プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「お兄さま」
月代が話しかけてくる。俺は黒川と話していたので、素っ気なく応対してまた黒川との会話に戻る。
「……、もう、いいです!」
可愛らしく頬を膨らませて怒る月代。それを見送る俺たち。
「いいの? アクアくん」
「……構わないよ。ウチでも顔合わせんのに、こんなとこまで来るなんて……」
月代に目を送ってから、そう答える。少しうっとおしい身内に対する反応。うまく出来てたと思う。
『月代ちゃん、怒ってない?』
『気にするな』
『気になるよぉ〜』
お昼の風景でも、神社での散策でも、俺は月代を遠ざけた。鏑木Pの怒りの視線を感じるけど、これは必要なことだ。
「よっす、アクたん」
「よう、メム」
近くに寄ってくるMEMちょに答える。おそらく月代絡みだろう。
「月代ちゃん、落ち込んじゃってるよ? なんでいきなり?」
「妹ばかり可愛がっててもしょうがないだろ」
身も蓋もないことを平気な顔をして言う。メムの顔色も変わる。
「アクたん、そんな奴とは思わなかったよ」
「……お前が俺の、何を知ってるって言うんだ?」
「……ふん」
険悪ムードを隠しもせず、メムが遠ざかる。他の連中はこちらに接触もしてこない。
『き、気まずいよぉ〜』
『我慢しろ』
笑顔で黒川と話しながらのアイコンタクト。気持ちは分かるけど、せっかく撒いた種だ。ちゃんと実らせないと意味が無い。
夏祭りという一大イベントに向けて黒川にモーションを掛ける
俺の見えないところで月代とメムの会話が成されているに違いない。可哀想な妹という絵面は、俺に対してのヘイトとなる。
黒川の気まずそうな態度も後押しする。この場合、暴走してるのは俺であり、月代と黒川はその被害を被る形だ。
これなら、悪評が集まるのは俺に集約される。あんなに慕っている妹を疎ましく思い、自分の欲求のためにモーションをかける男がどう映るか。
ちなみに、俺はそんなのはどうでもいいと思っている。世間の評判など知ったことか。役者としてこの業界に携われなくなっても、裏方という選択もあるし。
自分の好きを世間にひけらかすのは怖いと鷲見が零したことがあった。
それも真実ではあるけど、好きという感情も人が持つ一面であって、否定すべきことでは無い。
大事なのは、仕事を完遂すること。恋愛リアリティーショーを盛り上げる事に貢献するのが俺の今の仕事だ。
そのためには、一時のヘイトも受け容れる。他の連中には出来なくても、精神年齢の高い俺なら可能だ。人は長く生きると図太くなるモノだからな。
「黒川さんのこと、興味出てきたよ」
「そ、そう?」
「役者としてもだけど、一個人としても、ね」
「……上手なんだからぁ」
アドリブが弱いと思っていた黒川だけど、実際はそんな事は無かった。というか、演じるための方向性を与えられないのが難しかったようだ。
俺という相手との軽い睦言のような会話。そういう条件をあたえられた彼女は、きちんとそういう女を演じてくる。劇団のホープというのも納得だ。
「わたしも、君のこと興味出てきた」
くすりと笑う黒川。あまり強くない照明下だが、尚の事その微笑みが印象的になる。それまでの野暮ったさが抜けた、清楚な美少女がそこにあった。
鷲見のような華やかさではなく、月代のような可憐さでもない。でも、彼女たちに引けを取らない。
『これが、ホンモノの役者、か』
俺なんかとは違う、本当の意味での役者。有馬とかと肩を並べられる当代きっての実力に、俺は魅せられていた。
・・・・・・
「ありがとうございます、MEMちょさま」
「たはは……あんまり力になれなくてゴメンねぇ」
「いえ。その心遣いだけでも嬉しいです」
アクアが私を遠ざける。
前日にはそんな様子は無かったから、たぶんこの撮影のためだ。
少し悲しかったけど、撮影のためだとすると納得出来るところはあった。
私はここでは『妹』という設定。攻略対象ではない。ハッキリ言えばお邪魔虫だ。
黒川さんとのカップリング成立のためには邪魔と言えるから、遠ざけるのは正しい判断だと思う。
鷲見さん、熊野さん、森本さんは遠巻きにしている。波乱含みの渦中に飛び込むのはリスキーだし、彼らの間柄とは関係もない。
MEMちょさんが居てくれるのは、彼女が調停役だからだ。尤も、気の良い人みたいだから歳下の子供が落ち込んでいたらほっとけないのというところもあるかも。
「お兄さま、私のこと嫌いになったのでしょうか……」
思ってもいない事を呟く。実際、アクアがとても優しい子だということは知っているし、それに疑念を抱くつもりもない。
でも、多分それだけじゃない。
いま、私は確かに落ち込んでいた。
やはり、邪険にされれば悲しくなるものなのだ。それが役割だと分かっていても。
ふわりと、優しい感触。
「私んち、弟は居ても妹居なかったから……私はアクたんが羨ましいなぁ」
「メム……さま?」
とても優しく、抱きしめてくれる彼女。パパとも違う。アクアやルビーとも違う感覚。
「うちの弟たちも、ちっちゃい頃はねーちゃんねーちゃん言って付いてきててね」
「……はい」
これは本当のこと、なのだろう。彼女はお世話が得意な感じがする。弟さんを見守ってきた、強いお姉さんだ。
「そんなアイツラも、彼女こさえて私からは離れていって……淋しくはあったけど嬉しくもあったんだ」
「……」
「一人前になるってそういうことだしね。でも、月代ちゃんにはまだ早いから」
「はい……」
いつか、そういう日は来るのかもしれない。パパよりも好きで、アクアやルビーよりも愛おしい存在が出来る時が。
でも。
今はそんな事は思いたくなかった。
役割だと分かっていても、悲しかった。涙腺が堰を切り、とめどなく溢れてくるのを止められない。
「……うう」
背中をトントンと優しく叩いてくれる。おかげで私は、子供らしく泣くことが出来た。
たぶん。今までで初めて。
パパにも見せなかった泣き顔。
カメラさんが寄ってきて写してるけど、思わず顔を埋めてしまう。
──ごめんなさい、MEMちょさん。胸を、お借りします。
その後の、花火のシーン。
私はMEMちょさんと一緒にいた。
アクアの邪魔は出来ない。
せっかく浴衣を着てきたのに、なんとなく落ち込んでしまうけど……これも役割だ。
「……何しに来たの?」
ふと、暗闇を見つめるMEMちょさん。照明が灯ると、そこには黒川さんとアクアがいた。
私は、気まずさから視線を手元に移す。線香花火が、ぱちぱちと火の粉を散らしていた。
「……アクア君と話したの。このままじゃいけないって」
黒川さんが言う。『アクア君』。彼女のような口振りに、少しイラッときた。
「どういうこと?」
「私は月代ちゃんとアクア君が仲違いするのなんて、見たくないの。だから……ほら、アクア君」
肘でアクアを押す黒川さん。なんか、いちゃついてるように見える……ふぅん(イラッ)
「さっきは、悪かった。……スマン」
ぶっきらぼうに目を背けて、謝ってくるアクア。とても、らしい。本当に済まなそうな時にするように見える。
「月代ちゃん……お兄さんを取るつもりはないの。本当よ」
こちらも済まなそうに謝っている……けど、これは演技だと思う。私は彼女のことはあまり知らないし。
それでも、誠意は感じた。
番組的にもこのままの状態で終わるよりは仲直りしたほうがいいに決まっている。
「……ん」
だから、私は手元の花火を渡す。
二人の少しホッとした様子。MEMちょさんが笑うと、他の人たちも合流し始めた。
みんなで、浜辺での花火。
画的にはとても良くできたと思う。私も笑えたし、他の人達もみんな楽しそうにしていた。
少し悲しかったけど、それも必要なこと。酸いも甘いも噛み分けてこそ、大人ってもんだしね(←見た目小学生)
「うちの月代になんて態度しやがる、この小僧……」
「いや、だからあれは演出だって。なあ、月代。お前も分かってるんだよなぁ?」
撮影終了時に、パパに絡まれるアクア……それは自業自得だと思うけどな。
「うーん? なんのことかにゃ〜♪」
「おいっ! てめえっ!」
「つーちゃんになんて口きいてんだ? ああ!?」
「あ、いや、だからぁ……」
くすくすと笑うと、MEMちょも笑い始めた。このあと彼女ともロインの交換をしたのは、後の話である。
鏑木P:つーちゃんの泣き顔は使うな
カメラ:ええ……いい画なのに
監督:(MEMちょ、お母さんっぽいな)