MUSE   作:山本電柱郎

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二作目ですよ!


Episode1- 契約

人以外も、恋をするだろうか。

動物を撮影したドキュメンタリーでは、しばしば恋が描かれる。しかし、それは基本的に人間の主観で描かれた幻想であり、生き物達のフィルムに物語性を持たせる為だけに書き足された概念でしか無い。

しかし、同じ言葉で語られた恋は、紛れもなく恋なのでは無いだろうか。

しかし、残念な事に現在のところ、地球上にヒト語を使う生命体はヒト以外存在しない。

この存在を除けば、だが。

 

 

 

上野公園は何時でも盛況だ。

何処もかしこも子連れやお年寄り、カップルで溢れている。

平日だが、一応夏休み中。

動物園や浅草、博物館へ人が流れていく。

今年、受験を終えた高校生の少年、橋爪葵はその様を駅の改札から眺めていた。

「久しぶりだなぁ。前に来てから、もう1年くらいか」

そう言いながら改札に親から貰ったICカードをかざして公園へと踏み込んだ。

地面にスニーカーが擦れる。

新品なのもあってか、靴底が前より少々高いのだ。

少し不恰好なのも新品の特権と割り切り、いつもよりちょっとだけ姿勢を正した。

栗の花が香る。この匂いも、条件反射のように目的地を思い出させ、気持ちを昂らせてくれる。

シロナガスクジラの像が見えてきた。

ここは国立科学博物館。葵の大好きな場所だ。

 

 

 

「ここは…私。」

「私は…ここ。」

「君は…どこ?」

 

 

 

東京国立科学博物館、日本館一階のホール。

そのホールに、黒髪ロングの少女が立っていた。

艶やかな黒髪、それを更に映えさせる純白の白衣。

葵と同世代に見える外見、すらりとした足、白衣の袖から覗く白く細い繊細な指。

おまけにこちらをじっと見つめる蒼い瞳。

葵からすれば、そんな女性はまさに“世界の違う”存在であり、自分には関係のない事だと考え、少女の横を通って展示室へ向かう。

その時、葵は肩を強く掴まれた。

葵は年相応の筋力があるにも関わらず、肩を掴まれた瞬間、完全に動けなくされてしまった。

その腕を辿ると、先程の少女が立っている。

あの細い腕にこんな力があるとは思えなかったが、自分の肩が何よりもの証明だった。

「…すいません、何か御用ですか?」

出来る限り丁寧な口調で対応する。

正直言えば全力で振り払いたかったが、都会ではこれが当たり前なのかと全力でその心を抑え込んだ。

「橋爪葵君、ですね?」

「そうですが」

「キミを待ってたんですよ、ちょっと前から」

「ちょっと前から?」

「えぇ、ちょっと前から」

「まぁいいです。手を離して下さい」

「冷たいですねぇ」

「残念なことに私は知らない異性に肩を掴まれる趣味はないです」

「それは残念」

少女が手を離す。しかし、数秒おいて。

「じゃあ…これは?」

少女が葵の腕に抱き付いた。

「どう?」

「堅いです。とても」

 

 

葵は少女を連れて歩き出した。

正直言ってしまえば展示室の前で止められているのはお預けを食らっているようでとても辛かったのだ。

幸いこんな姿を見ている人は居らず、展示室の前で二人きりだったので、中々離れない彼女を引きずって展示室へ入ったのだった。

日本館の一階には天体観測用の巨大な望遠鏡、微生物観察用の顕微鏡、様々な時計やそれに類する道具が並んでいる。

それを見た少女は「私これが好きなんですよね〜」や「凄くカッコいいですよこれ!」等とはしゃいでいる。

葵一人で回るとどうも単調になり過ぎてしまうので一緒に回ってくれるのはありがたいのだが、この少女はクールそうな容姿の割に思ったよりテンションが高めなのだ。

最初に肩を掴まれた辺りで薄々勘付いてはいたが、意外とアクティブな面が各所で覗いている。

2階では葵に向けてハチ公について長々と語り、3階ではイルカの歯について葵と語り合った。

日本館を出て、地球館に行くまでの間にあったフーコーの振り子を二人で眺めた。

地球館に居る時も二人の時間は濃密に、それでいて速く過ぎ去っていった。

1階のマッコウクジラ、2階のオートモ号、3階のエランド。

地下1階のティラノサウルス、地下2階のティロサウルスとバシロサウルス、地下3階の粒子加速器のレプリカ。

色々な展示を見て、多くのことを語り合った。

葵は自分の中にどう表現するべきか分からない、そんな感情が湧き上がるのを感じ取った。

そして、そんな時間はあっという間に過ぎ去っていくのだった。

 

 

 

橋爪(はなだ)。彼女は葵の母親だ。

彼女もまた、上野にいた。

東京国立博物館で開かれる仏像関係の展示会へ訪れるべく、葵と同じ電車でここへやって来たのだ。

企画展示室を抜け、常設展…同郷の埴輪や銅剣の並ぶ展示室に踏み入れた時、後ろから声を掛けられた。

面識のない少女がそこに立っていた。

桃色の髪に、サングラスと帽子で顔を隠している。

それでも、微かに微笑む口元やサングラス越しに透ける目元は可愛らしく、妙な艶やかさを纏っていた。

少女は片手に持っていたパンフレットを広げ、何かを教えて欲しげに指を差した。

ひらりとこちら側にパンフレットを翻す少女。

そのパンフレットは“動いていた”。

「初めまして。こんにちは」

そのまま、ありきたりなセリフと共に、縹はパンフレットに吸い込まれ、少女は何処かへ消えていってしまった。

 

 

 

「葵くん」

「どうかした?」

「君にちょっとしたお話があって…」

「良いですよ。今日一日一緒に回って頂きましたし」

「そっか…じゃあちょっと聞いて良い?」

「勿論」

「じゃあ…私の(てのひら)に名前書いて貰える?」

「随分と…すごい趣味が…」

「違うよ!」

葵は少女の手を左手で支え、右手の人差し指で『橋爪葵』と掌をなぞった。

くすぐったそうに口角を上げる彼女を見て、葵は博物館を出た。

片手には先程ミュージアムショップで買ったシロナガスクジラのフィギュアを入れた袋を持ち、もう片方の手は少し眩しい外の陽光を遮っている。

日はゆっくりと沈み始めたところで、まだ夕日は出ていない。

スマートフォンの時計はまだ3時半を差しており、上野動物園を見て回る時間がある事を示していた。

浮かぶ足取りで、葵は動物園へと向かっていった。

 

 

 

 

カチッとボタンが鳴り、電車のドアが開く。

葵の住んでいる地域は辺境ゆえか、はたまた冬の風が理由かは分からないが、電車のドアがボタンを押さなければ開かないのだ。

自分の家への最寄駅で降り、通路から下りるためのエレベーターが停まった時、窓から“先程の少女が見えた。というか、彼女もこちらを深淵のように覗き込んでいた。

「君は…!」

「葵君、待ってたよ」

少女は柔らかく微笑む。

心どころか体ごと奪われてしまいそうな錯覚に襲われつつ、葵は彼女に問いかける。

「君もここら辺の人なのかい?」

「出身は違うけど…まぁ最近越してきた感じかな?」

「ここは事件が少なくていい所だよ。何故か事故やらガス爆発は多いけど…」

「本甲舎ってそんな所なんだ…」

「まぁでも死亡事故とかあんまり聞かないし安全な方なんじゃない?」

「なるほどねぇ」

葵はゆっくりと家の方へ向き直り、少女ともう一度別れようとした。

「じゃあ僕はこっちなんで…」

「私もそっちなんだよね〜」

「じゃあ一緒に来ます?」

正直葵は焦っていた。変に格好つけたセリフを吐いてしまった。

冷や汗が服の中で吹き出る。葵の身体は良くやった。顔や夏場故に露出した腕には汗をかいておらず、動揺が全く見えない。

少女の返答は…

「いいねぇ!」

思った数倍勢いが良かった。

 

夕陽が街を染め上げる。

オレンジ色に輝く街中は幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「…君はどこまで一緒なんだい?」

「え?…そりゃあ…最後まで?」

相当近所なのだろう。そして最後とはその比喩なのだろう。そう勝手に結論付け、葵は家の鍵に取り付けたキーリングを回した。

この時、葵は思い返していた。帰ってくる時の母からのメールを。

上野駅で(はは)から連絡が来た。

『諸用で遅れる。先に帰って』とだけ打たれたメールが届き、驚く気持ちを抑えて上野から帰ってきたのだ。

「ねぇ葵君、今日家って誰か居るの?」

「居ないよ。母さんはもう少し東京にいるって言っててさ」

「それは残念。ちょっと会ってみたかったなぁ、葵君のお母さん」

「…どうせ近所なんですから会えますよ」

「そっかぁ」

葵と少女は適当な話をしながら、街のアスファルトに靴の音を響かせる。

そのうち、葵の家へ着いた。

影の背が随分と伸び切り、薄くなり始めている。じわじわと迫る夜の闇に段々と足元から飲み込まれていくように道が冷たい色になっていく。

二人が葵の家の前で見つめ合ってから恐らく数分、はたまた数秒の時間が流れ、少女が口を開く。

「鍵、開けないの?」

「え?あ、確かに」

ガチャリと鍵が開き、葵が照明の灯っていない家の闇へ消えていく。

一秒程で明かりがつき、葵のシルエットが逆光になって現れる。

「それじゃあ今日はこれで」

葵が言う。

その言葉に、少女は一瞬驚いたような顔をして返す。

「言い忘れてたね。私の家はここだよ」

「はい?」

「まぁ居候とは言っても特に何か求める訳じゃないし、必要なものはこっちで揃えるから——」

「そうじゃなくて!」

「私の家は君の家だ。そこに居れないなら、私の家は…君と出会った上野の国立科学博物館だ。」

「…分かりました。詳しい話が聞きたいので上がってください」

「よろしくね」

「…」

 

 

 

居間に置かれた座椅子に腰掛け、少女は自分の事を語ると言い出した。

葵にとっては何処となく不審で信じがたく感じる話し出しだったが、それ以外に彼女を知る術もないので彼女の話を渋々聞くことにしたのだ。

「私のことを簡潔に言うなら、『東京国立科学博物館の妖精』って感じかな」

「妖精?君は…」

「確かに私は絵本やら西洋の書物に出てくるような姿じゃない。ただ、一番簡潔な言い方がそれって感じ。もう少し複雑にいえば、『博物館の付喪神』とかかな?」

「…全然分からない…」

「結論から言えば、私はヒトじゃない。妖精も付喪神も比喩じゃない。見せようか?」

証拠が見れるに越したことはない。そう考え、葵は了承した。

「よく見ててね…」

そう言う少女は、塗装が剥げていくフィギュアのように空へ消えていく。とは言え、なんだか少しだけ見える。

透明な釣り糸が少しだけ光を反射して見えるように、少女の輪郭がうっすらと見える。

暫くして、少女が現れた。

「どう?信じる気になった?」

「なるよ…てか、信じる他ないというか…」

「まぁ宜しい。私は君と“契約”したから、私達は実質一心同体。君は私の接続者(コネクター)だよ」

「こねくたー?」

「ん〜まぁ詳しいことは後でにしよう!葵君の頭がパンクしちゃう」

そう言うと少女は会話を一区切りしようと手を叩いた。

「そういえばさ」

「どうしたの?葵君」

「君、名前は?」

「無いよ。でも、呼び辛いなら…科博ちゃん、とかどう?」

「良いね。よろしく、科博ちゃん」

「よろしくね。葵君(コネクター)




…なんかすごい多いな…
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