プロデューサーの娘になってしまった   作:だだ甘鏑木Pすこ

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暗い車内に男と男。何も起きないはずもなく(起きません)

 数度のメールのやり取りのあと、会うのは今日の夜になった。夜、と言うと語弊がある時間だ。どっちかと言うと深夜が正しい。俺は五反田監督の所にちょくちょく行くので多少遅れてもミヤコに文句は言われない状況を作っている。

 

「このあと、監督の所に行ってくる」

「今から?」

「忘れ物してたみたいで。スマホの方」

 

 実はスマホも持ってはいる。データ専用のプランだから電話は出来ないけど。

 

「夜道は危ないよ?」

 

 茶碗を離さないルビーが心配してくる。絵面がかわいいな。

 

「お前が行くよりは心配じゃないよ」

「むう」

「本当に気をつけてね」

「ああ」

 

 

 

 

 

 監督の所に行く途中にある公園。そこには一台の車が停まっている。

 俺がドアをコンコンと叩くとウインドウを開く。

 

「どうしたんだい? 例の話はまだだよね」

「別件です」

「……車、出す? どっか店でも入ろうか」

「いえ、ここで構いません」

 

 そう言うと、彼は後部座席のビニール袋を引っ張り出して渡してきた。

 

「そう言うと思ったよ。好きな方選んで」

 

 中にあったのはブラックコーヒーとお茶のペットボトル。どちらも常温だ。俺がお茶を取ると、彼はコーヒーの蓋を開ける。

 

「夜はあんまり煩くないけど、たまに見回り来ますよ」

「乗ってれば平気さ」

 

 コーヒーを飲む鏑木。俺も開けて口の中を潤す。ペットボトルもいいけど、やっぱり俺は急須派だ。

 

 

「それで。用件というのは? 今日のこと?」

「そうですね」

「村瀬に行かせたのは事情があってね。外せない案件で……」

「そんなことじゃ、ありませんよ」

 

 どうやら呵責はあったらしい。でも、俺に否定されてきょとんとする鏑木。

 

「今日の撮影の話、聞きました?」

「さっき聞いたよ。うまいこと考えたね……心中穏やかじゃないけど、番組的には良かったとは思うし。Dの方からも良好だったと聞いてる」

「そうですか」

「無茶振りに関しては謝るよ」

 

 俺は、彼の方を見た。彼は本当に謝罪しているように見える。でも、実はそこまで怒っているわけではなかった。その件では。

 

「うまく立ち回ってましたよ。俺の妹になるってアイデア、あなたのですか?」

「いや? Dならなんとかしてくれると思ったからね。わりとノープランだったんだ。さっきも言ったように、別件でね」

「そうですか」

 

 なるほど。

 つまり、彼も気付いてはいない、ということか。

 

 俺はもう一口付けて、顔を前に向けて話す。

 

「あの子は、家でもいい子ですか?」

「ん? そりゃあ、もう」

「聞くところによると、家事も炊事も出来るとか」

「良く出来た子でね。おかげで子育ての苦労はあまり無かった」

 

 空気が柔らかくなる。娘に甘いというのは本当だろうし、娘もそれに応じている。

 

 それは、いいことなのだろう。

 

 彼女が、まだ小学生でなかったら。

 

「あの子は、親の期待に応えようとしています」

「ん?」

 

 おそらく、そういうことだろう。

 

「Pは自分の小学生の頃、覚えてます?」

「ああ。近所のガキどもと、よく遊んでたよ。勉強とかも好きじゃなかったな」

 

 それが等身大の姿。小学生なんてまだクソガキなもので、自分の我を出すのは当たり前だ。

 

「あの子は言うことをよく聞くでしょう?」

「そうだね。まあ、今回のような事もしばしば言ってくるけど、基本的にはいい子だよ」

「でしょうね」

 

 この言葉が、少しだけ癇に障ったらしい。彼がこちらを睨むようになる。

 

「……何が言いたい?」

「人の顔色を見て、最適な行動をする。人の言うことをちゃんと聞いて、言う通りにする。いいことですよ? ともすれば、普通の子には出来ないことです」

「あの子が、普通ではない、と?」

 

 そうとは言わない。

 けど、出来た子過ぎる。

 

「良く出来過ぎです。うちのルビーと比べても大人び過ぎてます。まるで聞き分けのいい大人と話してる気分でした」

「……」

 

 思うところはあったのだろう。

 彼は押し黙り、懐に手を伸ばす。そして何かに気付いて、それをやめた。

 

「俺は構いませんよ?」

「いや、車に匂いが移る」

「娘想い、なんですね」

 

 煙草を吸うのは大人の男性は普通にやる。

 

 昨今は色々と言われるし、害が多いのは確かだけど、業界の男たちは意外とやめてる奴は少ない印象だ。気分転換になるし、喫煙所というフィールドは胸襟を開きやすくする。だから、彼らはやめられない。

 

 おそらく、家で煙草も酒もやらないだろう。娘のことを一番大事にしてる彼のことだ。それは容易に想像できる。

 

 だからこそ、なのかもしれない。

 

「あなたが娘さんを気遣うように、あの子も父親を気遣っている。問題を起こして迷惑がかからないように。いい子でいることを演じている」

「!……」

 

 お互いを気遣う。

 とてもいいことだ。

 

 でも、それは分別の付いた大人のやること。

 

「子どもにさせることじゃ、ないですよね」

「……」

 

 俺は別にカウンセラーじゃない。だからどうしろとは言えない。でも、気付いてしまったからには黙れない。大人の都合で振り回される子どもなんて、もう二度と見たくない。

 

「君は、思ったより優しいんだな」

「恐縮です」

「褒めてないんだよなぁ……」

 

 彼はそう独りごちると、天井に目を向ける。星を仰ぐように。

 

 

 

「……あの子の母は、スヴェトラーナといってね。こっちではラーナという名前だったかな」

 

 ラーナ……聞いたことはある。

 星の妖精と言われた、元はバレエで名を馳せた人だと記憶している。日本に来日したのは俺らが一歳くらいの頃だ。あの頃はテレビを見るくらいしかやることなかったし、良く覚えている。

 

「病院から連絡が来てから、急いで駆けつけたら……彼女はもう目を覚まさなかった。その時に身籠っていたのがあの子だよ」

 

 ……見もしない風景が呼び起こされる。それに伴い、自分の時のことも。

 アイの死に目を見た俺と、会えなかった彼と。果たしてどちらが救われたのだろうか。

 

「以来、ずっと男手一つで育ててきた。もちろんベビーシッターとかは頼んだけど、それは外せない時。オムツも替えたし、ミルクもね」

「大変でしたね」

「それはもう……と言いたいけど、一般的な子にしたら、やっぱり手はかからない子だった気がする」

 

 それは親の欲目だろう。子育てというのは本当に大変なのだ。だから、そう言って謙遜する姿は好感が持てる。

 

「でも、それに胡座をかいてしまったのかな。どうしたらいいと思う?」

「俺には分かりません。カウンセラーじゃないので。どうしても気になるならそういったところにかかるほうが良いとは思いますけど……」

 

 そこまで言って、口籠る。

 これは言うべきか。家庭への干渉にはなりはしないか?

 

「少し距離を置いたほうがいいかもしれません」

「!」

 

 言ってしまおう。

 

「今の貴方がたはお互いへの依存が強い。いずれあの子はあなたとは違う人生を歩みます。その時に問題が起こるかもしれない」

 

 元来、子どもは親に反発することで自我を形成していく。

 俺やルビーみたいに前世の記憶があるなら話は別だけど、普通の子どもはそうではない。

 

 親と反目し、仲直りをし、そうして人間関係というものを理解していくものだ。

 

 今のままでは、唯々諾々としたかわいいお人形が出来上がるだけ。それは、たぶん彼女のためにはならない。

 

「喧嘩をしてみてもいいかもしれません。もちろん、ちゃんとあとで関係を修復するのも忘れずに」

「言い合いくらいは、したことがあるよ?」

「もっとです。彼女の自我を否定するような、かなり深刻なやつを一度やってみたほうがいい」

 

 喧嘩を勧めるなんておかしい気もするけど、一度も喧嘩したことのない家族というのも歪なものだ。

 

 二人の気遣いが遠慮を生み、正しい関係の構築を阻害しているというならそれは害にしかなっていない。

 

「……君は、本当に高校生かね?」

「昔、天才と呼ばれたことはありますよ」

 

 母親にね。

 

「うちのコも天才なのだけど……なるほど。たしかに一理あるかもな」

 

 あの子は愛着障害に近い所見が見える。俺やルビーに対して構わず抱きつくなどが、それに当たる。

 

 まあ、人との距離感を適切に測ってるところを見るにそこまでひどいとは思えないけど、片親という家庭環境ならどこかに歪みがあっても不思議じゃない。

 

「まあ……そうは言いましたけど。家族仲がいいのは悪いことじゃないですよ。要するによく見てあげてほしいだけですよ」

 

 突き詰めれば、それだけだ。

 些細な誤解やすれ違いから人の関係は歪んでいく。子供の場合、それが大きな影響を与えるのだ。

 

 今にして思うと、さりなちゃんもそうだったかもしれない。あんな山奥の病院にたった一人。ろくに見舞いにも来ず、あまつさえ臨終にも立ち会わなかった親がいた子供だ。

 

 あの子は、健気(けなげ)すぎた。子どもはもっとわがままで、周りの迷惑なんか気にしないのが当たり前だ。でも、彼女はそんなことで荒れることは殆どなかった。

 

 そんな子どもを増やしたくない。

 

「……君への印象が少し変わったよ」

 

 彼はそう言うと、スマホを取り出した。壁紙は、変わらず月代。この間とは違うポーズだった。

 

「あれだ。シニカルだけど、いいひと」

「からかわないで下さい」

 

 俺がいいひととか、有り得ない。

 

「ともかく、教えてくれてありがとう」

「今はよくても先に行って問題になるかもしれません。それとなく、カウンセラーに見せたほうが良いですよ」

「そうだね。たしかに子供らしさは少ない子だから、心配ではあったんだ。外からの視点での意見なら間違いないのだろう。検討しよう」

 

 

 時間も遅くなってるし、伝えたいことは全部言った。今日はもう帰ろう。

 

「送っていくよ」

「いえ。監督の所に行くと伝えてるので」

「嘘つきだな。悪い子だ」

 

 その言葉ににやっと笑う。それは俺にとっては褒め言葉だから。

 

「すまないね。そうだ。近い内に寿司でもどうかね?」

「いいんですか?」

「まあ、これくらいしか礼なんて出来ないからね」

 

 

 そう言って、彼とは別れた。

 俺は自転車に跨り、家路へと急ぐ。そろそろ十二時。ルビーに怒られてしまう。

 

「お兄ちゃん、遅すぎっ!」

「悪い、お土産」

「え? いいの♪」

 

 コンビニで、高いアイスを買っていったら許してくれた。ウチの妹、チョロくて助かる。

 




ルビー:お兄ちゃん、ホント回りくどい。アイス買ってきてくれるのにわざわざカントクのところ行くとか理由つけてー♪
アクア:(コイツ……大丈夫か?)
ミヤコ:(いや、それはないでしょルビー)

ハーゲン●ッツはみんなで美味しく頂きました。
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