仮免提督といじわる空母・改二   作:萩原 優

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無事リチャードをお迎えできました! 現在遠征で基礎訓練中。フレッチャー級は全員お迎えしたので、同時に来てくれた秋月や第一線で活躍中の摩耶と初月を加えれば、対空部隊は盤石です。

おかげで寝不足でつ(´Д`)


第68話「険路を越えて(その1)」

Starring:漣

 

●三刻後 休憩室

 

 束の間の休息を破る事に抵抗はあった。だけど決められた時間に起こさなければ彼はきっと怒るし、下手をすると自分を責める。だから心を鬼にする。

 

 つもりだった。

 

 ベッドで寝息を立てるご主人さまは、どんな夢を見ているのだろう。疲れからなのか、そこに苦しみは感じない。今まで気を張っていたのだろうな。そう思ったが、彼にはこれから大淀さんに作戦案に目を通してもらわねばならない。彼をひと時の安らぎから戦いに引き戻す事に、言いようのない罪悪感を覚えた。

 

「ご主人さ……」

 

 彼の肩にかけられようとした手が止まる。漣のすぐ目の前に、ご主人さまの顔がある。ここからだと目のクマがくっきり見える。連戦で鬚も剃っていない。平時なら酷いモンですねとからかいのひとつも入れる所だが、今となってはその頑張りが痛々しい。

 

 やっぱり、ここに連れてこない方が良かったのだろうか? 封印した考えが頭をよぎり。目が離せなくなった。何か悪意があるわけではない。ただ視線が動かせなかった。そのまま顔は近づく。

 

(心臓の音って、こんなに(うるさ)いんだ)

 

 他人事みたいに思った時、彼の唇から流れ出る寝息が、漣の頬を撫でた気がした。このままほんのちょっと、ご主人様の唇に吸い寄せられたら、何が起きるのだろうか。

 

「八千草さん。俺……」

 

 ご主人さまの寝言。氷の塊をうなじに押し付けられたような感覚。漣はまるで魚雷を避けるかのように飛び退いた。自分は、何をしようとした? 漣の「ご主人さま」に、何をしようとした?

 

 がたん!

 

 入口の方から音がした。赤城さんが落としたお盆だった。彼女は口をぱくぱくさせ、突き出した手をぶんぶんと振った。

 

「すみません! りょ、両手が塞がってたから不精してノックしてなくて。その、すみませんでした!」

「待ってください! 違うんです! 話を聞いて!」

 

 二人して大声で叫んだのが悪かった。さあっと毛布がすれる音がして、ご主人さまの上体が起こされた。まるで信じられないものをを見たかのように。その表情から、彼が目の前の光景のわけを知っていると悟る。もう逃げられなかった。

 

 ちがう。ちがう! こんな顔をさせたかったんじゃない! だから今まで、必死で隠して!

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 我を失ってひたすら謝罪する。ご主人さまは自分の頭を乱暴に掻いた。

 

「話は分かった。悪いが今の俺ではキャパが足りん。赤城、悪いがフォローしてやってくれないか」

 

 ご主人さま、それはちょっと残酷です。心の中で無責任な部分がそんな事を考えていた。全部漣が悪いのに。今気持ちを知られたら、こうなる事は分かっていたから。

 この場で唯一冷静さを取り戻したのは赤城さん。どんな過去を持っていようと、やはり強い女性(ひと)だと思う。務めて冷静に、あるいは冷静を装って、赤城さんが問うた。

 

「提督、まず事情を聞かせてください」

 

 駄目だ、赤城さんもご主人さまの態度に違和感を感じているけれど。このまま問い詰められたら、ご主人さまは苦しむ。

 

「ごめんなさい赤城さん。行きましょう」

「漣さん?」

「お願いですから」

 

 それだけ言って、弓道着の袖を引っ張る。何かを察してくれたのだろう。赤城さんは黙って頷いてくれた。

 

 ――と思ったのだが。

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

Starring:赤城

 

 頷いたのは、状況を理解したと言う意味だ。承諾なんかしてやらない。ここで放置したら、この人は沈み込むだけ沈む。赤城は経験者(・・・)なのだ。

 

「漣さん。覚悟を決めてください。ここが正念場です」

「えっ?」

「今逃げたら、彼は本当に壊れてしまいます」

 

 理解できないと言う表情は、すぐに納得したものになる。彼女も艦娘。真に戦うべき時をわきまえている。

 

(そう言えば私は、提督に助けを求めにここに来たんでしたっけ)

 

 そもそも何を助けてほしかったのか? 目の前の事に必死でそれすら思い出せない。

 しかしもはやそんな事は言ってられないのだ。この人が壊れたら泊地が丸ごと壊れるのだから。そしてもう容赦するつもりはない。赤城は提督の顔をむんずと掴み、無理矢理自分の方を向かせた。

 

「『私を見て』ください」

 

 提督は笑う。ふっと力なく。

 

「吹雪のパクリじゃねえか」

 

 彼の意識を自分に向けただけで、妙に勝った気になった。別に勝ち負けではないが。

 

「ご主人さまが、漣の気持ちを受け止められないのは仕方ないんです。漣を嫌いになってもいいです。でも、ご主人さまがご主人さまを虐めるのは止めてください。お願いします」

 

 精一杯の言葉。素直に羨ましく思う。しかし凝り固まった壁を叩き割るにはまだまだ足りなくて。

 

「お前の事は本当に姉貴みたいに思ってたんだ。俺にそんなつもりはなかったんだよ」

 

 漣さんは寂しそうに笑う。でもここで許してやるつもりはない。提督が提督を虐めるなら、赤城がちょっと意地悪しても良いじゃないか。自分はいじわる空母で結構。

 

「別に良いのでは? 恋愛感情が後から芽生える事もあるでしょう。まずはお互いをもっと知ればいいでしょう」

 

 どこぞの教則本に書いてありそうないい加減な知識を投げつける。恋愛など門外漢だが、何故だろう。漣と付き合えと薦めた時、不快な感触を味わう。

 

「俺には背負えねぇよ。俺には無理だ」

 

 提督はただそれだけ吐き出して、うつむいてしまう。彼が今まで隠していた顔を見てしまったのだ。自分は提督を知った気になっていたが、そんなものは幻だったようだ。

 もっともつい一昨日に自分が見せた動揺もまた、彼に衝撃を与えた事だろう。恥ずかしい事だが、それに今思い当たった。

 

「何で放っておいてくれないんだよ。俺は愛されたくなんかねぇよ。もう疲れたんだよ」

 

 漣さんは、懸命に感情を制御しているように見える。それが痛々しい。頭に血が上る感触と言うのは、こんな感覚だったのか。ぐーで修正したい衝動をぐっとこらえ、冷静さを装う。

 

「漣さんに甘えすぎですね。あなたは女の子を何だと思ってるんです?」

 

 酷い返しだと思う。彼の罪悪感に更なる重しを乗せたのだから。だけどここで手加減するのは違うと思った。そして彼の弱っていた忍耐は、限界を迎える。

 

「何で俺なんだよ! 何で俺なんか頼るんだよ! 俺は一度裏切ったんだぞ? 可愛がっていた後輩を、あいつ(・・・)で!」

 

 激高した提督は、休憩室のテーブルを指さす。そこには一挺の拳銃があった。彼が大事にしていたものだ。いや、大事にしていたのではなく、怨念のように彼に憑りついていたものだ。

 

「認めてください。あなたが後輩を楽にしたのは間違った事ではありません。それを糾弾する言葉は言いがかりです」

 

 かつて彼は、沈みゆく乗艦で後輩を楽にした(・・・・)、そしてその妻の憎しみを受ける。彼の心は壊れた。

 

「いいや俺のせいだ! あの時俺が代わりに死んでいれば八千草さんと子供も――」

 

 派手にひっぱたく。今度は我慢できなかった。もう少しだけ冷静さを欠いていたら、大けがを負わせていたかもしれない。それだけ怒った。今彼が口にしたのは泊地の仲間たちの全否定。そして彼自身の全否定だ。

 

「じゃあ私は何ですか!? 言ってみてください! お前は東京を燃やした裏切り者だ、お前なんか死んでいればよかった! そう言ってみてください!」

 

 そこまで啖呵を切って、自分の境遇が提督とそっくりである事に気が付いた。だから彼はトラウマに苦しむ自分を救おうとしてくれた。それならば今度は自分の番だろう。

 

「お前と俺とじゃ事情が違うだろ! 自分を貶めるなよ!」

「私が私を貶めるのは駄目で、あなたがあなたを貶めるのはいいんですか!?」

「そうだよ! お前たちはこれから幸せになるんだろ!? 俺は違う!」

 

 決定的な一言だった。絶対に看過できない台詞だった。赤城は、拳をにぎる。

 

「こ、このっ!」

 

 自分の拳が振り下ろされる前に、鈍い音がした。吹っ飛んだ提督を見て、赤城は自分の拳を不思議そうに見つめた。自分がそれをするまえに、ヘタレにストレートを叩きこんだのは、漣だった。一応力は抑えていたみたですけど、ごんっといい音がしました。

 

「もう我慢するの止めました! 漣が誰かを好きになっちゃいけないんですか!? その相手がたまたまご主人さまだっただけで、ご主人さまは自分を虐めて、おまけに漣まで虐めるんですね!」

「だから俺は……」

「ご主人さまなんて、ずっと心の自宅警備員やってりゃいいんです! ご主人さまなんて大っ嫌いです!」

 

 恋愛に疎い赤城にも、「大っ嫌い」の意味は分かる。「世界一大好き」と言う事だ。言い放った漣さんは肩で息をしながら、スッキリとした表情。

 

(なんか、羨ましいですね)

 

 救いを求めてばかりで、彼に何も渡せていない自分を顧みる。目の前の少女、いや女性は必死に彼を支えようとしているのに。

 

 胸は痛むが、彼に何かを渡せるとしたら、今だ。

 

「私たちはあなたが自分と向き合うまでここを動きませんよ? モラトリアムは終わったんです!」

 

 提督は苦しそうに目を閉じ口を結んだ。必死に答えを探すように。ひょっとしたら、自分達の行動が彼に止めを刺すかもしれない。だけど回復を待つ時間は、もう残されていないのだ。

 

 赤城が口を開こうとした時――。

 

 泊地を、爆音が包んだ。

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