プロデューサーの娘になってしまった 作:だだ甘鏑木Pすこ
「東ブレのコスプレ? やりたいやりたいっ♪」
「つーちゃんはそう言うと思った♪」
事務所でそんな話を持ち出したのは妹のルビー。なんかイベントに一般で出ますみたいな感じで言ってるけど意味は全然違う。
「お前、それ今度の『深掘れ』の企画だろ。勝手にオファー出してんじゃねえよ」
「でもぉ。人数少ないんだって」
「そうかもしれんが、相手が悪い」
「ど、どおいう意味ですかぁ、アクアさんっ」
抗議してくる月代。まあ、東ブレフリークのお前にとって飛びつきたい企画なのは間違いない。が。
「あのな。あの手の番組でのコスプレってのはオトナ向けなの」
「……私は、お呼びでない、と?」
自分の胸元に目を落としながら涙ぐむ月代。居た堪れない気分になるからそういうのやめろ。
「倫理的な観点から難しいって話だ」
ルビーから見せてもらった企画書には『アダルト向け』な線が濃厚な気配がする。ぶっちゃけ、ルビーですらマズいところにそれより年齢が下の奴を出すわけにはいかない。
そして、コイツにも釘を刺さねばなるまい。
「
「うわーシスコンだぁ♪」
「なんで嬉しそうに言う」
「うーん、なんでもなーい♡」
くっ……
そもそも、今回のコスプレ企画に関しては底が浅い。
『現代の若者の趣向とそこにある闇を暴く』などと御大層な事を掲げてるけど、そこにある闇とやらの定義が非常に曖昧だ。際どい格好をしたコスプレイヤー達に張り付いてセクハラ紛いのインタビューでお茶を濁す程度しか見所はないだろうし、もうそれしか見せる気ないだろうという考えが透けて見える。
この企画を出してきたのは運営会社のディレクター、漆原……だったか? 前時代的な手法を好む人間で、部下の扱いもやや問題行動が散見される。作るものはそこそこ見れるけど、手放しで喜べるものとは言い難い。裏方であればよく見えてくるものが多いのだ。
「それに、月代の場合さらに問題がある」
「な、なんでしょうか?」
「親父さんを説得出来るのか?」
未成年の場合、どんなことにも親権者の許可が必要になる。異常なまでに猫可愛がりをするあの男が、認めるだろうか。
「パパなら、私の言う事なら大抵聞いてくれますよ?」
「そうかもしれん。だが、媒体に難があるんだよなぁ」
深夜のネットTV番組でコスプレを題材にした場合、大抵そこにはアダルトという冠が付く。書いてなくても付くのだ。むしろ付かないと集客が望めないだろう。
よしんば、月代のコス自体は健全だったとしても共に映る共演者たちにそういった者がいればどう映るか。いかがわしい番組に出ている女の子というレッテルを貼られたら、アイドルとしてどころか日常生活にすら影響が出かねない。
そんな当たり前なリスクヘッジを説いている所に、ルビーが割って入ってくる。
「けどお兄ちゃん。鏑木さんだってつーちゃんが東ブレ好きなの知ってるよね? 反対するかな?」
「……それはわからん」
自分の娘でなければ、『オッケー』とか言うだろう。アイツは顔面偏差値至上主義者だ。顔さえ良ければ何のためらいもしないだろうし、問題が起こったとしてもそれは当人のせいだと白を切るだろう。
だが、身内の場合はそうはいかない。リスクを考えれば、そういった番組には出させないほうが正しいはずだ。
「何にしても、親父さんと社長に相談するべきだ。この二人を説得出来なきゃ始まらない」
「社長……壱護さんですか?」
「あっちじゃない。ミヤコのほうだ」
いちおう、名義的にはアイツはまだ『バイト君』らしい。の割にはスケジュール調整とか営業とか専門的な事してるけど。まあ、役割分担としては間違ってないし、夫婦のことを外野がとやかく言うべきじゃない。
「お前も、性急に決めようとするな。B小町的にも関わってくるんだから」
「わ、わかったよお」
すると、彼女は俺の座る椅子の隣に割り込んできた。
「やっぱり過保護なんだね♡」
「……俺は誰にでも同じだぞ」
「またまた〜。そゆとこも、可愛い♡」
あのカミングアウトから、ルビーは……いや、さりなちゃんは積極的にくっついてくるようになった。
妹としてずっと暮らしていたのだから女として見るのは難しいのだけど。こうしたスキンシップ自体にあまり慣れていないせいか、かなり危うい気がする。極力反応しないようにしているけど、誤魔化せているだろうか?
「……(スクッ)」
すると、月代が立ち上がって反対側の席に座ってきた。
「な、なにしてんだ、お前」
「わ、私も座りたいなぁ、って。ダメ、ですか?」
「ダメとは言わんが……」
少し前までは飛びついてハグとかしてきたのだから、隣に座るくらいなら可愛いものだが。……なんというか、むず痒い距離感とも言える。
もしかして俺に──
──それは、いけない。
俺は席を立つと上着を着る。
用は無いのだが、このままここに居てはいけない気がした。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「ちょっと出てくる」
そう答えてホワイトボードに行き先を適当に書き込む。
口を尖らせているルビーに振り返らずに表に出る。
「あ、あのっ」
「、」
袖を掴むかのような言葉に、俺は歩を止めてしまう。
「気を付けて下さいね」
「……ああ」
後ろ髪を引かれるように、俺は事務所をあとにした。
・・・・
アクアが事務所から出ていくと、ルビーが独り言のように言ってくる。
「東ブレのコスって売ってるのかなぁ」
「専門の所なら主要キャラのはあると思います。でも……」
「でも?」
「あんまり出来がよろしくないんですよね」
私も調べたことはあるし、パパと一緒に見に行った事もあった。実際に触った感じからすると、やはり既製品という印象が強かった。
「なので、自分で作ってみました」
「マジ?」
「被服部の友達と一緒に、ですが」
同好の士、という訳ではないけど和装に興味のある友達を巻き込んで一着だけは完成しているのである。当然、刀鬼のものだ。着た写真をルビーに見せると目を輝かせてくる。
「え、マジ? これ手作り?」
「私がやったのは三分の一……くらいかな? 難しいところは友達にやってもらいました♪」
「それでもスゴイよ! 私、服なんて作ったことないもんっ!」
そうだよねー。わたしだってアイの頃は服なんてつくれなかったもの。あの頃はやる気にはなってもやり方が全然分からなかったし。
「よだれかけくらいしか、作れなかったもんね」
ぽそりと言った独り言に、ルビーが反応する。
「よだれかけ?」
「あ、うんと。親戚に赤ちゃんがいて。その練習みたいな感じで」
「へえー。 私も家庭科で雑巾なら縫ったことあるよ」
「そ、そうですよね」
うまく誘導できたみたい。子供がよだれかけ縫うなんて、あんまりしないだろうけど。
すると、ルビーがぽつりと言った。
「そういえば……」
「るーちゃん?」
けっこうシリアスな顔をしたかと思うと立ち上がってドタドタと上の階へと上がっていった。
どうしようかとまごまごしてると彼女は戻ってきて私へと促す。
「つーちゃん、なにしてんの?」
「あ、えと。でも」
「いまさら遠慮なんてしないでよぉ」
遠慮……というか。
苦手なんだよなぁ、あの部屋。
「はいってはいって♪」
「お、おじゃしまーす……」
今まで一度だけ入ったことのあるルビーのお部屋。どんなに女の子らしい所かとわくわくしていた自分を思い出すと尚更滑稽に思えた。
「う」
部屋を埋め尽くす、昔のわたしの姿。壁は言うに及ばず、天井の隅まで貼り尽くされたその写真は全てアイのものだ。母としてのアイ、ステージの上でのアイ、銀幕やテレビでのアイ……種々様々なアイの姿が所狭しと掲げられている。
なんというか、好意とか尊敬とかをすっ飛ばして崇拝にまでなってる気がする。いや、ホントにそんな偉い存在じゃなかったんだけど。寧ろ親としては落第点だったし。
「あはは。また増やしちゃってネ」
そう語るルビーは悪びれもしない。私は聞いてみることにした。
「あ、アクアさんは怒らないんですか?」
真っ当な兄ならば、妹のこの行動に問題があると感じるかもしれない。いや狂気すら感じるかも。
「え? なんもないよ? お兄ちゃんもアイの大ファンだったし」
「は、そうですか……」
そういえば、そうだった。子供の頃から、いや、ずっと前から。あの先生は会ったときから『
……
「ん、どしたの? 風邪?」
「いえ、そーではなくてェ……」
息子の……愛が重いです……
「それでね」
そんな私を気にもせずにクローゼットを開けるルビー。中に入っていた段ボール箱を取り出すと、開けて中身を見せてくる。
「……!」
「ジャジャーンッ! ママお手製のよだれかけーっ」
ルビーが持ち上げたその布切れは。型紙通りに切ることも出来ず、縫い目もぐちゃぐちゃで布がよれてしまって、結局使うことなく終わったわたしの……。
「あんまり不格好だからって結局一度も使わなかったの♪ せっかくだからしまっておきなさいってミヤコさん言うから」
「そ、そうなんだぁ……」
初めての手縫い。だからうまく出来なくても仕方ないとは思ってたけど。
けど、こうして見ると本当にヒドイなっ!
そりゃあミヤコさんの使用許可が出るわけも無いよね。シンプルにみっともない。布切れを首に掛けてるようにしか見えないもん。
「でもね」
そう呟いて、拙作を抱きしめるルビー。
「ママが作ってくれたものだもん。どんなに不格好でも、いいんだ」
……不意に、こういう言葉を投げてくるのは非常に困る。
「つーちゃん……?」
「……」
思わず潤んだ視界には、心配そうに覗き込んでくる愛しい我が娘。
「よかった、ですね」
わたしは、そう答えることしか出来なかった。
「……うん」
涙ぐむ私を抱きしめるルビー。
……あのとき。
がんばって作って、よかったな♪
ルビー:「あれ? なんだろ、これ」
月代:「あっ」