地理的なものがそろそろあった方がいいと思うので、地図か何かを製作する予定です。
そのほか「ここが分かりにくい」「この設定の補足が欲しい」などあれば、コメントで教えてください。作中 or 付録でフォローします。
Starring:提督
●同時刻 泊地埠頭
会談場所が泊地の応接室ではなく、高速艇のキャビンだと指定された時、何だか嫌な予感がした。普段歯に衣着せぬ綾郷大将の苦虫をかみつぶしたような顔を目にして、それは核心に変わる。
「良くやってくれた。と言うべきかな」
ねぎらいの言葉までどこかぎこちない。しかし何かを言いにくそうにしている彼を見て、俺は単刀直入を避けてしまった。
「せんぱ……木葉少将は戻られたんですね。そろそろ詳細を伺いたいのですが」
俺はもうこの二人と共犯者だ。ここまで派手にやっちまったんだから、もう横須賀の派閥のお世話になって守ってもらうしかない。今更知らされて困る事実もないだろうし、第一恩人である先輩を心配するのは、当然のことである。
「木葉には、深海棲艦北洋艦隊との停戦交渉に行ってもらっていた」
先輩が停戦交渉? 軍人が単独で本拠地に乗り込んだのか? まるで戦国武将の黒田官兵衛じゃないか。もっと早く帰ってきたけど。
「どういうことでしょうか?」
綾郷さんは首の後ろを手のひらでぽんぽん叩き、困ったように言った。
「そいつは俺からは言えねぇな。おめぇさんが直接聞いてくれ。たぶん話してくれるだろ」
なんだか奥歯に物が挟まったような言い方だった。さっぱり分からん。
「まあとにかく、交渉は進み、北洋艦隊が交渉のテーブルについてくれる事になった。可能な限り早く、呉で秘密裏に交渉を行う」
「呉で? 急ぎ過ぎではないですか?」
こう言うのは事務レベルの協議を繰り返してお互いの利害を調整した上で、偉い人同士を会わせるものだ。いくら何でもペースが速すぎる。
「そこはおめぇさんの活躍よ。硫黄島が失陥して北洋艦隊は焦ってる。南洋艦隊との連結ルートがひとつ、断たれた上に横須賀・ハワイ・サンディエゴ。そしておめぇさんたち
なるほど、俺たちが南北の連携を遮断したと思っているわけか。実際は大艦隊で強行突破されたら、現在の人類軍の戦力では南北の合流を許しかねないんだが。ハワイも横須賀も外征でからっぽだしな。
「おめぇさんの考えた通りだ。こちらは北洋艦隊がこちらの戦力を誤認してるうちに講和条約を締結してしまいたい。向こうさんも南洋艦隊が妨害に動く前に決着をつけたいだろうしな」
あれ? 俺何かやっちゃいました? ただシーレーン維持のためにやった作戦がとんでもなく大きな話になってる。
「確かに北洋艦隊と停戦すれば北太平洋は完全に後方になり戦場ではなくなります。内地の国民も一息付けますし、航空便も復活するでしょう。横須賀やハワイの艦隊も南方や欧州前線に振り分けられますし、良いことづくめではありますね」
どうしたことか、明るい展望を語っている筈の自分の言葉がだんだんと空しく感じるのが分かる。これは人類生存に向けた第一歩。この戦争にも光が見えてきた。それなのに大将の表情はにこりともしない。だんだんと不穏な予感が芽生えて行く。
「そうだ。良いことづくめだ。人類全体にとってはな」
綾郷大将は完全にポーカーフェイスを放棄し、俺に対して明らかな同情の顔を向けてきたからだ。
「津田宏武
は? この人は何を言っているんだろう? 俺は理解できず、怒るより怪訝そうな顔をしていたと思う。
「どういう事でしょうか? 通例から言っても艦娘と提督を引き離す事は愚の骨……」
そこまで言って自分で気づいた。艦娘は提督との信頼関係に比例して能力を発揮する。提督を入れ替えれば、また信頼構築のやり直し。普通はやらない。しかし、しかしだ。この艦隊にはもう木葉先輩がいる。先輩が指揮を取れば俺はここに残る必要はない。
つまり俺は――用済みってわけか?
「……あんた、俺を売ったのか?」
自分でも驚くぐらいドスの利いた声だった。硫黄島作戦成功後、俺を先輩の補佐として置いてくれると言った。彼はそれを、反故にすると言っている。
大将は大げさにため息をついた。
「やっぱりそう言う反応だわなぁ。おめぇさんは深海棲艦を沈め過ぎたんだ。大戦期米軍の物量でも1ヶ月かかった硫黄島をわずか1週間で落としちまった。それで現場を知らないお歴々は思っちまったわけだ。『彼をこのままにしておくと、北洋艦隊の警戒感を高めてしまう。和平交渉の邪魔にならないように、どこか彼らの目の届かない南方に飛ばしてしまおう』ってな」
「冗談じゃありませんよ!」
俺は机を叩いて立ち上がった。軍人はおろか、サラリーマンがやっても許されない行為だ。だが激情は収まらない。俺はこの時ほど自分を守るのに必死だったことはない。綾郷大将は、それを全て無表情で受け流した。ひょっとしたら、彼自身も無念なのかもしれない。上層部の横車が無ければ、俺をトラックに飛ばして得をすることなど何もない体。その直感が理不尽さに拍車をかけた。
「津田、ここは呑み込んでくれ。今海軍は名将を二人も同じ拠点に置いておく余裕はない。木葉の手に戻った丹賑島には、今まで以上の支援をすると約束する。おめぇさんもほとぼりが冷めたら必ず出世コースに呼び戻してやる。正直、俺に出来るのはほんのそれだけだが」
あと一言あったら、俺は理不尽にも味方であるこの人を殴っていただろう。そんなことは艦娘たちの為にならないと思い至り、拳を振り上げる代わりに握りしめた。
「おれ、ここにいたいんです」
絞り出すように言う。
「ああ、分かってる」
綾郷大将はそれだけ言って黙り込んだ。余計な説得の言葉を吐かなかったのが彼なりの誠意だろう。だがそんなものは意味がないのは、鳴り出したエンジン音が証明していた。
「悪いが休暇をここで過ごす事は認められねぇんだ。私物も後で届けさせる。この船で横須賀まで行く」
つまり、あいつらと別れも告げられないと言う事だ。この人は良く分かっている。今の俺を自由にしたら艦娘を扇動して交渉に持ち込むくらいやりかねない事を。
「拳銃を持ってこなかったのが残念です」
恐ろしくやばい一言だったが、彼は何も言わなかった。俺がトラックに着任してしまえば、新たな艦娘たちへの責任感から暴発できなくなると知っているのだ。かつて軍艦〔陸奥〕や〔曙〕の乗員たちがどんな目に遭わされたか。俺はまざまざとそれを見せられた。
それなら、ちょっとだけ我儘もいいよな。迷惑をかけるかもしれないが。あいつらの顔を浮かべていたら、結審しかけていた泣き寝入りが、ひどく馬鹿馬鹿しく感じられた。
「……ですがね大将閣下」
俺は開き直ったようにキャビンに足を投げ出した。彼はこの行動も、多めに見てくれるつもりだろう。
「津田、気持ちは分かるがそれぐらいに……」
俺はくくくと笑い、言った。
「あんたは
大波が来て、高速艇がぐらりと揺れる。