プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「はい、チ……笑って」
カシャリとスマホのシャッターを切る。コレでもかとデコられたドリンクを両手に持ってポーズを取っていたあかねが、不思議そうに聞いてきた。
「アクア君、なんか変だよ?」
「そ、そうか?」
「うん、ちょっとおかしい、かも」
そう言いながらも笑っているあかね。
『チーズ、って言いそうになったの、バレたかなぁ……』
以前月代に指摘されていたのだが、染み付いた習性というのはなかなかに解けてはくれない。
「千秋楽、終わったけど。次の仕事とか決まってるの?」
あかねが微笑みながら聞いてくる。
「今のところ、二週間くらい後に雑誌のインタビューとか、かな?」
「それ、私も一緒に受けるやつでしょ? そうじゃなくて、アクア君自身のお仕事は?」
そうだった。東京ブレイド関連での内容だったはず。その後は……
「……喫緊では無いなあ。そもそも俺、芸能科じゃないから授業とかもあるし」
「私だってそうだよ。補習とかでなんとか回してるけど」
「そういや、そうだっけ」
私立の有名女子校だったはず。偏差値クソ高いのに役者しながら通ってるのだから、彼女の特異性がよく分かる。
「
「それはおめでとう」
素直な感想に、彼女は少し目線を外した。ドリンクをストローで弄りつつ、話し続ける。
「むしろ、アクア君の方こそ仕事漬けかと思ってた」
「さっきも言ったけど、学校もあるから少なめにしてもらってるんだ」
放っておくと鏑木からの案件漬けになりそうになったからミヤコに頼んだのだ。
そもそも俺の目的は芸能界での栄達ではなく、アイの復讐だ。父親が一番線が濃そうに見えるから探してるのであって、別に父親を探したい訳じゃない。
『まあ……上原が父親だったとしたら、拍子抜けだよな』
仮に。
同じように父親が死んでいる可能性が無きにしもあらず、となると。
俺はどうするべきなのか。
復讐を達成することも叶わず。
生きる目標を失う可能性が有る。
そうならないためにも、生きる目標を持つべきだと思ってはいたが……今の俺には確たる目標は、無い。
目の前のあかねがスマホの写真に色々細工をしている……若い子ってよくエネルギーが尽きないな、と思う。
復讐にしかエネルギーを使ってこなかった身からすると、眩しいことこの上ない。
「ふっ」
「ん? なあに、いきなり笑って」
「いや。若いっていいな、と思ってさ」
そう言うと、あかねは少し怒ったような口ぶりで反論してきた。
「ほう、私のほうが歳上なのに若いとか。当てつけってやつ?」
「いや、他意があったわけじゃなくて」
「そもそも、アクア君のほうが若さが足りないんだと思うよ? SNSだって私との写真しか上げてないじゃない」
「うぐ」
確かに。付き合っているというアリバイづくりの為に始めたSNSには、あかね以外の情報は無い。
「そりゃあ、私のこと書いてくれてるのは嬉しいけど……もっとアクア君の素の姿を、見てみたいな」
少し顔を赤らめながらそう語るあかね。(ビジネス)彼女可愛いな。
「とは言ってもな。俺のことなんて知っても、誰も喜ばないと思うけど」
「そんなこと無いよ。人となりが分かれば興味もちやすいし、意外な一面に気付くこともあるし」
「ふむ……読んでる蔵書とかでもアップしてみるかな」
「いいね♪ あ、でもアクア君インテリっぽく見えるから言葉は気を付けてね」
「……注意しとく」
いちおう、購入した本とかの写真も色々撮ってある。被り防止の為でもあるけど。あかねに見えるようにテーブルに置いて、ちょいちょいと探してみる。
「あ……」
「あ」
少し前に撮った月代の写真。学校の制服姿であり、こちらを見て微笑む立ち姿。
どこかのロケで撮ったとかいうわけでもないのだが、妙に目を引くのは本人の素養のためか。
「ふーん……」
「こ、これは。アイツが勝手に撮ってくるから、その仕返しでな」
……なんだろう。
すごく言い訳がましく聴こえる。
あかねのじっとりとした視線が、何かを問い詰めてくるかのようだ。
つい、とスマホを反転させてあかねが先を確認する。このスマホは最近使い始めたものだから、ヤバ気な写真は入ってはいない(アイの昔の写真データとか)。だからといって、心が安らぐはずも無いのだが。
「私のは……アリバイ用の写真以外、無いわね」
「……スマン」
「あやまらないでよ。本当に落ち込んじゃうから」
今まで頬を少し膨らませていた彼女が、少しだけ笑った。
「にしても。いい顔してるなあ、月代ちゃん」
月代の写真を選ぶと画面に大きく映し出される。
「それにアクア君の腕もなかなかかも。専門的には分からないけど、いい構図だと思う」
「……そうか?」
「うん。信頼してる人にしか見せない笑顔だよ、これ」
そう言われると、なんだか面映ゆい。
「私じゃ、こうはならないもの」
「そ、そんなことは」
「あるよ」
にっこり笑顔のまま、こちらを見据えるあかね。有無を言わせぬ圧が凄い。
「月代ちゃんていつも可愛いけど、あれってよそ行きの顔だと思うの」
「よそ行き……」
……そうか? わりといつもの感じに見えるけど。最近近過ぎて分からなくなってる可能性もあるけど、傍から見ればそう思えるのかもしれない。
ぼうっと考えていたら、あかねはいきなり爆弾を投げ込んできた。
「ねえ。そろそろビジネス的なお付き合いもやめにしない?」
「それは……」
こちらから切り出すつもりだったのだが、やはり彼女も重荷だったのだろうか。
こちらが躊躇していると、あかねはドリンクを一口飲んでから笑い始める。
「ふふ。わたし、別れようって言った訳じゃないんだけど?」
「え?」
……あ。
カマかけられたのか。
「『ビジネス解消=別れる』がアクア君の既定路線だったんだね。そのまま本気になるってルートは初めから無かったのかな」
力なく笑うあかね。かなりヒドイことをしている事に今更ながら胸が締め付けられた。
「……すまない」
「謝らなくていいよ? そんな気はしてたし」
くるくるとストローでドリンクをかき混ぜるあかね。氷と炭酸がきらきらと揺らめくけど、それは見せかけの美しさだった。
「手も繋がない。キスも告白の時だけ。ハグは、一回してくれたけど。アレはデートの時じゃないからノーカン?」
その言葉に頭を振る。
鴨志田に煽られた時にあかねを抱きしめたけど、アレもいちおうビジネス上のカップルとしての行動のつもりだった。
「これだけ気を使ってるんだもん。私だって気付くよ」
「……そうか」
思えば、あかねは元々聡明なタイプだ。察しは付いてたのだろう。
「私と付き合う事にした理由、聞いてもいいかな?」
あかねが、そう聞いてくる。
全てを話すわけにはいかないが、完全に伏せるわけにもいかないか。さすがにそれは、元カレとしては酷いと思う。
「あかねの役者としてのスキルとか、姿勢に興味があった。その知識にも」
「……それは。あなたの役に立ったかな?」
アイの演技を完璧にこなす彼女なら、死者であるアイの事も理解出来るのかもしれない。そう考えた事は確かだが、本当に理解出来ていたかというと疑問だった。
俺はその時は気付いていなかった。
『アイを演じる』事は出来ても、それを演じていた『アイ自身』を理解したとは言えないことに。
昔のゲーム機と、エミュレータで動かした同じゲームと同じだ。同じような挙動をしていても、中のプロセスは全く違う。そういうものなのだ。
「もちろん、役に立ったさ」
現実を受け止めるという意味で。
「……そう。それなら、良かった」
ドリンクを口につけて柔らかに笑う彼女は、俺の言葉の真意も気付いていたように見えた。
だから、俺は言葉を返さずにコーヒーを口にする。砂糖やミルクをいれないほろ苦い味が、今の俺にはちょうどよいと思った。
その後。
あかねはSNSで、俺との関係の解消を報じた。
かな:ヨッシャア(ガッツポーズ)
メム:ドシタノ、カナチャン…