プロデューサーの娘になってしまった   作:だだ甘鏑木Pすこ

64 / 76
故郷に帰ると待っているもの

 宮崎空港からレンタカー(ミヤコさんの運転)に乗って三時間ほど。はるばるやって来たのは懐かしの山間部の町。

 

 私が前に来た時よりもかなり町並みは変わってる気がする……そりゃ十年以上経ってるもんね。

 

「遠いところまでありがとうございます。ようこそ、高千穂へ」

 

 そう答える女性はおそらく三十代にのるかどうか。艷やかな黒髪を編み込んでツインテールのようにしているけど、気品があるせいか可愛いという印象は無い。美人系の顔立ちだからあえてギャップを狙ったのかもしれない。

 

 その瞳は興味深そうに皆を見つめて忙しなく動いている。挙動不審にも見えるけど、たぶん仕事のことを考えてるような気がする。たまにああやって目を輝かせるディレクターとかいるんだよなぁ。

 

 そんな彼女もメムと顔を合わせると相好を崩してハイタッチとかしてる。昔からの付き合いと言ってたけど、年頃も同じくらいだし気が合うのだろうね。ちょっと羨ましい。

 

「あなたが月代ちゃん? はじめまして」

 

 少し背を屈めて目線を合わせてくる挨拶。こちらを子供扱いせずに対応してるのは嬉しいけど、背の低さを自覚させられてしまう。

 

「はじめまして、ごぎげんよう。よろしくお願いいたします」

 

 ぺこりとお辞儀をするとアネモネさんの顔から一瞬表情が消えた。

 

『……あれ? なんかやっちゃった?』

 

「えーら、ガチお嬢さまやん」

「は?」

 

 ん? 方言?

 

「ああ、ごめんね。たまに出ちゃうんだよね、方言。田舎もんだからよ〜♪」

「また訛ってるわよ、アネモネ」

 

 メムさんが軽くツッコむと舌を出しておどけるアネモネさん。

 

「うちのスチル担当にもガチお嬢さまおるんよ。『ごぎげんよう』なんつってね」

「は、はあ……」

「育ちがいいって言っても鼻にかけなくて。旦那もイケメンだし」

 

 ……な、なんか。当初のイメージと少し違うかも。やり手の映像ディレクターという顔が、普通のお姉さんのように見えてくる。

 

 だけど、やはり仕事の鬼なのは間違いなく。

 

「ゆっくりしていってと言いたいけど、今回MVは二本撮りっ! さっさとスタジオに入って貰いましょう」

 

 ポンと肩を叩いて私たちを促すその姿は、なるほどやり手のキャリアウーマンだなぁと思わざるを得なかった。

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 アクアとしては記憶に無い町並みも、やはり吾郎としては馴染みが深すぎる。少しずつ様変わりした部分や、それでも残り続ける風景。それらを見て心にくるものとは……それは郷愁というべきものなのだろう。

 

 移動手段は電車とバス。いちおうギリギリだったけど原付きの免許は取得している。

 だが、長距離の走行には向かない。宮崎空港から高千穂まではおよそ百三十キロ前後ある。東京からだと高崎辺りくらいの距離になるわけだから、原チャで行くのは無謀だろう。

 

 まあ、長時間の交通機関の移動も前世ぶりだ。楽しんで行くとしよう(カシュ)

 

『あー……ビールうめえ。ノンアルだけど』

 

 ちなみに法律的には問題無いけど未成年には売らないという謎な風潮……現代社会の欺瞞というものかもしれない(笑)どうやって買ったかって? それは企業秘密だからお答えできません。

 

 まあ、人目もあるしこの一本だけだ。久しぶりなオフを満喫するためのドーピングと思えばいい。

 

『……あの頃と変わらない景色だな』

 

 この地方は電車で移動するとかなり不便だった。だから東京に行く時は必ずと言っていいほど飛行機を選択する事になる。だから、この路線は何度も利用していたのだ。

 

 ツマミとして買ったビーフジャーキーを齧り、もう一口。塩辛さを洗い流してはくれるけど、やはりアルコールが入ってないゆえに爽快感は今ひとつ。成人が待ち遠しい。

 

「待ち遠しい……か」

 

 思いついた言葉を独りごちる。

 

 成人、大人になることを待ち遠しいと望む俺は、やはり子供なのだろうか。今の窮屈な状況からの逃避、という欲求な気もする。雨宮吾郎という男の立場からすれば、とっくに大人なわけだから。

 

「……大人になっても、何も変わらない」

 

 それも承知している。

 実際、助けたい人を助けられなかったし、推しの出産すら立ち会えなかった不甲斐ない人間だ。

 

 子供という立場から見ると、大人というのは何でも出来るようになると思えるが、それは錯覚だ。現実は非情だし、大人になると制限やしがらみも増える。見た目ほど自由が無いのが大人というものだ。

 

「……まあ。酒くらいは、自由に飲みたいかな」

 

 空になった缶をビニール袋へとしまい、お茶のペットボトルを取り出す。まだビーフジャーキーは半分以上残ってるし、電車はまだまだ着きそうもない。

 

 想定以上の開放感に、自然に頬が綻んでいることを自覚した。

 

 

 

 

・・

 

 

 

 高千穂の人口はおよそ一万人程度らしい。年々少なくなってるらしいけど観光地として機能しているせいか宮崎の他の市町村と比べるとその推移は緩やかだ。

 

 そしてそうした地方の町のご多分に漏れず、公共交通機関がかなり脆弱だったりする。かくして着いた時間は午後の三時。フライト時間より陸上の移動時間のほうが圧倒的に長い……まあ、分かってたけど。

 

 駅前でレンタルサイクルを借りて移動することにした。今流行りの電動キックボードもあったけど、慣れないものは使わないほうがいい。こういうチャレンジ精神が無い所は、中身オジサンなんだなあ、と一人納得したりする。

 

 ちなみに宿に関しては既に手配済み。こんな町にもビジネスホテルはあるので、そこを監督に頼んで押さえてもらった。

 

『ちょうどいい。適当に景色を取ってきてくれ。良さそうな所があったらチェックヨロシク』

 

 使うかどうかも分からないロケハンの視察という大義名分を与えてくれたことに感謝。まあ、基本的にあのおっさんも大概だし。今回は上手く使われよう。

 

 そうしてやって来たのは、かつての勤務先。あの頃はまだ綺麗だった建物も少し年季が入ったように見える。だけど、周りの風景は変わること無く。あの頃のままの雄大さをまざまざと見せつけてくれた。

 

「こんな辺鄙な所に、よく来たもんだ」

 

 売り出し中のアイドルだからこそ田舎の町に来たのだろう。社長の考えそうなことだ。テレビの中で歌って踊るアイドルが、こんな田舎に来て出産とか誰が信じるのか。

 

「まあ、実際。そうだったんだけど」

 

 あれがなければ、俺は未だにここで産科医を続けていただろう。医師の数も少なく、他の選択肢も無い。いつか誰かと結婚して、家庭を営み、そうして死んでいく人生だったはずだ。

 

「ん……?」

 

 病院の隣に何か別の建物が増えていた。見た感じ、公共の建物に近いように見える。近寄って確認してみると児童養護施設らしい。

 

 運命のいたずらだろうか。吾郎が勤めていた病院の側にアイや姫川が育った児童養護施設が出来ているとは。

 

 まあ、本来の目的は病院だ。行方不明ということにはなっていても、知っている誰かが残っているかもしれない……まあ、かなり望み薄だけどな。

 

 

 

 

 

 病院の受付で聞いてみると、『雨宮吾郎は突然出勤しなくなり、三ヶ月後に解雇』という在り来りな回答をされた。まあ、遺体も見つかってないし、本人の意思表示も無いのだからそうなるだろう。

 

 そして、知り合いと思しき人間のことも尋ねてみたけどこちらもうまくはいかなかった。年齢による退職や転勤などで医師や看護師にいたるまで、見知った人間は居なかったのだ。

 

『十年一昔とはいうけど、これほどとはなあ……』

 

 人の移ろいやすさというものがまざまざと見えてしまい、僅かながらも落胆する。

 ちなみに、受付のひとが『雨宮吾郎』と尋ねてすぐに返答が得られたのは、何度も違う女性が尋ねてきたから覚えていたという。昔の女癖の悪さを垣間見て、さらに憂鬱になった。

 

 

『最近でも尋ねてくる子が居ますよ?』

『え?』

『隣の養護施設の子供なんですけど……ひょっとしてその人の子供なのかな、とか思ったりして』

 

 話好きな感じの受付の子が、怖いこと言っていたのを思い出す。いやいやいや。さりなちゃんの件からそういうのはしてないし。

 

『その、幾つくらいの子だか分かります?』

『ちょっと大人びてるけど、それでも中学生くらいだと思うわ。黒髪が綺麗な子でね』

 

 (アクア)が産まれて十六年。つまりさりなちゃんが亡くなったのは二十年前だ。その頃付き合ってた誰かの子なら、とうに成人しているはず。そう考えて、心のなかで胸を撫で下ろした。

 

 昔の粗相の痕跡を見つけるとか、そんなことのために来たのではないのだ。

 

『すっごく綺麗な子なんだけど、ちょっと問題があってね』

『それは?』

『んと……うまく言えないの。ごめんね』

 

 言葉を濁された理由はなんとなく分かる。施設で育った子どもというのは多かれ少なかれストレスに晒されているはずだ。健全な発育とは呼べない状態になってる可能性もある。アイや姫川みたいな例ばかりではないのだ。そういう事例もある筈だし、安易に口にして良いことでもない。

 

 

 病院から出て、周りを見渡す。あの不審者を追って入った獣道はこの辺りだったはず。調べるにしても夕暮れが近い今からでは無理だろう。

 

「家の方から、見てみるか」

 

 自転車を転がして数分すると見えてくるボロい家。それでも、懐かしさがこみ上げてくる。

 

 家の鍵は郵便受けの中にある。防犯もクソもないが、こんなド田舎のボロ家に金目の物なんて殆どない。あるとすれば俺の通帳の類くらい……とは言え今の俺にはどうすることも出来ない代物だ。

 

「……あれ?」

 

 鍵が、無い。置き鍵は別に作った奴だから無いはずはないのだが。

 

 試しに玄関を開けてみると、多少軋みながらも開いた。……おいおい、開きっぱじゃねえかよ。

 

「……変わって、ねえなあ……」

 

 思った以上には荒んでない土間に懐かしさが溢れる。クモの巣だらけとか思ったけどそんなことはなく。玄関も埃一つ無く綺麗に掃かれている。

 

 電気のアンペアが少なくて、薪の竈を未だに使っていたくらいだ。ちなみに囲炉裏もちゃんと残っている。古民家として売り出せば、そこそこな値が付くのではないかと思う。

 

 カタン。

 

 奥から物音がした。

 どうやら誰かが住み着いているらしい。参ったな、不法滞在されてたとか笑えない。

 

 とは言え、今の俺はここの家主ではない。誰何の声を奥に向ける。

 

「誰か居ますか?」

 

 すると、誰かがひょこひょこと奥から出てきた。

 

 長い黒髪。

 

 きょろきょろと不審げに周りを見渡す動作。

 

 長い前髪に隠れていて、瞳は見えないけど。抜けるように白い肌と顔の輪郭から、かなり容姿は整っているように窺える。

 

 歳の頃は、俺より下……たぶん月代と同じくらいだろうか。

 

 俺を見つけると、動きが止まる。

 

 なんでこんな所に、養護施設の子供が? さては隠れ家にしているのか? そんな思惑が巡るが、少女はいきなり飛びついてきた。

 

「……ゴロウ!」

「わ」

 

 飛びついてきた所をバックステップ。少女はべしゃっと、土間に倒れ伏した。

 

「……うう。ゴロウ、ひどい……」

 

 泣きべそかきながら座り込む少女。それに……なんだ? ゴロウ? 俺のことを『吾郎』と呼んだのか?

 

「お、お前は……誰だ? 何でここにいる?」

 

 喘ぐように言った言葉に、少女は小首を傾げる。まるで、小さな鳥のように。

 

「わたし、クロウ」

「クロウ……?」

 

「わたし、待ってた! ゴロウ♪」

 

 満面の笑みを浮かべて手を広げるクロウと名乗る少女。

 

 困惑したままの俺は、その抱擁に抗うことが出来なかった。

 

「やっと会えた! ゴロウ、若くなったね!?」

「クロウ……お前、クロウなのか? 本当に?」

 

 

 にわかには信じられないことに、俺は理由が分からなくなった。




それは、知らない女の子(デデドン)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。