プロデューサーの娘になってしまった   作:だだ甘鏑木Pすこ

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前回の続きではありません。
更新が長くなって申し訳ありません〜


閑話 少し早めの帰還

 市ヶ谷にある某所。都会の真ん中の釣り堀と言えば大概の人はここを思い浮かべると思う。

 

 なぜ、僕がこんなところに来てるかって? 釣りが趣味、というわけではない。

 人を探して訪れたのである。

 

「釣れてますか?」

 

 僕と同世代くらいの男に話しかける。

 さして眩しくもない日なのにサングラスをかけて、スーツではなくスウェットの上下。ろくでもない人種一歩手前の様相の彼は胡乱げにこちらを仰ぎ見てから一瞥した。

 

「ボウズだよ、見て分かんだろ」

「失礼しました」

 

 そう言って横へと座り、準備をする。ここに入る以上は作法に則るべきだからね。竿の先の針に練り餌を纏めてくっつける。こんなもんか? あとは投げ入れて浮きの上げ下げを監視する作業だ。

 

「よっと」

「……ち」

 

 浮きが下がる所を引き上げる。

 ほんの一瞬待つのがポイント……なんて偉そうなこと言うけど、実のところ素人なのだ。釣れた鯉はなかなかの大きさ、かと思う。スカリの中へ鯉を入れて針を外す。釣り堀の針はカエシの無いスレ針というものを使っていることが多いので外すのに苦労することは少ない。

 

「……あれ?」

 

 と、マニュアル本には書いてあったのだが。やはり生きてる魚自体に慣れていないせいか難しい。

 

「こうやんだよ」

 

 見かねたサングラスの男がさっと手を出すといとも簡単に針が外れた。なるほど熟練の業、だな。

 

「アンタ、ツキはあるけど、センスは無さそうだな」

「そういうあなたは釣るのは得意そうですね」

「……へっ。釣るのだけ上手くても世話ないわな」

 

 自嘲気味に笑う男に、懐から煙草を差し出す。一本抜き取ると自前のライターで火を点ける。彼は紫煙を吐き出すとこちらに文句をつけてきた。

 

「なんだよ。人に出すんなら湿気って無いのにしろよ」

「済まないね。何せ仕事場でしか吸わないようにしてるから、減りが少なくて」

 

 接待の場では新しい箱を開ける事にしてる。それを繰り返すと開けたばかりの煙草が増える訳だけど、昔はそれでも消費出来ていたのだ。ただ、あの日からはすっぱり止めたせいで消費が追いついてない。湿気た煙草はそれの成れの果てだ。

 

 答える僕に、彼は煙を吐き出しながら呟く。

 

「子どもに甘いってのは、どこの親も変わんねえってか」

 

 そう呟く男は揺らめく水面を眺めている。

 そこに映るのは、昔の娘か、今の子供達か。

 

「アンタも酔狂だよな。自慢の娘をあんな事務所に任せるなんて」

 

 自らを嘲るように言う彼に、若干の苛立ちを覚える。

 

「現社長はよくやっていると思いますよ」

「ああ、よく潰さないでいられると感心するよ。俺だったらひと月で潰してる」

 

 今の発言に、自嘲の感じはなかった。本当に感心しているらしい。

 

「部門を縮小してインターネット業界のみに注力する。俺には考えつかない延命策だ。さすがだよ、アイツは」

「苦肉の策、だったと思いますよ?」

 

 アイドル部門のみで売っていたような事務所だ。その主力が先立ち、残ったメンツでは生き残れないのは確実。さっさと解散させて撤退するまでに掛かった費用は幾らかかったのか。本来ならここで経営は頓挫するはずだったのだが。

 

 その局面を救った当人に対して、僕は億面も出さずに言う。

 

「ぴえヨンを紹介したのは貴方ですよね」

 

 この言葉に、彼は一瞬固まる。

 

「個人勢として活動していた配信者が突然の事務所所属。既に登録者数も相当いて、わざわざ所属になる理由なんて無かった筈なのに何故か苺プロの所属になった」

 

 これは当時のことを調べればすぐに分かる事だ。ただ、彼が紹介したかという事実はどこにも記載はされていない。内情を知る者以外には分からない筈なのだ。

 

「それと時期を同じくして大口のスポンサーが入りましたよね。スポーツ関連企業に強いウイングフィールドが今持って出資し続けていることは、当然ご存じですよね?」

「……」

 

 中の人の実家のグループだからといって律儀に援助し続けている訳では無いと思うけど、そこまでさせるだけのコネクションをこの男は持っているのだ。仕事を放り出し、野に下ったようなフリをして。

 

「未だ、あなたは執着している……彼女を亡くした事実を受け止めるにはもう充分時間を使ったと思いますがね」

「……お前は。自分が出来たから、そうしろとでも言うのか?」

 

 ギロリと睨んでくる……わりと迫力あるから困るんだよな。ゴクリと唾を飲み込み、僕は言葉を続ける。

 

「僕には娘が居ますからね。それはあなたも同じでしょう」

「……アイツらは、俺の子じゃない」

「彼女だって娘じゃなかった。なら、同じように愛を注ぐことも出来るのではないですか?」

 

 屁理屈かもしれないけど、間違ってはいないはず。

 

 彼は、僕から視線を外して水面を見つめる。その先には揺れ動く浮きが見える。掛かってるにも関わらず、彼はそれを呆然と眺めていた。

 

「お前と、俺とじゃあ違う」

「……? 何が違うと?」

「……罪だよ」

 

 罪と、来たか。

 

 彼は苦々しい物を飲み込むような表情をしている。その先にあるのは、憎き殺人鬼ではなく……

 

「俺は、怠っていた。ああなる要素があったにも関わらず、対処していなかった」

「それは……どういうことです?」

「……言えねえ。言えるわけねえ」 

 

 ここで僕は、自らの過ちに気が付いた。事件の核心に触れられると気が急いていたのかもしれない。彼が話し出すまで聞き手のままでいればよかったのかもしれないが、今さら言っても始まらない。

 

「あなたが自責の念に縛られる気持ちも分からなくはない」

 

 とりあえず、宥めるとするか。言葉に心が籠もっていないのは無論承知している。

 

「だからといって、このままでいいはずはない。今の苺プロには、あなたが必要だ」

 

 新生B小町が始動している以上、今までどおりとはいかない。現在の主力たるインターネット部門を切り捨てるわけにはいかない上に新規事業の開拓。

 僕が融通する仕事以外にも各方面からちらほらと仕事が舞い込んでるらしく、ミヤコ社長の疲労度がかなり高まっているという話だ。今の彼女に、焼き切れられては困る。

 

 そのためには彼が必要だ。うだうだと悩みまくる情けない男だとしても、その手腕は間違いなく本物のはず。そうでなければ地下アイドルをドームライブが出来るほどにのし上げられるはずもない。

 

 アイ(究極のアイドル)だとしても、事務所サイドが無能ではそんな偉業は達せられない。タレントと事務所の力、両方が揃わなければスターダムへの道は開かれないのだ。

 

「俺なんか、力になれるわけ……」

「むしろ、貴方だからこそ力になれると、僕は思いますが」

 

 はっきりと言い切ると、彼はこちらを窺うように仰ぎ見る。サングラスに遮られて推し量るのは難しいが、その表情からもう一押しだと感じた。

 

「母の後を追うように芸能の道を進んでいます」

 

 この言葉に、彼が揺れる。

 

 隠しているつもりだったのだろうが、少し勘の良い者ならすぐに気付くだろう。ルビーは面影がよく似ているし、アイとは同じ事務所なのだ。

 

「座して眺めることが、供養と言えると思いますか?」

「……供養か」

 

 項垂れる彼。些細なことだが、いちおう報告しておこうか。

 

「先日、娘からアイさんの墓前に参ったと聞きました。既に掃除や献花もされていたそうで」

「……それくらいしか、やれねえからな」

 

 この話を聞いたとき、そうだと確信していた。ただ、月代(あの子)の歯に挟まったような表情はなんだったのか、今でも疑問だ。

 

「私は、遺した子のために身を粉にする事こそ、本当の供養だと思います」

 

 月代のためになる事なら、何でもしようと僕は心に決めている。それが亡き妻への誓いでもあり、供養とも言える。

 

「……やっぱアンタ、酔狂だよな」

「貴方のほうが、よほどそうでしたよ? 少なくとも昔は」

 

 昔、幾度か顔を合わせた事もあった。『黙ってウチのアイドル眺めてみろ』と言わんばかりの態度は、プロデューサーとして駆け出しの自分には眩しく見えたものだ。

 

 さて。

 腕時計を見ると、そろそろ頃合い。引き留めるのはここまでにするか。

 

「では、私はこれで」

「お、ちょっと待てよ。どっかで一杯引っ掛けないか? いま、手持ち少なくてさ」

 

 でしょうね。どうやって稼いでいるのかまでは調べてないけど悠々自適というわけにはいくまい。だけど。

 

「それは別の方にお任せします。僕とは後ほど違う席を設けますので」

「お、おい」

 

 そう告げると踵を返す。前を見れば、こちらに早歩きで近付いてくる見知った顔。彼女はこちらを見て軽く会釈をすると猛然と彼に向けて走り出した。

 

「あ、アンタって奴はぁ!」

「げえっ!? ミヤコっ?」

 

 焚き付けるだけでは仕事にはならない。アフターサービスも付けておかないとね。

 

「夫婦喧嘩は犬も食わないってね。哀しい独り身は退散しますよ」

 

 僕の独り言が聞こえたかどうかは知らない。どうでもいいしね。

 

 

 

 

 後日、苺プロに新しい雑務バイトが入ったという話を娘から聞いた。とても嬉しそうな顔で報告してきたので思わず聞いてみる。

 

「そんなに嬉しいの?」

「そりゃ、もう♪」

 

 満面の笑みを浮かべる娘を見て、僕の心にささくれだった。

 

『まさか、アレも害虫になるとか無いよね?』

 

 さすがに穿ちすぎだとは思うけど、月代ファーストな身としてはどうしても気になるのであった。

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