背中を追って   作:斎藤芳


原作:カグラバチ
タグ:オリ主 独自設定
もしハクリに双子の妹がいたら?

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空を見上げる

 

 私には兄がいる。

 

 漣伯理。

 妖術師の大家、漣家の直系にして、何の才も継がなかった落ちこぼれ。

 

 私は兄がその才能の無さ故に冷遇されてきたことを知っている。私もあと少し力が足りなかったら、そうなっていたであろうことも。

 

 昔、一度だけ父に反抗した。

 街に下りた時に、楽座市のせいで家族を喪った人と会い、その言葉に突き動かされるようにして家を出た。結局父の妖術で連れ戻されて、私を庇った兄諸共宗也兄さんの『愛』を受ける羽目になったけれど。

 

 だから、兄が父に歯向かって追放されたと聞いた時は信じられなかった。

 あの兄が。無意識のうちに下に見ていた兄が、絶対的な存在である父に逆らった。

 

 私の胸にはあの時から奇妙な感情が燻っている。

 

 

 

「連理、父さんが呼んでる」

 

 兄さんがいなくなって少しした時、私は分家の人間と訓練をしていた。

 私は本家の人間としては弱い。漣家の妖術師の上位四名で構成される`濤`にも、本家の人間でありながら選ばれていない。だから一つ下の、史上最年少で`濤`に入った弟からも見下されている。

 

「わかった。ありがとうございました」

「お仕事?」

「そうかも。行ってくるよ」

「また来てね」

 

 白い道着を着た子が手を振ってくれた。分家の子どもたちとはそれなりに打ち解けているように思う。それも弟からすれば、無駄に過ぎないのだろうけれど。

 

「遅い」

「ごめん。父さんはなんて?」

「次の『市』のことだ」

 

 

 

 父さんの書斎には、宗也兄さんを除いた`濤`のメンバーが集まっていた。部屋にいた二人は扉に視線を向けたが、入って来たのが私だと知ると途端に目を逸らした。

 彼らは分家の人間だけれど`濤`に選ばれている。戦闘力という面において、私よりも信頼されているのだ。

 

「来たか」

 

 弟が扉を閉めると、ソファーに父の姿が現れた。父の妖術だ。

 少しのブレを残した父は真っ黒なスーツを着込んでいる。そういえば朝からどこかに出かけていた。今はその帰りか、他の場所へ向かう途中なのだろう。

 

「さて。次の楽座市で妖刀が出品されることは知っているな」

「はい」

 

 そればかりは私でも知っていた。

 十八年前の斉廷戦争を終結させた六本の刀。その内の一つが出品されるということで、分家の方でも話題になっている。けれど、そのことと私に何の関係があるのだろうか。もちろん警備には駆り出されるだろうが、直接の関わりは――

 

「連理、お前には私の警護についてもらう」

 

 一瞬、脳の理解が遅れた。それでもなんとか言葉を絞り出す。

 

「……濤、は」

「別件だ。詳しくは後で伝える」

 

 `濤`を差し置いて、なぜ私が選ばれる? 別件とは?

 いや、そんなことはどうでもいい。父さんが選んでくれたんだ。その期待に応えなければ。

 

「わ、かりました」

「よし。戻っていいぞ。他に漏らすなよ」

「はい」

 

 礼をして、部屋を出た。胸の奥では興奮と、緊張と、不安が混ざり合って渦巻いている。

 やり遂げられるのだろうか、私に。

 

 

 

 

 楽座市、当日。

 私は支度を整える父を控室の外で待っていた。`濤`はどこに行ったのだろう。それに、宗也兄さんから聞いたことも気になる。

 

『あいつがいたんだ! きっと戻ってくる! そうしたら一緒に遊ぼう、な?』

 

 あいつ(・・・)

 いびつな笑顔で痛いほどに肩を掴んだ宗也兄さんの姿を思い出す。普段は優秀そのもので次期当主と目されている宗也兄さんが、あそこまで執着する相手。

 

「……兄さん」

 

 自分で言っておいて、あり得ないと切り捨てた。第一兄さんがここに戻ってくる理由が無い。追放される原因となった女性も、もう死んでいる。けれど、なぜだか胸騒ぎが収まらなかった。

 

「行くぞ、連理」

「うん。父さん」

 

 もし、もしも楽座市が台無しになったら、父さんは諦めてくれるだろうか。

 

◆◆◆

 

「妹がいるんだ」

「妹?」

 

 妖刀を取り戻すための作戦を煮詰めている時、ハクリがぽつりと呟いた。記憶を辿っても`濤`の中にそれらしい人物はいなかった。となればずっと歳が離れているか、あるいは

 

「俺ほどじゃないけど、まぁ、あんまり強くなくて。だけど協力してくれるかもしれない」

 

 ハクリからもそう見えるなら、戦力として数えるのは難しいだろう。だがこちら側に協力するということは、向こうを裏切ることになる。 

 

「ハクリ君の妹ってことは、本家の人間やろ。そんな簡単についてくれるん?」

「あいつは父さんを嫌ってるから、一泡吹かせるとかなんとか言えば」

「嫌って……?」

 

 父親を嫌う娘、というとよくあることなのだろう。しかし漣家は妖術師の家系だ。その程度の確執は解消されているか、何らかの調整が行われていてもおかしくない。

 ハクリの口振りからするにそれなりに親しいのだろうが、楽座市という家の威信をかけた一大行事に不確定要素を連れてくるとは思えない。

 

「楽座市を止めさせたいんだって、よく言ってた」

 

 聞く限りでは、確かに目的が似通っているように感じた。あちらは楽座市が失敗することを、こちらは目玉である妖刀を取り戻すことを望んでいる。

 問題は山積みだが、活路は見えてきた。問題はそのことをどうやって伝えるか。

 

「その妹さんは会場に来るん? 下っ端なんやろ」

「今回は濤がいないから、父さんの護衛か会場の警備に着くと思う。信用されてるし」

「信用?」

「なんだかんだ言うこと聞くからじゃないかな。昔からそうなんだ」

 

 翻意があるが、従順で力も無い。使い捨てるにはもってこいの人材だ。ハクリに対する人質として使ってきてもおかしくない。

 

「決まりだ。そいつも引き込む」

 

 もちろん何事も無く妖刀を取り戻せれば、それで十分なのだが。

 

◆◆◆

 

 会場には相変わらず多くの裏社会の人間が集まっていた。その中には、恐らく国の組織であろう者もちらほらと居る。薄暗い会場は、熱気と興奮が静かに満ちていた。

 隣に立つ連理は相変わらず何を考えているかわからないが、裏切りの心配はない。一度逃げた相手には二度と反抗できない。あれはそういう生き物だ。

 

 十一時五十九分。あと三十秒、二十秒……五、四、三、二、一。

 台上が照らされる。期待に満ちた視線を一身に浴びて、手を掲げた。

 

「第二百八回楽座市、開幕だ」

 


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