プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
正式加入が決まってから、毎日放課後から夜までダンスと歌のレッスンが続いた。
トレーニングを指導するのはぴえヨンさんで、ボイトレには別の先生の所に行く、という感じだ。昔の事務所と違って簡易レッスン場があるのはとても良い。
レッスン場の空きがない時や夜遅くとかは民間は貸してくれないから、とても重宝するのである。
日常的なトレーニングは一旦やめて、調整の段階に入った。ダンスもフォーメーションを重視したものとなり、歌とダンスの並行作業にもみんなが慣れてきたようだ。
『はイ、きゅうけーイ』
「ぐはぁ……しぬう……」
「こ、殺せぇ……」
「あははは……」
ぴえヨンさんの号令一下、みんなが床にへたり込む。とはいえ、かなり体力もついてきた様子だ。
はじめの頃はMEMちょさんなんて本当に顔が土気色してたし、かなちゃんも息が続いてなかった。言ってる事はヤバそうでも、二人とも余裕が見えている。
ルビーは相変わらず楽しそう。
なによりだ。
今回のJIF(ジャパンアイドルフェス)での新生B小町の出番は、玉石混交と言われるスターステージでのたった二曲のみ。もちろん全国区への放送は無い。
一部劇場でのライブビューイングもあるらしいけど、取り扱われるのはメインステージとかの大きな会場の方だけ。
けど、ネット配信ではスターステージの全ての映像も見られるし、アーカイブなどでの視聴も可能。
昔とは大違いだなぁ、と思っているとペットボトルを差し出す大きな手。
『はい、月代サン』
「ありがとうございます、ぴえヨンさん」
受け取ったペットボトルは程よく冷えていて、渇いた喉に心地よい。一息つくと、彼がしゃがんでこちらに目を合わせてくる。
「ど、どうかしましたか?」
『いや。本当に体力あるんだナと、感心しててネ。歌いながらのダンスってかなりキツイのに、ちゃんと出来てるのって凄いと思っテ』
「ああ。それはですね」
ウチの学校の体育には定期的に持久走があって、その際に校歌を歌いながら走るという慣習があるのだ。
『……軍事教練みたいだネ』
「元は幼年学校だったらしいんですよ。うちの学校。相当前の話なんですけど」
『お嬢さま学校とは名ばかりの、スポーツ特待生養成校カ』
実際にオリンピック候補生とかも輩出してるし、各分野からの注目を集めているらしい。
「けど。ぴえヨンさんも凄いです……そのマスク、かなり暑いでしょうに絶対外さないんですから」
『マスクマンはマスクが命だからネ!』
サムズアップする姿に笑ってしまう。接しやすくて、とても好感の持てる人だ。
指導の仕方も申し分ないし、適度な指示も交えて飽きのこない練習内容を仕上げてくる手腕は、さすがとしか言えない。
『さあ、あと一回通しでやってみるヨ。バミを意識して動くこと。当日はバミ無しだからネ。ちゃんと覚えておくこト』
自分達だけのライブの場合は、曲に合わせた色でのバミを付けてもらえるけど、複数のグループで行われるフェスなどでは付けられないことのほうが多い。だから記憶力が頼り。
この辺、かなちゃんやメムさんは苦も無く覚えていられるみたいだけど、ルビーは苦戦してる。まー、昔から物覚えが悪いというか、なんというか。
「るーちゃん、そこ、右だよ」
「あ、うん。ごめん」
アイドルのダンスというのは、基本的にそこまで激しいのは無い。ダンサーじゃないからね。だけど、フォーメーションに関してはかなり動かされる。
今回のフォーメーションは私たちの希望どおりにグループの全員にアピール出来るような構成になっていて、その分入れ替わりが多くなっている。
『ルビーさん、遅れてるヨ!』
「は、はいっ」
それでも、なんとか食らいついていくルビー。ダンス自体はとても上手だから、慣れてくれば大丈夫だと思う。
『はい。オッケー! イイ感じに仕上がったヨ。各自ストレッチをしっかりやっておいてネ。あと、帰ったら早めに寝るこトッ!』
「「「「ありがとうございましたー」」」」
ひとしきり、レッスン場に大の字になるメンバーたち。充足感から自然に頬が緩む。
手を上げて握り込むと、天井の蛍光灯が掴めそうな気分になる。
「フフッ♪ 月代ちゃん。そのポーズ、アクアもやってたわよ」
「そうなんですか?」
そういえば、最近アクアに会えてない。かなちゃん、機嫌良さそうだけどアクアに会えたんだろうか?
「こうやって、『俺が、どんどん曖昧になっていく……』って呟いてて。ぷーくすくす♪」
「?」
かなちゃんの笑う意味が分からない。だけど、メムちゃんは気づいたらしい。
「それって、中二病ってヤツですかねぇ? アクたん、香ばしいなぁ♪」
「でしょう? そう言ったらキレてたけど」
……どうやら、あまりいい言葉では無いらしい。でも、映像とかではわりとよくあるポーズだと思うんだけどな。
もう一度、手にする。
あの場所に、戻る。
その心持ちは、一言では言い表せない。
不安はある。あのような事にはなりたくないし、他のみんなもそんな目には合わせたくない。
同じことを繰り返すのだとしたら、いま、私がここにいる意味が失くなってしまう。
喜びもある。やっぱり、スポットライトに照らされた舞台というのには憧れるし、高揚もしてしまう。これは子供とか大人とか関係はないと思う。
ルビーはもちろん、メムちゃんの瞳にも輝きが宿っている。かなちゃんは、半々かな? たぶん不安のほうが勝ってるのかもしれない。
そして嬉しさもある。
送り出してくれたパパや、手ずからレッスンをしてくれたぴえヨンさん。たぶん陰ながらにアクアやミヤコさんも色々やっているはず。
そんな人たちに応援されて、嬉しくないはずはない。
思えば、アイの頃はそこまで考える余裕は無かった。
社長の言う通りにやっていくのが精一杯で、周りのことに目が回らなかった。いや、目を背けていたのかもしれない。
そういった支えてくれる人たちにどう接すればいいか、わたしは知らなかったから。
『いつもありがとう』
『感謝してます』
『応援、嬉しいです』
ファンのみんなに言うような言葉の一割でも、周りの人たちに届けられていたら……違っていたかもしれない。
死んでから分かるなんて、皮肉な話だけど。でも、やり直す機会とも言える。
だから、感謝の想いは素直に伝えようと心に決めていた。小さなアクアやルビーに感謝したように。
「みなさん、ありがとうございます」
そう呟くと、ルビーが起き上がって手を握ってきた。
「つーちゃん、それは終わってからだよ?」
「そーよー。まだやってもいないんだから」
「私しゃあ、もーゴールしてもいいと思うけどね〜」
ルビーのあとに二人も続く。
『そうだよね。これから始まるんだから』
その日、かなちゃんと私は泊まることにした。メムちゃんは配信があるからと帰ってしまった。『明日のために種撒かないとね♪』と言ってたけど、遅くまでやらないでと念は押しておいた。寝不足はよくないからね。
「はー、いよいよだね。私達もアイドルデビューだよ? どうするどうする?」
「うるっさいわねぇ。いいから寝なさい、睡眠の重要性を舐めないでよ」
真ん中に寝るルビーが向こう隣のかなちゃんに叱られてる。いい友達になってくれて、とてもうれしいな。
「でも、全然眠れない。楽しみ過ぎて、どーしよー?」
「あのねえ。月代ちゃん寝てるのよ? 少しは声落としなさいよ」
「あ……そうだった」
ふふ。心配しなくてもいいですよ。これは狸寝入りですから。二人の語らいを邪魔しないように向こう向いてますね(モゾモゾ)
「起こしちゃったかな?」
「ただの寝返りでしょ。あんたもさっさと寝なさい」
「でも〜」
「浮かれてるのも今のうちよ?」
「明日のライブが成功するなんて限らないでしょ。コネ組に対してブーイングとかあるだろうし、お客さん居なさ過ぎてスタッフさんが並んでるとか笑えないわよ?」
人が居ないってのは、前の時に経験した事があったな。今となっては笑い話だけど……当時は『これで仕事とか楽だな〜』とか考えてた。今更ながら擦れてんなぁとか考えてしまう。
「どうしてそんなポジティブに考えられるのか……」
「んー? 憧れだから、かな?」
そう答えるルビー。
その言葉に胸が少し暖かくなる。
けど、続く言葉にそれはかき消されていった。
「私は昔、ずーーっと部屋の外に出れない生活してて。未来になんの希望もなくて」
え
「このまま静かに、ドキドキもワクワクもしないまま死んじゃうんだろうなって思ってた」
ええ
「でも、ドルオタになってから毎日楽しくて、好きって気持ちで満たされてね」
『何があったの? 私のいない間に?!』
ルビーに何があったの? 今の感じからすると、大きな病気とかしちゃってたの? アクアッ、せつめいしてっ!(必死)
それにドルオタって、
私の葛藤をよそに、ルビーはまだ語り続ける。
「でね……そんな時ある人に会って……初恋の人なんだけど」
『はつこいのひとーっ!?』
えっ、ルビー、あ、はつこい? あ、アレだ。初めての鯉のぼりってこと? いや、なんだソレぇ!(混乱)
ルビーからルビーらしからぬ単語がぽんぽん飛び出てくる……いや、なんなのこれは。もしかして、夢なのかな? あ、そうに決まってるか。こんな支離滅裂なの、夢に決まってる(空想逃避)
「……その人から、言われたの。もし、アイドルになったら、推してくれるって……」
殆ど、寝言のようなルビーの声。
「せんせ……どこにいるんだろ……わたしが、アイドル……」
そこからあとは、安らかな寝息へと変わった。かなちゃんが起き上がり、ルビーの布団を直してるように伺えた。その声色は、いつもと違う優しく、寂し気な感じ。
「推してくれる人が居るんだ。私には居ないのに。今の私を見てくれる人なんて……」
そう呟くと、立ち上がって階下へと降りていく音。おトイレだろうな。私は寝返りをうって、ルビーの顔を覗き見る。
『なにがあったの。ルビー……』
手を伸ばして頭を撫でる。
サラサラとした手触りは、昔と変わらず。柔らかくて、あったかい。今は私のほうがちっちゃくなってるけど、あの頃となんにも変わらない……わたしのたからもの。
『アクアに聞けば、分かるよね』
どう聞いたらいいのか。
でも、アクアなら知ってるはず。
『病気のこともそうだけど……』
初恋の人。
ルビーにそんな人がいたとは知らなかった。
アクアも知ってるのだろうか。
せんせって、言ってたよね。
ということは、お医者さんか、教師か。おとなの人、なんだろうな。どこに居るんだろって言ってたから、転勤とか? だとしたら、お医者さんの方かな。
ルビーの好きな人、か。
会ってみたいな。もちろん親として。碌でもない人じゃなきゃいいな……そんなわけないか。うちのコは、見る目あるから(親バカ)
でもなぁ……交際とかはまだ早い気がするんだよなぁ。せめて高校出てぐらいから……いや、人のこと言えないけどさぁ。パパが私のこと心配するのって、こんな気分なのかな?
「……まま……」
寝言で、私を求めるルビー。
「……はーい。ママですよぉ」
ルビーの布団へ潜り込み、抱きついてみる。
「まま……」
……しばらくすると、かなちゃんが戻ってきた。私は戻るのが間に合わなかったけど、そのままルビーの布団に入っていた。
ま……いいか。
女の子同士だし。
ルビーの体温に包まれて、私も眠くなってきた……あしたは、がんばら、なきゃ……(クゥ)