プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「お疲れ、有馬」
そう言って水のペットボトルを渡す。彼女はこちらを向き礼を言う。スケジュールの予備日を使ってやった演技指導。有馬にとっても珍しい筈の後進の指導だが、思ったよりもスムーズに実践出来ていた。
滑舌の練習、呼吸法、基礎的な体力向上の為の運動などを教え込んでいたが、わりとソニックステージの連中の飲み込みは早かったと思う。
「あー、うん。おつかれ。ありがと。お金お金……」
「別にいいよ」
たかが百十円、特に困るわけないし。でも、有馬は頑なだった。
「よくないわよ。お金の貸し借りなんて一番人間関係悪くするんだから。それにまだお金も稼げない子から巻き上げるなんて真似出来ないの」
「あ、俺いちおう稼いでるけど?」
「はぁっ? どーやって? まさか新聞配達とかじゃないでしょーねぇ?」
言っていいのか判断に悩むけど、有馬は口が固そうだから教えることにした。
「監督の手伝いしてるって言ったろ。ちゃんと給料出てんだよ」
「あ、あー……そうなんだ」
一応ちゃんとした契約として時給換算で貰っているのだ。その他に僅かに役者として出演した時には報酬も出てる。雀の涙だけど。
「
そう聞いてくるので取り違えないように答える。
「裏方の仕事を、な」
「どんなの?」
「動画編集、素材の収集やロケ地の選定とか、臨時スタッフとの連絡とか。まあ、雑用含めて色々だよ」
そもそも『五反田スタジオ』という名前自体あってないようなものだ。五反田家の彼の部屋。それが主な活動場所である。本当に人が少ないのだ。
「あのひと、低予算の映画で味しめちゃったの? もっと人雇えばいいのに」
「俺もそうは思ったけど、まあ恒常的に出費が増えると作りたくないモノも作らなくちゃいけなくなるからな。それを嫌がってんじゃねえの?」
「どこも世知辛いわねぇ」
欲しいときに雇えばいいとは言うが、良いスタッフというのは囲い込まないとすぐ別の所に行ってしまう。当人にも生活があるのだから。
だからうちのスタッフはパートタイムが基本だ。
「まあ、駄作を連発するよりはいいってことさ」
「その割には、監督の作品ノミネートばっかりみたいだけど?」
「逆に考えろ。毎回ノミネートされるって事はアベレージ高いってことだ」
「なるほど」
少しムキになってしまった。有馬の口元が
「それじゃあ、役者としてはどうなの? なんかやってたんでしょ」
「……大してやってないよ」
「う、そ♪」
楽しげにそう言ってくる。
なんだコイツ。
「アンタの演技、ちゃんと色々と積み重ねてきたのだって分かるもの。端役とかでも真面目にやってた人の芝居だわ。私はいいと思う」
「……買い被りだ」
有馬は褒めてくれるけど、自分としては及第点にすら届いていないと自覚している。足りないところを色んなところから借りてきて埋め合わせしてるだけ。それが俺の演技の本質だ。
「アンタがどう思ってるか知らないけど、演技って元々そういうものよ? なんの苦労も無く出来るわけない。私だって日々精進してたわけだし」
「そういや、最近見なかったな」
「くはっ!」
あ、血ぃ吐いた(ように見えた)
なるほど、これが天才。にしても、苦労も無く、か。
「フリーだって言ってたな。辞めさせられたの?」
「こっちから辞めたの……お母さん、田舎引っ込んじゃったから」
有馬の声が尻すぼんでいく。聞いていい話なのかと躊躇してると、彼女が勝手に話し始めた。
「お祖父ちゃん、腰を痛めちゃってね。一人にさせておけないけど、私はまだこっちに未練あるし。だから今は一人暮らしなの」
「そうか」
「前の事務所、子役専門みたいなトコだったから折よく契約解除出来て……まあ、気楽な身分になったわけ」
「……」
コイツ、一人で暮らしているのか。思った以上にヘビーな内容で思わず口籠ってしまう。
「アンタはどうなの? 生意気な妹は元気?」
すると、有馬がこちらに質問をしてきた。興味深そうにこちらを伺うその表情からは、辛そうな印象は受けない。
「変わらずだよ」
「そ……あの子、可愛くなったでしょうね」
「当たり前だ」
「うわ、即答かよ……」
なんか引かれた。解せぬ。
「アイドルになるんだって言ってる」
「アイドルぅ? まあ、アイドル向きな顔立ちしてたけど……正直オススメできないわね」
それは知ってる。思った以上に稼げないし、活動期間も短いし、事務所との契約に縛られる事も多いし、経歴も後に活かせない。まともに考えたら職業としては成り立たない所しか見えない。
「それでも、やりたいらしい」
「ふぅん……お兄ちゃんとしては心配ね」
「……ああ。だから反対だ」
それ以上に気がかりなことがある。アイを殺した奴を手引した人間はおそらく業界関係者。そんな中にアイツを飛び込ませていいはずがない。
「妹に嫌われても?」
「そんなのは関係ない」
「そっか……ちょっと羨ましいな」
羨ましい? 意外なことを言われて、思わず有馬を見返す。
「うちのママは、『一人でも大丈夫よね』って言って別れたから。信頼されるのも時には、寂しいものなのよ」
……そういや。
まだ子どもなんだよな。
「ふぁ?」
だから、頭を撫でてしまっていた。いつもルビーにするかのように。
「……あ、あの」
「……なんだ」
「な、なんでもない……」
嫌がらないから、たっぷり撫で回した。ルビーと同じくらいきめの細かい髪質に、俺の方も満たされたからかもしれない。
・・・・・・
目の前で見せられた模範演技に、俺たちは驚愕した。俺らと大して変わらない年の筈なのに。
それはテレビの中のそれと変わらずに……いや、臨場感という付加価値を加えたそれは、現実と変わらない。
そこへ加えられた仲間の一人の発したセリフは、明らかな異物だと分かってしまった。
『こんなにも違うものなのか』
ソニックステージという男性モデル事務所に所属しているという自負は、木っ端微塵に砕かれた。見た目だけを整えた自分たちに、あんな演技なんて出来るわけはなかった。
「模範演技を見て萎縮してしまったのは分かるけど、どうか安心してほしい」
アクアと名乗ったそいつは、にこやかに笑いながら胸を叩く。それは自分に任せろといったジェスチャーだ。
「基本的な事を全部教えている暇はないが、各々の役に合わせた特訓方法を立案してきた。有馬にも手伝ってもらったし演出さんからもオーケーは頂いている」
「そ、そうすれば。ちゃんと出来るのか?」
俺の言葉に、アクアは笑顔で答える。少し胡散臭くなるほど、いい顔だ。
「もちろん。任せてくれ」
そう答える彼は、どう見ても同年代には見えなかった。頼もしい先達、頼りになる兄貴分だった。
「いい? はっきり発音するにはまずお腹から。ちゃんとした発声が出来ればそれだけで自信に繋がるわ。縮こまらないで、はっきりと」
有馬からの発声レッスン。まずは腹式呼吸のやり方と声の出し方をレクチャーされた。
自然な演技をするうえでそんな張った声は必要無いだろうと思っていたけど、やる前と後とでかなりの差があったのに驚いた。
「ね。きちんと声が出せれば、ある程度はごまかしが効くの。声が割れたり、よれたりすると途端に嘘くさく聞こえるわ。だからハッキリ、きちんと声を出す。これが基本よ」
「毎朝走り込み五キロ、柔軟含めて一時間はトレーニングに費やしておくのが役者の基本だ」
アクアの方は基本的に体力関係。手短にやるといったトレーニングに付いていくのは、俺たちには無理だった。
「学校の体育の授業はちゃんと受けとけ。部活も出来るだけ出るようにすれば、基礎的な体力は付くはずだ」
「……そんなのやってる暇、ねぇッスよ、ゲホッ」
「若いうちはやればやるほど体力はつく。年取ってからやるより効率的だし習慣化するのも楽だ」
そうは言うけど……やはりキツイ。
「まあ、今回はそこまで望んでない。強制しても意味は無いし、体力つく頃は収録も終わりだ」
「じゃ……イミない、じゃん」
仲間の一人の言葉に、彼はにやりと笑う。
「意味はある。やり方を知ってれば、自分で実践出来る。あとは個人の努力次第だ」
そう言うと、彼はみんなにも聴こえるように言った。
「結局は本人の問題だ。言われてやっても意味はあまり無い。その鍛錬が自分の身に付くことに意味があるかが問われているんだ」
そう言って、彼はTシャツを脱ぎだした。そうして現れたのは、均整の取れた身体だ。きれいに割れた腹筋やうっすらと形作る大胸筋。日々の努力の
「身体を維持するのもモデルの仕事だろう? それは君たちの仕事でもある。筋肉をつけ過ぎない程度に鍛えるのは、当然の義務なんじゃないのか?」
……それは、確かにその通りのことだった。
俺の意識が変わった。
今までは顔の良さをひけらかして、特に鍛錬なんかしなかった。もっぱら、メイクの技術とか髪型とかそんなのばかり。本質的なところが分かってなかったし、事務所の方もそれを指摘する事はしなかった。
「お疲れ様、メルトさん」
アクアが声をかけてきた。へばっているので声は枯れてるけど、なんとか立ち上がって答える。
「そんなこと、ないよ。それより、さん付けはやめてくれよ。あんま変わんないだろ?」
こちらから敬語で応対すべき状況なんだし。そう答えると彼は軽く笑った。
「そうだな。じゃあ、メルトでいいか」
「ああ。じゃあこっちはアクアさん、だな」
「なんでだよ」
軽いツッコミに思わず笑う。
「タメなんだから呼び捨てでいい」
「いや、でも。コーチなんだし」
「それは成り行き。本来俺は外様だぞ」
「え? なに、とざまって」
「……勉強にも力を入れるべきだな」
え? 頭ワリーのバレたか。
「まあ、いい。メルトが主役に抜擢されたの、なんとなく分かった気がする」
「……俺は、イマイチ分かんないけどなぁ」
実際問題として、俺と同レベルの顔立ちの奴は何人もいる。その中でなんで俺だったのか、自分にも理解は出来てない。
「お前、意外とマジメだぞ」
「よく言われるけどさあ。俺、なんにも長続きしなかったんだよなぁ」
サッカー好きだったけど、自分より動ける奴がいて興味無くなったり。勉強だって得意じゃない。なんとなく生きてきて、顔だけが良くて。それだけが自分の価値だって思ってた。
「それでも、最後まで付いてきたのはお前だけだ。そういうの、見てる奴はいるんだよ」
そう答えるアクアに、抑揚はない。ただ単にそうだからそう言った、という感じだ。
それがなんとも、心地よかった。
『そっか……』
人に認められたかっただけなのか、オレ。
なら、ちゃんとやらねえとな。
なんか、アオハルっぽくて、いいね♪ by月代