プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「パパ。お話があるの」
いつになく神妙な顔つきの娘。
何かあったのだろうか。あの害虫がま、まさか……
「パパ? 大丈夫?」
「おっと、平気だよ。ただの立ちくらみさ。ハハハ」
「ソファーに座ってて?」
「最近の立ちくらみは、座ってても起こるんだよ」
「そうなんだ。知らなかった」
座ったままの場合はただの目まいじゃなかったかな? まあ、そんな事はどうでもいい。怒りに血圧が上がり過ぎただけだから。おのれ、害虫。怒らせることで私を害そうなどと猪口才な真似を。やはりあんな奴に頼むんじゃなかった。少しでも信用した僕がバカだった。うぬぬ……
「パパ……ホントに平気?」
愛娘の小さな手のひらが、僕の額に触れている! ああ、なんと幸福な事だろう。この世の幸せを独り占めしているような気分だよ!
「もちろん、平気だよ」
精いっぱい、ダンディに答える。内心こんなこと考えてるなんておくびにも出さない。それがパパだからだ。
「それで。なんの話だい?」
「うん……えっとね。」
僕は耳を疑った。
「ど、どうしていきなり?」
「パパに何度か誘われてたのに、断っててごめんなさい。でも、わたし……試してみたくなったの」
愛らしいながらも毅然とした姿。在りし日の君を見るようで……嬉しいと思いつつも、不安にもなった。
「その……誰か、助言でもしてくれたの?」
かなちゃんが説得した可能性もあったが、僕はまだ彼女に話を振ってない。まあ、如才ない彼女の事だから新生B小町の行く末を考えてたかもしれないけど。
だが、驚愕の言葉が娘から投げられた。
「えっと……ぴえヨンさんが」
「はあっ?」
意外っ! その名はぴえヨンっ!
……てかアレ、確か風野君だよね。ダンサーとか振付師やってたと思ったら、いつの間にか覆面筋トレ系ユーチューバーとかに転身してたけど。
ちなみに学校の後輩という関係でもあるけど、彼の実家はかなり太いのでそういう意味での付き合いも多少はあったのだが……
「そ、それでどうして?」
「えっと……ね」
月代が掻い摘んで説明してくれたことには。
自らの実力が高すぎることを自覚していた月代。
だから、新しいB小町に入ってもアイと同じように内部の不和を呼び込むのではないか、と危惧していたそうなのだ。
「私、皆と仲良くしていたいの。もちろん、それは綺麗事だって分かってるけど……ああいうのは見てたくないなって思ってて」
「まあ……気持ちはわかるよ」
アイドルグループに限らず。とかく成果で測りがちな芸能界では、その辺りであからさまな差がついてくる。アイの件も、典型的な形だ。
人気の殆どを彼女が独占し、他のメンバーは刺身のツマにしか思われてない。それは面白くないだろうし、妬みが講じて恨みに発展するのは想像に難くない。
もっとも、アイはそんな事は相談してこなかった。ある程度信頼されていた自負はあったのだが、内政干渉になりかねないからこちらから話を振るわけにもいかなかった。
結果として彼女はグループで孤立したが、その代わりに彼女は自らを高めることに決めたようだった。
アイはどんどんスキルを身につけ、輝きを増し、他のメンバーが束になっても敵わないほどの人気を確立した。
一部の熱烈なフリーク達に女神のように扱われ始めると、内部不和は目に見えて少なくなったように見えた。
僕が最後に会った時は、彼女はいつもと変わらなかった。
いつものように、可愛らしく。それでいて、ふてぶてしく。芸能界の荒波を意地でも泳ぎきってやるという意思を強く感じた。
強くなったのだ。端的に言うと。
環境に揉まれ、彼女の精神的な強さが増した。だからこそ、ファンは惹かれるのかもしれなかった。
『──辛くはないかい?』
あの時の別れ際、僕は彼女にこう言った。
『ぜーんぜん♪ そんなこと言ってらんないくらい、楽しいから♪』
僕が気にかけなきゃいけない小鳥は、立派に成長していた。僕の手元には守らなければならないものがあるのだから、これ以上は深入りしてはいけない。
「パパ、どうしたの?」
「……あ、いや。なんでもない」
こちらを覗き込む月代。思索に耽りすぎた。
一瞬、月代の姿に
「辛くなったら、いつでも辞めていいからね。つーちゃん」
「……もう。そこは『一人前になるまで泣き言言うなよ』、とか言うとこじゃない?」
「僕はそんなに辛口じゃないからね」
「……私も。そんなパパがだいすきだよ♡」
肩に寄りかかってくる月代。私の可愛い小鳥が、芸能界という大海原に飛び立つ日が来た。
妻にも、見せてあげたかったなぁ。
・・・・・・
彼からのメッセージが届いていた。
「ふーん……口説き落としたか」
右腕のバイセップス。うん。いい張りだ。
事務所社長の息子からのメッセージには、B小町の新たなメンバー加入のお知らせがあった。ならば四人用のフォーメーションも考えねばならない。過去のB小町の映像から確認して、それをなるべく踏襲する形で組み上げようと思う。
今の若者には関係ないが、昔のファンに刺さるような配慮。同じ歌を歌うなら、同じ振り付けにしないと納得は出来ないと思う。
「あの頃とは、違うけどね」
ラットスプレッドで広背筋の広がりを確認。少し弱い? トレーニングを増やさないとな。
昔のB小町は、本当にアイだけが飛び抜けて存在感を出していた。だが、新生の方はそれぞれ飛び抜けて可愛い子ばかりだ。
彼の心配していたような事にはならない……と思う。断言出来ないのは、仕方ない。僕は予言者じゃないし。
「月代ちゃんは、可愛いだけじゃないからね」
左側からのサイドトライセップス。おお、上腕三頭筋が弾けてる。いいぞお。
先輩の子どもにしては出来過ぎな子。あれはラーナさんの遺伝に違いない。
あの人は仕事ではインパクトを与えるけど、本人は至って一般人。人の間に入って結び付ける裏方としては得難い人だけど、本人それ自体にはそこまで魅力的な人ではない。
語弊のある言い方をしたけど、それは他の一般の人から共感を得やすいという利点でもある。見るからに凄腕でイケメンなプロデューサーなんて、漫画の中でしか居ないのだ。
『僕は潤滑油みたいな存在を目指してるだけだよ』
彼はそう語った事がある。なるほど、唸る程に納得がいく言葉。このバック・ダブルバイセップスのように、背中に宿る魂のようだ。
そんな彼の事を見てきた月代ちゃんは、子供の頃から周りをよく見てきた子であり。周囲の機微をよく捉えていた。子供らしからぬ様子に訝しんだこともあったけど、それも彼女の処世術だと思い納得することにした。
「実際、あの容姿じゃ目立ちまくるのは目に見えてる。人の反感を買わないようにするには、うまく立ち回る必要がある」
今のところ、それはうまくいってるように見える。月代ちゃん自身は曲がらずに素直に育っているようだし。だけど、アイドルとしての適性まであるとはなぁ……ラーナさんの遺伝子強すぎだ。
後ろ姿のまま、ラットスプレッド。鏡を見て確認する。十分広がってるな、ヨシヨシ。
実際にラーナさんはプリンシパルまで登りつめた人だったわけで、その血を受け継いでいるのなら身体能力は折り紙付きだ。世間一般の子どもと同じレベルで測ってはいけないのかもしれなかった。
「自分の才能を自覚するのも無理はない」
華やかな世界を演出する父と、その華やかな世界を渡り歩いてきた母。その二人の軌跡を見てきたあの子が、華やかな世界に憧れない筈はない。
だけど、踏み出す勇気は持てなかった。母を亡くした父に寂しい思いをさせるなんて、優しいあの子には選べなかったのかもしれない。
だけど、それを成した男がいた。
『君なら、できると思っていたよ』
どこで何をしてるのかは知らないけど、息子は立派に仕事をしましたよ。だから、早く戻ってきて下さい。
リラックスのポーズでしめる。
ふう。朝からポージングの練習に勤しむのもいいものだ。休暇と言いつつも、筋肉を休ませるのは感心しないからね。
prrr……
おっと。電話? 国際電話……て。鏑木先輩? ははあ、月代ちゃんのことでのろけるつもりだな?
『……君の宗派はどこだったかね?』
「は、?」
いきなり低い声で宗派を聞かれるとは思わなかった。実家は確か曹洞宗だったと思うけど?
『いや、お葬式を出してやるには必要だろう?』
「えっ? な、なに言ってんスか? せんぱいっ!?」
『つーちゃんに色目使うような奴は消毒だあーっ』
「ええっ?」
どうやら、月代ちゃんを説得したのは、僕、ということになってるらしい。アクアくん、何してんのよ……
問い合わせようとしたらメッセージが入っていた。
『すいませんでした』
……帰ったら、説教だなっ!