プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「うわっ、スゴい……」
朝食の時、スマホを見る妹が、そんな呟きをした。ミヤコがいたら行儀悪いとやめさせてたに違いないけど、俺はそこまで干渉する気はないから止めはしない。
それに朝は時間が無いというのは確かである。効率的なら認める柔軟性は持っているつもりだ。
ポップアップトースターから新たなパンが焼き上がる。俺は手早くバターを塗りつけ、ルビーの皿へ置く。自分の分をやり始めた時、彼女が「ふん」とスマホを見せつけてきた。
「なんだよ」
「昨日の放送の」
若干不機嫌な彼女からそれを受け取ると画面を見る。ツィッターアプリでのトレンドに、『アクアの妹』とあった。
「なんだ、エゴサ?」
「そうだけど、そうじゃないのっ! それの先見てよ」
リンクをタップすると、俺に抱きつく月代の姿が映っていた。今ガチの制服着てるし、キャプチャ画像だろうか。
『今ガチ、アクアの妹たん、かわええ』
『
『恐ろしいほどの遺伝子に草』
『何この、画面の良さ。絶対視力あがるw』
『突発ゲストが全てをかっさらう(笑)』
『育ち良さそうですね……アレ? てことはアクア君もおぼっちゃん?ギロリ』
『見る目変わりすぎてて草』
「私の妹の座が、脅かされているーっ!」
いきなりな絶叫。少し驚いた。
「そんな大したことじゃないだろ?」
「大アリだよっ! 学校に行って、『アンタ、アクアの妹ってウソなんだ〜♪』とか、言われちゃうよ」
じんわりと涙を浮かべるルビー。
そこまでダメージを受けるとは思わなかったのだが。
「事情は説明したろ」
「でもぉ」
放送終了後に詰め寄られて、一時間ほどかけて説明をした。撮影の形態から問題、キャストとしての特別ゲスト枠起用、妹というキャラ設定の理由。
ちなみにその件で月代とも話したらしい。
「あっちも謝ってたろ?」
「……うん」
「不可抗力だったんだ。それに、お前が妹じゃなくなるわけじゃない」
番組での話であり、公式SNSからも月代とは血縁ではなく、あくまで設定ということは周知していた。
ただ、公式の仕事が早過ぎたのは否めない。月代の紹介ページが公式サイトに設置され、そのカットも幾つか挙げられていたのだ。
つまり、今ガチ的には『月代は俺の妹』ということが決定していた。
「あくまで、番組上の演出だよ。お前だって、月代が嫌いなわけじゃ、ないんだろ?」
「……うん」
「なら問題無い。俺の双子の妹はお前だけだ」
そう言って、笑いかける。少し無理押しな気もするけど、仕方ない。
「分かった」
不承不承、といった感じで彼女は手を差し出す。彼女のスマホを乗せるとチャカチャカと操作してまたエゴサを始める。
「早く食べろよ」
「うん」
生返事だけど、口にパンをちぎって放り込んでいるからまあいいか。今のうちに片付け始めとこう。
シンクのフライパンを洗って洗いカゴの水を切る。空いたスペースに自分の食器を並べ水をかけておく。
俺とルビーはいちおう料理とか家事とかもする。けど、どちらかというと俺のほうが頻度は高いし、その分レベルが高い……と自負している。
「月代ちゃんは、もう出ないよね?」
「一回こっきりって話だよ」
あくまで特別ゲスト。ただのマスコットという位置づけだ。今ガチの基本方針は変わってない。そもそも小学生だぞ? 恋愛対象になるかよ。
その後、食べ終わった食器を持ってきたので一緒に洗う。学校に行く準備とかもあるし、手間はかけていられない。
「ミヤコさんは午前中に帰ってくるそうだ。洗濯は仕掛けておいてだって」
「うん、分かった」
ルビーがようやく普通に戻った。やれやれ、一喜一憂がはやい。まあ、年頃の子なんてこんなものだろう。
だからこそ、気になったのだから。
・・・・・・
「ルビーちゃん、下に妹おったんやねぇ♪」
友だちの心無い言葉が、私を傷つける……そんな大層な話というわけじゃないんだけど。
クラスメイトや友だちとか、会う人会う人みんなにそう聞かれるのは、なかなかにくるものがあった。
「あのね、あの子は」
「とってもええ子やない。羨ましいわぁ」
否の付け所のない妹。
たしかにそうだった。
お兄ちゃんを困らせたりしてないし、煩わしいこともしてなかった。出来た妹というのなら、あの子のほうがよっぽどそれらしいのだ。
愛らしくて、可愛い妹。
それは、私も感じていた。
本当に妹だったらどんなに良かったことか。
毎夜のように話してると、まるで遠くにいて会えない血縁のようにも感じてしまうほど。
「可愛いでしょ、月代」
「そらもう♪ お兄さんにピーマン食べなさいって怒られた時とか可愛すぎたわぁ」
「ふふ、そうなの。私も子供の頃は苦手だったし」
「苦いもんなぁ」
当たり障りのない言葉でフォローする。そう答えていくと、不思議と落ち着いてくる。
──妹でも、いいか。
鏑木さんの娘だけど、あの子は私たちによく似ている。それは家庭環境とかもあるのだろう。
胸がちくりと痛んだのは、妹の座を取られたから。
でも、彼女になら……それでもいいのかもしれない。
帰りの遅い父親を待つ子供。
一人でいる時間が多いというのは、それだけ不安が募るものだ。
その辺の気持はよく分かる。
「ピーマンと言えば、あの子ピーマン体操が好きなんだって」
「なんや、懐かしいなぁ。幼稚園のお遊戯で踊った覚えある」
「この間踊ってくれた動画を送ってくれてね。まあ、完璧にトレースしてて。たぶん、ロリ先輩の方は忘れちゃってるだろうけど」
「ロリ先輩……て、有馬さんのこと?」
「あの人、実はロリファッション多めなんだよ? よく似合ってるけど」
「そうなん?」
いつの間にか、会話は私たちの近況の話になる。たったそれだけの事だった。
『私はわたし。変わらないんだよね』
そう思ったら、少し楽になれた。
アクアも、そう思ったから気にしてなかったのだろう。
私たちの関係性は変わらない。
それは確かなのだから。
「お兄ちゃん、どしたの?」
いつものベンチで待つ兄は、少し放心していた。本も読まないとか珍しい。
「いや……クラスメイトから、色々とな」
汚れてるわけじゃないけど、制服がシワだらけ。頭のセットも乱れてる。これはイジメ? 現代の闇ってやつ?
「あの番組見て妬ましかったらしい。男子にめちゃくちゃいじられた」
あちゃあ。
「
少し笑っているところを見るに、そこまで陰湿な感じじゃないのだろう。よかった。
「そっちは平気だったか?」
「まあ、聞かれたは聞かれたけど……そこまでじゃなかったよ?」
「男は荒っぽくていかんな」
ふん、と鼻を鳴らすと腕組みするアクア。ていうか、そんなふうな事ができる友だちとか出来たんだ。いつも教室の隅でぼっち満喫してそうなイメージだったけど。
事務所に着くと、先輩が噛みついてきた。
「アクア、なによあれー?」
「なに泣いてんだよ」
「泣いてなんかないやいっ」
涙目の先輩、ちょっと可愛い。なんだろう、少しイジメてみたくなるなぁ。
「鏑木さんの子供がなんでアンタの妹になってんの?」
「なりゆきだよ、なりゆき」
「はっ。まさか社長と鏑木さんが?」
「おい、洒落にならないからそれはやめろ」
あ、なるほど。
ミヤコさんと鏑木さんがくっつくと、必然的に私たちの義理の妹になるのか。
それは、確かにあり得る話かもしれないけど……壱護さんと別れてたっけ? ミヤコさん。
「そんな訳無いでしょ」
パタン、と部屋に入ってくるミヤコさん。だけど、そこには他の人もいた。
「ルビーちゃん♪」
「月代ちゃん♪」
飛び付いてくる月代ちゃん。あ、学校の制服なんだ。お嬢さま学校っぽいロングのスカートのセーラー服で、色は眩い白だ。すごく似合ってて可愛いなぁ(スリスリ)
「鏑木さんに失礼でしょ」
「いやあ、そうなったら光栄ですがね」
その後ろから入ってくるのは、彼女の父親、鏑木さん。慌てて挨拶をすると朗らかに返してくれる。
「お邪魔しててすまないね、アクア君」
「……別に構いませんが。なんの用です?」
「いやあ、アリバイづくりに少々ね」
ありばいづくり……?
首を傾げるわたし。だけど、アクアは何か勘づいたらしい。
「アンタまさか……」
「いやあ、やっぱり旗色悪そうだったから。月代のことでね」
……?
話を要約すると。
今ガチの制作より上の方(具体的には分からない)から、事務所登録されてない人間を起用するのは頂けないと言われたそうなのだ。
たしか、カントクも前にそんなこと言ってた気がするけど……それってなんの問題があるんだろ?
「まあ、そんなわけで事務所に登録させてもらおうと思ったのさ」
鏑木さんはけっこう軽そうに言うけど、アクアは深刻そうな顔をしている。
「アンタ、何してるか分かってんのか?」
「社長は受け入れてくれたがね」
ミヤコさんがコクリと頷くと、アクアが歯噛みした。なんか、深刻なお話し、なの?(←分かってない)
「鏑木月代ちゃんは、子役タレントとして契約、うちの所属タレントとなります……とは言っても、殆ど名義貸しみたいな感じだけどね」
イマイチよく分かんないけど……
「月代ちゃん、私の後輩になるの?」
「はいっ! 宜しくお願いします、ルビー先輩」
「やったー♪」
後輩、後輩だぁっ!
まだ殆どお仕事してないけど、それでも後輩が出来たことは凄く嬉しい。
「いいんですかー?」
「苺プロなら、色々と便宜を図ってくれそうだし」
先輩と鏑木さんがそんな事話してる。アクアはというと、ミヤコさんとだ。
「裏取引とかしてないでしょうね」
「そんなの、してるわけないでしょ」
少し目を逸らしてるミヤコさんをアクアが問い詰めてる。
「ルビー先輩? 私、お茶汲みしますね。給湯室はどちらですか?」
「あ、うん。こっちよ」
月代ちゃんを連れて給湯室へ。ミヤコさんと私とアクアの茶碗を出して……月代ちゃんのは私のお下がりでいいか。鏑木さんには壱護さんのを使お。
「ちょっと……背が」
「月代ちゃん、私がやるよぉ」
ヤカンをコンロに載せようとして足をぷるぷるさせてた月代ちゃんに代わって、私がやる。そっか、ちっちゃいもんなぁ〜
「う、うちでは台があってやれるんですよ?」
「うんうん♪」
少し恥ずかしそうな顔をしてる月代ちゃん。あんまり見れない姿……可愛すぎる!
「お茶っ葉はこちらですね」
「うん。急須は使ったことある?」
「ありますよぉ。家でも淹れてますから」
テキパキと作業を進める月代ちゃん。家でやってるっていうのは本当みたい。マジでスーパー小学生だ。
「……ご迷惑を、おかけしてごめんなさい」
ぽつりとそう呟く月代ちゃん。こちらを向かずに、話し続ける。
「アクアさんのお仕事、見たかっただけなんです……わたし、お二人のことが大好きなだけで……迷惑かけるつもりはなかったんです」
そう言えば、まだ小学生だったっけ。いくら可愛くても、頭が良くても、子供には違いはない。
「パパにも迷惑かけてるし、ミヤコ社長にも。ちょっと、じゃ済まないくらい、迷惑かけちゃってます」
小さな肩が、震えていた。
好きなことをしたかっただけ。
本当にそれだけなのだ。
だからこそ、私は声をかけられなかった。
それは、私も同じだったから。
アイドルなんてやめとけという兄。最後まで難色を示していたミヤコさん。
その二人を押し切って、始めたアイドルの道に、かな先輩まで巻き込んだ。
形は違えど、この子はわたしだった。好きなことをしたいだけの、小さな子供。
なら。
「ふえ?」
背中から月代ちゃんを抱き締めた。震える身体を温めるように。
「いいんだよ、迷惑かけたって」
「ルビー……」
「したい事があるなら。すればいいよ。アクアの追っかけでも、私の応援でも。私たちは構わないよ、むしろどんどん来ちゃっていいよ? 私は全然オッケーなんだから」
ぐすり、と小さな鼻を啜る音。でもこの子がやると、とても絵になる。
「いいんですか……ほんとうに?」
「もちろんっ!」
振り向いて、正面から抱きついてくる月代ちゃん。涙に濡れた顔は、とても綺麗で……愛おしかった。
ヤカンが音を鳴らすまで、私たちはそのままだった。
その場面を覗いてるその他の面々だったとさ(笑)