責任取って今日と明日で連続更新します。どうぞよろしくノシ
Starring:提督
「鈴谷を解放してあげてよ。熊野も」
教室の机に尻を乗せ、渚汰少年の言葉を反芻した。やっぱりそうなるよな。鈴谷と子供たちの交流を許可した以上、予想できる問題だった。はっきり言って頭が痛いが、それでも彼女たちから、人間と深く関わるチャンスを取り上げたくなかったのだ。
「艦娘だって、もっと戦いに向いてる子がいるんだろ? わざわざ鈴谷たちを戦わせる必要なんてないだろ?」
少年はそう言って、俺の目を見据えた。これはセンシティブな問題だ。どう返答するか、俺の存在意義が試されると思った。
まず軍の組織やルールについて話して聞かせるのが手っ取り早い。彼が言うほど艦娘を動かすのが簡単ではないと、理屈では理解してくれるだろう。だが感情面では別。納得はしてくれまい。
彼が欲している答えは恐らく「鈴谷は俺の女だ」とかそれ系だろう。だがそう返したところで問題は解決しないし、第一鈴谷は俺の女ではない。
俺は敢えて、「大人の答え」を返す事にした。
「鈴谷が抜けると戦力が薄くなって、他の艦娘たちが危機に陥る危険もある。それは許容するか?」
少年の勢いが止まった。自分の発言が「他の艦娘などどうなっても良い」という意味を含んだものだと気付いたようだ。それもひとつの決断。だが鈴谷は容認しないだろう。
「代わりに俺が戦うよ! 海軍に入ってここへ来る!」
これも予想された答えだ。だから回答も容易だ。
「お前さんが基礎学力を身に着けて海軍に入り、訓練を終える頃には、戦争は終わっている。勝つか負けるかは知らないがな。あと艦娘はオフェンス。俺たち海軍軍人はバックアップだ。鈴谷の空いた穴を埋めるのは、人間では無理だ」
「戦争に必要だからここを離れるなって、卑怯じゃんか! 女の子を兵器扱いして戦わせて、自分は提督だって威張ってるなんてありえないよ!」
それも予想した答え。俺自身、何百回と自問自答した命題。それを答えるだけだ。
「それは、傲慢だな」
「俺が? 何で傲慢なんだよ?」
むっとした表情が返された。そして俺は答える。この世界の過酷な
「昨日、パラオで大きな海戦があって、艦娘が一人轟沈した」
渚汰少年が青ざめているのが分かった。轟沈と言う言葉の意味と、鈴谷がそうならない保証がない事実に。
「彼女が護衛していた貨物船は食料を輸送していた。その中にはインドネシア産のカカオ豆があった。さっきお前さんが食べたカップケーキにも使われてるものだ」
少年は前かがみになり、口を押えた。背中をさすってやろうとしたが、はねのけられた。俺もここまで言うつもりはなかった。だが本気には本気で答えたい。つまりは俺のエゴだが。
「俺もお前も、艦娘に戦ってもらわないと生きられない。艦娘が戦いを止めれば、罪悪感からは解放される。ただしそれは、多くの命とトレードオフだ」
「それは……」
少年は必死に反論の言葉を探しているのだろう。だがそれは多くの人が考え続けて、未だ見つけられないものだ。
「ならばせめて死地に向かう彼女たちを、最大限支援する事の何が悪い? 束の間の娯楽を提供する事の何が悪い? 少しでも良い装備を使ってもらおうとする事の何が悪い? 俺は彼女たちと轟沈のリスクは分け合えない。それについて後ろ指を指されるのは仕方ない事だ。だが艦娘を愛しながら艦娘に守られている事を忘れる。それは不誠実な事じゃないのか?」
これは最初に赤城と飲み交わした時、何も分かっていなかった自分――つまり零点だ――に向けたものでもある。
「そんなの、酷いよ」
「そうだよ。この世界は酷いんだ。だからな――」
別に俺は小学生にただ説教したかったわけじゃない。この一言を告げたかっただけだ。
「ありがとうって言おう」
「え? そんなんでごまかすのかよ!?」
「それが良いんだよ。頑張りを認められてうれしいのは、人間も艦娘も同じだ」
言っといてなんだが、俺自身は照れくさくて皆にそんな事言ってないな。ダブスタは良くないので俺も俺なりに伝えようと思った。まあその。いつか機会があれば。
「まあ何が言いたいのかと言うと」
散々勿体ぶって、俺は言った。
「鈴谷を頼む」
「えっ?」
そりゃ面食らうだろう。甘えるなと説教したやつが正反対の事を言ってきたんだから。でも大切な事だ。
「艦娘は兵器だ。でも兵器
「そうなの!?」
力強く、俺は頷く。
「あいつらと人間を、繋げてやってくれ」
渚汰は神妙に頷く。俺の言葉が通じたかは分からない。でも何かを残せればいいと思う。
「お前があいつと交際できるかまでは責任持たんぞ? 鈴谷本人の意志もあるし、お前自身いっぱい学ばないとな」
そう言ったら、急に少年が仏頂面になった。
「面白くねー」
「えっ? 何がだ?」
「おじさんみたいなのが鈴谷の近くにいたら、気が気じゃないもん」
気が気じゃない? どう言う事だ?
「まあ言いたい事は分かったよ。あのままだとオレ、鈴谷と釣り合う男になれなかったって事だろ?」
んーまあそう言えなくもないか。
少年はとん、と机から降りた。
「じゃあ鈴谷と熊野に謝って来るよ。まずは俺が1ポイントだ」
1ポイント? まるで誰かと勝負でもしてるみたいだな。
がらがらと引き戸を開いて、少年は不満そうに「おまえらなぁ」と呆れ越えを出す。扉の向こうには、罰の悪そうな顔をした三人組+鈴熊がいた。
「あー、ひょっとして。聞いてた?」
「ええ、まあ」
熊野は言葉を濁す。だが妙ににこにこしている。
「えへへ」
鈴谷と言えば、何故か上機嫌で。三人組も、面白くなってきたと言いたげだ。
「なあ、おっちゃん
「そうよ。海戦には出られなくても、ボールは追いかけられるでしょ」
彼らは俺の手を引いて、廊下へと連れ出した。なに俺って子供に好かれるキャラだっけ? その後ぼこぼこに敗北したことは言うまでもない。
それから。
「ほぉう! 提督じゃん。チーッス!」
「お疲れ様ですわ提督」
鈴谷と熊野は俺の事を提督と呼んでくれるようになったのだった。俺、何かしたんだろうか?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:鈴谷
「ほぼ満点ではなくて?」
帰り道、熊野が言う。そうかもと鈴谷は思った。
「鈴谷はさぁ。船とか女の子とか。よくわかんないけど。”かわいそう”じゃなくて、”ありがとう”って言ってくれたのは嬉しかったかな」
「あなたはおばかなようで時々本質を捉えますのね」
「ひっどーい」
「褒めていますのよ?」
お姉さんぶってふふんと鼻を鳴らす。書類上は鈴谷が姉だが、全く気にしていない様子。
「でもさ、
「そうですね」
悲しみがただ悲しみでなく、懐かしさを伴うようになった。その意味の重さを考える。前向きになれた印でもあり、忘却への恐怖を喚起するものでもある。
『上の人は色々理不尽な事を言ってくるけどね。私はあんたたちを凄いと思ってる。皆の為に頑張るやつが凄くないわけがないからね。だから必ず帰っておいで。そのたびに『ありがとう』って言ってあげるから』
あの言葉があったから、自分達は今まで戦ってこられた。前線とか後方とかそう言う事じゃない。艦娘と提督は共に戦っている。津田少佐も、それをはっきりと言ってくれた。
「ねえ熊野」
「何ですの鈴谷?」
気のない返事だったが、付き合いが長いから分かる。彼女が言いたい事は。
「そろそろ、良いかも知れませんね」
「だよね」
こうして二人は、ちょっとした決断をする。「彼」を、提督と呼ぼうと。
「鈴谷は
「うーん? 分かんないかも」
渚汰の事は、これからどうなるか分からない。取り巻く状況を考えたら、恐らく彼の願いは叶わない。彼が大人になった時、鈴谷だってどうなっているのかも分からないのだ。それでもそのひたむきさは好ましい。陽光に身を預ける猫のように、もう少しだけ寄り添っていたいと思う。
一方で津田少佐と言う人にも、関心を持つようになった。本当に彼を好きにでもなったら、恐ろしく大変そうだが。
未来は可能性。あの二人は自分達のためにそれを切り開こうとしてくれている。それはとっても幸せな事だ。これからの事は分からない。だけど海は決して暗くないのだ。