Starring:提督
早朝。起き抜けの頭に水をぶっかけ、俺は制帽をかぶった。飛び込んだ作戦室には、既に大淀と海軍の下士官たちが臨戦態勢を整えている。
「お休みのところ、すみません」
社交辞令を述べる大淀に手を振ってやり過ごし、状況を説明するよう促す。メインモニターには艦娘が身に着けたカメラからの映像。今日の遠征は六駆の仕事だったはずだ。俺が遠征に紛れてやってる
「遠征中の六駆が、漂流物を発見しまして、それが……」
『遭難者なのです!』
話をさえぎってモニター越しの電が伝えてくる。控えめな彼女らしからぬ反応だ。確か彼女は船だった頃、雷と一緒に遭難者を救助したことがあった。そのせいか、命は助けたいと普段から言っている。
「遭難者は何名だ? 負傷者はいるか?」
『違うのです!』
彼女はカメラ越しに首を振る。さっぱり要領を得ない。これでは話が進まないと、大淀が補足してくれる。
「遭難者は、深海棲艦なんです。手負いのヲ級が戦場をさ迷っていると」
深海棲艦? 先日の戦闘で仕留め損ねたやつか。だが、今の彼女達なら手負いのヲ級くらい雷撃で何とかなりそうなものだが。
「倒せないなら援軍を送るから待機――」
『そうじゃないのです!』
電は再び話をさえぎる。怪訝そうに見守る俺に、彼女は力強く言い切った。
『助けたいのです』
大淀が、基地のシステムを操作する下士官たちすら手を止め、俺を見た。そう来たかと思う。むしろ彼女の性格を思えばこの事態は想像してしかるべきだった。と言っても、素直に頷くわけにはいかないわけで。
「そうは言ってもな――」
『早くしないと!!』
俺の返事を更にさえぎって、今度は雷が叫んだ。受話器から吐き出された彼女の大声が、俺の鼓膜を直撃した。
『片足が無いみたいなの! このままじゃ浮力が無くなって沈んじゃう!』
沈んじゃう、か。それなら急がにゃならんが。そもそもそこまでする必要があるのか? 相手は手負いとは言え深海棲艦だぞ? 逡巡する俺の耳に、またもやキーンと言うノイズが飛び込んできた。
『まだそんなこと言ってるの!? 私たちが近づいたら、あいつが攻撃してくるかも知れないじゃない!』
今度は暁だ。彼女のイメージだと、海軍軍人としてのスタイル。つまり
『でも、見捨てては置けないのです! 暁ちゃんなら分かってくれると思ったのです!』
俺は難しい顔で姉妹ケンカを見守っていた。かつて敵軍の漂流者を協力して救出した。その成功体験がそうさせるのか。二人の様子を見ていると、もっと切羽詰まったものを感じるのも事実なのだが。
「雷、電。一応聞くが何故助けたい? 深海棲艦を助けても、こちらと紳士協定を結んでくれるとは思えない。むしろ見逃した敵にお前の姉妹が沈められるかもしれない。それでもか?」
モニターの向こうで、小さな艦娘は歯を食いしばり絞り出すように言った。
『それでも、なのです!』
『そう! それでもよ!』
それは、切実な言葉だった。
『私たちは戦う船なの! でもそれだけじゃ駄目なの!』
『船は、戦う為だけにあるんじゃないのです!』
また「フネ」か。俺は、こいつらフネとどう関わっていけばいいんだろうな。だがその言葉が、姉のトリガーを引いてしまった。
『それでまた誰か死んじゃったらどうするのよ! もう
チャンス。彼女たちは人の体を得て蘇った軍艦。水底から呼び戻され、姉妹や仲間たちと再会することが出来た。だが誰にも
俺だって、出来る事ならこの海に沈んだ戦友に会いたい。会って謝罪したい。
だから暁の言葉は正しい。俺はこのままヲ級に雷撃を浴びせ撤退するように命じるべきだ。
『でも、止めたいのです!
『そんなこと言ったってっ!』
口論は再開される。こんな事をやってちゃいけない。その通りだと思う。だがその簡単な事実を受け入れるには、俺たちは失い過ぎている。もしかしたらそれは
『戦うだけが艦娘ではないはずなのです! 深海棲艦と和解して、雷と、響ちゃんと暁ちゃんと、それから泊地の皆と!』
電は感極まってそれ以上何も言えなかった。雷も黙り込む。彼女の言葉を誰よりも理解しているのだろう。
「響、お前はどう思う?」
通信を切り替える。彼女たちはさっきから言い合いに口を挟まなかったが、特に気にした風でもなく見守っている。
『思うところはあるよ。でも、三人が話し合って決めた事なら、私は文句ない』
話し合うと言うより、怒鳴り合ってるが。だがまあ「話し合い」の結果をそのまま通すわけにはいかない。司令は俺で、責任を負うのは俺だからだ。仮免とは言え。
深海棲艦と和解すれば、幸せな未来が来るだろうか? きっとそれは難しい。お互い血を流し続けたから。でもこのまま殺し合えばいずれは。
『きっと、戦いはすぐ終わりますよ。深海の人たちだって、痛いのは嫌なはずですから』
と。そして俺
「大淀!」
「はっ、はい!」
息を呑んで事態を見守っていた彼女は、びくりと体を震わせ驚いた様子だ。別に驚かす気はないのだが。
「明石を呼び出してくれ。悪いが、非番で寝ていても起こせ」
「はいっ!」
大淀は受話器を取り上げる。つながった明石は本当に非番だったようだが、緊急事態である。受話器をよこすよう、大淀に指示する。
『ふにゃあ、何でしょう?』
使われる側からすれば、休みを召し上げられるのは非常に腹立たしいものだが、命じる方になってみても、なかなかに心が痛い。だからと言って止められないが。
「お前、深海棲艦の修理ってやってみたくないか?」
電話の向こうでがたっと音がした。どうやら勢いよく飛び起きたらしい。
『やってみたいです!』
元気のいい返事に、大淀が溜息を吐いた。それは俺のせいではない。
「修理用の装備と資材を用意して待機してくれ、詳細は道中話す」
『りょーかいです!』
次に、待機中の飛鷹隼鷹を呼び出す。もしこれが罠だった時の為に、エアカバーが必要だからだ。ヲ級との接触は、おそらく
『へえ、面白いこと考えるじゃん!』
『私たちに任せて!』
何故かやる気満々の二人に準備を命じ、護衛を担当する駆逐艦の手配も行ってゆく。モニターの向こうでは、こちらの対応を唖然と見守る六駆の面々がいた。
「電」
『は、はいなのです!』
「雷」
『はいっ!』
歯をひん剥いてにらみ合う六駆の面々に、俺は言葉を挟む。
「俺はそちらに救助隊を送り込むのに忙しい。後は全部やっておいてやるから、血を分けた姉妹の説得くらい出来るよな?」
彼女たちの表情が、ぱっと明るくなる。暁の方は「むーっ」と唸った。
『はいなのです!』
こうして姉妹ケンカは再開された。どうしても決着がつかない場合、司令官権限で押し切るしかないが、まあこいつらの様子を見るに大丈夫だろう。
「よし。総員起こし! 遭難中のヲ級は救出部隊を吊り上げる罠かも知れん。駆逐艦を出して哨戒させろ」
「あの。本当によろしいんですか?」
問いかける大淀は、こちらの意図を掴みかねている様子。俺だって明確な方針の下やっているわけじゃない。むしろ大作戦前に貴重な資源を浪費するのは悪手だろう。
だがまぁ、この決断が大きな布石になりうるとも考える。
「それについては問題ない。それより最大の懸案は――」
そう。最大の懸案は、
「この作戦を決めたのは誰ですか!?」
案の定、作戦準備が完了する直前に、空母赤城は怒鳴り込んできた。荒れた
「作戦の意図を説明してください!」
きっと吊り上がった目が鋭い視線を見せる。俺を射殺しかねない。先輩の事を思えば、まあ深海棲艦は恨んでるわな。またひとつ関係が悪化してしまった。
「人道的配慮、と言ったらどうする?」
赤城は即座に答えた。
「ぶん殴ります」
こええ。全力の艦娘に殴られたら俺の首はすっとぶな。
「それだけじゃない。お前、やつらが何故人間や艦娘と敵対するか。それを知りたくないか?」
赤城は黙り込んだ。なんだ? 俺はこの反応に違和感を持った。知りたくなどないとはねつけるか、知りたいが危険を冒すべきではないと拒否するか、そのどちらかと思ったのだが。
「知って、どうなるんです?」
どうなる、か。恐らくどうにもならない。だが何かの突破口になる可能性は十分にあるのだ。俺は深海棲艦に、戦友を死に追い込んだやつらに会いたい。話がしたい。
「この戦争は、上手くいかんよ」
赤城が俺をキッとにらむ。提督にあるまじき弱音だったからだ。
「確かに艦娘の活躍で、各戦線は押し戻すことは出来ている。だがそれを支援する人間の経済が持たん。限界点を越えれば一気に蹂躙される」
「それはそうですが、これからの戦いで!」
俺は彼女の言葉を敢えて遮った。戦い続けて状況が好転するものなら、俺も彼女たちを死地に送り続ける。だがそこに意義は感じられない。
「俺は国民の生命財産を守る為に戦えと教育されて来た。その中には戦友や、お前達艦娘も含まれると思っている。空母赤城、お前は何のために戦っているんだ?」
意見を押し付けたいわけでは無い。ただ知りたかった。気位の高い彼女の事。明確な回答が返って来ると思っていた。だが赤城は黙り込む。違和感は大きくなる。
「少佐、高速艇の準備が出来ました」
大淀が呼びに来たので、俺は話を打ち切った。少々未練はあったが。
「じゃあそのうち答えを聞かせてくれ。俺の方からも宿題があっていいだろ?」
しばらく呆けていた赤城ははっとして、俺を呼び止めた。
「高速艇って、どういうことです?」
「俺が現場に行くんだよ。この作戦は半分外交みたいなもんだ。トップが出てかんとな」
「無茶言わないでください。あなたが倒れたら泊地はどうなると!」
誰も困らんだろ? と言うのはさすがに無責任だが、一度賭けると決めた以上、コインをベットしないのは愚かな事である。
「赤城。泊地の指揮はお前に任せる。俺が来る前はやってたんだ。出来るよな?」
俺は命じる。完全に虚を突かれたように赤城は問うた。
「あなたは、何なんですか?」
何なんですかと来たもんだ。そんなもん決まっている。
「俺は