プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
──あの人から授かった大切な命を消してしまいたくない。
当時のわたしはその一念だけで行動していた気がする。
アイドルという職を辞めるのもダメだ。
それは彼に気を遣わせる。彼の重荷になるために別れた訳じゃないんだ。わたしは一人でも生きていける、ということを彼に示さねばならない。
とはいえ、これ以上体調不良で誤魔化すのも無理があった。仕方なく社長に相談したら、この世の終わりみたいな顔をされた。
『そうなる前に相談しろよぉ〜』
もうすでにお腹はけっこう大きくなっている。便秘とかでは通用しないレベル。というかそこまで引っ張る必要もあったのだ。
『あなたはぜったい、守るからね』
両親に冷たくされた人は、子どもにも同じように当たるという。それはそうだろうとは思うけど、そうはなりたくなかった。
だって、それは不幸の連鎖だ。
私の子どもが不幸になるのはイヤだ。ならばここでわたしが踏ん張らなきゃ。不幸の連鎖なんて断ち切ってやると意気込んだわたしは、社長に断固として言った。
『わたし、ゼッタイ産むからね!』
『うぅ……アイ〜』
そんなこんなでやって来たのは、九州でもかなり長閑なエリアと言われる宮崎のさらに辺境。確かにこんな田舎町なら、私のことを知る人もいないかもしれない。
そんなことは、無かったけど。
『僕が産ませる。安全に元気な子供を』
そう言ってくれた産婦人科医の先生が、雨宮吾郎というひとだった。
それまでのわたしは、あの人に対する義務感とか、仕事に対しての意地とかに拘りまくっていた気がする。そのせいで少し神経質になっていて、いつも以上に強固な自分を演じていた。わたしのことをわずかに見知っただけのお医者さんに、わざわざ要らないことまで言ってしまったりもした。当時のわたしは、ほかの人がどんなことを考えるのかを深く考えるのをやめていたせいもあった。
でも、このひとはちょっと違っていた。
わたしの希望をちゃんと聞いて、それに沿った形で取りなそうとしてくれた。
アイドルとしてではないし、もちろん恋人でもなんでもない。
なのに、こんなにも親身になって寄り添ってくれた男の人は、初めてだった。
社長?
あー……どっちかって言うと、社長はお父さんとかに近いかな。ガミガミうるさいし、口臭いし。
そう。
頼りになるお兄さん、て感じ。
こんな人が身近にいたらよかったのに。
そう思っていた。
でも、出産の時には居てくれなかった。看護婦さんが呼び出しても来てくれなかった。
とっても、悲しかったんだよ?
心細かったんだよ?
でも。
まさか、その時にはもう亡くなっていたなんて。
……そんなの、責められないじゃない。
・・
ホテルの部屋で、悶々とする私。集会も終わって各々の部屋で就寝となっている。隣のベッドではミヤコさんが安らかな寝息を立てている。おつかれさまです。
そして、私はまた思いを巡らせる。部屋の空調の音が気になるせいか寝付けない、というていにしておこうか。
自分の子供を出産した時の医師が自分の子供に生まれ変わってたなんて。
この事実だけでもアイの頃に知りたかった。
分かった経緯については例の『あの子』が関係してるそうだ。なんでも『生まれ変わった存在が分かる』らしい。
私を『アイ』だと分からなかった理由に関しては、その子が知らなかったかららしい。
なんと、その子は『カラス』の生まれ変わりなんだとか。人が生まれ変わるんだから、鳥とか動物とかでもあるのかなとは思うけど……正直、これは驚いた。
それで、そのカラスの子は生前の二人に助けてもらったことがあるそうで。その経緯で二人のことを覚えていた、ということらしい。
アイの頃のわたしとは会ってないから、
不思議な子ではあったけど……まあ、会うこともないだろうし気にしないことにしよう。ここに来ることなんて、もう無いだろうし。
それより、子どもたちのことだ。
生前に縁のあった人同士が兄妹として生まれ変わる……なんか、マンガみたいな展開で少し面白いけど。傍観者なら、ね。
考えてみれば、おかしいところが多かった。当時のわたしは気付かなかったけど、今になってみるとおかしすぎる。
夜泣きが少な過ぎるとか、喋り始めたり歩き始めたりが早すぎるとか。アクアなんて、幼稚園に上る前から新聞読んでたりしてたんだよ?
ルビーが子供らしかったからごまかされたところもあったかもしれない。聞いた内容ではルビーの中の子は享年十二歳。長い間の病院暮らしのまま息を引き取ったらしい。
そんな子なら子供っぽくても不思議はない……今でも変わらない? それは、そのぅ……若いってイイコトだよね()
ま、まあ。
ルビーのことはともかく。
アクアに関しては当時も不思議に思ったことが多かった。おっぱい吸わせようとしても頑なに嫌がったし、お風呂だって目をぎゅっと閉じてたし。
アレは大人の男性としての節度からそうしてたんだ。
……あれ。
なんだか急に恥ずかしくなってきたんだが?(///)い、今の身体じゃないんだから、ノーカンだよ、ノーカン(慌て)
ふう……
でも。
そうかぁ。
言われてみると、なんとなく分かる気がする。
年齢以上に大人びてたりしたのは、そうだったからなんだね。
精神的な年齢でいえば……パパと同じくらいの年齢だとすると、そりゃあそうだよね。
「……」
すっと、手を宙に伸ばす。
あの頃よりも小さい、若い手。
今の私ぐらいの頃。アイはどうだったかなぁ、と思い起こす。
人を信じることが出来ずにいた。
色々と怖いことも経験したなぁ。
あの子も施設の子だと言っていたけど……わたしの居た所はもっと酷かったと思う。何故かって? あの頃のわたしは、あんなふうに笑えなかったもの。
人に媚びるようにしか笑えなかった。そうしないと生きていけなかったから。施設の中でも、学校でも、わたしを見る目はすごく異質なものを見るようで……そういう事に耐えられなくなったから、東京に飛び出したんだっけ。まあ、直接の原因はお母さん、かな。やっぱり迎えに来てくれなかった事がショックだったんだろう。
それから色々あって。
こうなっちゃったけど。
今の私は幸せだと思う。
パパという、家族が居て。
ママは居ないけど……あの頃に比べたら断然いい。
それに、子どもたちと……触れ合える環境にもなった。
でも……ほんとうに?
考えまいとしていた事が首をもたげてくる。
『あの子たちには前世の記憶がある……それって、本当に自分の子供と言えるの?』
身体は、間違いなくアイの子供達だ。でも、心は?
──ルビーの中には、知らない女の子が入っている。
──アクアの中には、あの先生がいるのだ。
これが杞憂なのだと云うことは分かる。分かっている。
アイとして、母として過ごした四年近くの時間が……ウソだったとは思いたくない。
あの子達に事情があったのも確かだろう。赤ん坊がいきなり『自分達は前世の記憶を持っている』、なんて言い出したらどうなるか。
あの頃のわたしなら、『そっかー』で済ませていただろうけど。
ミヤコさんや社長は、そうはいかないだろう。普通では無い子供として施設とか病院とか、もっとよく分からない研究所とかに連れて行かれていたかもしれない。それを防ぐために黙っていた、というのは理解出来る。
「……ぅぅ」
喉が渇いた。
ベッドの傍を探ると水のペットボトルがあるけど、空だった事を思い出す。
「……自販機、あったよね」
深夜だけど。水を買いに行くくらいなら大丈夫だろう。ここのホテルは昔ながらの鍵なので自動で閉まることも無い。静かに起きると、掛けてある上着から小銭入れを取り出して部屋を出る。
カチャリ。
廊下は少しひんやりとしていた。暖房はもちろんかかっているのだろうけど、夜間は節約のために抑えているのかもしれない。もしくは想定以上に冷え込んでいるのかな? パジャマ代わりのスウェットだと少し肌寒いけど、自販機は確かエレベーターホールの横にあったはず。大した距離じゃない。だいじょぶ、うん。
ぱたぱた……
深夜だと、歩く音もよく響く。
なんだか悪いことをしている気分に足が早まる。そこの角を曲がればエレベーターホールで、その先が目的地だ。
「着いた♪」
「着いた、じゃねえよ」
「わあっ」
思わぬ声に驚いた私。
「お前さ……今は夜中だぞ。静かにしろ」
「そ、そうでしたね……すみません……」
自販機コーナー前のベンチに、彼が座っていたのだ。そんなの分かるわけないよぉっ
「っ、たく。深夜に彷徨くとか、この不良娘が」
「の、喉が渇いて水を買いに来ただけですぅ」
「買い置きくらいしておけ。ホテルん中って言っても、他に客が居るんだぞ?」
「うう……」
……はい。おっしゃる通りです。
とはいえ。未成年ということなら、彼も同じだ。こんな時間に彷徨いていいはずがない。
「そ、そういうアクアさんは、なんでこんな所に?」
「俺は風呂上がりに涼んでんの」
は、はあ。
まあ、お風呂は深夜も開放してるらしいけど。そこで悪びれもせず入りに行く所は、やっぱり大人の人の感性なのだなぁ、と思う。
よく見ると、確かにお風呂上がりっぽい様子だ。金色の髪は濡れてツヤツヤだし、浴衣も少し着崩れている。
……ていうか。
胸板が意外と……厚いんだなぁ。
やっぱ男の子なんだぁ。
すると、彼が浴衣の前を合わせてしまった。
「人の胸ガン見すんな、エロガキ」
「ちょっ……、それは言い過ぎでしょう?」
「どうだかな」
フフン、と笑うアクア。
くっそう。
小憎たらしくなりやがって。
「ま、色気の欠片もない寝間着着てるようなのには早いか」
「こ、これは。みんなでお揃いのを買ったからですぅ」
今回の撮影旅行に向けて買ったんだから、しょうがないじゃない。
すると、アクアがフッと笑った。
「気にしてないようで、よかったよ」
「え……?」
疑問の声に、彼が答える。
「わりと荒唐無稽な話だったからな」
「それは……そうですよね」
私はともかく。かなちゃんやメムさんは半信半疑だったろう。それくらいは突飛な内容だったとは思う。
「でも、事実なんですよね?」
「ああ」
はっきりと答えるアクア。
ウソをつき続けていた私だからこそ分かる。
これは本当の言葉だ。
だとしたら、受け止めるしかない。
その上で確認しなきゃいけないこともある。
私は彼の前に立ち、問いかける。
「一つ、いいですか?」
「……ああ」
先ほど、行き詰まった考えを聞いてみる。
これは自分にも当てはまる話だけど、彼はどのように考えているのか。聞いておかねばならない。
「あなたは、前世の雨宮吾郎さん、ですか? それとも……」
星野
「どちらとも、言えない」
「……」
「どちらとも言える、とも答えられる。はっきり言うと、その線引きはすごく曖昧だ」
やっぱり、そうか。
そう答えるとは思っていた。
それは自分もそうだからだ。
自分は星野アイなのか。
それとも鏑木
その区別はとても曖昧で、どこからどこまでがそうなのかは判然としない。
「ただ一つ答えられるのは」
腕を組んで語るアクア。
その瞳には、いつものような輝きは見当たらない。
「俺は、オレのままでいるつもりだ」
……
つまり、それは。
「へ、くちゅん」
うわ、はずかし!
こんなタイミングでくしゃみとか。ぷっ、と吹き出すアクアに顔が赤くなる。
「そんなカッコじゃ風邪ひくぞ。帰ったら仕事あるんだろ?」
「め、面目ないです」
やっぱり上着を着てくればよかった。
すると、彼が立ち上がって着ていた半纏を脱いだ。
ふわり
「あ……」
「風邪ひいたら、我が社に大打撃だからな」
「ふ、ふふふ♪」
嘯くように言うアクア。
その姿が面白くて、つい笑ってしまった。
──温かいアクアの体温。
肩にかけられた彼の着ていた半纏の温もり。
それこそが証明だと、言っているような気がした。
月代:(これは彼シャツ? 彼半纏と言うの?)
アクア:(なんかまた浮かれたこと考えてやがるな……)