プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「さ、帰るよ。つーちゃん」
「はぁい、パパ♪ ばいばい、るーちゃん、アクアさん」
今日も鏑木親子が帰っていく。ぱたぱたと手を振る月代はともかく、あの男はこちらに目線を合わせてはこない。
「ねえ。鏑木さんと、ケンカでもした?」
二人が帰ったあと、ルビーがそう聞いてきた。意外とよく見てるじゃないか。
「意見の相違ってやつだよ」
「また、分かんない言葉で煙に巻こうとして」
「おい、ちゃんと勉強してるのか?」
「さ、さーて。お風呂入ってこよっかな〜」
あからさまだけど、こちらとしては都合がいい。下手に突っ込まれると藪蛇になるかもしれん。
ソファーに横になり、暫し瞑目する。
あれから三日。
今ガチも終わってやる事はとりあえず一段落している。本来はルビーたちのサポートをせねばならないのだけど、最近有馬の機嫌がすこぶる悪いせいでなかなか接触できない。
『ぴえヨン氏は長期休暇中……このタイミングというのが痛いな』
彼には筋肉をなるべく付けないトレーニング方法を学ばせていただいた。そのいかつい身体とは裏腹にとても愛嬌のある人で、だからこそあんなキャラを演じることも出来るのだろう。
『アイドルに必要なのはとにかく長い間のダンスに負けない体力、スタミナ作りが大事だ。この辺は役者さんと似てるけど、より負荷を高める必要がある』
彼が残していったトレーニングリストは
『さて、どうしたものか……』
悩んでいると、誰かがリビングに入ってきた。
「お、」
「なんだ、居たのね」
既に風呂に入り終えていたミヤコだった。が、その顔面はいつもとは違う。
「ちゃんと手入れしてたんだな」
「当たり前でしょ。でなきゃ維持なんて出来ないわよ」
顔面を覆うパックというのはなかなかにインパクトがあった。まあ、普段見慣れないせいもあったのだが。
「あなたが最後だから、ちゃんと水落として洗っておいてね」
「ああ」
最後に入った奴が風呂桶を洗うのがウチのルール……そうか。
「その手があったか」
「?」
予備のマスクを使えばいい。俺がぴえヨンに成りすましてコーチすればいいのか。
体型的に少しキツい気もするけど、背的にはわりかし近いし。ジャージフル装備ならいける気がする。この時期はかなりキツイけど、アイツらのためだ。割り切ろう。
もし、バレたら?
笑って誤魔化そう。もしかしたらそれで有馬が機嫌を直すかもしれない。敢えて道化を演じる必要もある。
「という手段を考えたんだが、どうだろうか?」
「あなたがそれでいいなら、そう計らうけど……」
ミヤコの目がややじっとりとこちらを見ている。なにか、間違えたか?
「まあ、いいわ。ぴえヨンは元々振付師とかもしてたらしいし。けど、本当に大丈夫?」
「ああ、任せてくれ」
自信たっぷりに答えたが、ミヤコの表情は晴れなかった……なんで?
『はい、ちゅーもーク』
「「「はーい」」」
独自に研究した裏声で、彼女たちに声を掛ける。元気な三人の声。だけど、一人は声を出してなかった……でも、みんな俺だとは気づいてない様子。これはイケるっ!(確信)
それよりも、四人目が居るのが問題だ。俺は努めて冷静に裏声で話しかける。
『キミは、どこの子かナ〜?』
「鏑木月代っ、ですっ!」
『はーい、いいお返事だね〜。でも、僕が聞いてるのはそ~言うことじゃないんだけどナー』
さも、当然といった風情でいることに違和感がある。しかも、ばっちり学校の体操服っぽい格好までして。
体育の授業かよ。
「つーちゃんも受けたいんだって」
「最近、お腹周りが気になってきて。ダイエット、考えなきゃと思いました♪」
ぺろんと体操服の裾を上げてお腹を見せる月代。白くて健康そうなお腹だった。
『お゛ぅ……、淑女はそういう真似はしちゃいけまセンっ!』
「は、すいません」
素直に謝る月代。
そして流れ弾でダメージを受ける三人。
「……ダイエットなんて必要ないじゃん」
「つーちゃんのおなか、かわいい〜♪ ぽっこりしてて(ツンツン)」
「あ、るーちゃんヤメてください〜」
「……これが、若さか……」
月代のお腹をちょんちょんと指で指すルビー……おまえ、それ犯罪臭がするんだが。
あと、有馬はともかくメムがヤバそうな顔してる。小学生相手じゃそら分が悪いわな。
『こほん。月代さんはお腹しまってネ。僕は大丈夫だけど、他の男の人の前でやっちゃ、ダメだヨ?』
「はいっ、ぴえヨン先生!」
びしっと敬礼をする月代。
お前ホントにノリいいな。
「あ、でも。パパは大丈夫ですか?」
『肉親はオッケーに決まってるでショ』
「よかったぁ」
ほっと息を吐く月代。
それはともかく、この場にいると面倒だな。
『はい、じゃ~月代ちゃんは見学しててネ』
「えー、私もやりたいですぅ」
『あざとく言ってもダメでスゥ』
「出来るとこまで、やってもらうのはダメですか?」
そこで助け舟を出しちゃうのがうちの妹。お前、どんだけ月代のこと好きなんだよ。
『高校生基準の負荷に、小学生が耐えられるわけないでショ』
本物のぴえヨンならたぶん分かるだろうけど、俺は所詮ニセモノだ。小学生女子への適正な負荷なんて分からない。危険なことになるかもしれないし。
「でも、この間のチャレンジ動画の出来ましたよ?」
『ウソぉ!? 一時間? マジデ?』
あれ、やり慣れてないとかなりキツイ筈なんだが……コイツ、そんな所もチート臭いスペックしてやがんな。
「フラフラだったじゃない。ルビーと大差なかったわよ?」
「あはは……それだけでもスゴイとは思うよ、わたしゃ……」
呆れる有馬に死んだ目のメム。どうやら彼らは見てたらしい。てことは本当なのか……
『とりあえず、課題の半分で上がって見学すること。フルでやるのはマズイからネ』
せめてマージンは取っておこう。危険域な負荷にならないように気をつけないと。まあ、これは全員含めての話だけど。まだ暑い日も続いているからな。
坂道ダッシュ十本。
肺活量を鍛え同時に瞬発力と持久力も鍛えられる坂路の駆け上がりは、大人でもキツい運動だ。
『ガチにやるならコレくらい出来なきゃあネ♪』
ちなみに、早々に遅れるのはメム。年齢は正直だ。
次がルビー。これは当然。俺のロードワークにも付いてこないんだから、サボってるとは思ってたけど。
有馬はキツいながらもトップをキープしてる。さすがだ。
意外なのは月代だ。有馬の速度に追い付いてはいないものの、息切れに関しては一番影響が少ない。これが現役小学生の体力なのか。ちょっと怖いな、小学生。
『月代さんは、体育の成績、良かったりすル?』
「そうでも、ないですよ。はあ。ウチの学校、お嬢さま校なんだけど。スポーツに力入れてまして。ふう」
なるほど。そんな校風なのか。
『ともかく、あとはもうやらなくていいヨ』
「ま、まだいけます」
『最初に言ったとおり、キミは半分まで。さー、ミンナ。残り五本、いっテみよー』
「お、おにがいるー」
「くぅ、キツい」
「……はい」
口々に言いながらもダッシュに戻る三人。俺はタオルを月代の頭に被せて、待つように言う。
『さ、キミは待ってて。汗を拭いて、身体は冷やさないようにね』
「は、はい」
頭にかけたタオルで頬を拭きながら、月代が答える。素直でよろしい。さて、俺も行こうか(内心、辛いが)
『言われた通りのリストでやってみました。メムが少し遅れてますが、ついてこれてはいます』
『まー、あの子は年齢的に厳しいからね。八割方でいいと思うよ。とりあえず今はそれで続けてみて』
『ダンスレッスンは』
『一週間後からかな。基礎を固めてからやる方が効率いいし、個々人のノルマは別に送るからそれを参考にしてね』
『了解です』
海外への通話なので不慣れながらメッセージアプリを使っている。ただ、相手の顔が見えるというのはありがたい。
『でも、本当にそのやり方でいいの?』
彼が問いかけてくる。
『こうしないと、会話もしてもらえないと思いましてね』
『そんなことないと思うけどな』
彼は大人だからこうした機微にも疎くはないはず。ならばそうなのかもしれない。
『そんなに打たれ強くないんですよ、俺』
それでも弱音は出てしまう。彼はふむと考えてから話を切り替えた。
『ところで、月代ちゃんだけど』
『ああ。見ましたか』
ついでに送った彼女のデータに目を通したのだろう。新生B小町メンバーではないけど、せっかく入手出来たのだ。プロに精査してもらいたいと思って送ったのだが、彼は興味深く唸っている。
『いや。正直言うと、驚いている。少なくとも小学生女子のスコアとは思えないくらいだよ』
『やっぱり、そうですか』
総体的に優れているというのは簡単だが、特に柔軟性と瞬発力が優れている。この辺りは母親の遺伝かもしれないけど、リストのトレーニングをこなしていても余裕が見受けられた。半分と言わずに全部やらせても問題無かったのではないかと思ったほどだ。
『一応聞いてみたんですが、家では柔軟くらいしかやってないらしいです……まあ、時間はかなりかけてるみたいですけど』
一時間ほどかけてやってるらしい。勉強の時間は大丈夫かと聞いたら、問題ありません、と笑顔で言われた。
『大人顔負けのスタミナもそのへんか。学校の部活は何を?』
『生徒委員会とかがあるので、やってないそうです』
聞いてみると生徒会のようなものらしい。小学生のウチから生徒会あるとか、とんでもないところだな。
『たぶん、引っ張りだこだよ。このスペックだと』
『でしょうね』
持ってる奴は二物も三物も持ってる。まさにそんなタイプの人間である。
『キミは、相変わらず反対だよね』
何回か話した話題を蒸し返す彼。
『あのB小町には、月代は要りません』
ビジュアル的にはイイとこ取りだが、懸念すべき事がある。
『アイの時は、それで失敗しました。同じ轍は踏ませたくありません』
あの三人も飛び抜けて可愛いのは確かだが、月代をあそこにいれるとどうしても霞んでしまう。
『それは仲間の不和を呼びます。かつてのB小町も、それが原因で何度も問題が起こりました』
まして、今は壱護が居ない状況だ。歯止めが効かなくなる可能性もある。
『あの子たちが、そうなると思うの?』
彼の問いかけてくる言葉。
それは違うのではないか、との意図を含んでいるように聞こえた。
『思いませんか?』
だから、問うてみる。
あの当時のことを知らない者だから、甘い考えで言っているのだと思ったから。
『それは僕にも分からないよ』
……やはり、そうか。
『でも、期待感はあるよ。特にルビーちゃんにね』
『ルビーに、ですか』
『彼女の成し遂げようとする意志は、なかなかに強いと思うよ。それに、意外と周りも見えてるし』
『……』
身内からすると、そんなわけねえよと思うけど。なるほど、この人も色々と見ているらしい。
『メム君は調停役としては最適だ。ムードメーカーとして機能するだろうし、質を担保するのは有馬君の仕事だな。コレは君のほうが詳しいか(クス)』
笑いながら言うなよ。
とはいえ、彼の考察もまんざら外れてない。だからこそ、月代はいけない。
『今の調和した形が崩れます』
『君には、そう思えるんだね』
『……違いますか?』
今の三人は、それぞれに不得手な所があり、それをお互いカバーする形が出来ている。グループとして理想的な形だ。
だが、月代は違う。
アレは歌も、ダンスも、ビジュアルも、全てが高いレベルで維持されている。それは、かつてのB小町を踏襲する形になる。
『あの子を、アイ君のようにさせたくない、か』
『……他の三人も、です』
突出した人間がいると、集団は二極化してくる。それに反発するか、追従するか。そのどちらも、行く先は破局である。
『まあ、部外者の僕がアレコレ言うべきじゃないけどね。けど、これだけは言わせてくれ』
彼の口から出てきた言葉は、俺には辛辣過ぎた。本人にはその気はないのだろうけど。
──『あの子らの可能性を奪うことにならないかい?』
アプリを閉じても、その言葉は消えてはくれなかった。
月代:クンカクンカ(あれ……ウチのと同じ匂いがする)
ぴえヨンマスクの男:あの、匂いとか嗅がないでくれまス?
月代:わ、スミマセン〜(汗)