少しずつ、大切な何かが揺らぎ始めます。
でも、どうか信じてあげてください。
提督と、仲間たちのことを。
Starring:提督
赤城に会いに行く前に、俺はやらねばならない事があった。それは出来るならやりたくない事だ。端末から通信を繋ぐ。その相手は。
『遅いよっ! 提督さんっ!』
俺の鼓膜をきいいんと揺さぶったのは、五航戦瑞鶴だ。
『早く出撃命令をちょうだい!』
彼女ならそう言う反応をすると思ったが。二航戦が練成中。赤城加賀が動けないとなると、頼れるのは五航戦しかない。
『加賀の腕を引きちぎる相手だ。ババを引かせて悪いと思うが……』
『そう言うのは良いです!』
今度は翔鶴だ。彼女らしくない気合の入った声だった。
『一航戦に倒せなくて五航戦に倒せない理由はないよ!』
『行かせてください!』
もはや俺が言う事はない。どの道選択肢など無いからだ。
『すまん。頼む』
映像など無いのに、俺は端末を耳に当てたまま深々と礼をする。
『五航戦、翔鶴、出撃します!』
『空母瑞鶴、抜錨します!』
通話が切れる。俺は見送るしかできない。いやそれだけではないはずだ。こういう時知恵を巡らせるのが提督である俺の仕事だ。
今動ける戦力で適任者は誰だろう。俺は思案すると、再び端末を操作した。
『漣。七駆は今動けるな?』
『ほいさっさー』
おどけてはいるが、今のヤバい状況を分かっている筈だ。俺が七駆のコンディションを尋ねた時点で、こいつは即座に覚悟を決めている。
正直、姉のようなこいつを死地にやりたくない気持ちはある。この任務は、七駆の連携の巧みさが必須であるのにだ。
『すまん』
だから余計な謝罪をしてしまう。
『ご主人さま。ぶっ飛ばしますよ?』
迷いが伝わったらしい。そうこれは、提督であるなら持ってはいけない迷い。漣は一言でそれを正してくれた。
『成功したらなんか買ってやると皆に伝えておけ』
『あざーす!』
俺はアイデアを告げる。漣は全て了解し、準備も全て引き受けてくれた。相変わらず滅茶苦茶ですと随分呆れられたが。
全ての指示と手配を終えた俺は、ようやく赤城の下へ向かう事が出来る。入室し、目の前の光景を疑った。これが本当に一航戦赤城なのか?
「放して! 放してください! あいつを殺してやるんです! 殺してやる!」
鳳翔が押さえつけているのは、取り乱す赤城だ。最初は加賀の負傷が原因だと思った。だが違和感が残るんだ。赤城と加賀の信頼関係なら、片方が倒れた時、もう片方は悲しみを後回しにして皆を救うため戦うのではなかろうか。この取り乱しようはなんなのだ。
「赤城さん落ち着いて! ここには誰もあなたを傷つける人はいません」
必死に呼びかける鳳翔の横で、俺は情けなくも呆然と立ち尽くした。
「私の事なんてどうなったっていいんです! 行かせてください!」
「大丈夫! 私がいますから! 提督も、皆いますから!」
鳳翔の一言で我に返る。俺は意を決して赤城に歩み寄った。
「赤ぎ……」
ぶばっ! 俺の声は言葉にならなかった。暴れる赤城の手が俺の頬をしたたかに叩きつけたからだ。俺は惨めに医務室の床に転がった。鳳翔の悲鳴が聞こえる。
何とかもう一度立ち上がったが、これではらちが明かない。そもそもここまで追いつめられて苦しんでいる相手から、情報を得ることは本当に正しいのか? 初月たちの修復を待った方が良いのではないか? そんな弱音が頭をよぎる。だが現状、そんな甘えは許されない。第一赤城はきっと、
だがどうする? どうしたらいい?
逡巡を停止させたのは艦娘の声。決意を込めた溌溂さ。そんな感じだった。
「駆逐艦吹雪! 参りました!」
俺の場所を聞いてここまで来てくれたのだろう。本来俺は指令室ででんと構えていなけらばならない立場なのだが、こんな状況ではそれも叶わない。
「呼びつけて済まん。今しがた七駆が出撃した。お前は白雪たちを連れて後を追ってくれ。道中で指示を出すが、ちと特殊な仕事をやってもらわにゃならん」
行かせたくないのは五航戦や漣たちと同じ。いや今は泊地が総出で謎の敵に対して動いている。誰一人として安全が保障された者などいない。それは皆が承知し、覚悟している事だ。
「了解しました! 吹雪参ります!」
彼女が敬礼した時、赤城が鳳翔を振りほどき、その腕を取った。強い力で掴まれたのか、吹雪の顔が歪む。
「待ってください! 吹雪さんは! 吹雪さん
吹雪「だけ」? 何を言ってるんだ? 俺の目の前にいるのは、本当に今までともにやって来た艦娘なのか? 驚きも戸惑いもあるが、理解していると思っていた仲間の事を欠片も分かっていなかった事実が苦しい。
「私が! 私が行きますから! 吹雪さんは私が守りますから!」
次の瞬間。勢いの良い音が、赤城の頬ではじけた。吹雪が彼女をひっぱたいたと気付く。彼女は呆然とする赤城の頬を両手で押さえつけ、ぐいっと自分の顔に寄せた。
「赤城さん。私を見てください」
赤城の顔に血の気が戻って行く。息をのむ彼女が伝わってくる。
「私は、加賀さんを追いかける瑞鶴さんみたいにがむしゃらじゃないかもしれませんけど、必ず赤城さんに追いつくつもりです」
そして彼女は一歩下がり、再び敬礼した。
「吹雪、参ります!」
「おう! 頼んだぞ!」
もはや俺の言う事は何もない。ただ吹雪を信じるだけ。そして今目の前に、心の壁を破らねばならないやつがいる。
「本来は今のお前を責め立てるべきじゃないのは分かってる。だが皆を守るための情報がどうしても欲しいんだ。今話してくれれば、誰も沈めることなく帰還させると誓おう。担保は命でいい」
錯乱からは逃れられたらしい。赤城は小さな声でつぶやいた。
「ずるいです」
そうだ。ずるい。担保は命だなんて、彼女に約束する事じゃない。一人でも沈んだら死んで償う。今までだってそんな気持ちで指揮を執ってきたからだ。そんなことは赤城にはばれていて、掛け金を吊り上げないで対価だけ吊り上げろと言ってるようなもんだからだ。だけど何にもない俺には、賭けられるのは――
「あなたはそうやって捨て身で。私は……」
俺は目を伏せたまま唇を閉ざした彼女を、じっと待った。彼女ならきっと。そう思うから。