プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
今回は閑話になります。
閑話 祭りの終わりに
会場を去る時に見掛けた、知っている女性。変装ついでの頭に巻いたバンダナを解きつつ、彼は声を掛けた。
「鈴城さん、ですよね?」
はっとして、振り返る女性。
見た目も整っててそれなりに華のある子だけど、アイドルグループとしてはかなりの大所帯のため埋もれてる感のあるアイドル。鈴城まなの印象とは、そんな感じだった。
「かぶらぎ……さん?」
「ああ、やっぱり。相変わらず他の子達も愛でに来たんですね」
「わたしの、アイデンティティですから」
はにかみながらそう答えるまな。
対して鏑木の方も愛想笑いを絶やさない。営業をかける時の笑顔は幾つもあるが、その表情のどれとも違う。例えるなら、娘に対するようなものに近い。
「アイドル好きが高じてアイドル始めて、今でも好きってだけで他のアイドルの子見てるなんてキミくらいのものだからね」
「それ、褒めてます?」
「もちろん」
「もう。上手いんだぁ」
プロデューサーとしてそれなりの実績のある鏑木と彼女は、実は接点があったりする。グループに入りたての頃に出た番組で知り合った。
芸能界、特に若い子の出入りの激しいアイドル業界において、ずっとアイドルを好きでいられる子はほぼ居ない。その世界に身を置くと外と内のギャップにやられ、アイドルという仕事に興味を失っていくのが普通だからだ。そんな理由で彼は彼女のことを覚えていた。
そして、その彼女から有り得ない言葉が飛び出てくる。
「アイドル、辞めようかと思いまして」
「え……」
その言葉を言う他のアイドル達は、皆一様に疲れた顔をしていたと記憶していた。だが、彼女は清々しいほどの笑顔をしていた。そぐわない感覚に彼は少しだけ気になった。
「もう五年くらいかな? 上へのステップも見えてるとは思うけど、どうしてだい?」
「あそこで上に行くのどれだけキツいか、鏑木さん知ってるでしょ? あと、六年目ですから」
「こりゃあ、失敬」
全グループ百人以上の大所帯での上澄みというのは本当に険しい。新人が毎年入る中で自らの位置をキープする事さえ難事なのだ。
いつの間にか『卒業』として消えていくうちの一人。その事実に無常を感じるのは、彼が歳を取りすぎたせいなのかもしれなかった。
「新しいB小町、良かったです」
「キミも観てたんだ」
「終わってからすぐ来ちゃったんで」
見れば、メイクもほとんどしていない。伊達メガネと髪型のせいで鈴城まなだと気付く人はほぼ居ないだろう。まあ、日も落ちているし、人も多い。彼でなければ見逃した可能性もあった。
「本当に上に行けるのって、ああいう子たちだと思いました。そしたら、もういいかなって」
「……そうかい」
鏑木はほんの少しだけ苦いものを飲み下した。自らがやっている事は若者への投資。それが毒になる事もあると知ってはいたけど、知り合いの子にそれが起こるというのは皮肉だと感じたのだ。
「鏑木さんが居るってことは、やっぱり有望株だよね?」
「もちろん……と言いたいけど、事務所的にはどうかな?」
「苺プロはドームライブまでこぎ着けた所だもん、平気でしょ?」
「ブランク有るからねぇ」
業界における事務所の価値というのは継続性が一番求められる。大手事務所が次々と人材を送り込むのもそのためだ。事務所のブランド化とも言う。
これはどこの事務所でも同じ。売れる素材がいつでも取れる訳でもないから、程々の素材をコンスタントに提供する。たまにハズレがあったとしても、その事務所の名前に企業は投資する訳だから問題はあまり無い。
「事務所の人は止めないのかい?」
「せんぱいが辞める時も『そうか』だけでしたから、私もそうだと思います。そんなに価値、無いですから」
程々の顔の良さではあるけど、抜けた存在ではない。まなは自分がその程度だと理解していた。
それを否定出来ない鏑木だが、彼には彼女に価値が無いようには見えなかった。
「今でも、アイドルが好きなんだね」
半ば自問するような問いかけに、まなは答える。嘘偽りのない笑顔とともに。
「はい♪」
打ちひしがれ、叩きのめされた者とは思えない笑顔。鏑木はそれに眩しさを感じた。愛娘を見るのとは違う、別種のものだ。
彼は懐に手を伸ばし、名刺ケースから一枚引き抜くと彼女へと渡す。
「何か困ったら、連絡してね」
「え、でも……」
「一度籍を外れたら不義理は無い筈。君の情熱は後進には大事だからね」
そう言って立ち去る鏑木。まなの手には名刺が残されていた。
「苺プロ……斉藤ミヤコ」
後日。
人手不足に悩む苺プロに、新しい人が入った。初々しいリクルートスーツに身を包んだ彼女は、ゆくゆくは新生B小町のマネージャーとして活動することになる。
閑話 なかのひと
「けっきょく。レッスンの時、ぴえヨンの中身はアンタだったんでしょ? なんであんなことしたの?」
JIFが終わった次の日。先輩がお兄ちゃんにそんな事をブチかました。
『え? ぴえヨンさん、すり替わってたの?』
ちっとも気付かなかった。だって声そっくりだったし。ていうか声真似してたの、アレ? お兄ちゃん、わりと芸達者だなぁ。
「あー、やっぱり……」
「メムちゃん、気づいてたの?」
「一回り小さいな、とは思ってた。身体の厚みが」
あ、あー。確かにそうかな? いや、でも見えてないじゃん。ずっとジャージびっちり着込んでたし。
そういやアクアの身体には所々に汗疹みたいな跡がある。そういう事だったのかー。
「あ、あうぁぅ……」
「どしたの? つーちゃん」
対して、月代ちゃんは顔を真っ赤にしてぷるぷる震えていた。なんだろ、チワワみたいでかわいい。思わず抱きしめると顔を埋めてきた。
いやー、かわいい女の子って、癒やしですわ〜(笑)
「……だって、お前。俺と話してくれなかったじゃん」
「それだけ? 本当に?」
おっと。二人のこと忘れてた。
でも、そのあとはいつも通り。照れ隠しをした兄と煽り散らかす先輩が険悪なムード(?)を醸して言い合う事になった。
「仲直りしたみたいでよかったー」
「今まさに仲違いしてるみたいなんですが……」
抱きついてる月代ちゃんがそう聞いてくる。まあ、一見するとそう見えるか。
「大丈夫だよ。お兄ちゃん、人と関わろうとするタイプじゃないから、アレくらいかましてくる人じゃないと関係続かないと思うんだ」
「……そうなんですか」
そう答える月代ちゃんは、涙ぐんでいる。よしよーししちゃおうかな?
「まー、色々あったから性格ネジ曲がっちゃったけど。先輩といる間は、昔のお兄ちゃんみたいだから」
「……」
月代ちゃんは気持ちよさそうに目を細めてる。うふふ、ういやつよのぉ〜(悪ノリ)
近くにいたメムちゃんがぽそりと言った。
「あかねェ……ちょっと、がんばんないと、だぞ」
そういや、カップルなんだっけ。
でも、アクアに恋人が出来るとかまったく実感が湧いてないんですけど。
「あかねさんもいるんだよなぁ」
「ん? なあに?」
「な、なんでもないです」
まあ、私にはどーでもいいか。
今はこの至福の時を感じていよう(ダメな発言)
閑話 次のおしごと
都内某所の小洒落た居酒屋。個室もあってなかなかの雰囲気の席に、二人の男がいた。
「いやー大型案件ゲット出来たよ。累計五千万部突破の超人気漫画の2.5次元化舞台だよ」
「娘もどハマリしてるから知ってる。アニメとかもやってたよね」
「そうそう。今回は予算も多めに確保できたし、ガッツリ行くよ」
企画会議、というわけではない。だが、ただの懇親会というわけでもない。大きな企画が動く前の根回しの部分である。
一人は2.5次元界隈では知らないものはいないであろう雷田澄彰。もう一人はネットTV所属ながら人脈の広さには定評のある鏑木勝也。となれば、ただの飲み会のはずもない。ここは営業の場であり、互いのリソースを食い合う業界人の決戦場ともいえる。
「劇団ララライをツモれたけど、若手が若干不足気味なんだよね〜。鏑木ちゃんならいいトコ押さえられるんじゃないかと思ってね」
劇団ララライの代表、金田一は頭が固いので有名だ。彼らの舞台は旧態依然としたものが主流であるため、ノウハウが不足しているところもある。鏑木の手元には2.5次元経験者の俳優もいる筈であり、雷田の方もそれを暗に匂わせる言い方をしていた。
「まあ、ご期待には応えたいけどねぇ。居ないこともないし? 貸し一つって事には出来るけど」
「いやいや。将来性有望な若手に出番与えるって、こっちのメリットのが大きいっしょ? むしろコッチが貸し一つじゃない?」
二人とも自身の優位性を固執するが、それは仕方がない話である。そこにあるのは単純に発言力の取り合いであって、それは後になって大きな意味を持つ。
だが、関係性が壊れるほどに激しいやりとりという訳でもない。彼らは命の取り合いをする間柄ではなく、ビジネスパートナーなのだ。
「メンツの要望とかはあるの?」
「こっちとしては鴨志田君さえいれば何とか。彼は2.5次元で定番だし」
「彼か。まあ聞いてみるよ」
鏑木のこの返事に、雷田は確約だと期待する。出来ない時はきっぱり無理と答えるのが彼の流儀だと知ってるから。
「あと、アクア君を」
「彼か……ララライを引っ張ったならそう来るか」
「今ガチの評判、なかなかにいいからね。話題のカップルを突っ込めば集客にも勢い出るでしょ」
雷田という男は勢いを大事にするタイプ。世間の評判のよい役者の起用には積極的だ。
「なら、ついでに有馬かなも付けてあげよう」
「有馬かな? 今日あまの?」
「ああ。今はアクアと同じ事務所だからね」
「そりゃあ有り難い。フリーは何かと使いづらいからねぇ……時に」
雷田がニヤリと笑いながら話しかけてくる。鏑木は居心地の悪さを感じた。
「娘さんにダメ出しされたって話、本当?」
「……事実だよ」
「へえ」
彼らの業界では、失敗した仕事よりも穴を空ける事を嫌う。穴を空けかねない行為をした事に意外なものを感じたからだ。
「僕も最初はあのままでいいと思ってたんだ。捨て仕事なんて君も経験あるだろ?」
「まあね。その辺割り切らないと、長くはやってられない」
仕事に穴を空けないために、わざとクオリティを下げた仕事を入れる。確かな仕事を続けたい人種にとっては唾棄すべき事だろうけど、こういう事が日常化してるのが芸能界だ。誰しも、質の良いものを望んでいるわけじゃないのである。
「娘に言われたんだよ。『それがパパの仕事でしょ?』って」
「それは、厳しいなぁ……」
「あの時は駒も揃ってたからなんとかなったけど、二度目はゴメンだね」
そう自嘲する鏑木。家族のいない雷田には分かりかねる所もあるが、納得するしかない。
「今回はあくまで仲介だから余計な心配しなくていいよ」
「そりゃあ助かる」
「でも、一つだけ」
「?」
鏑木は人差し指を立てて内緒話のように言った。
「アクア君はなかなか面白い。劇薬にもなる可能性もあるけどね」
「ええ……前言撤回、イイっすか?」
「構わんけど、プラン的には有り得ないんじゃない?」
「なんだよなぁ……」
ククク、と笑う鏑木に、雷田はビールをあおる。その勢いで彼は言った。
「月代ちゃん、可愛くなったね」
「お前も娘を狙う害虫か?」
「害虫はヒドいな……PV見たけど、ラーナさんに似てきたと思ったんだよ」
その言葉に鏑木は顔を和らげる。生前の彼女との知り合いでもあるのだから当然とも思える。
「いいねえ、子供って」
「そう思うなら早く身を固めたら?」
「相手が居ないんだよねぇ……ラーナさんみたいとは言わないけど、美人で仕事も持ってて、干渉してこない人とか居ないかねぇ?」
「そんな物件あるわけないだろう」
雷田のボヤキをそのままに、鏑木は箸を進める。酒に手を出さないのは娘のためというよりも、この後、彼を送る都合があるからだ。
東京ブレイドの舞台化が発表されたのは、その少し後である。
月代:(ぴえヨンさんが、アクア……おうえんしてくれるって、言ってたよね……ふわわ〜)
ルビー:(こんなにテンパってるの、珍しいなぁ。そんなにショックだったのかな?)
メム:(いいなぁ。代わってくんないかなぁ)
アクア:(何やってんだ、アイツら……)
かな:(私のこと、意識してるっ! かわいいトコあるじゃん、アクア)
ミヤコ:(うるさいなぁ……残務整理忙しいのに)