払暁、提督の乗る高速艇を取り囲む輪形陣で、艦隊は進む。護衛任務についた駆逐艦たちは、今動ける者が駆り出されたと言う感じで、急造の作戦である事は彼女たちにも分かった。そして何より、これから助けに行くのは――。
「ねえ、良いのかしら?」
陽炎が問う。何についてかは明白。不倶戴天の敵である深海棲艦の救出だ。新任の提督は何を考えているかまるで分らない。
「さあ、良いのかしら?」
相棒の不知火も質問に質問を返す。その答えは、これから分かるのだろうか?
「良いと思うよ!」
そんな中強く頷いたのが子日である。彼女は何かを確信しているようで、言葉に迷いがない。
「ああ。良いな」
「ええ。良いんじゃないかしら」
駆逐艦たちの視線を一身に集めたのが、軽空母飛鷹・隼鷹姉妹である。何かよくわからないが駆逐艦と連携を取ることも多く、面倒見も良い彼女らは戦場で一目置かれている。
二人がそう言うのならそうなのだろう。
駆逐艦たちは
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Starring:提督
雷と電が両手を振って高速艇を誘導する。駆逐艦たちは慣れたもので、直ぐに散開して周囲の警戒についた。流石は先輩が鍛えた艦娘たちだ。
高速艇を飛び出した明石が、六駆達に助けられ、ヲ級を連れ帰って来る。なんかめっちゃ嬉しそうだ。
「お前ら、どうしたのそれ?」
響以外の三人の顔は、ひっかき傷だらけである。どうやら、姉妹のコミュニケーションがちと激しかったようだ。
「まあ、納得はしてないけど。ふたりがどうしてもやりたいならしょうがないじゃない。私だって、出来れば助けたいし――頭を撫でないで」
すまん、つい。
「まあ暁も納得しているようだし、
信じた以上は皆を泣かせるような結果にするな、か。こりゃ響にくぎを刺されたな。
「隼鷹。周囲の哨戒を。飛鷹は敵襲に備えて直掩機を上げてくれ」
『おーけー』
『了解』
無線越しに元気の良い返事が聞こえ、艦載機が飛び立って行く。あの二人妙に張り切ってるな。
「明石、どうだ?」
どうだというのは、「治せそうか?」と言う意味と、「時間はかかりそうか?」と言う意味が含まれている。彼女はそれを読み取った上で言った。
「大丈夫です。艦娘用の鎮痛剤と義足が使えると思います」
鎮痛剤はともかく義足まであるんだな。あまり使う場面を想像したくないのだが。
「ただし治験は鹵獲したイ級にしかしてないそうです。ヲ級に使って問題がないかは、断言できません」
「それは大丈夫なのですか?」
心配げに身を乗り出す電に、明石は非情な一言を投げる。
「残念ですが今施術しないと衰弱死します。賭けるしかないです」
六駆の面々は黙り込むが、どの道選択肢は無い。
「ワタシヲ、ドウスルツモリ? ガアッ!」
私をどうするつもり?
ヲ級が低い声で威嚇した。人型の深海棲艦が言葉を話すと言うのは聞いていたが、まさかそれを目の前で聞くことになろうとは。
艦娘たちは容赦なく彼女を押さえつけ、鎮痛剤を投与した
「これで痛みは感じなくなります。ただし外傷を受けてもそれに気付けなくなりますが」
明石は吹き飛ばされた足のために義足を調整し始める。さあ、俺の役割はこれからだ。
「空母ヲ級、俺は
そこまで言われて、初めて俺たちが自分を助けようとしている事に気付いたようだ。ヲ級は何も言わず憎しみの籠った目を向けてくる。それを振り払って雷が問うた。
「ねえ。何であなたは人間や艦娘を襲うの?」
人間・艦娘。その単語を聞いてヲ級はかっと目を開く。
「人間モ艦娘モ、ミナタオス」
人間も艦娘も、皆倒す。
再び暴れる彼女を、暁と響が押さえつける。出来れば拘束したいが、深海棲艦を拘束できるツールなどこの小型船にあるわけがない。だがこれだけは分かった。
「教えて欲しいのです。何故戦うのですか?」
こちらが敵意を向けていない事をとりあえず認識したのか。彼女は叫ぶことはやめ、うーうーと唸っている。
「”メイヤク”ノタメ」
「メイヤク? 盟約の事か?」
ヲ級は頷く。
「海ヲ奪ッタ人間カラ、海ヲトリモドス」
海を奪った人間から、海を取り戻す?
「ソウスレバ、彼女ハ海ヲクレル」
そうすれば、彼女は海をくれる?
その「彼女」と言う存在が、人間に深海棲艦をけしかけていると言うのか?
「”彼女”とは誰なのです? その人と話せば、戦いは終わるのです?」
「……話セルノハ、コレマデ」
話せるのは、これまで、か。
ここを知ることが出来れば、深海棲艦との戦争を大きく変えるきっかけになる。しかしこれは「対話」だ。尋問では無いし、信義を破って得る情報は代償として、失うものの方がはるかに大きいだろう。ここは諦めよう。
「じゃあ交代だ。貴官の聞きたい事を聞いてくれ。もちろん答えられる範囲でしか答えないが」
ヲ級を見つめていた六駆の四人が、驚いたように俺を見る。ここで質問の手を緩めるべきではないのは分かっている。だが直感だ。このヲ級とは対等な相手として振舞うべきだと感じた。少なくとも、相手は今のところそうしてくれている。
「オマエハ、海ヲドウシタイ?」
お前は、海をどうしたい?
不思議な質問だな。やたら「海」にこだわるのは、深海棲艦もまた船だからだろうか。
「俺個人はどうもするつもりはない。話し合って仲良くなれないなら、殺し合う事はせずに別々の場所で別々に生きていくのが次善だと思う」
ヲ級の目がすっと細まる。なにか怪訝そうと言うか、理解できないとでも言うように。
「オマエハ、敵ガ憎クナイノカ?」
お前は、敵が憎くないのか?
憎いさ。きっと憎い筈。だけど。
「確かに憎い。俺も戦友を失った。だけどそこの小さな英雄たちはそれじゃ駄目だって言うからな」
六駆達の顔を順番に見る。皆それぞれが胸を張ったり、はにかんだり微笑んだりした。ヲ級は、呆けたようにそれを見守っている。
『提督、南西から軽巡と駆逐艦!』
飛鷹の艦載機が敵を捉える。おそらくこちらの動きを見て情報収集か威力偵察だろう。蹴散らせるとは思うが、消耗戦になるのは面白くない。
「明石、処置は?」
「今終わりました。これ以上は
要するに南から来る艦隊に彼女を引き渡せばいいわけだな。俺は手帳に数字を書きページを破ると、ヲ級に握らせる。
「俺当てのホットラインの周波数だ。罠じゃないと確信した時以外は返答しないから、そこだけ気を付けてくれ。誰に託すかも任せる」
頷く彼女から心中は読めない。そもそも人間や艦娘と同じ心があるかも分からない。だが
「全員撤収! すぐ敵が来るぞ!」
雷がまだ足に力の入らないヲ級に、肩を貸して海面に下りる。一人残してゆくのは後ろ髪を引かれなくもないが、俺達は出来る事は全てやった。あとはそれこそ、
ヲ級は、先ほどまでの出来事がまだ消化しきれないのかも知れない。ただ新しい足で立ち尽くしていた。そんな彼女に、いつまでも手を振る電と雷の姿があった。
翌日
「ねえ
「書類仕事は鈴木一曹に投げたので最後だし、肩はもう五回ももんでもらった」
「えー。じゃあ今やってる仕事は?」
「
「ぶー」
機能帰還して早めの昼飯食って、さあ仕事を片付けるかと執務室に入ったら、何故か雷が部屋の窓を磨いていた。そしてこのありさまである。何なんだ一体。
「司令官、気付いてないのかい? それはやれやれだね」
響きがくすりと笑う。どこか呆れたように。
「ってか、何でお前らまでいるんだよ?」
目の前には、床に
「だって、司令官さんは放っておいたら危ないって雷が言うのです」
「まあ悪い人じゃないっぽいし、レディのお相手にはちょっと子供だけど」
さいですか。俺、こいつらには怖がられてるんだとか思ってたけどな。そうでもないんか。
「良かったですねご主人さま」
「良かったのか?」
漣に冷やかされたが、何が良かったかも定かでは無いので、オウム返してしまった。
「良かったですけど、漣怒ってます。次自分を危ない目に遭わせたらぶっ飛ばしますよ?」
俺が戦場に飛び出して行ったのが、どうやら不味かったらしい。俺が危ない事をすると、こいつは何故か途端にへそを曲げるのだ。
「そうね、漣に賛成だわ。そこも守ってあげるけど」
「ほら、雷の手番だよ?」
「はわわ、大丈夫なのです。こんどこそ一発当てるのです」
そう言えば、今夜は飛鷹たちに飲みに誘われてたな。雷の入れてくれたお茶をずずっとすする。もっと、ぼっちめし上等な職場だと思ってたが、丹賑泊地はその点においてホワイトらしかった。