第5話「提督はいじわる空母と出会う(その4)」
Starring:提督
案の定と言うか、空母赤城は滅茶苦茶不機嫌だった。
早速注文した旧陸軍御用達の巨大おにぎりをむしゃむしゃと食べながら、俺を睨みつける。って言うか最初からご飯ものかよ。まあ彼女の勝手か。
ともあれ、彼女が食事をするところを初めて見たが、こんなに不機嫌なのに実に幸せそうだ。今の顔を見れば、彼女を嫌う人なんていなかろう。多分俺もそうだ。向こうが俺を気に入っていない事が問題なのだが。
大量のコメをお茶で流し込むと、彼女は言った。
「それで? 釈明を聞きましょう」
いきなり「釈明」と来たもんだ。こりゃ相当怒ってる。
「いやあの時はつい言い出せなくて話の流れに任せただけで、決して俺はからかうとかは……」
「その話はいいです」
ぴしゃりと言われて、若干へこむ。着任前日の和やかな会話が懐かしい。
「……じゃあ、硫黄島攻略作戦の話からしようか」
最も重要な話題を提示されて、赤城は続きを促す。俺は前任の作戦は当然使えない事。理由は先輩が行方不明になった時点で、漏洩の可能性があるからと言う事を説明した。
そして俺は、先輩と別のアプローチを選んだ。
「同じ方向性を放棄したのは、前任と俺との力量差だな」
「力量差? さっきも言っていましたね。それは木葉提督と並び立てる方はそうはいないでしょうが……」
そうだ。俺の先輩、木葉樹希少将はいわゆる天才だ。何が凄いって戦っても負けた理由が分からんことだ。何度か図上演習をやったが、気が付いたら手駒をすり減らされ、王手をかけられている。理解できたのは、この人と四つに組んだら勝てないと言う事だ。
つまり天才が立てた作戦を俺が実現しようなど、どだい無理な話なのだ。
「せん……前任の作戦では、硫黄島に籠る主力艦隊は囮を使って引っ張り出す事になっている。だが、それは巧みな用兵が前提。俺が無理に再現しようとしたら、何隻沈むか分からんぞ?」
赤城は黙り込む。とりあえずは理解してくれたようだ。ここで前任が出来たんだからお前もやれなどと言われても困るが。
「では、どうされるんです?」
赤城が尋ねてくる。理解は出来るが不信感はぬぐえない。そんな感じだ。
「物量で押し切る。今までの少数精鋭体制を改めて、泊地全員で硫黄島を取りに行く」
「……無理を承知で力押しで行くと言うわけですか。そちらの方が犠牲を生むのでは?」
確かにその可能性もあるが、一応対策は講じている。ただそれをここで言うわけにはいかない。着任早々首が飛ぶ。
もう後が無い俺は、独断でそのリスクを受け入れる事にした。
「赤城、俺の一存でお前に作戦計画の閲覧資格を与えたい。要望を聞かせて欲しいし、駄目出しもして欲しい」
機動部隊を率いる彼女が作戦に関わってくれれば、これ以上心強い事は無い。軍法としては完全にアウトだが、綾郷大将は結果を出せば多少の事は大目に見ると言ってくれている。作戦の漏洩が「多少の事」なのかどうかは置いておいて。
赤城は少しだけ考えてくれた。
「お返事をする前にお聞きします。あなたにとって艦娘とは、どのような存在ですか?」
俺にとっての艦娘? 戦友とかか? でも漣とは戦友って感じじゃないな。迷ったが、普段考えている事をただ述べる事にした。
「申し訳なく思っているよ。戦争の為に造られて、下手くそな戦い方で沈められて。深海棲艦が出たからと言って、また海底から引きずり出されて戦ってくれている。本当は、俺達人間が生き残る為にやっている戦争なのにな」
深海棲艦は、通常の軍艦からの攻撃には強い耐性がある。俺は自分が軍人でありながら、この戦争の矢面に立てない事に強い罪悪感を覚えている。赤城は肯定も否定もせず、俺の返答に曖昧な答えを返した。
「”I was born”ですか」
「上手い事言うな」
「
「I was born」は英語で「生まれる」の意味。だが文法的には受動体、受け身だ。これを、生まれる事を選んだわけでは無いのに産み落とされる人間の宿命に例える人もいる。
「でもですね少佐」
メンマに箸を伸ばしながら、赤城は言う。
「その答えだと零点です」
零点。かすりもしない、からっきし駄目な見当違いと言うわけだ。改めて思い知る。俺はこいつらの事をあまりにも知らない。
「私たちは人ではありません。私たちは”フネ”です。でもそれはただの道具である事を意味しません」
人ではなく船? 船だが道具ではない? どう言う事だろうか?
「あなたは、
痛烈な駄目出しだった。覚悟していた言葉だったが、やはり辛い。溜息を吐く彼女はとても無念そうで。
「ちなみにですが、木葉提督は皆が喜ぶ答えをくれましたよ。一発で」
それを言われると先輩へのコンプレックスが頭をもたげてくる。多分俺は、あの人に一生勝てないんだろうな。
「お断りします。今は」
結局彼女は、提案を拒んだ。「今は」と言う含みを残して。
「あなたの背景にあるものだけで、あなたを決めつけるのは理不尽だと私も思います。でも私たちにとって『提督』はそれだけ大切な存在なんです。私は――」
彼女が今言った「提督」とは、木葉先輩の事ではなく、艦娘と縁を結び、その指揮を執る存在だろう。艦娘たちがその役職に向けるまなざしの正体。それを俺はまだ知らない。赤城は言葉を区切って、結論を口にした。
「私たちを大切にしない人に、私たちを任せられません」
それは明確な拒絶。赤城の説得を突破口にしていた俺にとって、致命的ともいえる一言だった。
「どうすれば」
だが俺だって遊びに来たわけでは無いんだ。助けると誓った相手は必ず助ける。何だってやる。誰にだってすがる。
「どうすればいい? どうすればお前の信用を得られる?」
直球ストレートと言うより泣きつきだ。赤城は頭を抱えた様子。こいつはプライドが無いのかとでも言うように。残念ながら俺にその手のプライドは無い。赤城の答えを待つが、彼女はそっと首を振り……、その視線は目の前にことりと置かれた大盛焼きめしに移った。
「これは、キャベツも鶏肉もいつもの1.5倍! 何たる
スプーンを持ってぷるぷる震えている彼女を見る。多分こっちの方がこいつの素なんだろうな。
「鳳翔さん! 頂いても?」
よだれを垂らしかねない赤城に、鳳翔は残酷にも言い放った。いつもの笑顔で。
「話が終わるまでステイです♪」
「そ、そんな!」
可愛い後輩を無視しつつ、彼女はどぶろくで満たされた
「私は思います。まずは相手を知る事です」
「知ること?」
無邪気に聞き返してしまった。彼女の言いたい事は分かる。俺が実践できていなかっただけで。
「偏見とは、無知から生まれます。だからまずは触れ合って話し合いましょう。嫌うのはそれからでいい筈です」
その通りだ。初手でそれに躓いた俺にも、救いの言葉はやってくる。鳳翔は言った。
「津田さんが事務の人を連れて来たのは、私たちの触れ合う時間を作る為でしょう?」
「えっ?」
驚く赤城。と言うか俺も驚いた。それを話したのは初期艦の漣と、鈴木一等兵曹本人ぐらいだ。
「
「先……前任がか?」
赤城はさらなる不信の目を向けてくる。あなたまだ何か隠してるんでしょうと。
「ああ。養成機関で講義を受けたことがある。そこまで見ていてくれたとは今知ったよ」
嘘は言っていない。全部言ったわけでもないが。俺は確かに先輩の講義を受けている。そこまで俺のやり方を見抜いてくれていたのも今知った。赤城は不満そうに俺を睨む。こいつは俺が前任が俺を評価した事が
「つまり、津田さんはちゃんと皆と向き合う準備をしていたのです。ただちょっと内気なだけで」
鳳翔、内気は余計だ。テーブルに付けた腕を下ろしつつ、赤城は言う。
「なら、皆と打ち解けてください。さっきの質問に正解をください。そうしたら……」
彼女の目はとても真摯で、何故だか引き付けられ。ついつい魅入ってしまった。
「もう一度お話を伺います」
ここまで言ってくれたんだ。これ以上何も主張する事はない。
「ありがとう。その一言だけで十分だ」
お礼を受け入れる彼女からは、あの夕日の中での柔らかさがあった。
「そうだな。俺はまだ提督になり切れていない。せいぜい仮免提督と言う事か」
まあそれでいい。今は。
「仮免? 何の事です?」
ただの自嘲だったのだが、赤城が食いついてきた。おや? 戦前には仮免がなかったのか? いやあったとしても船だったから分からんか。
「車の免許の事。練習のために路上で運転して良いけど、本格的な免許じゃないのを仮免って言うんだ」
「なるほど。言い得て妙ですね。では今日から”少佐”の代わりに仮免提督とお呼びしましょうか?」
「勘弁してくれ」
普通に「提督」と呼んでくれる選択肢は、当然ながらまだ無いようだ。話が終わった赤城はスプーンに手を伸ばし、俺は会計の為に財布を取り出す。が、またしてもそれは鳳翔に止められた。
「せっかくです。お二人とも、何かコミュニケーションを取りませんか?」
「コミュニケーション?」
「日本には”飲みニケーション”と言う言葉があります」
鳳翔、自信満々だがそれもう半分死語だぞ?
「どぶろくを徳利三本飲み切った方が、何かお願いを聞いてもらうと言うのはどうでしょうか?」
ほほぉ。鳳翔よ、それは良い提案だ。実はここに来るに当たって、先輩から聞いていたのだ。「赤城は下戸」と言う話を。案の定、彼女は引き攣った顔をしている。こんな勝負を持ちかけるなど、伝え聞く鳳翔らしくはないが。
「本来はこんなお酒の飲み方はお勧めしません。でも、今はやるべきだと判断しました。どぶろくはアルコール度数も低い事ですし」
赤城は何故か張り切って、悪い笑いを浮かべた。これ駆逐艦たちが見たらどう思うだろう。
「良いですよ。一手指南頂きましょうか」
ただの飲み比べだけどな。
良くわからないが、勝たせてもらうとしよう。お願いはそうだな。まあ鈴木一曹が休みの時に事務仕事でも手伝って貰おうか。せいぜいこき使ってやる。だが皆から慕われる艦隊のお姉さんは、とんでもない罰ゲームを要求してきた。
「今から24時間、一人称を『あっし』、語尾を『やんす』にしてください」
ちょっ、おまっ!
「待て待て! 明日は対潜作戦に出る七駆を見送るって言ったよな?」
あいつらの眼前でそんなふざけた口調で訓辞させるつもりか? ここまで言うとは思わなかったぜ。しかも弓道着の悪魔は、涼しげな笑顔で言いやがった。
「それがなにか?」
人の悪い事に、鳳翔がぷっと吹き出す。お上品な仕草で。ここで「作戦目標は硫黄島、グアム間を
この女、今まで思っていた以上にとんでもないかも知れない。そっちがその気なら、こっちもやってやる。俺も対抗する事にした。
「……分かった。じゃあ俺が勝ったら一人称は『あちき』、語尾は『ゲス』だ」
再び鳳翔が吹き出す。同時に赤城は顔をひきつらせた。彼女がまさか「あちきは一航戦赤城でゲス。南雲機動部隊、出撃するでゲス」などと口走って見ろ、とんでもなく面白い事になる。くくくっ。それにこの勝負、俺の勝ちは確定している。俺も酒は強くないが、防大時代に先輩諸氏に鍛えられている。酒に弱い人間が強くなることは無いが、飲み方を学ぶことで酔いにくくはなれる。
つまり、彼女の「一航戦でゲス」は確定したも同然。
「はい、ではどうぞ」
鳳翔が腕を振ると供に、俺は徳利を手に取る。飲み比べだからと言って、一気飲みはいけない。お通ししか食べていないすきっ腹に流し込んでは、酔いが早くなる。この酒は甘いから、高血糖になって眠気が来る可能性もある。だから少量ずつ飲む。俺は徳利に口を付けることなく、おちょこに一杯ずつ酒を注いでゆく。まさに水ひとつ漏らさぬ作戦計画。七駆は普通に見送らせてもらうぜ――!
「はい。飲み終わりました」
……は?
隣席に目を移すと、空になった徳利。そして幸せそうに焼きめしをパクつく一航戦赤城の姿があった。
「お前……どうして?」
あんぐりと口を開ける俺に、口いっぱいの焼きめしをごくんと呑み込んだ。
「おおかた、
そんなんありか! ずるっこじゃねえか!
「別にずるっこじゃありません。古い情報で戦ったらそうなると言う事ですね」
「くぅうぅ! 俺だってな」
赤城はにっこりと笑い、死刑宣告をやってきた。
「あれ? 一人称が違いますね?」
お、覚えてろよ。
「……鳳翔。あっしにも焼きめしをくれでやんす」
鳳翔は口を押え肩を震わせながら、食材を用意し始める。必ずこのお返しはさせてもらうからな。
こうして、俺と赤城の謎のいじわる合戦は幕をあけたのだった。いじわる空母の彼女と、仮免提督の俺。その奇妙な関係は、この時動き出したのである。
主人公と赤城の出会いの物語でした。
次話から艦娘たちとの交流が始まります