プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
翌日の朝、サイレントにしてあったから気付かなかったけど着信が入っていた。しかも、かなりの数。知らない番号だな、と思ったがよく考えたらこのスマホは新しく購入したものだしアカウントは別にしている。
つまり、前のスマホの電話番号は載ってないのだ。知らない番号が出てても不思議ではない。
『……けど、これは』
携帯ではない市外局番。しかも、この辺りのものだ。番号を晒したのはあそこ以外はこの旅館くらい……なんかイヤな予感がする。そう思っている所にまた着信、意を決して出てみると。
『度々のお電話申し訳ありません。星野
聞き覚えのあるおばちゃんの声。ということは。
『ゴロウーッ なんで置いてきぼりにしたぁー(グスッ)』
ああ、やっぱり。ていうか人聞き悪い言い方すんな。
『こらっ、横入りはダメでしょ』
『うう、でもぉー』
ちゃんと叱ってくれる存在がいるのはいいことだ。渋るクロウを何とか黙らせ、おばちゃんは電話口から用件を告げる。
『出来れば今日、一緒に居てあげられませんか?』
「ええ……」
言われそうだとは思ったけど、果たしてそれが正解なのかは誰にも分からない。
『黒ちゃん、あなたと別れてからずっとぐずぐずしてて。あんなに気落ちするのは初めてだったのよ』
「はあ……」
あいつが本当にカラスの生まれ変わりだとして。初めて会った知り合いが俺しかいないとすると……まあそうなるのも無理はない。なまじ前世の記憶などあるからだ。
「えっと、俺も用事がありまして……」
『いい撮影場所探してるんだって? 黒ちゃん、色々と知ってるから案内してもらったら?』
『そうそう♪ 隠れ家とかいっぱいあるよ〜♪』
……そう言われると断りづらい。
ミヤコに合流しろとは言われたけど、確か旅館を変えろという話だった。つまり夜までは合流する必要はない……ガイドが居るならそのほうが都合がいいか。
「んじゃあ、頼みます」
『そう? 済まないわねえ』
『わたし、役に立つよっ!』
なんだか済し崩しに押し付けられた気がしないでもないが……俺はこの町にずっと居てやれない。いずれ別れるのだとしても、いい思い出を作ってやりたいと考えるのは間違ってないと思う。
旅館を引き払い、昨日と同じレンタルサイクルを借りて病院……では無く、隣の養護施設を目指す。俺の遺体を捜すというのはとりあえず棚上げにしておこう。どこを探せばいいのか見当もつかないし、そもそもこれだけ長く見つからないのであれば地中深くに遺棄されているのだろう。一日やそこらで探せるはずもないのだ。
『……』
割り切ってしまえば、心が軽くなった気がする。ペダルを踏む脚も軽く、どこまでも走っていけそうな全能感すら感じる。
『俺は……もう未練は無い、ということか』
生まれ育った土地に帰ってきても、殊更雨宮吾郎という人間にそれほど執着していないと気づく。
俺を責苛む影は、結局俺自身であって。雨宮吾郎という人格は既に消え失せているのかもしれない。
時折現れる影がそれらしく見えるのも、弱い俺自身がそれを認めたくないだけの自己防衛に過ぎないのかもしれない。
『それが分かっただけでも、来た甲斐があったというものかな』
久方ぶりの晴れやかな気分に、俺は自転車の速度を上げたのだった。
「ゴロウーッ!」
「うわ、あぶなっ!」
自転車を停めてる最中にバックアタックとかやめろ、バカ。施設に着くや否やすぐに飛び付いてくるとか、お前実はカラスじゃなくて犬の(それも大型犬)生まれ変わりじゃないの?
「すみませんねぇ、星野さん」
「せめて顔合わせるまでは手綱握っててくれませんかね、危ないッスよ?」
「いやー、子供ってどんどん大きくなりますもんねぇ。ワタシらじゃもう抑えが利きませんで(笑)」
おばちゃんが笑いながら言うけど、田舎暮らしの人の体力はそんなに甘くは無いはず。絶対、手ぇ離しただろ。
「ん~、ゴロウだ♪ ちょっと違うけどゴロウに違いない」
「……それは、どんな感じなんだ」
試しに聞いてみたが。少し考えたあとに戻ってきた答えは「少し黒いカンジ」だった。……意外と正確に見えてるのかもしれない。
夕方には送り届けるとおばちゃんに伝えて別れることにした。ちなみに施設の共用の自転車があるのでクロウはそれに乗ってくるらしい。
おばちゃんは業務があるからと施設に戻っていく。動き出す前に少し話をしておこうかと思い、彼女に話しかける。
「なあ」
「なに?♪」
「お前、自分のこと。周りの大人に言ったか?」
「?」
「いや、生まれ変わりの話だよ」
周知されてるかどうかは気になる。前世系とか周りから引かれる可能性が高いからな。
「言ったよ? 黒は、『カラスのクロウ』だって」
「……それで?」
「みんな、笑ってたよ? だからお風呂早いんだね、とか」
「……そう」
施設の職員は大人だから気を利かせてるというのは予想が付く。だけど、同じ施設の子どもたちもそうなのだろうか?
「あの施設には、お前以外に何人居る?」
「ん? えっと、年上の子が二人と年下が三人。一人は赤ん坊だよ?」
他の児童養護施設の現状とかはよく知らないけど、田舎の町だからそんなものなのかもしれない。
「みんな、仲良し♪」
「そいつはよかった」
「エヘヘ♪」
屈託無く笑う笑顔に、昏い様子は見当たらない。俺は、意を決して聞いてみた。
「親は、どうした?」
この言葉に、さすがの彼女も動揺するかと思ったけど。
「死んだよ。交通事故だって」
表情を変えずに答える姿は、逆に不安を覚えた。どんな人なのかを聞いてみると、その日あったことを話すようなテンションで話し始める。
「んー? よく知らないんだ。雛の頃だから、親の顔とか覚えてないし。姓?っていうのが矢田野っていうのくらいだし」
ここでようやく本名が分かった。
これが今生のクロウの名か……なんか、俺よりマトモな気がする。まあ、女の子の名前に『黒』なんて付けるのも大概か。
「気が付いたら、あそこで暮らしてて。あ、元は違うところだったの。前のおうち、とっても古くて。それで新しいおうちに引っ越してきたのが、たしか三年くらい前、かな?」
「なるほど」
あの施設はかなり新しい感じだった。元々は別にあった児童養護施設が老朽化に伴い新たに建て直したのだろう。
「人間のカラダ、飛べないけど色々出来るね♪ 羽だとものは掴めないもん」
「鳥類は足で掴むか、嘴しかないものな」
カラスの頃は器用に持ってきてたけど、今の姿でそれをしたらどうなるか。
「行儀悪いって怒られた」
「そらそうだ」
しょんぼりするクロウへ追い打ちをする。すると、彼女はくすりと笑った。
「いろいろ、覚えたよ。お掃除、上手ってほめられた♪ お料理は、まだ苦手……光る包丁、きれい♪」
「おいおい、マジでアブない奴じゃん……」
光り物が好きとか習性が抜けてないのかな? まあ、このくらいだと料理は出来なくても不思議じゃない。うちにはちょっと例外なやつが居るけど、一般的に考えたら普通だ。
……そういえば。年齢的にも同い年だし、友だちになれるかもしれないな。
そう考えて、頭を振って追い出す。
『いや、アイツらに会わせるのはマズイ。ルビーは俺と同じなんだぞ』
俺の双子の妹、ルビーも転生者だ。お互い自分のことは言わないとの不文律が成立している。
昔は厄介なキモいアイドルオタク女子とか思っていたけど、これだけ長いこと過ごしていると妹として見てしまうのは当然だし。
それに。
前世とかはどうでもいい。
明かさない理由があるのならそっとしておくべきだ。
そして、それは俺も同じだ。
今さら前世のことを知ってもらう必要は無い。知っている人間が、クロウがここに居るだけで充分だ。
「……俺のことは、ゴロウでは無く。アクア、と呼んでくれ」
「それは、私の名前が『黒』っていうのと同じ意味?」
「ああ。今の俺は、アクアと呼ばれている。ゴロウと呼ばれても他の人には分からないし、伝わらない。混乱させるだけだ」
噛んで含めるように言うと、クロウはコクリと頷いた。
「分かった♪ ゴロウは、アクア。星野アクアだネ」
満面の笑みで答えるクロウ。俺も意識を変えないといけないな。
「ああ。よろしく、
そう言って右手を差し出す。少し
「よろしく、アクア♪ がんばって案内するね」
この場面だけ切り取ってみれば、意外といい画になってるかもしれないな。
さらっと本名を名乗らないアクア(笑)