プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
がまだせって方言、分かりやすくて草
「せんせ、網に引っかかってる!」
さりなちゃんに付き添って散歩をしている時だった。木に掛けられた網に引っ掛かって鳴きわめくハシボソカラス。木の実を食べに近寄って掛かってしまったに違いない。
近寄ると慌てふためいていたけど、体を押さえて足から網を取り除いてやる時は大人しくなった。
「ケガしてる……」
「無理に引っ張ったんだろう」
仕方がないので手当てをすることになった。獣医師の免許は無いけど、この程度なら問題は無いと思ったので傷口を洗い、化膿止を塗って包帯を巻いておいた。
終始不思議そうにこちらを見るカラスに、『痛くないよ』と声をかけていたさりなちゃんに、心が洗われるような気がした。
「ほら。もう網には近寄るなよ、食いしんぼ」
『クァー』
食いしんぼと言われて怒ったのか、羽を広げて一声鳴くとカラスは飛び去っていった。
「あー、行っちゃったぁ」
残念そうなさりなちゃん。
「助けてくれた恩返しをしてくれるかもよ」
「ほんと?」
「ああ。よく聞かない? 助けた野良猫がお返しに玄関先にネズミ置いてくとか」
「えっ? ……それは、イヤかなぁ」
「ははは」
そんな事を言っていたら、本当にあいつはやってきた。
「せんせ♪ カラスちゃんが落ち葉持ってきてくれたよ」
「マジか……」
綺麗な形のモミジの落ち葉をくるくると回すさりなちゃん。その窓の外には、包帯を足に巻いたカラスが居た。
「クロちゃん、ありがとねー」
「名前、付けたの?」
「ちょっと、安易だけどね♪」
はにかむさりなちゃんの笑顔に、カラスが首を傾げる。
「クロウ、なんてどうかな?」
「クロウ?」
「英語でカラスは『クロウ』っていうんだ」
そう言うと、少し頷いてから喜ぶさりなちゃん。
「そうだね。『吾郎』と韻を踏んでて似てるし」
「ええ……」
少し呆れてると、さりなちゃんはベッドを降りて窓を開ける。カラスは逃げると思ったけど、そこに居たままだ。
「あなたの名前は、クロウだよ♪」
首を二、三回傾げてからクワッと声を出すクロウ。どうやら気に入ったらしい。あはは、と笑うさりなちゃん。野生動物だから接触させるわけにはいかないけど。こうしてお見舞いに来てくれるのなら悪いことではない。
クロウは、それからあとも何度もやって来た。ドングリや松ぼっくり、木の枝なんかを窓際に並べて、まるで商店でも開くかの勢いだ。そのまま渡すわけにもいかないのでアルコールで消毒してから部屋に持ち込むと『なんてことするのっ!』とばかりに俺を怒鳴るクロウ。仕方ないだろ、雑菌は怖いんだから。
そうして出来たのは、野山で取れたゴミの数々。それでも一番よく来てくれる見舞客のお土産だから、さりなちゃんはテレビの横に大切に並べていた。
「クロウはいいなあ。自由に飛び回れて」
「病気が治ったら、君だって出来るようになる。アイのライブだって見に行けるようになるさ」
「……そうだねぇ」
しばらくすると、雪が降ってきて。クロウもさすがに姿を見せなくなった。冬は野生動物にとっては忍耐の時期。迂闊に出歩くのは危険なので巣でじっとしてるのかもしれない。
「クロウ、来ないねぇ」
「寒いからね。ほら、肩出してると冷えるよ」
「うん……」
そして。
さりなちゃんはクロウと再会出来なくなった。
春になり、かつての病室に彼女の姿がなくなっても……クロウは何度も何度もやって来た。
「もう、いないんだよ」
「クゥ……」
なんとなく落ち込んだように見えたクロウが、逃げるように飛び去った。窓際には、まだ口も付けてない小さな木の実が置いてあった。
「ごちそう、忘れてるぞ」
一番最初に見つけたごちそうだったのに、それを分け与えてくれたクロウ。
だけど、それを受け取れる娘はもうここには居ない。
願わくば、その翼で天国の彼女に届けてあげて欲しい。
そんな、埒もないことを考えてしまった。
クロウという名前を持つものは、そんな存在だった。
つまり、カラスだ。
それが生まれ変わって女の子になった?
そんな事が有り得るのだろうか。
『……そんなこと言ったら、俺も生まれ変わってるわけだしな』
実際、あったわ。
有り得ない事なんて、無いんだなぁ。
抱きついてくる少女は、だいたい月代と同じくらいの年に見える。艷やかな黒髪は長く、前髪も長くて顔にかかっててよく見えないけど、垣間見えた瞳は金色に輝いて見えた。
「ていうか。なんで俺が『吾郎』だって分かった?」
「え? んーんと。なんか、分かった」
「……いや、分かんねえよ」
「なんか、こう。身体から出てくる何かで。ゴロウと、おんなじ♪ だから、ゴロウ」
オーラのようなものが見えてるのかもしれない。外見が変わっててもそういうのが見えるのか。そういや、カラスとかは見えてる視界が人とは違うらしいから、そういうものなのかもしれない。
「ここ、ゴロウのおうちだったでしょ? だから、クロウ待ってた♪」
「待ってたって……」
まあ、カラスの頃の記憶があるなら俺の家くらい知ってるかもしれない。実際近いし。鍵の場所とかも見てたってことなのかな?
「ちゃんと、お掃除もしておいたよ♪ ほうきと、はたき、ぞうきんで床も拭いたよ」
思った以上に汚れていないのも、こいつのおかげってことか。掃除が出来るって事はそれなりに人間としての行動も取れてるってわけだろうけど。
「だから、褒めて♪ ゴロウ」
「あ、あ~…… よしよし」
擦り付けてくる頭を恐る恐る撫でると目を細めて喉の奥を鳴らすクロウ……いや、嬉しそうなのは有り難いけど。この絵面が犯罪的臭い。少なくとも初対面の少年少女がやっていい事じゃないだろ。
ガラッ
「こら、黒ちゃん! またここに来てるんでしょ」
『え』
玄関が開いて、おばちゃんが一人入ってきた。そして、俺たちの様子を見て、固まった。
「……」
「?」
あ、これヤバいな。
「ふ、不純異性交遊ーっ!? ていうか、淫行っ!?」
「いや、ちげえからっ!」
即座に否定してクロウを引き剥がす。近寄ろうとする彼女の頭をわし掴んで距離を取る。月代とのやり取りで覚えた方法だけどこんな所で役に立つとは思わなかった。
「俺は彼女に手を出していません。彼女が勝手に近寄って来てるんです」
ダメ元と思いながらもそう訴える。痴漢冤罪の現場にも似てるけど主張しないわけにはいかない。
「あ、あー……そうよねえ。この子誰にでも抱きつくから」
……納得するとは思わなかった(ガクッ)
ただ、無罪放免と言うわけにもいかず。
俺は病院隣の児童養護施設へと連行された。クロウが俺を離さなかったせいもあるけど、俺が未成年なせいもあった。
施設の長らしき人は、かなり年齢のいった御婦人であった。
「東京から、観光に……? 観光地でもないこんな所へ?」
「……苦しいとは思いますが、いちおうロケハンということで」
「ああ、芸能関係なのね。でもまだ未成年でしょう。親御さんは?」
「後見人なら、おりますが……」
出来れば連絡はしたくない。俺がここに来てるのがバレてしまうから。一縷の期待を込めて視線を送る。
「そう。じゃあ教えて。こちらから連絡致します」
「……はい」
だが、通用はしない。
当たり前か。
哀れ、俺の一人旅はここで終了と相成ることになった。
ちなみにクロウは夕ご飯なのでここにはいない。俺との間に妙なことがあったとは思われてないのは、幸いだった。
バタバタとやって来たミヤコに、物凄い睨まれたが。施設長の説明が良かったのか日頃の行いのおかげか、いきなりぶたれるとかは無かった。
「この度はうちの愚息がご迷惑を……」
「いえいえ。うちのコの方こそ迷惑かけた様子なので」
ちなみに。監督に任せようかと思ったけどこっちに来るわけないと思ったし、面倒くさがられて口裏合わせない可能性もあったから正直にミヤコの名前を出したのだ。
「後で詳しく説明」
「イエス、マム」
程なくして、俺は無罪放免となった。クロウがまた来るかと思ったけどそんなことはなく。無事に施設を出られた所でミヤコからゴチンと一撃。
「いてえ」
「まったく……家にいると思ってたら、こんなとこまで来て。悪戯坊主め」
あまり叱られた覚えが無かったから、新鮮な感覚だ。
「悪かった。監督に頼まれてさ、ロケハンに来てたんだ」
「ルビーと顔合わせづらいからって別々に来るなんて……まあ。行動力は感心するけど、騒動はゴメンよ? あなたも芸能人なんだから」
「ホントにすまない。ゴメン」
俺のせいじゃないんだけど、それは言っても仕方ない。素直に謝ることにしておいた。
すると、頭を掴んで脇に抱えられた。え? なに?
「空き家に女の子連れ込んだとか、世間的にアウトなんだから気をつけてよ」
「だから、それは誤解だって」
「誤解でも何でも、人様から見たらそれが真実なの。子どもじゃないなら分かるでしょ」
「それは……まあ」
言いたいことは分かる。
脇が甘すぎたとしか言えない。
所属のアイドル売り出し中に、その兄貴が淫行でタイーホとか笑えないからな。
もっとも、アレを予測するのは無理だと思うけど。そこも含めての行動を言いたいわけだろうし。まあ、非があるのは俺の方だ。
「そもそも。そんな空き家に何しに行ったの」
「それは……ロケハンだよ。古民家風の家の」
「家主の方は?」
「消息不明なんだと」
「無許可かい」
「ぐえ……」
腕で首を絞められる。実際苦しくはないけど、(胸が)当たって困るのだが。
「まあいいわ。今夜の宿は取ってあるの?」
「駅前んとこのビジホ」
まあビジホか? って言われると微妙な佇まいだったけど。晩飯付かないとこはビジホって認識ならビジホかな?
「今日はいいけど、明日はこっちの旅館に泊まりなさい。監督責任問われちゃうから」
「いいのかよ」
「何とかするわ」
迷惑かけるな……こういう所が子どもは不利だ。まあ、大人だとたぶん一発レッドな状況だったかもしれんが(笑)
「そういや、ここ。駅あるのね」
「今は外と繋がってない、観光用の列車だから」
「なるほど。明日、時間空いたらあの子たちと見に行ってみようかしら」
「わりと見応え有る風景だからオススメだよ」
「そう。ちゃんとロケハンしてたんだ」
「当然、と言いたいけど。観光案内に載ってるくらいだし」
俺の居た頃はまだ延岡まで繋がってたんだけど、台風で寸断されてから、程なく廃線になったらしい。月日の移ろいとは残酷なものだ。
「俺は適当にメシ買って帰るから、早く戻ってやんなよ」
「本当はご飯くらい一緒に食べてあげたかったけど、向こうにも用意してあるし。メムにばかり負担かけるのも悪いしね」
そういや、アイツアイドルなんだよなあ……引率扱いしてるけど。まあ、適任がいないし仕方ない(笑)
ミヤコと別れた後はがまだせ市場で適当に見繕ったものを持ってチェックイン。設備はやや古めながらも一人用の和室とかあって、大学時代のアパートみたいだった(前世の話な)。
風呂から上がって一息つく頃には、表はすっかり宵闇に閉ざされていた。この辺は街の中心街に近いからまだマシだけど、少し離れれば街灯すらまばらにしか無い町だ。
「おお……」
その代わりと言ってはなんだが、夜空だけはあいも変わらずによく見える。満天の星々が夜空を覆い尽くす様は、ここでしか味わえない景色だと今更ながらに思う。
「……合流したくねえなあ」
清々しいロケハン旅行が、一変してしまうとは思わなかった。子どもというのは、本当に世知辛いな。