プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「あら、どちら様?」
とあるマンションの一室に事務所を構えているとの情報だったけど……出てきたのは化粧のやたら濃い女性。愛人……のわけはあるまい。
「アポイントを取っていた、鏑木と申します。五反田泰志監督はこちらと伺って……」
「ああ、泰志のお友達ね。入っちゃって。どうぞどうぞ♪」
「は、はあ。失礼します」
お袋さんと同居中……介護が必要な様子は無さそう。これはマザー・パラサイトというやつか? まあ、よく聞く話であるが。
中に通され、奥のドアを乱暴に開くご婦人。
「泰志、お客さんだよ」
「お……ああ。アンタか」
「ご無沙汰してます、鏑木です」
軽く会釈すると彼女を外へ追い出す監督。
「ほら、お客さんだから」
「もうっ、すぐそうやって追い出すんだから」
なんだか実家のようで微笑ましい。でも、この様子だと結婚は難しそうだなと勝手な想像をする。
彼くらいの実績のある監督ならそれなりに付き合いもあるはずだが、ご母堂の眼鏡に適う人となるとなかなか難しそうだ。
「悪いね」
「いえ。こちらで仕事を?」
「ああ。今の時代、必要なものはコンパクトでね。倉庫は借りてるけどガレージみたいなもんだ」
一昔前だと考えづらかったが、今の時代の映像は全てデジタル。大きなテープや専用の編集機器も要らないのだから、これでいいのかもしれない。
「見てるぜ、今ガチ。いいじゃねえか。若者の恋愛事情ってやつ。俺好みの画じゃねえけど、リアルっぽさがいい」
「監督のお眼鏡に適うとは。恐縮です」
「固い言葉は無しにしてくれよ。営業してる気分になる。そっちもそのつもりじゃねえんだろ?」
ふむ。では、あらためて。
「今日はアクア君の件で少々聞きたい事があって伺ったのです。ミヤコさんから聞くところ、かなりの頻度でこちらに来てると」
「ああ、そうだな。週に三日、急ぐときは五日は来てもらってる。アイツ編集速度が鬼だから」
映画の方は最近聞かないが、ショートムービーや番組の間にはさまるちょっとした映像なんかをほそぼそとこなしている、とのこと。
「彼の人となりと言いますか。どういった経緯でああなったかを知りたくなりまして」
「いいけどよ。俺だってあんまり知らねえぜ?」
「かれこれ十年になる付き合いだと伺ったのですが?」
そう聞くと、彼は煙草を取り出して火を点ける。ほあっと上に吹き出される紫煙が散ると、彼は自説を語りはじめた。
「俺は画を創る人間だ。だから事実しか言わないし、憶測は語らない。そういうのは見る側の考えることだからな」
なるほど。細々とした仕事を受けて糊口を凌ぐ事はしても、根は監督というところか。
「構いません。当事者に尋ねるのも憚られるような事も教えてくれそうですし」
「アンタも、食えねえ人間だな。アイツと似てるよ」
彼と似ている。
それはあまり許容したくない言葉だった。
「『それが始り』からの付き合いだったとか?」
「正確にはその前がある。ありゃあ請け負いで撮った時でね……」
その撮影に呼ばれたのはアイ君で、彼らはミヤコさんと一緒に見学してきたのだとか。
「アイツ、営業みたいにぺらぺら喋って来やがってよ。気味悪いガキだと思ったぜ」
「……その頃はまだ幼児では?」
「ああ。今よりも明るくてな。俺はこんなナリだし、ガキには怖がられる事が多かったんだけど……アイツ、ものともしなくてよ。傑作だったぜ」
うちのコも、話し始めるのは早かった気がするけど……さすがに異常な感じだ。
「早熟って呼んでるのもその頃からだけど。面白いからてめえの映画に使おうって思ったわけよ」
「そこで『それが始まり』に繋がったんですね」
「ちなみにな。アレはアイのお陰で売れたけど、想定キャストは別の奴だった」
え?
「それはどういう……」
「前の撮影っ時の映像、ポシャってたのよ。んで、早熟から抗議の電話来てな。お前使うから代わりにアイをねじ込むって話付けたんだよ」
バーター……アイ君が? アクアの? それは僕の理解を超えていた。
「それは、つまり」
「そう。狙ってやったわけじゃなかった。アイの魅力に気付けてなかったのは、俺も同じって事さ。人目を惹きつけるのが上手いだけのアイドル、そう思ってたんだよ」
にわかには信じられない。
計算づくのものではなかったのか、アレが。
「事実は小説より奇なりってな、ある事なんだよ」
「はあ……そうだったのか」
けど、言われてみると納得出来る話でもある。アイ君に
自分のした事が無駄では無かったと、今にして思う事が出来た。彼女の訃報を聞いてから刺さっていた小骨が、ようやく取れた気分だ。
「そんでまあ。それから暫く経ってから、アイが死んじまってな。告別式でのアイツらといったら……そりゃあヒドイもんでよ。居た堪れねえってな、ああいうモンなんだなぁ」
……自分は、それには参列出来なかった。別件でゴタゴタしてて、それどころじゃなかったからだ。
その選択が間違っていた筈はない。
「あの頃から、アイツは暗くなったよ。そらまあ、そうか。アイツも妹の方も、アイには懐いてたらしいし。二番目のかーちゃん亡くしたようなモンだもんな」
母を、亡くす。
それが、奇妙に合致した。
「スマねぇ。アンタのとこも奥さん亡くしてたんだよな。スヴェトラーナ、『マリインスキーの至高の星』か。懐かしいぜ」
「アイ君と同じ病院に搬送されましてね。奇妙な縁だと、思いましたよ」
ほぼ数時間の差ではあるが、私と彼らは同時に大切なものを失った。
だが、彼女は同時に大切なものも送り届けてくれた。
「日本語がもう少し上手かったら、彼女で映画撮りたかったよ」
「あれは、実はポーズでしてね。私と話すときは流暢に喋ってましたよ」
「そうだったのか。コイツは騙されたぜ」
人前で『カツヤ』と呼んだのもそれと一緒。日本語が堪能でないと思わせる事で防壁のようなものを作っていたのだ。
彼女を語る彼の瞳は、不思議と澄んで見える。映画に人生をかけた男……かつて思い描いた未来図を見せられているようで、心が燻ぶった。
「月代ちゃん、いい子に育ってるじゃないか。いつか、映画を撮らせてくれよ」
「あの子は、役者志望じゃありませんよ?」
今でもそうかは分からないけど、芸能界に興味は無さそうだった。
けど、彼は自信を持って語る。
「いや。アイツは一般に埋もれるタマじゃねえ。それはアンタも分かってるんだろ?」
「……」
母親譲りの美貌。その上、飛び入りでの演技などをやすやすとこなす所を見ると、否とは言えない。
親の欲目とはいえ、才能が無い等とはとても言えなかった。
「アイの件で俺は思い知ったよ」
紫煙がまた、立ち昇る。
これは消臭剤では消えないかな?
「魅力ある対象がずっと生きてるとは限らない。老いとかもあるけど、ふとした事で命は簡単に失われるんだってな」
「……分かります」
彼女の時も、そうだった。
前日に伺った時に、大きなお腹を見せて笑っていた。その笑顔が永遠に見られなくなるなどとは……夢にも思わなかった。
「本人にやる気が無いなら仕方ねえけど、後押ししてやるのも親の仕事だぜ?」
「……それは、実体験ですか?」
「……ああ。実の息子じゃねえけどな」
わかりました、と呟く事しか出来なかった。
確かにその通りなのだろう。
本心がどこにあるかなんて、年若い子供には分からないことも多いはず。それを導くのも、大人の務めかもしれない。
それまでの湿っぽい顔から、からりとした表情で彼が話しかける。
「話ゃあ変わるけど。俺、アイに頼まれてた事があったんだ」
「頼まれごと?」
「ああ。ドキュメンタリー作ってくれないかって」
……それは。
「本人死んじまったし、苺プロの社長もトンズラこいちまって棚上げンなっちまってる。いつかは撮りたいとは思ってるけど……」
それはどうだろうか。
言ってはなんだが、アイ君の事を知っている層は年代としてはかなり上だ。現代の若者に訴求する効果は期待出来ない。センセーショナルなネタでも無い限り。
「早熟にこの話をした時な」
「……?」
いきなり黙る監督に、僕は訝しむ。そして。
「『その話、準備だけはしておいて。必ず、やるから』」
表情を消した監督。その虚空を見つめる瞳には不穏な空気が纏っていた。これは……
「どう? 似てたかい、アイツに」
破顔してそう聞いてくる彼に、僕は頷く。
思えば、演技のイロハを教えたのは彼だ。これくらいの芝居は出来るのだろう。憧れしかない僕などには、到底出来ない芸当だ。
でも。
「そういうことなら、そのときは『鏑木プロモーション』をご贔屓に」
そう答えると、彼も笑う。
「雇われを辞める算段はついてんのかい?」
「今は準備中でね。でも近い内に独立するよ」
組織にいては娘を守れないかもしれない。娘に苦渋な決断をさせる親なんて真っ平御免だ。今まで培ってきた人脈を頼りに業界の荒波に乗った方がまだ勝ち目がある。
「アンタぁ、見た目よりアツい奴だな」
「子供に枯れた姿を見せるなんて、格好悪いでしょう?」
「違えねぇ」
それから。
ご母堂が夕飯を勧めてきたので月代に一報を入れてからご馳走になった。
やはり、実家のような居心地。
これに浸ってたら……結婚出来ないだろうなぁ、と思ってしまった。
鏑木P:この漬物、美味いですね
おばちゃん:うちの自家製なのよ♪
鏑木P:イヤ。マジで旨い。糠漬けサイコー♪
監督:ええ……そんなにテンション上がることぉ?