仮免提督といじわる空母・改二   作:萩原 優

64 / 119
人にも艦娘にも、誰にも触れられたくない領域があります。そこに踏み込み荒そうとする者とは、時に戦わねばなりません。それはただの心の問題ではなく、尊厳と生存にかかわる話なのです。


第64話「終わるモラトリアム(その4)」

Starring:提督

 

「分かった。今呼び出す」

 

 今の赤城をこいつに引き合わせたくない。その思いは強いが、このままだと奴は躊躇なく瑞鶴たちを手にかける。もし誰か沈むことがあれば、全てが終わった時、俺は自分の頭をぶち抜くかもしれない。例え戦いが勝利に終わったとしても。無意識に右手は、友を殺した拳銃を撫でていた。

 俺は端末を手に取る。せいぜい渋って、状況を長引かせるつもりだったが。

 

「もう一度私と戦いなさい!」

 

 回線を繋ぐより、赤城が飛び込んでくる方が早かった。追いかけてきた鳳翔が状況を認識し、青ざめる。

 

『勘違いしているようね。私はあなたを戦って倒したいんじゃないの。ただいたぶりたいの』

 

 赤城は身を乗り出す。いつもの彼女ならこんな安い挑発には乗らない。だが今は駄目だ。

 

「落ち着け。何とかする」

 

 冷静にさせるための一言が、Deep-1(ディープ・ワン)の嗜虐心を煽ったようだ。

 

『あら優しいのね。この子が人間や艦娘に対して、どんな裏切りをしたのか知らないのね?』

「黙りなさい!」

『この子はね。”あの人”が艦娘を創った時、私たち深海棲艦の存在を人類に警告するように命じられたの。それをみーんな放り出して、東京を火の海にしたんだけどね』

「黙って!」

 

 赤城の取り乱しようは常軌を逸している。出来る事なら今すぐここから連れ出してやりたい。だが五航戦たちの命がかかっている状況では。

 そして「あの人」と言う存在が出てきた。その存在が艦娘を造りだしたと言うのか? そして人間に警告を与えようとした。何のために?

 

「あの人とは誰だ? どんな『盟約』を結んでいると言うんだ?」

 

 こちらが食いついたのが愉快らしい。Deep-1は愉快そうに鼻を鳴らした。

 

『あの人は私たち深海棲艦に海をくれるの』

「それは聞いている。知りたいのはその先だ」

 

 彼女は含み笑いする。面白い事を思いついたとでも言うように。

 

『別に隠す気は無いわ。でも私が言うより、その子に答えて貰った方が面白いと思ってね。そうしたら麗しき信頼も、失望に変わるんじゃないかしら』

 

 赤城の身体がびくっと震えた。

 

「何が言いたい?」

 

 問い返す俺を、Deep-1は無視した。俺は震える赤城に気付く。

 

『さあ言いなさい。この子の首をへし折られたくなければ』

 

 Deep-1が右手に力を入れ、俺は思わず顔をそむけた。

 

「……は、……です」

『何ですって? 聞こえないわよ?』

 

 奴はにやにやと笑う。俺は痛いほど、拳を握りしめていた。

 

「あの人は、海神(わだつみ)です」

 

 絞り出すように赤城が言った。わだつみ? 海の神様だっていうのか?

 

『そう。あの人はあなた達人間に失望したのよ』

 

 Deep-1が言葉を繋ぐ。きっとろくでもない話を。

 

『あの人は人間に船を与えてきた。海の恵みも与えてきた。でもあなた達は戦争で船を沈め、海の恵みを乱獲し捨てるようになった。だから私たち深海棲艦を生み出したの。人から海を取り上げるためにね』

 

 つまり人を見限った神が、深海棲艦を創り出したというのか? 大勢の死者は神の加護を失ったから生まれたからと言うのか? それであいつは死んだのか?

 

 Deep-1は俺の沈黙を動揺と取ったのか、満足げに笑う。実際動揺だったわけだが。

 

「それで、どうしたんでしたっけ? 言ってごらんなさい?」

 

 嗜虐的な笑いを浮かべ、赤城に続きを催促する。

 

『でもあの人は、完全に人間を見捨てる事は出来なかったんです。だから人を模した船を創って、人と共に戦わせようとしました。人と艦娘が力を合わせ、深海棲艦に打ち勝つことが出来れば、このまま海を任せても良いと』

 

 それで艦娘が船であり人であった理由。その絶大な力には、人間(提督たち)との(えにし)が必要な理由。全て筋が通ってしまう。

 

『それでアカギ。あなたはどうしたの?』

「わ、私は……」

 

 赤城は口ごもった。何か知られたくない傷があるのだ。反射的に俺は、口を挟んでいた。

 

「待て。もう十分わかった。ここらで手打ちにしないか? 決着は再戦でつけるとしよう」

 

 俺の泣き言を楽しそうに聞いていた。ぺろりと唇を舐める。

 

『ふうん? かばっちゃうんだ。でも変ねぇ。あなた達に交渉のカードなんてあるのかしら? ここは頭を床に擦り付けてお願いするところじゃない?』

「そうしたら、帰ってくれるか?」

『無理ねぇ。だってあなた。命とか慈悲を乞うの、必要なら躊躇なくやりそうだもの。それじゃつまらないわ』

 

 よく見てらっしゃる。実際本当に見逃してくれそうだったら即座に号泣しながら土下座していたところだ。あの反応だと強行しても逆効果そうだったから止めただけだ。

 

「カードは無いわけではない。伏せておく必要があるだけだ」

 

 これは本当だ。本来は匂わせることもしたくないのだが、赤城が限界だ。ここが明かせるギリギリの線だ。

 

『追いかけてくる戦艦部隊? 間に合わないんじゃないかしらね』

「そうだな。間に合わない」

 

 向かっているのが戦艦だけ(・・)ならな。だがDeep-1は、心底この状況が楽しいらしい。時折瑞鶴を掴んだ腕を左右に揺らしている。ツインテールが痛々しく揺れた。そしてだらりと垂れたその手には――。

 

『そうだわ。じゃあ提督さん。このこれ(・・)の代わりに、あなたが私の玩具になるのはいかが? 大好きな艦娘の為に犠牲になれるなら、さぞかし本望でしょう?』

 

 正直に言おう。少し迷った。情けない事に、応じた時自分に待つ悲惨な運命を想像してしまったからだ。それから、自分無しで泊地は大丈夫かと言う苦悩。後ろ髪が引かれた。いや正直怖かった。あんな奴に身をゆだねたらどうなるか。それでも結局――。

 

「分かった。俺がそっちまで出向けばいいのか?」

『そうね。その前に今こちらに向かっている艦隊を、引き返させてもらいましょうか』

 

 瑞鶴は人質か。だが活路はある。赤城の心を壊すよりはまだ全員助かる可能性がありそうだ。いや、俺は彼女を壊したくない。大淀に高速艇の手配を命じようとした時。

 

「待って! 待ってください!」

 

 赤城が叫んだ。もう耐えられないと言うように。

 

「言います! 言いますから提督は!」

『あらぁ。いい子ちゃんね。じゃあ続けてちょうだい』

「私は海神から、人間にこの戦いの開始を知らせる使者を命じられました。私は秘密裏に要人と接触し、深海棲艦の脅威を説きました。目の前で”力”も見せました。でもあの人たちは、深海棲艦ではなく『私』を恐れたんです」

『そう。この子の言う事は何ひとつ信じられず、艤装すら取り上げられて、不法入国者として国外へ送られることになった』

 

 艦娘の力を前に、自分の両目両耳を塞いでしまうのはいかにもこの国らしい。艦娘の力を私的に利用しようとする気概があった方がまだましとすら思える。だがそれで悪いのは赤城じゃないはずだ。なぜ彼女が裏切り者なんだ?

 

「私は入管に運ばれる途中逃げ出して、東京の街をさまよいました。そこでかくまってくれたのが、ある孤児院、養護施設でした」

『そうね。そこであなたはどうしたのかしら?』

「心地よかったんです! みんな失った私が得た初めての安らぎだったんです! 皆私を姉のように慕ってくれたんです! あの日、私の誕生日を祝ってくれると言われました。今日一日だけ。それだけ済んだらここを出よう。艤装を取り戻して、別の要人と接触しよう。その一日が!」

 

 赤城の言葉は慟哭に変わっていた。気が付いた時、俺は頬に走る生暖かいものに気付いた。八千草さん。そんなに俺を責めるんですか? そんなに俺たち(・・)が憎いですか?

 

『そしてその一日後に、私たち深海棲艦が使命を果たす日が来た。それが最初の戦い、東京爆撃ってわけ。その子の大事な大事な施設まで吹き飛んだのは、ほんの偶然だけどね』

 

 赤城がへたり込む。すぐに大淀が駆けよってくれた。それを見下ろして、俺はDeep-1に向き直る。

 

「満足か?」

『ええ。とっても満足。この子の絶望した顔も。怒り狂ったあなたもね』

 

 こいつは、俺達の苦痛を養分にでもしているのだろうか? 目の前にあるのがディスプレイではなく本人だったら、俺はこの拳銃を容赦なくぶっ放していただろう。

 

「随分赤城に――いや俺にもご執心のようだが、理由を聞いて良いか?」

 

 Deep-1は楽しそうに唇をゆがめる。猫が虫をいたぶるように。

 

『あの子は自分の役目を果たせない役立たず。それがナカマやらテイトクやらに囲まれて楽しそうにしてるって話だったからね。ちょっと壊してやりたくなったのよ。あなたはまあ。あの子の提督だったと言うだけの理由。要はとばっちり』

 

 そう言ってウィンクして見せた。こんなおぞましいウィンクは見たことがない。

 

「お前、何なんだ?」

 

 こいつがやっている事はただの愉快犯だ。戦争をやっているとはとても思えない。なにか強い感情をそこらじゅうに撒き散らしていると言うか。

 

『私はどこの艦隊にも属さない代理人(エージェント)。あなたたちは北洋艦隊、南洋艦隊の両方から睨まれているようね。今回の依頼は『硫黄島が獲られる前に、あなたの艦隊を行動不能にする事』よ』

 

 深海棲艦には、拠点ごとに艦隊がある。米海軍の太平洋艦隊、大西洋艦隊みたいなイメージが近いかも知れない。太平洋地域に進出している深海棲艦は、ダッチハーバーに本拠地を置く北洋艦隊。南方に展開する南洋艦隊。こちらの本拠地はまだ突き止められていない。

 硫黄島は北洋艦隊の拠点だから、普通に考えれば彼女の依頼には北洋艦隊と言う事になる。作戦開始に当たって、妨害は当然予想していたが、こんな隠し玉がいる事は完全に予想外だった。

 

「とりあえず、話は分かった。だがやはり一度引いて欲しい。こちらもカードは切りたくない。もう同じ手は使えなくなるからな」

『まだそんな事を言ってるの? あなた達の艦隊は消滅するの。提督が人質になった事でね』

「そうか。残念だ」

 

 いい加減感情が制御できなくなりそうなとき、カメラから見えないように大淀が紙片を渡してきた。素早く目を通して握りつぶす。これを待っていた!

 

「気が変わった」

『へえ? 何が?』

「お前と『交渉』する気が無くなった。と言う事だ」

『ふーん?』

「代わりに俺が行うのは『警告』だ。素直にこの場を引き上げてくれたら、今日のところは見逃してやる」

 

 Deep-1はけたけたと笑い出した。こちらがやけくそになったかおかしくなったとでも思ってるんだろう。だけどな。

 

「その笑いは拒絶と判断させてもらう。じゃあ実力行使に出るとしよう」

 

 俺はゆっくりと右手を上げ、勢いよく振り下ろした。

 

瑞鶴(・・)、やっちまえ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。