プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
追記:誤字報告、ありがとうございました。
「ねえ、ねえ、見ました? 今回の今ガチ」
「ええ、もちろん♪」
「アクあか、なんだか良くなってきましたわね」
「ええ、ええ♪ 普段リードされてるアクア様が、とてもお可愛く照れておりましたわ」
女の子というのは、こういう話には目が無い。おそらくどの世代でも変わらないし、浮世離れした画面の向こう側の事なら尚の事だ。
私に聞かせる訳でもない、あくまで自分たちの輪の中での会話。
それはたぶん、気遣いによるもの。『今ガチ』の中では私はアクアの妹。
しかも、前回の放映で一人で悩み悶えている姿をバッチリ撮られていて……兄を取られて悔しがる妹という絵面になってしまっていた。
ちなみに、パパはこれを差し止めなかった。止めてくれると信じてたのにぃ(仕事には真摯な鏑木P)
それ自体は求められたモノだと理解出来るから別にいい。でも。
「役柄とはいえ、真に迫ってましたわ」
「あんなに素敵な方がお兄さまなんですもの。当然ですわ」
「普段の月代さんからは考えられない振る舞い……わたくし、少し感動しましたの」
……。
「そ、そうですか……ご期待に添えられたようで、わたくしも嬉しいですわ」
……なんというか。
友達にこう、慮られるというのが、とても……キツいです。
そもそも、これは私が『今ガチ』の現場を見たいと駄々をこねた結果なので。誰を咎めることも出来ません。
台本も無く、演出という場の雰囲気に流されて出来上がったものだとしても、それはそれでちゃんとスジは通ってますから、おかしな点はありません。
『兄』が大好きな『妹』が勝手に学校に現れて、その『兄』が他の人との恋愛にかまける姿を見てショックを受ける。
ただ、それだけのこと。
「でも、アクア様は事務所の先輩で、お迎えにも来られてるじゃないですか?」
「本当にご兄妹のように見えてしまって……」
そうだろうね。
実際は母と息子なんだけど、それはコチラの事情であって、傍目からはそうにしか見えない。
だから、そう受け止めればいいだけの話。
……なのに。
私のこころは、波立つ秋の海のようでした。
「!、つーちゃん♪」
「あれ? るーちゃん?」
今日のお迎えはアクアだったはず。何か用事でもあったのでしょうか?
「暫くは私が来ることになったよ」
「それは、いいのですが」
「さすがに『兄』としてここに来るのはキツいって考えたんじゃない?」
「! なるほど」
確かにその通りです。今日は友達はいないけど、周りにはまだ下校中の生徒が居る。その衆人環視の中へ来るのは厳しいかもしれない。
「というわけで、帰ろ♪」
「はい」
というわけで帰路に就くわけだったのですが。
「あの、るーちゃん?」
「いやー、意外とおっきいね、グラブって」
「そ、そうですね。では、なく」
何故に公園でキャッチボールなのでしょう?
「いやー、お兄ちゃんが珍しくボールとグラブとか買ってきたからね。ちょっとやってみようかなって♪」
は、はあ……
アクア、野球に興味あるとは知らなかった。
「アクアさん、野球好きなんですか?」
「ううん。筋トレは趣味みたいにやってるけど、スポーツとしてなんかやってるところは見たことない」
うん。それは知ってた。
小さい頃からスポーツには興味無くて、本読んだりするほうが好きだったからね。
「じゃあ、なんで」
「昨日、お兄ちゃん。学校サボったんだって」
「え……」
うちのコが、サボり……これは、不良化の一歩手前? かわいいアクアがグレちゃうの?
内心戦々恐々としてる私に、かるーくボールを投げてくるルビー。あまり手を動かさずにボールをキャッチ出来た。コントロールいいな。
「つーちゃん、へいっ」
パンパンと合図をしてくるので、グラブからボールを取る。
硬式じゃない、柔らかいボールだけど、私の手にはちょっと大きい。
とりゃっ、と振りかぶって投げてみる。たしかこんな姿勢でいいんだっけ?
ぱぁん
「おー、イイね。ちゃんとまっすぐ飛んできた、スゴイっ!」
「え、えへへ♪」
こんな事でも褒められれば嬉しい。結構単純だな、私。
「でも、そんなに足上げたらパンツ見えちゃうよ?」
「ひゃっ?」
慌ててスカートを押さえる。
ニヒヒ、と笑うルビーを睨みつける。
うちの学校の制服はわりと長めのスカートなんだけど、生地が薄いせいか捲れ上がりやすくて生徒には評判は宜しくない。まあ、可愛いんだけど。
「周りにカメコ居なくてよかったね」
「そ、そういう事は早く言ってくださいっ!」
うう……ボール投げるなんて、体育の授業くらいしか無かったし。服装のことなんて気にもしてなかったよ。
「ちなみに。あの場面でも見えてたらしいよ♪」
「え……ああっ!?」
ニンマリと笑うルビー。
どこぞのアニメキャラみたい。
あの場面というのは、ベンチでのことだろう。見境なくジタバタしてたからなぁ……
「鏑木さんがそこだけはカットさせたんだって」
「どうせなら、全部カットして欲しかったですよぅ」
戻ってきたボールを受けながらの会話。そして、こちらも投げ返す。
「えー? どうして?」
「どうしてって……」
そりゃ、恥ずかしいからだよ。
それくらい分かれ、このおバカっ! との思いでボールを投げる。とどけ、この想いっ!
「お、イイねぇ。つーちゃん、才能あるかも」
「それは、どうもっ!」
にこやかに笑ってボールを返すルビー。くっそ、腹立つなぁ。
「つーちゃん、かわいいなぁ」
「いまそれを言います?」
「怒ってる顔も、カワイイよ?」
急にキメ顔で言うルビー。
「お、お世辞はけっこうです」
そう言って投げたボールはあさっての方向へ。あららと言って取りに行くルビーに、ほんの少し申し訳なく思う。
「わたしねー」
同じ距離にまで来て、ボールを投げるルビー。おんなじように、優しいボール。
「あんまり可愛く、ヤキモチ焼けたこと無いんだ」
「……そうなんですか?」
こちらも優しく返す。相手のグラブにめがけて。ぽすんと収まるボールに、ルビーが微笑む。
「ウチって、お母さん居なくて。ミヤコさんは母親代わりなの知ってるでしょ?」
「はい」
大雑把に語られたアクアとルビーの背景は、捏造されたもの。適当にぼかして、子どもの私に教えても差し支えない程度にまで薄めた優しい嘘。
でも、私は知っている。
だけど、今の私が否と言うのはおかしい。
なのでそのまま受け止めている。
これも、嘘なのだ。今生ではなるべく嘘は言いたくなかったけど、そうも言っていられない。
「お兄ちゃんは早くから大人びてて。私のアイドルのことも、なんだか認めてくれなくってさ」
「それは、心配だったから、では?」
「私にとって、お兄ちゃんて。どっちかと言うと『兄』じゃなくて『お父さん』なの」
「……」
家族の役割というものは、その家ごとに変わってくる。
我が家では私は子供ではあるけど、半分お母さんみたいな立ち位置とも言える。パパに家のことで苦労させたくないという思いもあったけど。
同じことが彼らの所にもあったのだろう。
「……ごめんなさい」
「え? なんでつーちゃんがあやまるの?」
ルビーがきょとんとした顔で答える。わたしは、答えることもできず。ボールを放る。
「ひょっとして、『妹』を取っちゃったとか考えてる? まー、確かにそう思ったこともあったけどねー」
ルビーからするとそういうふうに見えちゃうか……それはそれで恥ずかしいんだけど。
ルビーが、ボールを放らずにこちらに歩いてくる。
そして。
私にボールを手渡してきた。
「それよりも、私に『妹』が出来たことの方が嬉しいの」
すとん。グラブに収まるボールの重みが、より増した気がした。
「るーちゃん……」
「ママが死んじゃって、お父さんは誰かも分からない。おまけにせんせも行方不明だし……いいこと、なんにもなかったけど。つーちゃんが来てくれて、わたし、嬉しかったんだ」
訥々と、語るルビー。
母として、傍にいられなかった事が、今ほど悔しく思ったことは無かった。
この子は、寂しく、苦しい思いをしながら、健気に生きてきた。
それに寄り添えなかった自分の不甲斐なさに、怒りさえ感じる。
──あのとき、死ななければ。
ルビーに。愛娘に、こんな思いをさせなくて済んだのではないかと。
「それにね。つーちゃんの葛藤みたいなのも、分かるんだ。お兄ちゃん、カッコいいでしょ?」
「え、ま、まあ……」
あの人が格好良くないというと、世間の男子はほぼ醜男だらけになっちゃうとは思う。でも、即答は避けたい。なんとなく。
「あの時のつーちゃん見てて……ああ、こんなふうに出来たらなって思ったの。嫌いなわけじゃないんだからね」
……
「あれは、お芝居です」
実際に思ってたことは、そんな事じゃない。もっと個人的なことだ。
「それでも。あれが正しい妹の姿のように見えたんだ」
ルビーは否定する。
「実際、ヤキモチは妬いてるんだ。でも、あんなふうには私は出来ない。だから強い言葉で反発しちゃって……ケンカしちゃったりするし」
……ああ。
アクアとケンカ、しちゃったんだね。
だから、こんなことしてたんだ。
それなら、そうと言えばいいのに……そう単純な話でも無いか。
私はそばに寄って、ルビーを抱きしめる。まだ背は低いから、私が抱きつく形になっちゃうけど。
けど、気持ち的にはママのつもり。
「ルビーの気持ちは、届きますよ」
「つーちゃん……?」
「アクアは賢くて優しい子。ルビーの想いにも気が付いてますよ。でも、男の子だから見栄とかもあるし、行き違いとかもあるんです。ちゃんとお話すれば、分かり合えますよ」
ふわり。頭を撫でられる感触。紅玉の瞳が微かに潤んでいる。
「お姉さんも、失格だなぁ。つーちゃんに慰められちゃった」
その言葉に、思わず笑う。
「『姉は包み込み、妹は支える』。少し前に読んだ小説で、そんな言葉を聞いたことがあります」
どんな内容かは思い出せない。何せ、アイの頃に読んだものだし。
「だから、私が支えますよ。お姉さま」
「つーちゃん……」
「だから、私を包んで下さいましね?」
「……うん」
それから、暫く。公園の真ん中で私たちは抱き合っていた。たぶん、周りからは奇異な目で見られたことだろうけど、かまうものか。
・・・・・・
「……どうだった?」
「うん。なんとか持ち直してくれたみたい」
ルビーの言葉に、少しだけ緊張が解れた。
「……ニセの妹のフォローを実の妹にさせるとか。お兄ちゃん、分かってないなぁ」
「お前以外に、頼めないからな」
そう答えると、得意気に腕組みするルビー。
「その気遣いを私にもして欲しいものですわねー、お兄さま?」
わざと憎らし気に言ってくる。こういう所は未だに変わってない。
「お前があんなのでショック受けるタマかよ」
「まー、そりゃそうだけどねっ!」
実際のところ、少しは気にしてたらしい。だけど、自分より深刻な相手がいるとそちらのことが気になるのだから、根が素直なのか、チョロいのか。
「アイツはまだ子供だ」
「……そうだね」
あの頃の俺たちとは違うけど、世間の目からの軋轢はなるべく抑えてやりたい。それは彼女が情報源の子供だから、という意味でもある。
「そうだ。あのグラブとボールなんだけど」
ルビーが部屋を出る前に、振り返ってそう聞いてきた。
「誰とやったの? キャッチボール」
「……有馬」
「ふーん。そうなんだ」
少しだけ口元をニヤリとさせて、部屋を出ていくルビー。
「?」
ともあれ。月代のフォローは出来たみたいだ。あの子の機嫌を悪くすると鏑木からの情報にも問題が出るかもしれない。
それに、俺個人の精神面への問題もある。ほぼ毎日顔を合わせてるのに気まずいとか、かなり問題だからな。
あとは……黒川あかね。
正直、あそこまで似せてくるとは思わなかった。
あの瞳を見た瞬間、アイを幻視していた。その一挙一投足が、全てアイのように思えてきた。
あれが演技として出来るというのはもはや
そして、湧いてきた感情。
一度は恋愛と錯覚したが、それは杞憂だった。アレはアイという過去の記憶に引きづられた自分の弱い心だったのだ。
それは思慕であったり、憧憬であったりするだろうけど。異性として求めるそれとは、違う気がした。
ルビーの返してきたグラブ二つとボールを眺める。会話のキャッチボールとは、よく言ったものだ。
「アイツとも、やってみようかな?」
暗い室内に呟いた声は、誰に聞かれずとも消えていく。それが戯言だと、知らしめるように。
月代:パパ、キャッチボールしましょう!
鏑木P:お、おおっ! いいぞ、やろうっ!
ただの親子のふれあいで草