プロデューサーの娘になってしまった   作:だだ甘鏑木Pすこ

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アクアの弱いところ

「おう、来たな。入れよ」

「失礼します」

「お邪魔致します」

 

 勝手知ってる他人の家、とは言うけどそれは昔の話で今は初めてお邪魔する場所。粗相のないように努めないと。

 

 でも、ちょっと懐かしい。

 

 あの映画は企画段階で延期、というか取り止めになったはず。でも、それを動かしていた人のところにはまだ資料は残ってると思う。

 

 あの頃は不器用な自分をなんとかさらけ出そうとして試行錯誤していたけど、実際にそれは叶わなかった。まあ、仕方ないっちゃ仕方ない。

 

 そんな在りし日の自分が居た空間。ノスタルジーを感じても不思議はない。

 

「なんか面白いものでも見えるのかい?」

「は、はあ……」

 

 キョロキョロと挙動不審な私を見てそう聞いてくる五反田監督。その風体は……多少老けたのかな? パパと同年代だと思うんだけど。

 

「一面識もない人間の家にのうのうと上がり込むなんて、嬢ちゃんはなかなか肝が太いな」

「そ、そうですか? ほら、アクアさんのお世話になってる方ですから」

「だから信頼してるって? それはちっと警戒心無さすぎだろ」

 

 

 

 ……そうだろうか? 前世の記憶があるせいかカントクに警戒する必要は感じてないのだけど、それは一般的な小学生女児の感覚とは乖離してる?

 

「からかうなよ、オッサン。そうやって偽悪ぶるの、少し痛いぞ」

「痛いとか吐かすな、中二小僧め」

 

 アクアがそうツッコむと少し照れ臭そうに答えるカントク。あ、やっぱり変わってないわ。

 

 けど、そうやっている様子がとても羨ましく思える。

 

 もし、アナタだったら。

 こうやって軽口を叩きあえる間柄になれていたかな? とか。

 

 埒もないなぁ。

 

 

 

 

 

「あらあら。アクア君の彼女さん? にしてはちょっと幼いかしらね? でも、可愛いわねぇ♪ 妖精さんみたい」

「あ、ありがとうございます(テレテレ)」

「アクア君もすっごい美形だから収まりいいわねぇっ! 隅に置けないんだからぁ」

「ちげーよ、おばちゃん。コイツは仕事先の娘さん。彼女なんかじゃねーよ」

「あら、そうなの? そういえば彼女さんて黒髪の子だったものねぇ♪ 若いうちはそれくらいでもいいけど、ちゃんと節度あるお付き合いしなきゃダメよぉ?」

「あ、ああ(ヒクッ)」

 

 あのアクアが少し押されている……やはりカントクのお母さん、スゴい(小並感)

 

 でも、彼女か。

 実の息子とそう呼ばれるのはフクザツだけど、悪い気はしない。黒川さんには悪いと思うけど。

 

 自慢の息子だからね(ニッコリ)

 

「……」

「な、なにか?」

「いんや、別に」

 

 なんかアクアがこっちをジトッとした目で見てた……なんだろ?

 

 ちなみにカントクは脚本を受け取ってから部屋に籠もってる。まずは一人で読みたいと言ってたけど、まあおばちゃんの相手を投げたんだと思う……いいんだけどね。

 

「あら、じゃああなたが鏑木さんの娘さん?」

「は、はい。筑前煮のレシピ、ありがとうございました」

「いいのよ、別に。ていうか、お料理する娘っていうからもう少し上かと思ってたのよ。まさかこんな小さい子だとは思わなくって」

「パ……父も喜んでました。和食のレシピが意外と無いので」

「お漬物も喜んでたからねぇ。何なら持ってく? 大根と胡瓜があるけどどっちがいいかしら?」

 

 そう言いつついそいそと台所に行くおばちゃんを追って私もついていく。折角だからね。

 

「それにしても、本当にちっちゃいわね? 孫ができたみたいで嬉しいわ」

 

 嬉しそうなおばちゃんに思わずこちらも顔が緩む。カントク、早くお嫁さんもらって子供作ってあげないとダメだよ?

 

「うちは男の子だし、アクア君も男の子だから、華やかさが無くてね〜。いつでもおいでなさいな?」

「は、はい」

 

 あれ? ひょっとしてアクアって、ルビー連れてきてないのかな?

 

「あの、アクアさんの妹さんは来られないんですか?」

「最近は見ないわね〜。ちっちゃい頃に一回か二回は来たと思うけど。あの子、すごく内気そうだったし。私のこと怖いと思っちゃったのかもねぇ」

 

 そう語るおばちゃんは、少しだけ寂しそうに見えた。ルビーがおばちゃんを怖がる理由は分からないけど、ここに来ない理由なら分かる。

 

 たぶん……アクアの邪魔になりたくないから、だろう。

 

 アクアが役者の道を志そうとしたのは(アイ)が亡くなってからと、ミヤコさんが言っていた。

 

 ルビーは少し甘えん坊な所が目立つけど、頭の回転自体は速い聡明な子供だった。当時の私が知らない言葉とかも知ってたし。

 

 そんな彼女だから、兄の邪魔にはならないようにしていたのだろうと思う。アイドル目指すのにカントクと懇意になる理由は無いしね。

 

「どうせならぬか床も持ってく?」

「いいんですか?」

「ご近所さんにも分けた事あるし。ちょっと待っててね」

 

 やった♪

 パパがよろこぶぞ♪

 

 実のところ、ぬか漬けにはチャレンジしてみたかったのだ。おばちゃんのぬか床なら間違いナシッ!

 

「あったかい時期は毎日、寒くなってきたら二〜三日くらいでいいけどかき混ぜてね。ぬか床が傷んじゃうから」

「はい、分かりました」

 

 タッパーから漏れる独特な匂い。さらにビニール袋を掛けてくれるとようやく匂いがおさまる。

 

 帰ったら早速やってみよう。

 

「そんなに嬉しそうにしてくれると、こっちも嬉しくなるねぇ♪」

 

 と、おばちゃんも笑顔満面。

 

 ここに来て良かったなぁ(ホッコリ)

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 台所に行っていた月代が独特のスメルを放ちながら戻ってきた。ぬか床とかこの超絶美少女に一番そぐわないモノのはずなんだが……妙にしっくりくるのが意外だ。いや、料理の腕は知ってるから意外でも何でもないか。

 

 そこへ監督が戻ってくると部屋へと誘ってくる。おばちゃんを残して二人で彼の仕事部屋に入る。

 

「読ませてもらったが……お前らも読んだか?」

「ああ」

「私も、読みました」

「じゃあ聞くが。コイツは演技全振りの芝居だってことも理解したか?」

 

 その言葉に頷く俺たち。

 

 脚本はセリフの倍ほどのト書きで埋められていた。これはつまり、セリフに出来ない表現をすべて演技で補えという意味だ。

 

 分かり易い脚本とは言い難く、役者の能力に依存する割合が多いと言える。いわゆる『尖った脚本』という奴だった。

 

 おそらく、これを喜ぶ連中は役者バカの資質がある人間だと思う。有馬とか、あかねとか。

 

 ひょっとすると主役の姫川とかもそう感じてるかもしれない。そうでなければ月九ドラマの主役に二十歳そこそこで抜擢されるとは思えない。アイツもたぶん、そっち側だ。

 

 

「ただ、ここの場面転換だが。こんなに早く出来んのか?」

「ステアラだから可能なんだと」

「はあ、時代かねぇ」

 

 時代って便利な言葉だなぁ。

 

「嬢ちゃんはどうだい? やれそうかい?」

 

 監督が月代に対してそう聞いた。

 

「鞘姫の小さい頃の感情がよく出てると思います。これなら、いけるかと」

「ふぅん……まあ、いいか」

 

 実際のところ、月代の出る場面はシルエットに対して語りかける一人芝居のようなもの。派手なアクションはほぼ無いし、語りかけるのは刀鬼役の俺ではなくて(刀鬼、幼少期役)になる。

 

 難度はそれなりに高い筈だが、コイツならやれると思う。

 

「問題はお前だな」

「……ああ」

 

 理解している。

 

 この本は、俺にとっての最悪の演技を要求していた。ドラマチックにはなるだろうし、観客の期待にも応えられるだろう……演技さえ出来れば。

 

「あの……何が、問題なのでしょうか?」

 

 月代がそう聞いている。

 俺ではなく、監督に。

 

「言っていいのか?」

「いずれ分かる。今のうちに知っていた方がいい」

 

 俺は、そう答えた。

 さすがに自分で言うのは躊躇われたのだ。監督は頷くと月代に向かい話し始める。

 

「コイツは、とある演技が出来ねえんだ」

「それは……え」

 

 顔色が悪くなる月代。

 どうやら思い当たったらしい。

 

「鞘姫が戦いの渦中で倒れるシーン。おそらくコイツは、そこで発作を起こす筈だ」

「……発作? え……」

 

 月代は理解出来ないようにこちらを見る。俺は顔を背けながら答えた。

 

「心的外傷後ストレス障害。通称、PTSDって奴だ」

「コイツはガキの頃にちょっとした事件に巻き込まれてな。その時に目の前で人が死んで……それ以降、想起させるような場面を演じようとすると発作を起こしちまうのさ」

 

 監督が代わりに説明をしてくれた。なんだかんだ言いながらも気を遣ってくれるのはありがたい。

 

 だが、心情から言うと最低の気分だ。

 

 自分よりも歳下の少女に、そんな弱い部分を見せるわけだからな。

 

 それでも同じ舞台に上がる者なわけだし、事情くらいは理解して欲しかったという理由もある。全く誰も知らないとなると大事になるかもしれない。

 

「まあ、そんなわ、けで……」

 

 監督が何故か言葉を止めた。

 

「……ぐす……」

 

 小さな、啜るおと。

 隣から聞こえたそれは、堪えた嗚咽だ。

 

 見れば、大粒の涙が碧眼から零れんばかりに。というか既に決壊していた。

 頬を伝う涙が綺麗な顎を伝い、床のカーペットの染みへと変わる。

 

「そ、それは……アイの、せいですか?」

「「!」」

 

 ビクリとする、俺と監督。

 

「あ、ああ……」

「アイの、せいじゃない」

 

 むしろ、アレは俺のせいなのだ。

 俺がちゃんと、アイを守れてたなら、ああはならなかった。

 

「俺が悪かったんだ」

 

 そう。

 アイは、悪くなかった。

 

 俺がアイツを殺せてたら、アイが死なずに済んだのだ。

 

 幼児だったからなんて、言い訳でしかない。

 

 やる気になったら、出来たはず。

 それが出来なかったのは、平和ボケした自分のせいだったのだ。

 

 いざという時に守れずに、なんで子供だと威張れようか。世界に一つしか無い大切な存在を守れずして、どうして生きていられようか。

 

「おれは」

 

 無力な子供だと言う立場に甘え、なにもしなかった傍観者。それが俺だ。

 

 俺の後ろに立つ黒い影が只管に罵ってくる。お前は出来たはずだと。それをしなかったお前は怠惰だと。

 

 そのとおりなのだ。

 

 生き残ってしまったのは、アイが自らの命が溢れていく時間を使って犯人を問い詰め、恐れさせ、退散させたから。

 

 俺は何もしてなかった。

 

 なにもしなかった人間が生き残るなど、滑稽な話だ。アイの代わりに俺が死んだほうがマシだった。そのほうが全人類にも大きく寄与しただろう。ルビーもそう思ったに違いない。

 

 だから、俺は。

 

「ちがうっ!」

 

 強烈な力に、俺はよろける。

 見れば、月代が抱きついていた。

 

「ちがうよ、アクアは悪くないよ……」

「つき、よ?」

「アイが、死んじゃったのはアイのせいだよ? アクアが悪いわけ、ないよ……」

 

 胸元に顔を擦り付けて嗚咽する月代。

 

「アイは、悪くない」

「なら、アクアだって悪くないもんっ!」

 

 そう反発する、月代。

 いつものこまっしゃくれた姿は微塵もなく……ただ泣きじゃくる姿は子供らしくみえた。

 

「あくあは、わるくないよぉ……わるいのは、わたしだもん……わるくなんかないんだからぁ……」

 

 言ってることが意味が分からん。

 

 頭をぽんぽんと叩いてあやしてやる。子供の頃、ルビーにしてやったように。あの事件のあとに何度も夜泣きしていたルビーをあやしたようにしていると、ようやく落ち着いたように見えた。

 

「……大丈夫か、お姫さま?」

「…………うん

 

 やれやれとため息をつくと、傍から見ていた監督と目が合った。

 

「……先に子供が泣いてたら収まるのか?」

「んなわけあるか」

 

 そう答えたが。

 子供の高い体温のせいか、やたらと安心感が高い気がした。

 

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