プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
寝不足だったかなちゃんも、仮眠したせいか気合が入った顔に戻っていた。メムちゃんは緊張してるんだろうけど、それを顔に出すタイプじゃないのでどの程度か分かりづらい。
ルビーも気負った様子は見られない。顔が生き生きとしててお散歩前の子犬みたいに見える(しっぽがぶんぶんしてる感じ)
「るーちゃん、楽しそうだね」
「うん、もうすぐにでも舞台に立ちたいっ!」
「周りに迷惑だからやめなさい」
「あはは……さすがルビーちゃんだなぁ〜」
私の言葉にみんなが釣られて会話をする。程よく緊張が抜けてくれるとありがたい。
「やっと……舞台に立てるんだ」
『せんせ、待っててね』
その次の言葉は消え入るほどに小さい言葉。舞台袖だとほとんど周りには聴こえない。
でも、確かにそう言った。
だから聞き返さずにはいられなかった。
「せんせ、って誰?」
思わず、聞いてしまった。自分でも驚くぐらい、低い声で。
昏い感情が発露してしまったせいだろうけど、ルビーは気にもしないで答えてくる。
「え? うーんと、恩人かな?」
恩人。それなら、恋心を抱いても不思議はない。どの程度のものかは知らないけど、それを追求する余裕は無い。
「せんせ、ドルオタだから見てくれてるかもって」
先生と呼ばれるドルオタ……かなりのパワーワードな気がする。
あれ? この初恋、実らせないほうが良いんじゃない? 母親としては、そんな奴に大事な娘を渡したくないんだが?
「……そんなに好きな方、なんですか?」
振り返り、満面の笑み。それだけでも答えは分かってしまう。そして無邪気な追い打ち。
「うん。結婚したい」
──ガチだった。
その場で
「そんな絵空事言ってるより、目の前に集中なさい」
「あう」
「いたっ」
コツンと頭を叩かれる私とルビー。かなちゃんが呆れたようにこちらを見ている。
「アンタ達見てると、大舞台だって緊張も失せてくるわ」
「あはは……そうだね」
ルビーと顔を合わせると『やっちゃった』みたいな感じでテヘペロしてくる。
ああ。やっぱり、可愛いなぁ。
初恋の人云々はともかく。この笑顔を守るためには、きちんと成功させないと。
「B小町さん、出番です」
スタッフさんの声がかかる。みんなが頷いて、光の溢れる舞台へ歩き始める。
──もう一度、
生まれ変わってからは考えもしなかったけど。もう一度、やり直すために。
・・・・・・
人数にしたら二百くらい入る
身体に染み付いたステップ。一度回って、斜め後ろに下がり、メムと入れ替わる。同時に月代も前に移る。
二人が前に出ると、黄色と藍色のサイリウムが目立つようになる。事前に動画で周知してあったカラーを見に来ている人達はちゃんと覚えている。
『白、少ないな』
望んでやり始めた訳でもない。
これは役者業へのステップとしての起爆剤にするため。アイドルという自己の見せ方を学ぶために入っただけの、腰掛けでしかない。
そう割り切って始めたけど……こうして可視化されると気落ちしてる自分に気付く。
それはそうだ。
ルビーも月代も見た目は私より華があるし、メムは元より人気のインフルエンサー。子役の有馬かなの名前はここでは通用しない。
私自身に付いてる客は、思ったよりも少ない。ただ、それだけ。
ただ。片隅で動く白い光だけが、やけに目についた。
ただ振るだけのみんなの中で、その光だけは激しく動く。回り、振り回し、シェイクする。
……あ。
何してんのよ、アイツ。
一生懸命、ヲタ芸しちゃって。周りの人がドン引きしてるじゃない。
よく見ると、その横には鏑木さんもいる。こっちは普通に振ってるだけだけど、みんなのサイリウムを持ってる。箱推し気取りというやつか。娘のだけを振ってればいいのに。
まあ、いいか。
両手に光る白い輝き。
その光が、私を導く。
『いいわ。あなたの推しに、なってあげるっ!』
それからあとは、余計なことを考えられなかった。ひたすらに、踊り。ひたむきに、歌う。
小さかった歓声も徐々に大きくなり、クライマックスへと駆け抜ける頃には大歓声へと変わっていく。
・・・・・・
『あー、アクアっ! かなちゃん単推しとかズルいっ』
子供の頃に見せてくれたヲタ芸は今でも健在。大きくなったせいか、よりダイナミックで周りの人たちも驚いていた。
けど、それが伝播して。
今ではみんなが好きなようにサイリウムを振りかざし、歓声を上げる
『パパ、私の単推しじゃないんだ。ふーん……』
あとでからかっちゃお♪
四つのサイリウムを振るパパは、最後の方はかなりキツそう。運動もしっかりやらなきゃ、ダメだぞ? ちゃんと長生きしてくれないと、私が困るから。
『でも、いいなぁ。やっぱり』
ステージの上の感覚は、やはりお芝居とかとは全然違う。会場を一体化させて熱を生み出すパワーは、そんな現場では感じられない。
『ルビー、楽しそう』
弾ける笑顔がとても眩しくて、先程までの事を忘れてしまいそうになる。
『行方不明の初恋のひと……』
そんなに素敵な人なのかな?
さっきのパワーワードからは連想できないけど、もしかしたらとんでもない人なのかも。
そう思うと、俄然興味が湧いてくる。
『どんな人なんだろ……私にとって、先生って言える人って……あの人ぐらいだしなぁ』
二人を産んだ病院の先生。
あの人には足を向けて寝られないくらいの恩義を感じている。
『そういえばあの人もドルオタだったっけ』
優しそうで、理性的で。それでいて
『そういえば』
観客席に視線を移すと、一心不乱にヲタ芸をしている我が子を見る。
『アクアもそんな感じ、かな?』
うちに秘めた情熱を出さずに、飄々とした顔で生きる自慢の息子。そういう所、アナタにそっくりだけど……アクアにはそれだけじゃないものがある。
『ルビーに初恋の人がいるって知ったら、どうなるかな?』
狼狽えるか、呆然とするか。はたまた、私と同じように昏い感情を得てしまうか。それも、ルビーを愛すればこそ。
『アクアは、愛することを知ってるからね』
だから、その辺りは心配はしてない。ちゃんと折り合いをつけて考えるだろうし、そのくらいの分別はあるはず。
『かなちゃん、嬉しそうだな』
アクアを見てからか、格段に表情も良くなって動きもキレが増した。今の段階なら間違いなく、かなちゃんがセンターだ。
これなら、私が無理に出る必要はない。
今は小学生だからマスコット枠でも問題はないし。むしろ、今推すべきは前の三人。私はサポートに徹するべきだよね。
『そうでしょ? パパ』
観客席でサイリウムを振る彼に、精いっぱいの笑顔を贈る。それが、いまのできる精いっぱいの恩返し。
たった二曲のステージはあっという間に終わり、小さなステージとは思えない大きな拍手で幕を閉じた。
・・・・・・
「キミ……よくやれるね」
「アンタはもう少し体力つけたほうがいいよ」
涼しい顔をしている彼に、サイリウムを渡す。たまには一般で見ようと思ったら知った顔を見かけたので声をかけたのだけど、並んで鑑賞することになるとは思わなかった。
「ありがとう。済まないね」
「なんの用意もしてないなんて、アイドルに失礼だろ?」
「そういうのには疎くてね」
発光しているサイリウムを袋にしまうアクア。僕が振っていたのは彼からの借り物だ。
「娘のことだけ応援してるのかと思ったけど、違うんだな」
「それはそうだけど、事業として大事だからね」
僕がここでする応援は、確かに娘のためだ。でも、ビジネス的な目で見ればそれは間違い。娘可愛さに箱を蔑ろにするような男として見られるのはよくない。
「それより、君がかなちゃん推しだとは思わなかったな。理由を聞いても?」
少し意地悪な質問をする。答えないと思ってたけど、彼はぽつりと一言をこぼす。
「悪いかよ」
「いや。ちっとも」
バツの悪そうな顔で退場していく彼を追って、僕も観客席から退場していく。フェスは入れ替えが頻繁だから、仕方ない。
『次は単独ライブだよ。楽しみにしててね』
その前にPV撮影か。色々と詰め込んだせいか順番がごちゃごちゃだ。あとで確認しないと。
残暑の暑さだけではない心地よい汗をハンカチで拭きつつ、僕は会場を後にした。
メム:(単推しなんだぁ)
ルビー:(お兄ちゃん、先輩推しか)
月代:(アクア、がんば♪)
かな:なんなの、生暖かい視線はぁ!(テレテレ)