プロデューサーの娘になってしまった   作:だだ甘鏑木Pすこ

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盲するほどに考え込むなかれ

 当て所無くとぼとぼと歩いていると、いつかの小さな野球場へと辿り着いた。道中買ったペットボトルの茶を開けて喉を潤しながらベンチへと進む。

 

 有馬とキャッチボールをしたのはいつだろうか。かなり前な気もするけど、おそらくそんな前でもない。それ程までに濃密な時間を過ごしていたせいだろう。

 

 

 

 ──思い返すと。

 雨宮吾郎の同年代の頃は、グレーに近いものだったような気がする。それなりに見てくれはよかったけど、女遊びをするほど当時は金がなかった。学生の身分だし、親族は婆さまのみだった事もあり、そういった感情の発露すら無かったと思う。

 

 人生二周目として考えるなら、たぶんこの人生は勝ち、なはずだ。

 

『だけど』

 

 俺の人生に勝ちは無い。

 母親(アイ)を殺した真犯人を突き止め、死か、それ以上の苦しみを与えてやらねばならぬ。

 

 そんな復讐者が、勝ってはならないのだ。倫理的にも、道徳的にも。それでは真犯人と同じだからだ。それは、あってはいけないことだ。

 

『ならば』

 

 復讐をやめればいいのではないか?

 

 声なき声が、そう俺を唆す。

 アイは既に死んでしまった。今さらその敵を討ったとして、なにが残る。

 

 自己満足と、拭いきれぬ悪徳。人を害すれば、自らも同じとなる。怪物を殺すために怪物となるのは本末転倒ではないか。

 

 そのとおりだ。

 今の俺は、破滅願望に支配されているのだろう。

 

 アイを助けられず、見殺しにした自己嫌悪に耐えられなくて。せめて復讐くらいしなければ、生きている価値など無いと思っていた。面白みのない人生を送っていくだけだと思っていたんだ。

 

『だから』

 

 (ルビー)がアイドルを目指すことに反対した。アイのような人生を歩まれては困るのだ。失った母親(アイ)から託されたような気がしたから。今生での唯一人の肉親だから。自身は芸能界に関わりつつも妹だけは遠ざけるとか人道に悖る行いだと思うが、身勝手な俺はそう思い込んでいた。

 

『だけど』

 

 妹の想いは強く、それを阻むことはいつしか出来なくなっていた。それは環境による影響も大きかった。アイの携帯に載っていた人物からのオファー。あれが全ての始まりにすら思える。

 

『なぜ』

 

 どうして俺だったのか。

 それは程なくして知ることになった。有馬と共演したあの映画。それがはじまりだったのだ。そのプロデューサーの娘とやらが、大のファンだったという。にわかには信じ難い話だったが、それと現場で会ったら理解できた。

 

『なんというか』

 

 いきなり背中から飛びついてきたそいつは、変な子供だった。見た目はズバ抜けて良い。言ってはなんだが、鏑木Pと血縁と言われても納得出来ないほどだ。だが、それは本質じゃなかった。

 

『そして』

 

 気が付けば、そばにいるようになっていた。

 

 どうしてこうなったのかは、俺にもよく分からない。だけど、いつの間にか……家族に近い存在にまでなってしまっていた。いつからか覚えてはいないが、事あるごとに注意喚起をしてくるようになった。お前は俺のかーちゃんかよ。

 

「……前も、そんなふうに思ったかもな」

 

 うまくやれている、と思っていたのだが。どうやら小学生にまでバレるほどにお粗末な演技をしているらしい……

 

「そういや。今年から中学生だっけか」

 

『そう』

 

 気が付けばもう一年以上。

 

 開いた手をじっと覗き込む。

 この手は復讐で血に濡れる筈の手だ。アイを殺した真犯人とはいえ、それを討った人間、殺人犯になる可能性もある。

 

 そんな人間の傍らに、いていい存在ではない。

 

 アイツであっても、誰であっても、だ。

 

 傷付くのは俺だけでいい。

 それが俺に課せられた使命であって、生きる意味でもある。

 

 手をもう一度見てみる。

 僅かに震えていた。

 

「……」

 

 理由は考えるまでもない。

 俺は恐ろしいのだ。

 

 今の幸せな時間を終わらせてしまうことが。

 

「……杞憂だ。今はまだ」

 

 思い込むように考えを握り潰す。

 

 その敵の存在すら、未だに分かってはいない。アイの遺したDVDには名前は語られず、『あなた』とか『彼』とかいう呼称しか残されてはいなかった。

 

 ルビーに宛てた方に語られているかと考えたが、それを開けるのは躊躇われた。

 

『アレに……気付いているか?』

 

 あのDVDは、妹の段ボール箱に納めてある。手渡しでもよかったのだが、それは躊躇わられた。理由としては、俺自身がいまいち共感出来なかったということもある。

 

 命の重みとやらに彼が潰されかけているからと。自らが身を引けば、彼は立ち直れると信じて、と。そして、俺達に託そうとしたとも告げていた。

 

『──彼が今も迷っているなら、彼を救ってあげて欲しいんだ。わたしと一緒に』

 

 アイは、本当に父親のことを愛していた、らしい。嘘を愛と言い切る彼女のことだ。それくらいはあり得るのかもしれない。そして本心から父親とよりを戻すことに協力してほしいとまで言っていた。

 

『冗談じゃない』

 

 あのDVDを録った時には、自分がそいつの手引きで殺されるなんて思わなかっただろう。だから、あんな絵空事が言えるのだ。

 

 たしかに、その頃は愛していたのかもしれない。だが、その想いは踏み躙られた。それを忘れてはいけない。

 

 

『そうだよ。忘れちゃダメだ』

 

 ……しばらく出てこなかったと思ったら。またぞろ出てきたな。

 

『憎しみに駆られるだけでいいんだ』

『これは罰だ。報いなんだよ』

 

 俺を責苛む俺たち。子供の頃の俺と、雨宮吾郎の俺。こうもはっきり見えることは久しくなかったが、どうやら焦ってきているのかもしれない。

 

「分かってるよ。忘れてはいない」

『どうだか? 可愛い子とイチャイチャするのが楽しくて忘れてたんじゃない?』

『そうだな。俺らしい』

 

 そういう認識はやめてほしい。

 

『有馬かな、ずいぶん可愛くなったよね』

『黒川あかねをフッたの、後悔してるんじゃねえの?』

 

 いや、なに言ってんのお前ら。

 

『ルビーがさりなちゃんだったとは驚いたけど。叶わぬ恋とか燃えるよねー♪』

『もともとあの子は輝いてたからな』

 

 おい。少しドヤ顔なのがムカつくぞ。

 

『それに月代ちゃん。最近ちょっとオトナっぽくなってきたよね』

『面喰いなお前らしい。だが、少し低い気がするぞ』

 

「だからそうじゃねえってっ!」

「ひゃっ」

 

 

 ……え?

 

 気が付けば。

 いつの間にか外は暗く、雨が振っていた。

 

 そして、俺の前に腰を落として座り込む有馬が。

 

「そ、そこまで……嫌われるような事した……?」

 

 じんわりと涙を浮かべ、ありもしない非を詫びる有馬。あまりの出来事に呆然とする俺は、足早に立ち去る彼女を追うことが出来なかった。

 

「……明日。ちゃんと謝ろう」

 

 いつの間にか立てかけられていた傘の柄を掴み、独りごちる。

 

 雨脚は強くもなく弱くもなく。

 しんしんと降り続いていた。

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