プロデューサーの娘になってしまった   作:だだ甘鏑木Pすこ

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東京ブレイド 緒戦の辺りです。


見守る者たちのマナー違反な会話

 会場のベルが鳴り、照明が落ちていく。しばらくすると、小さく鈴の音が響き出す。

 

 チリン、チリン

 

 舞台に小柄なものが居る。

 じきにライトが照らされると、そこに居たのは。

 

『上手いものだね、さすが鞘姫だ』

 

 おそらく少年の声。

 それに答える舞台の少女は、神楽舞の姿だ。白衣に緋袴、千早といった巫女装束は少し大きめで、より小ささを感じさせる。

 

『もう、兄さま。鞘姫ではなく、さや、とお呼び下さいませ?』

 

 頬を膨らませて不満を示す少女に、見えない少年は軽く笑いながら謝罪する。身内による、軽い冗句のように。

 

『すまない。とは言え、もう呼び捨てにするわけにもいかないな。奉納舞がきちんと踊れるようになったのだから』

 

『まだまだ、精進の身ですわ。母様のようになるにはまだ、ですもの』

 

 憐憫を感じさせる言葉に、見えない少年は困惑する。

 

『しかし、公私は別けねばならぬ。私は、其方の兄では無いのだから』

『哀しいことを仰らないで下さいまし。さやは、いつも。いつまでも、お慕い申しております』

『さや……』

 

 両手を組んで懇願する少女に、言葉が無い少年。

 

 そして少女は前を向き、自らを奮い起こすように宣言する。

 

『そうです、たとえ争いがあろうとも。わたくしの命が枯れ果てようとも。この思慕の情に誤りはありません』

 

 強く、宣言する。

 それから後の争乱の時代を予感しての言葉。

 

『この渋谷の地が、血に濡れ、染まろうとも』

 

 そう告げると共にライトが消え、客席は静かに動き出す。回転することで四方の舞台を余す所なく使うのがステージアラウンドだ。

 

 

 次の舞台に光が灯ると、大きな太鼓の音と共に音楽が流れ始める。

 

 戦の前の勇壮な音楽に乗せて、演者が殺陣を披露する。

 敢えて逆光にして誰がやっているのかは見せていないが、その立ち回りは見事なものだ。

 

 

 ──21本の『盟刀』とその持ち主達による剣劇バトルアクション漫画の舞台化。

 

 その舞台化に当たり、プロデューサーたる雷田は普通の劇団に協力を求めた。2.5次元ならば、いつもの劇団を起用する事こそ成功への近道のはずなのだが、敢えてそれを求めたのは東京ブレイドという作品への期待感ゆえだ。

 

 劇団ララライの側にも利はあり、閉塞しつつある劇団内の空気を変える必要があった。

 歴史が長くなればなるほど、新しいものへの挑戦ということは難しくなる。その機会を与えてくれた事は演出の金田一には僥倖のように思えた筈だ。

 

 無論、ステージアラウンドという特殊な舞台や2.5次元の作法というものに全く未経験な彼らだけでは成功は望めない。他劇団ながらも2.5次元への造詣の深い鴨志田朔夜をライバルに起用する事で、彼らをその水準へと引き上げることに成功した。

 

 冒頭の戦いを終えて、物語は動き出す。

 

 その暗転の中で、頼子に声をかけてくるのは隣の男。いつものサングラスを外して舞台を眺める男は思ったよりも幼く、整った顔立ちをしていた。

 

「いやあ、鏑木ちゃんが来れないとは思わなかったなぁ」

「私にその言葉を言う理由は何でしょうか?」

 

 頼子は嘆息するように答える。

 

 観劇中に話すなど、マナー違反である。プロデューサーたるその男がするという事に、頼子は半ば憤りを感じていた。

 

「いやあ。GOA君のために席を譲ったご婦人を一人寂しくさせるのは心苦しくてねぇ」

「それはどうも。でも、余計なお喋りは後にしたほうが宜しいですよ?」

「こりゃ、失敬」

 

 軽く頭を下げて謝罪する雷田。

 舞台に顔を向けると、見知った顔が演技をしていた。

 

 

「アンタ強えな! 俺も仲間にしてくんねえ?」

「ああ?」

「一の子分はアタシだべっ! そこは譲らんわねぇ」

 

 

 新宿クラスタの主要メンバー、『キザミ』との邂逅のシーン。隻眼の男を演じるのは、かつての自分の作品の主役を演じた男。

 

 あの頃よりも随分とマシになった芝居に、頼子は胸を撫でおろす。基本も出来てなかった彼をここまで成長させたのは、同じ舞台に立つ『つるぎ』役の有馬かなと。

 

『アクア君……刀鬼役から降りちゃったんだよなぁ』

 

 彼女の一推し、アクアである。

 

 心理的な問題から、準主役の『刀鬼』から脇役の『(もんめ)』へと変更されてしまった。作者のアビ子にしても、自分にしても、刀鬼役はアクアがハマリ役だと思っていた矢先であり……かなり落胆したものだった。

 

 

『でも。演じられるのなら、別に刀鬼でなくてもよかった』

 

 推しが輝きを失うことの方こそ、恐れた。推すことすら出来なくなる事がこんなにも怖いことだと、頼子は気付かずにいたのだ。

 

 アクアが挫折せずに、演技と向き合えるのなら別に役などどうでもよいと思えた。

 

「メルト君、見違えるように上手くなったでしょ?」

「そうですね。あの頃よりも、よくなってます」

 

 キャラになりきる、とまではいかなくてもなろうとしている意思は感じられる。気さくで、熱血漢で、強さに対して飽くなき欲求を求めるキザミという存在が感じられる。

 

 舞台が移り、渋谷クラスタの陣営が登場する。

 

 中心に居るのは大人となった鞘姫。髪も長くなり、その美貌も高まった。演じるのは劇団ララライのホープ、黒川あかね。天才役者との呼び声もあるが、それは今までは舞台に関してのことだった。それが変わったのは今ガチという恋愛リアリティショーからだ。ネット番組とは言えそのおかげで知名度が高まり、周囲からの期待も高まってきていた。

 

 その横に侍る二人の男。一人は鴨志田演じる刀鬼。思った以上に違和感はなく、自然に鞘姫を目で追う様から彼女の事を案じている様子が見て取れる。

 

 設定としては鞘姫の幼い頃からの懐刀であり、最も信頼を寄せられる忠臣。鞘姫の意思を第一に尊重すると言えば聞こえはいいが、周りの事はどうでもいい、鞘姫さえいれば全てオッケーな鞘姫全推しメンである。

 

『アクア君……』

 

 もう一人の方こそ、頼子のイチオシ。黒いフードを目深に被り、片目だけしか見えてはいない。気弱で、自信がなく、刀鬼より引いた立場にある剣主、(もんめ)である。

 

 生来の気質は内気で弱々しく、自身の親から剣を託されたという特異な経緯を持つ。

 そのため戦いに関して意欲的ではなく、争い、血を流す行為を誰よりも嫌っている。

 

 だがその才は間違いなく一流の剣主のものであり、その気になればブレイドすらも凌ぐという裏設定(アビ子本人の談)。まあ、その気にならないのがこのキャラの良いところなのだが。

 

 

 その匁に新宿クラスタ周辺の偵察を命じる鞘姫。

 

「こちらから剣を抜いてはなりませぬ。まあ、其方ならそうはならないと信じていますが」

「……御意に」

 

 被っていたフードを外した所で、わずかな歓声が起こる。自分がそうしなかったのは隣に座る男の目が気になったからであり、その気持ちはよく分かった。

 

『やっぱり、カッコいい〜……♪』

 

 薄緑の髪(おそらくウィッグ)から覗く碧眼が煌めき、その流れるような所作に育ちの良さを感じさせる。

 

「アクア君もきちんと仕上げてくれたので助かりました。コンバートなんて新人の役者には難しいかと思いましたが、なかなかどうして上手いものです」

 

 横から水を差すようなことを言う雷田に、目を細めて答える頼子。

 

「そ、そりゃあ。アクア君は芸歴は長いらしいですから」

「そうなんですよね。五反田監督の秘蔵っ子らしいし。今まで表にでてこなかったのも方針なのかな?」

 

 この辺りはアクア本人から聞いているけど、話す必要はないと思われる。

 

『本人の自己評価が低過ぎるとか、笑えないもの』

 

 芸能人というのは、誰しも自己評価を高く見積もりがちの筈だ。そういう意味では、彼は異端児と言っても差し支えはないと感じていた。

 

「まあ、鏑木ちゃんの推しだから。それくらいはやってくるとは信じてましたけどね」

「鏑木さんの、推し?」

「言ってませんでしたか?」

 

 雷田は楽しそうに答えてくる。鏑木が鴨志田との折衝に出した条件を。

 

「では、この舞台は」

「半分とは言わないですが、三分の一くらいは鏑木さんが関わってますよ」

 

 しれっと語る雷田の真意を、頼子は汲み倦ねていた。自分が携わった仕事は、自分の仕事だと誇示したいというのが作り手の考え方だ。

 

「僕らは原作者でもないし、物語を一から作る訳じゃないですから。その辺の拘りってあんまり無いんです」

 

 そうしてくるりと周りを見渡す。綺羅びやかな舞台を見守る観客の視線を。

 

「僕たちが求めるのは、この空間だけ。物語を形にして届ける事こそが大事なんですよ」

「……」

 

 なるほど、と首肯せざるをえない頼子。多くの人達と協力して作られた物語を届ける。自分の関わったドラマと何ら変わらないのだ。

 

「まあ、興行的な収支も大事ですがね」

「……そ、ソウデスネ」

 

 それを言わなければいい話だったのに。頼子は内心そう思ったが、それも社会人としては大事なこと。

 

 夢だけを追い求めても他人は協力してはくれない。そこに対価が生まれるからこそ、人は力を分け与えてくれる。

 

「じゃあ、鏑木さんは」

「彼が大事にしてるのは、その先です。この舞台に出てる役者やタレント達はまだ若い人たちばかりでしょ? あちらの劇団にしても旨味があったようだし、間を繋いだ鏑木ちゃんにはホクホクだったと思いますよ?」

 

 先を見据えた先行投資といえば分かりやすいが、そのために彼はどれほど労苦を背負っているのか。

 

 それも、全ては娘のため、なのだろう。

 

「すごいんですね」

 

 漫画家という職業はクリエイターではあるけど、それゆえに狭い視野になりがちだ。だけど、多方面に向ける視野の広さはどの業種にも必要不可欠。

 

『少し、興味が湧いてきたわ』

 

 仕事上でのパートナー、ではなく、人間として。彼女にとってはそれまで無かったものだ。

 

『連絡先は……月代ちゃんから聞けばいいかな?』

 

 仕事用のアドレスは貰ってはいるけど、それで連絡するのはどうなのか。娘のほうからのアプローチなら或いは……でも、忙しそうだし迷惑かもしれないしなぁ。

 

 

 色々と考えていたら匁とキザミのバトルは終わっていた、という有りがちなオチに、頼子はもう一度観に来ると決意を固めたのであった。




(あの人たち、ちょっとうるさい……)
原作でもそう思われたと思います(笑)
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