プロデューサーの娘になってしまった   作:だだ甘鏑木Pすこ

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徹夜の作業って、時々変なテンションになる

『それは俺の裁量では出来ませんよ。ミヤコ……社長の領分です』

『そうじゃない。あの子を芸能界に引き込む手助けをして欲しいという意味だよ』

『それこそ、俺の領分じゃないですよ』

『そこを曲げて、頼む。おそらく頼りになるのは君だけだ』

 

 数刻前の会話が思い起こされる。単純作業をしているとこういう事はよくある。

 

 一般に集中してないとミスするとは言うけど、俺の場合はこういう時のほうが安定する。かえって無心の時の方がうっかりミスをしたりするのだ。だから、これは必要なルーチンだと思って許容している。

 

 目線を画面に固定したまま、マウスとキーボードで作業を続ける。指定の枠を切り取り、それらを貼り合わせ、音声も無理のない形に編集して載せていく。いつもやっている作業だし、監督のコンテは細かい所まで指定してあるので分かりやすい。

 

 あと、二時間もすれば終わる。夜明けまではまだ四時間ある。余裕だな。

 

 

 思考を先ほどに戻す事にする。

 

 個人的な事とはいえ、依頼は依頼。ララライ代表金田一との接見という一大事という餌をちらつかせられたら食いつかざるを得ない。

 

 だが、人の人生に関わることだ。

 

 少なくとも月代にとっては一大事なわけで……そう思ったから話し合えと伝えたら返ってきたのはこんな返事。

 

『あの子は、自分から飛び込む事はしない。今のほうが楽だからね』

 

 それは、そうだろう。

 

 芸能界と云うのは子供であろうと大人と同じように扱われることが多い。金を稼ぐ場であるのだから、当然だ。

 

 子供という被保護者の立場から逸脱するわけだから、月代が躊躇うのも分かる。

 

 それなりの気概がなければ飛び込めるはずもない。

 

 それを踏まえた上で、敢えてもう一度問う。

 

『なんで月代を芸能界へ?』

 

 理由があるはずだ。

 その如何に依っては理解も出来るかもしれない。

 

『あの子の才、君も気付いている筈だ』

 

 その言葉には、首肯せざるを得なかった。

 

 晴れやかな舞台でスポットライトを浴びる月代の姿は、いとも容易く思い描くことが出来た。

 

 元々、外国人とのハーフであり目立つ容姿。おまけにカラオケでのスコアを見れば歌も上手い。

 

 年齢的には低いかと思うけど、ジュニアアイドルというものも存在してるわけだし。

 

 ただ、それは条件を満たしているというだけのこと。同じような人間がみんながみんな芸能界を目指すはずも無い。

 

 

 

『アンタのエゴに付き合うのは御免です』

 

 突き放すような口振りになってしまったが、仕方がない。

 

 だが、鏑木は意に介してない様子だった。

 

『エゴではないよ。あの子も、心の奥底では、そう望んでいるはず』

『なら、あなたの言葉に従って素直にデビューするでしょう。それを断っている以上、その意思は無いと判断するべきだと、思いますがね』

 

 言っていてなんだが。

 自分でも覚束無いような気がした。

 

 あれだけの才能を持った人間が、芸能界に興味が無いという事に違和感を感じたからだ。

 

 しかも、プロデューサーの娘という立場がある。

 

 子供の頃から見慣れてきた世界であり、いつかはそこへ自分も、等と考えるほうがより自然に思える。

 

『仮にそうだとして。なぜ、ウチの所属に? B小町でないといけない理由はなんです?』

 

 そう聞くと、彼は目線を逸らした。何か腹案でもあるのかと疑念を抱いたが、そういうことでもなかった。

 

『縁だと、思ったんだ』

『縁?』

 

 酒を傾ける鏑木。

 

『あの子がこの世に生を受けたのはアイ君の亡くなった日だ』

『……!』

『勝手な妄想と言われるかもしれないけどね』

 

 

 ──あの日に生まれたのか。

 

 俺たちが失意に暮れるなか、この男は最愛の妻を亡くし、たった一人の忘れ形見を手に入れた。

 

 確かに、縁と言うには十分だと思う。

 

『苺プロの所属にしたのも、それが半分』

『……もう半分は?』

『ミヤコさんを見ていて、彼女なら娘も大事にしてくれそうだと感じたから、かな』

 

 ……そんな事を言われては、否定する気もない。壱護が居なくなって、それから俺たちを守り通してきたのがミヤコだ。

 

 彼女を信頼するというのなら、俺に否とは言えるはずもない。

 

『……俺に出来ることなんて、多分無いですよ?』

『僕以上に突き動かせる人間がいるとすれば、それは君か、かなちゃんだと思っている』

 

 ……そういや、あの映画にご執心と言ってたっけ。あんなのに出なけりゃよかったと、今更ながらに思う。

 

『なら、有馬に頼めばいいじゃないですか。同性だし、芸歴も長い。頼られれば、嫌とは言わないですよ』

 

 これは確信に近い。

 有馬かなはそういう奴だ。

 

 でも、彼は(かぶり)を振る。

 

『同性ゆえに、だよ』

『……?』

 

 何を言っている。

 

『少女が一番輝く瞬間は、いつだってそう決まっている』

 

 本当に……何を言っている。

 言いたいことはなんとなく分かるけど、それはその娘を持つ親の発言とは到底思えないほど乖離している。

 

 だから、勘違いだと思いたかった。

 

『君と会う時の月代の笑顔。あれは僕には引き出せない。それが答えだよ』

『……アンタ。何を言ってるか、分かってるのか?』

 

 思わず、素の言葉遣いに戻っていた。

 それくらい、怒っていた。

 

『君は、思った以上に誠実な人間なんだね』

 

 茶化されているようで気に入らなかった。本当に胸倉掴んでやりたかったが、ここでは店に迷惑がかかる。

 

『アンタは、思った以上にクズなんだな』

『勘違いしてもらっては困るんだけど、別に交際を認めた訳じゃない』

『ゲス野郎に変更だ』

 

 つまり、コイツは俺に(そそのか)せと言ってるのだ。

 

 あるかどうかも分からない恋心を利用して。

 

『アンタ勘違いしてる。月代のアレは、そんなんじゃねえ』

『そうかもしれない。でも、彼女を動かせるのは君だと、僕は確信してるよ』

 

 勝手に確信するな。

 

 俺は上着を持って出ようとした。ララライ代表との接触する機会は棒に振るが、やむを得ない。

 

 月代を弄ぶような真似をするなんて、出来るはずもない。そんな真似をしたら……ルビーやアイに、顔向け出来なくなる。

 

『そうそう。アイ君のことで思い出したことがあったよ』

 

 立ち上がる俺を引き留めるように、奴が呟く。

 

『お相手の件だけど。僕の勝手な予想で良ければ教えてもいい』

 

 コイツ……この期に及んで、そんなモノで釣ろうというのか。

 

 どこまでもゲスな野郎だった。

 そこまでして、娘をアイドルにしたいのか。

 

 それまでの仲睦まじい父娘の姿が、全て欺瞞に満ちたものだったように思えてくる。

 

 同時に、月代のことが哀れにも思えてきた。

 

 

 

『……そこまで、落ちぶれちゃあいないよ』

『そうか。残念だよ』

 

 

 

 

 

 

「ぐおぉ……」

「寝るならベッドで寝ろよ。あとやっとくから」

 

 肩を揺すると目を覚ます監督にそう言う。目を擦りながらベッドへと向かう彼の進捗を確認して作業に戻る。こちらは目処は立ってるからあちらを先に終わらせよう。

 

 努めて理性的に作業を進める。あの会合の事を忘れるように。思い起こすだけでも虫酸が走る。

 

『少しはマシな親だと思ってたんだがな』

 

 世に毒親というのはいくらでもいるし、そいつらと比べれば鏑木(あいつ)はまだマトモな親だった。

 

 男手一つで娘を育てるなど、大変な筈だ。妻を事故で亡くし、失意の中でも育児を諦めなかった姿勢には元産科医としても頭が下がる思いだ。

 

 さらに言えば、テレビ業界の人間にはプライベートな時間はほぼ無いと言われるほど激務だ。社会的地位を高めつつ、あの子を育て上げた労苦は並々ならぬものだと理解出来る。

 

『なればこそ。なんであんな事を言い出す?』

 

 アイドルを目指すも、そうしないのも月代の人生だ。才能が有るからというのは理由にはならない。

 

 (あまつさ)え、俺にそうするように仕向けろ、ときた。

 

『そういうのは、親の仕事だろう』

 

 子供の行く末を見守り、時には支えていくのが親の務めだ。他人である俺がするべきことじゃない。

 

 しかも、まだ小学生。分別も付かない年頃と言える。まあ、普通の子供よりはだいぶ賢いのだが。

 

 月代の笑顔を思い出す。

 

 花が咲くように笑い、ころころと表情を変える様は、なるほど愛おしくなるのも頷ける。

 

 なぜ自分に、そんなにつきまとうのか。かなり邪険にしてるつもりではあるが、それでも月代はじゃれついてくる。

 

 それは、確かに周りから見れば……そういうふうにしか見えないだろう。

 

 自意識過剰かもしれないが、アイツが俺を好ましく思っていると思えなくもない。むしろ、そのほうがしっくりくるくらいである。

 

 だが。

 

『親の言うことじゃ、ないだろ……』

 

 月代にじゃれ付かれてる俺を凄い形相で睨むような父親が、そんなことを言うか?

 

 幻滅した、というのもあるけど……それ以上に理解不能なのだ。

 

『あの情報は是非とも欲しいところだが……今回は退くべきだろうな』

 

 アイの復讐は大事だ。

 

 だが、それと月代のことは別。

 俺の我欲の為に、彼女の人生を棒に振るなんて真似はさせられない。

 

『もう少し歳が上がってたらな』

 

 せめて今の俺たちと同い年だったら……考慮したかもしれない。さすがに子供すぎてそういう目では見られないし、見たくもなかった。

 

『……でも。アイドルになったら、推せそうだよな』

 

 アイにド嵌りしてからかなり経つけど、他のアイドルにハマるような事は無かった。

 

 だけど、月代にはその期待感がある。ともすれば、それは妹のルビーをも超える。それほど強く、彼女は輝くと思う。

 

『ルビー、怒りそうだな』

 

 いや。許すかもな。

 

 ぷんすこ、と怒る妹の顔を思い起こしながら、キーを叩く。夜明けまで、もう少しだ。何とか終わりそうかも。

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、昼過ぎまで監督の家で爆睡する羽目になった。

 

 学校は病欠。

 目覚めてからデータ用のスマホを見ると、ルビーからのスタンプ爆撃が凄かった。まあ仕方ない。

 

 

『ん?』

 

 その中に、ぽつんと見慣れない垂れ耳ウサギのスタンプ。

 

『おつかれさまでした。けど、サボりはよくないですよ?』

 

「……お前は俺のかーちゃんかよ(クス)」

 

 毛布にくるまりながら、そう呟いていた。

 




ちなみに、スマホにロイン(メッセージアプリ)を入れさせたのはルビーです。アクア本人は受信にしか使ってません(笑)

アクア:電話あるんだからいいじゃん……
ルビー:通話料かかるんだよ?
アクア:はぁ……(なんでこんなとこだけ倹約家気取りなんだよ)
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