※25.7.6 文章・表現を改稿
Starring:提督
「機動部隊の演習を削ると言うのは本当ですか!?」
がんと執務机を叩いたのは空母赤城。いやさ。ヘイトを向けられる任務なのは分かっていたし、先日の件は俺が悪いんだが。やっぱりへこむもんはへこむ。昨日の朗らかな笑顔が既に懐かしい。なお、この場にいる一航戦・五航戦の面子で、俺に好意的もしくは中立的な者はいないようだ。鎮守府に二航戦はまだ来ていないから、機動部隊のほぼ全員を敵に回したことになる。なっちゃったのである。
「演習の時間が空いた分、お前らには交代でフィリピン・パラオ方面に遠征に出てもらう。シフトは後日知らせる」
一同の熱量が沸点に迫る。そりゃ俺がこいつらでも納得できないだろうよ。だがこれから作戦の為に、イリーガルなやり方をしなきゃならん。あんまり大っぴらに出来んのだ。この件は
「主力の空母を強化したいのは分かるがな。こちらとしては駆逐艦の底上げをしたいんだよ。硫黄島作戦の為にはそこそこの練度で良いから数が欲しい」
そこまで言われて、主力部隊の面子はそれぞれに顔色を変える。それネガティブなものである事は共通しているのだが。
「ちょっと待ってください
「それだがな、作戦は変更になった。前任が行方不明になった以上、情報漏洩の危惧があるからな」
どの口が言うのか? と言う顔をする赤城。俺もそう思う。前任提督を中心に力を合わせ、発動寸前まで行った作戦が、彼女の行方不明でいきなり変更。それも命じたのが疑惑の渦中の人物だ。
赤城は完全に俺アンチに回ったようだ。敢然と食って掛かる。瑞鶴も同じ。感情を爆発させないのは先に赤城が言う事を言っているのからだろう。納得がいかなければ食って掛かるだろう。加賀はどうだろうか。態度を保留させているのか、激情は感じない。彼女の表情は読みにくいので何とも言えんが。意外な事に一番不満げなのは翔鶴だ。終始俺に敵意の視線を向けている。
既に胃薬のお世話になりそうだが、それでも言わねばならんことは言わねばならんわけで。
「あのな。俺に前任みたくアクロバットな指揮が執れると思うか? 物量で押すのがせいぜいだ」
「物量」と言う単語が引っ掛かったようだ。消耗戦を想起させる言葉だったからだろう。もちろん俺は消耗戦などする気は無いぞ。ちゃんと相応の「作戦」を立てていて、綾郷さんや出立前の先輩に見てもらっている。やれると言う確信はないが、これがベターであると言う自信らしきものはある。
「具体的な作戦は何なの?」
加賀のその質問には残念ながら答えかねる。
「開示は無理なんだ。この件は上も敏感になっていて、発動まで知らせられない」
「そんなの、信用できるはず無いじゃない!」
瑞鶴にずばっと「信用できない」と言い切られてしまったわけだが。何度も言うが、俺も逆の立場なら信用などできん。あとさっきから何もしゃべらない翔鶴が一番怖いな。これは早期に関係改善しないと爆弾になるぞ。
「安心しろ。練度の低い艦を前線に出しはするが、捨て艦のような所業は行わないと誓う」
誓うとしか言いようがない。そこにもどかしさがあった。
捨て艦。艦娘をデコイとして使い捨てる戦法である。鬼畜の所業だが、短期的な効果はあるだろう。だが艦娘の戦闘力は提督との信頼関係に比例する事も分かっているので、長期的にはマイナスしかない。第一海軍もそれを禁じている。
が、目先の手柄欲しさに手を染める馬鹿も存在すると聞く。そう言った者が艦娘たちの憎しみを受けて、どのような末路を辿るかも。
「信用できないよ! だって
「瑞鶴」
後輩の失言を、加賀が静かに止めた。俺は聞かなかった事にするしかない。
「だって! ありえないよ! 元気に出かけて行ったのに! 急に死んじゃったって……」
俺を含めた全員が沈黙する。壁を壊そうにも、全てを知っている事がかえって歩み寄りを阻む。どんなに言いわけしても、俺は共犯者なんだから。
「まあ茶を飲めよです」
横から湯飲みを差し出されて、瑞鶴はきょとんとする。いつの間にか、お盆を持って入って来ていた漣が空母ズにお茶を配って回る。受け取る彼女たちはばつが悪そうだ。考えてみれば、ここの艦娘でありながら俺と縁が深い漣は特異点みたいなもんだ。皆と上手くやれているか心配になる。
「漣から言うとですね」
えっへんしながら彼女は言う。特に意見を求められてもいないのだが。
「信じてあげてください。この人は、良い提督になります」
そこまで言われると、空母たちも何も言えない。沈黙の後唯一口火を切ったのは、加賀だった。
「分かりました。今は信じましょう。とりあえずは」
ナンバー2の彼女に言われて、さしもの空母たちも気勢をそがれたようだ。
「そうですね。事が始まってしまった以上、結果を見るしかありません」
リーダーの赤城も承諾し、翔鶴・瑞鶴も不承不承に頷く。空母たちはとりあえず刀を収めてくれたようだ。漣には感謝してもしきれんな。
「あ、待て赤城」
俺は思い切って彼女を呼び止めてみた。案の定、不審そうな表情が返って来る。初対面の時の優しい表情が既に懐かしい。
「今後の事を相談したい。夜空いてるか?」
要するに飯を食えば仲良くなれると言う古来のコミュニケーションである。令和では御法度? 昭和を生きた艦娘たちには有効な交流術であろう。特に赤城には。
赤城もそれを予想していたのか、ただ一言答えた。
「分かりました」
赤城との会談は執務室か、何処か会議室でも借りようと思ったのだが、鳳翔から待ったがかかった。
『せっかくですから、お店に呑みに来てください』
と言う事だ。
鳳翔は予備選力および
なので赤城との会食はここでやる事にした。せっかく呑みに行くなら、もっと普通の時に呑みたかったが、酒なしで今の赤城と対峙するのもちょっと怖い。初対面モードの赤城とならさぞ楽しいだろうが。
とにかく俺は基地内のプレハブで経営されている、『居酒屋鳳翔』にやってきた。外見こそプレハブだが、ちゃんと木製の引き戸と提灯・屋号がある。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔する」
お皿を洗う鳳翔に形ばかりのあいさつをして、カウンター席に座る。赤城はまだ来ていないようだ。少々早すぎたかな。
お座敷では、休暇の飛鷹隼鷹姉妹が早速始めている。
「よう新任さん、一緒に呑もうぜ?」
俺の悪評をものともせず、隼鷹はおちょこを掲げて見せる。
「ちょっと隼鷹」
飛鷹が当然それを窘める。彼女の方は俺を警戒しているようだな。当然かも知れんが。飛鷹は妹の不躾さを謝罪して、遠慮がちに頭を下げた。
「悪いな、先約があるんだ」
正直こいつと呑んだら、相当に酔わされそうだ。
「済まんな。気を使わせて」
それだけ言って、俺は何か注文しようとお品書きを見上げた時。目の前に
「ごめんなさい。今余裕があるのは日本酒だけで」
「いや、いい」
戦時下だからな。酒があるだけめっけもんだ。久しぶりの日本酒に口をつける。俺は洋酒より日本酒派だ。辛口の苦みも良いが、やっぱり香りが最高だ。くいっと流し込んで……彼女を睨んだ。
「こいつは、
鳳翔はばつが悪そうに笑う。「ばれちゃいましたか」とでも言いたげに。舌でも出しそうな無邪気な笑顔に、あの日の赤城を思い出した。
「いけない事なのは承知してます。でも大変な思いをしている皆に、お酒ぐらい好きなだけ飲ませてあげたかったんですよ。これについてはお金は取ってません」
こいつは普通の日本酒じゃない。いわゆるどぶろくだ。酒税法の施行で密売された事もある、手作りの酒である。ちゃんとした環境で造らないから、熟成が中途半端になりがちだ。そのせいで糖が分解されず甘くなることが多い。深海棲艦との戦争前にも趣味で自作する者もいたから、一応お目こぼしはされていた。今も正規の酒が不足して、内地でも密造が流行っていると言う。だがもし他人に提供したら、完全にアウトだ。
(だが正直、これは責められんなぁ)
深海棲艦の通商破壊で、物流は停滞している。特にここのような離島では、
「……良くわからんことを言うもんじゃないぞ? 俺は酒の感想を言っただけだ」
隼鷹の爆笑が聞こえた。聞かれただろうか? 鳳翔は何も言わずにっこり笑って、お通しを出してくれる。手作りのメンマだ。旨い。
「赤城さん、随分怒らせちゃったみたいですね?」
おちょこに酒を注ぐ手が止まった。赤城との会談にここを指定した理由が聞ける。そう思ったからだ。
「まあ、色々あってな」
鳳翔はふうっと溜息をつく。仕草がいちいち可愛らしい。
「彼女はとっても優しい人ですから、滅多に怒りません。でも一度怒るとなかなか許してくれませんよ?」
だろうな。見てりゃ分かる。
そして怒らせるのは今回の演習で二回目だ。
「どうしたらいいと思う?」
お通しから顔を上げると、真剣な顔があった。
「話し合ってください。徹底的に。あなたの人柄を知れば、赤城さんはきっと理解してくれます」
それを伝えたかったから俺をここに呼んだと彼女は言う。
俺の人柄? 彼女は俺の何を知っているんだ?
「なぜ?」
声のトーンを落として尋ねる。鳳翔はカウンター越しに顔を近づけ、小声で答えた。
「前任……
俺はびくっと体を震わせ、飛鷹姉妹を振り返った。聞かれた様子はない。先輩め。ずっと俺を後任にねらっていやがったのか。
「……先輩は、何と言っていた」
やはり目標にしていた人物からの評価は気になるもので、ついつい本題から離れた質問をしてしまう。
「『子供みたいだけど優しい子』と言う事でした」
優しい
「木葉提督から聞いた話と、さっきのお酒の味について。私もそのふたつで信じて良いかと思ってます」
思いっきり買い被りである。俺に先輩の半分も実力があれば、あんなことはやらない。
「それともうひとつありました」
「まだあるのか?」
鳳翔は微笑む。その質問を待っていたかのように。
「赤城さんをああいう風に怒らせる方は、初めてでしたので」
何故赤城を怒らせると信じるに値するんだ? 意味が分からん。
「提督もきっと、優しい人だと言う事です」
アクロバット級の論理展開だった。女の勘ってやつか?
「……『優しい』か。そう言う過分な評価は、変に吹聴しないでくれよ?」
事実に反する誉め言葉を投げつけられ続けるほどこっ恥ずかしいものも無い。だから投げやりに言ったのだが、鳳翔は今度こそ舌を出して笑い、言った。
「嫌です♪」
※25.4.26 酒税法の記述が間違っていましたので修正しました。申し訳ありませんm(__)m