切ですわよ?」
氷の入ったポットを掲げて、熊野は呼び掛ける。子供たちがわーっと声を上げ、紙コップを受け取る。彼らにとってスポーツ飲料は手に入らないものではないが、がぶがぶと飲めるほど、ありふれた存在ではもはやない。
いつも我先にと駆けてくる、渚汰少年が何故かコートにたったまま。鈴谷はそれをちらちらと見ている。それでだいたい、何があったか想像がついた。
「鈴谷もさぁ。熊野ねーちゃんを見習って女らしくしろよ」
「ちょっと! それセクハラよ!」
長身の少年から時勢に反するコメントが飛び出し、女子が抗議する。鈴谷も頬を膨らませた。熊野も苦笑するしかない。
「それにしても、ずいぶんと思い切った作戦に出ましたのね」
そうまのである。小学生とはもっと潔癖なものだと思っていた。子供相手に全力を出せない、艦娘の特性を逆手の取って突いてくる嫌らしさは、彼らの溌溂さからはイメージしがたい。
「オレたちも最初はどうかと思ったんですけどね。勝って初めて学べることもあるって言われて」
眼鏡の少年が複雑そうに話し出す。長身の少年が引き継いで言った。
「教えてくれたの、津田のおっさんだよ。『勝つ事
「あの人はまったく」
熊野はやれやれと額に手を当てた。彼を慕う艦娘が増えてきて、だんだん少佐がどういった人間か周知されて来た。そのひとつに「裏技や抜け穴を探すのが大好き」と言うのがある。あといたずら半分にそれを乱発する事も。まさかこんな小さな子たちにまで余計な事を吹き込んでいるとは。
だが子供たちが楽しそうにやっているのも事実。艦娘の
「でもさぁ。これで終わりたくないよ。俺は正々堂々鈴谷に勝ちたい」
落ち着いたのか。やってきた渚汰少年はどこまでもひたむきだった。基地祭の時にバスケに負けてから、彼はずっと鈴谷を追いかけ続けている。時折その表情に陰りが見えるのは、何を以て彼女を追い越すかが見えていない事じゃないかと思う。
「そうそう。ヒキョーな作戦を使わなきゃ、鈴谷は負けないし」
胸を張る彼女は、素で悔しがっているだけのようだが。
「あーあ。鈴谷がいてくれたら、大会も優勝間違いなしなんだけどな」
長身の男子が、そんな事を言う。悪気はないんだろうな。
「レギュレーション違反でしょ。小学生の大会に、何で艦娘が出られるんですか?」
眼鏡の少年つっこみをうけて、長身の男子は頭をかく。
「でも男ならチートってもんに憧れんじゃん。あーあ。オレも艦娘に生まれてりゃな。人の心を持った兵器なんて最高じゃん?」
次の瞬間、彼は女子に頭をはたかれていた。自分の失言を自覚したのか、ばつの悪そうな顔をする。
「いーよ。本当の事だし」
「そうですよ。よそよそしくされるよりはっきり言って頂いた方が良いですわ」
実際気にしていないし、鈴谷もそうだと言い切れる。戦いそのものに疑問を抱いたとしても、戦う存在である事に悩む艦娘はそこまで多くない。それは彼女たちの心が”そう”なっているからで、人間が二本の足で歩く事に悩まないのと同じ事。
「駄目だ。謝れ」
予想通り、一番怖い顔をしたのは渚汰だった。彼は有無を言わさぬ様子で、謝罪を迫る。
「悪かったよ」
長身の男子は素直に詫びて。この話は手打ちのはずだったが。
「鈴谷さんも熊野さんも兵器じゃないわ。人間よ!」
女の子が力強くいった。そこにはひとかけらの悪意も無い。
「俺もそう思う。鈴谷は女の子だ。だから戦いなんか忘れても良いんだ」
「そうだな」
息を吹き返した渚汰が、拳を握って告げた。
「鈴谷は、女の子だよ」
と。
盛り上がる子供たちに、頭を抱えたくなった。どうしたら彼らを傷つけずに、自分達の想いを伝えられるだろうか。いやそもそも伝わるだろうか。
「ねえ。ちがうの」
鈴谷が苦しそうに言った時、ちりんとベルの音が鳴った。
「おーおー
「あたりめ―だろおっちゃん」
「ちょっと、大人の人に失礼でしょ?」
この人は暇なのだろうか? 自転車にランチボックスを乗せてやって来た津田少佐は、チョコレートのカップケーキを配って行く。恐らく間宮さん謹製だろう。
「他言無用なのと、持ち帰るのは無しな。今日びケーキも貴重品だからな」
「はーい」
少佐から手渡されたケーキを、皆嬉しそうに頬張っている。大人なら金を払えば甘味は手に入る。だが丹賑島の現実は、子供たちには優しくない。
「どうした鈴谷? いつもならケーキの奪い合いとかするところだろう?」
「う、うん」
どうやら先程のやりとりはそれなりにショックだったらしい。それを説明するか一瞬迷ったが、話したところでどうなるものでもない。
「なあ、おじさん」
渚汰におじさんと呼ばれ、わずかに少佐の顔が引きつる。なんというか、お気の毒である。
「話があるんだ。二人っきりで話したい」
それで少佐はどんな話か悟ったようだ。教室を借りようと提案して、プレハブの校舎に連れ立って入っていく。そして躊躇なく、忍び足で子供たちが続く。
「ちょっと。二人きりにしてあげなさいな」
「だってさー。ダチといい歳したおっさんが女取り合うんだぜ? こいつは見逃せないじゃんか」
その現金さはまさしく小学生である。あと女を取り合うわけでは無いと思う。熊野はため息を吐き。
「ほら。行きますわよ」
「えっ? なになに?」
何の話だか理解していない鈴谷を引っ張って。熊野は三人に続いた。